第一回 大食い大会 主催:聖女メイ 協賛:国王陛下
決闘を申し込んで、四日後、私は城門前広場にいた。
第一回大食い大会が開催されるからである。
爆速では? 当事者の私、ちょっと置いてきぼりされている。
他人に横やりされる前に開催しましょ、そうしましょ。と、周囲の、というより聖女様たちが乗り気だった。決闘を申し込んだ翌日には会議が開催され、決闘ということは表立っては隠し、お祭りとして処理されることが承認された。根回ししてたの? 夜中に? という感じだったけど、わりと賭けだったらしい。
賭けにあっさり勝ってしまうくらい、あの王太子調子乗ってんな。釘をさしておきたいが、誰が言う、という状況だったそうだ。それを知らないで決闘を申し込んだ私、飛んで火にいる夏の虫、だったようだ……。
当の王太子殿下は女性相手では、というのを過去の前例で瞬殺され、平民ではというと選民思想がおありで? と問い返され、料理とは前例がというと規定では決闘の手段は問わない、過去にはあやとりがあったと言われていた。
そして、ただ平らげるだけの、人の数も選ばないようものに臆するのかと止めを刺されていた。
無表情でこっちを見てたの怖かった。ちょっとシェフを盾にしてしまったくらい。傍目にはいちゃついているように見えたらしいが……。
可及的速やかに開催しましょ、ということでしがらみのない聖女様が主催、場所提供の王様が協賛というかたちで第一回大食い大会の開催となったわけである。
ちゃんと例のブツは確保しているのでいつ開催でもよかったんだけど……。
王太子殿下は日ごろの行いを反省するといいと思うなぁ……。鬱憤溜まってるぞ、これ。
さて、大食い大会だが、個人競技ではなく、グループ対抗となっている。
騎士団からと傭兵団からと商業連合やら職人組合などからあわせて8グループ。各5人ほど選抜しての参加である。
本当は勝ち抜き戦としたかったんだけど、おもしろくないと却下された。私の決闘なのだが。
一応、一騎打ち形式は応援しにくいという側面もあるので、と説明はされた。王族と平民、どっち応援するのよ? という形は好ましくないと。
みんなが平和に終わり、私怨も残らない形にしたいのだろう。
とりあえず、やつらが反省すれば私はいいんだ。うん。
というわけで、今、私はここにいるわけである。食材と調理は運動会とかで出してくるようなテントの下ですることになっており、そこで仕込みをしている。弟子の持ち込みはオッケーだったので、持ち込んでおり手が足りないということはない。
配膳係もシアさんとローラさん、それから従姉も動員しておいた。こぼされたりしたくないので身内以外に任す気はない。
わりと順調に準備は進んでいるんだけど、問題がある。
昼過ぎからはじまる開会式で私が挨拶することになっていてもうすでに気が遠くなっている。
人前で、話せと。それも、どこからか集めたのか観客一杯のところで。
むり、むりっ! と騒ぐ私に辟易したのか弟子たちがごにょごにょ相談し、やってきたカンペがある。一応は覚えたが、人前に立った瞬間に忘れる予感がする。
呻いたところで、時間は過ぎ去り、気がつけば開会式の時間まであとわずか。
「だいじょうぶ?」
シェフは別の場所で待機していたのだが、私の挙動不審がわかったのか様子を見に来てくれた。
「だめです。むりです」
「あの時は堂々としていたのに」
「お芝居みたいなもんですよ。入念にイメージトレーニングを」
「……そう」
おっと、余計なことを言ってしまったようだ。
「も、もう行きますねっ」
「忘れ物」
「はい?」
シェフからもらうものってなにもなかったと思う。
そう思って油断しているうちに、白いハンカチを渡された。いや、白いだけでなく刺繍がされていた。小さいフライパン。中にあるのはオムライスで。
「こういう時、ハンカチに刺繍して渡すのが定番だ」
「ありがとうございます。
器用ですね」
「裁縫くらいできないと遠征先で困る」
そう言ってちょっと困ったように眉を下げた。
何か言いたげで待ってみたものの無言である。
「ししょー、じかんー」
「今、行く」
気は進まないが、行かなければならない。
「ライオットさんが一緒に居てくれる気持ちでやってきます」
「本当はいたかったんだがな」
残念ながらシェフは賞品なので、解説席サイドにいることになっている。
「ご武運を」
「うん。がんばる」
どうこたえるのが正解かわからないけど、笑って言えばいいと思うんだ。
開会式は滞りなく終了した。
聖女様により、概要説明。王様から楽しんでほしいという話。それから出場チームの軽い紹介。最後に料理人として私が出て、いっぱい作るのでおいしく食べてくださいね、と宣戦布告して終了した。
ふふふ、我が最終兵器が負けるわけがないわっ!
「よぉし、ぶちのめしに行きましょ」
陣営に戻って私は宣言した。
ノリの良い弟子だけがおーとか言ってくれた。半数がなに言ってんのこの師匠という感じでね……。まあ、つき合わせた側だから温度差あるよね。
「さっさと終わらせればいいでしょう。
夕方には帰りたいです」
「あと三時間って賭けてきた」
「俺、四時間。もうちょっと粘ってほしいな、殿下たち」
「二時間ってところじゃない?」
意外とだらだらと食べ続けるのは難しい。食べているうちはいいけど、時間経過でおなかの中で膨らんで身動きがつらくなることもある。
そういう分配というのはわからないだろう。ビュッフェを渡り歩いた経験もないだろうし。ただ、食べればいいというものでもない。
罠のように水は飲み放題だし。
「盛り付け終わりました」
「じゃあ、出してきて」
まずは前菜から。この先、美しく盛るというのは投げ捨てるかもしれないので一番最初は見栄えするものを出したい。
野菜のテリーヌ。ゆでた野菜を型に詰めて味をつけたゼラチンを流し込んでカットしたものを皿の真ん中に。周囲にソースを二種添えた。
最初は普通の料理を出し、合間にオムライスを入れ、補給後にまた、料理を出し、というような手順で行うことになっている。
まあ、最終的に誰か生き残っていたら無限オムライスをお見舞いしてやるつもりだ。
食いきれるものなら食い切ってほしい。
食中毒や他の毒などが入ると困るということで、聖女が食器から食材まできちんと浄化している。食材に含まれる微弱な毒素、えぐみみたいなのは残したままなのでちょっと毒はあるかもしれないけど、お腹痛くなることはないと思うよ。多分、という感じだ。
そこまでするのは私も味見したいからと胸を張っていたところが、聖女様の聖女様たるところである。
ほんと聖女の無駄遣い。
最初に食べる人達の前に前菜が並ぶ。
各チーム食べるのは一人。お腹いっぱいになったら他の人に代わる方式だ。代わってもらったあとに余裕ができれば戻ってきて食べても構わない。
できるならな?
各チームの顔ぶれを見ると筋骨隆々の男性ばかりである。食べるには筋肉がいると思っているのかもしれない。
その中で、王太子殿下とアザール閣下がちょっとだけ浮いてる。お忍びということで同じチームと同じ格好しているけどオーラが違う。
「まさか、食いに来るとは思わなかったなぁ」
「あそこまで煽っておいてなに言うんですか」
「親切心だったんだけど」
「親切心で、ろくに味わいもしないのだから、食材の無駄になるので、見学されてはというのですか」
「おいしく食べてくれる人に食べて欲しいじゃない? それから量を食べるという状況になったことないと思うから胃袋心配。救護班も聖女様もいるけどね」
ぶちのめしはするけど、再起不能は困る。
「次の料理準備するっすよ」
「はいはい。
じゃ、肉いこっ!」
仕込み済みのローストビーフちゃん。シェフに教えてもらったソースでどうぞ。
私も食べたいと挙手している聖女様用に小皿も用意する。全く。
そうして、始まった大食いである。
一時間後、半数が脱落していった。もう食えねぇと地面に転がる強面と筋肉集団。何の惨事か。事前予想していたので、救護班にテントの下に移動させられている。
なお、小皿といえど、同じペースで食べている聖女様は涼しい顔で、デザートないの?甘いしょっぱいのループしたいって言っている……。前々から思ってるけど、あなたの胃袋どうなってんの。異次元つながってんの?
異世界転移の特典がそれというなら、私もなんかあるんじゃないかという気が……。フライパンの加護だけで済めばいいけど。
異世界からやってきた相棒のフライパンは黙して語らず。
ふるふる揺れるオムライスは雄弁そうだけど。
「じゃ、そろそろいきますか」
無限に戻ってくるオムライス。皿の上から別の皿に横スライド。
次の瞬間復活。
リスポーン早いな。知ってたけど。
さっさとソースをかけて各チームに配膳する。見てた弟子たちが顔を引きつらせていたけど、気にしない。これはこういう物体。考えるな、感じろ。
「これ、食べさせていいんですか?」
「と思ったから、止めたかったんだよね」
さすがに謎物体次の王様に食わせるわけにはと。
「大丈夫。寄宿学校の子たち平気だったから」
まあ、ちょっとだけ成長が良くなったらしいという報告はあった。体調が良くなるらしい。風邪くらいなら治るらしいという話もこれを受け取ったときに聞いた。
別な意味でまずい代物ではないかと思ったけど、いまさらである。
「ほら、次、デザート食べたいって聖女様言ってるから、クッキー盛り合わせいこう」
「……水飲ませる戦法卑怯じゃないですか? その前、サンドイッチだったし、揚げ芋を添えるとか」
「勝てばよろしい」
食べることしかしてないんだから、もっと頑張れるでしょ。




