王子たちの密談
本日二話目です。
ルイスとユーインが夜の軽食を楽しんでいる時にやってきたのは親しくもない第四王子ジョスだった。ルイスとは因縁があるためあまり近づいてこない相手でもあった。
人払いはしていたが、扉の外には誰かがいたはずだ。それも突破してきたという強引さにルイスは顔をしかめた。
我が強いにもほどがある。
当のジョスは手土産と言って、瓶詰の菓子を二つ用意していた。
「今日からローゼンリッターが再開したとかで妹がどうしてもっていうから買ってきたついで」
「……お使いしてる」
衝撃を受けながら、ルイスは手土産を受け取る。ユーインは少しばかり複雑な顔でそっと受け取っていた。
受け取った以上、断ることはできない。
メイドも侍女もいないため、ルイスがお茶を入れた。夜分だからとハーブティーだが、予想外に褒められた。
それにも面食らう。自分が良く知っている兄とは全く違うようだ。
「……上の兄貴たちをどう思う?」
そう切り出されて、ルイスはぴんときた。ここはユーインの部屋だ。第二王子と同母の第三王子の。
ジョスは王太子と同母である。
境遇はよく似ている。その兄の姿を近くでみてきたことも一致していた。
「調子に乗ってる」
ユーインも察したのか即答した。
「あれはいらっとする」
「だよな……」
ジョスもそう言って頭を掻いた。
聖女についての一連のことをルイスは把握している。不穏な勢力をまとめて追い出すために、聖女は利用され、その結果、ユーインは婚約破棄された。今もその立場は腫物を触るようで、居心地が悪いだろうとは察している。
それでも王族として残っているのは、今後、聖女が設立する団体へ所属するつもりだからだ。ほかの有力貴族をいれないため、である。婚姻目的でそういうことを考えるものはそれなりにいる。牽制が必要だった。
ユーイン本人は聖女とよりを戻せるとは全く思っていない。使える駒くらいで思ってくれればいいなぁという儚い願望くらいだ。
その境遇に追い込んだのは、不穏な勢力、といいたいところだが、それを阻止しなかった点では兄二人も中々罪深い。
国のためと一度は飲み込んでも、ということはある。
「で、だ、少しばかり、思い通りにならんこともあると思い知ったほうがいいと思う」
「ですよね」
「同意する。都合よく、と言ってはなんだがおあつらえ向きの案件があるからな」
「というか、それが一番気に入らない。
昔、二度と戻らない失敗をした癖にまた同じことしようとしているところに腹が立つ」
ユーインが呟く。
それは10年前の事件のことを指しているのだろう。
そのころルイスは寄宿舎にいたので、ほとんど事件のことは知らない。6歳で放り込まれて以降、城にもあまり来ないのだから当たり前である。
ただ、噂ではすごい騎士がいるとは知っていた。その人がケガで引退してしまったことも。
その引退した騎士が厨房で働いていると知ったのはかなりあとのことだ。本人を見てもすごかった?と首をかしげたくなるようなところがあった。
つい先日のことで、すごかったんだなとわからせられたが。
それも気に入らないが、それ全く別の話だ。
「俺が知っているのは、料理長を厨房を辞めさせて元に戻そうとしてるって話だが、あってる?」
「少し違いますね」
ルイスは訂正を入れた。一応、本人からざっくりと経緯は聞いた。
彼としては変に気を回されるのが嫌だったらしい。謙遜とか遠慮とかでもなく、辞めたいからやめる。とてもシンプルな話ではあった。
「厨房を辞めて、騎士もやめるってのは変な招集に巻き込まれたくない、というところだそうです。招集にも順番があるので、爵位も持たない一般人となると呼ばれにくい。強制もできない。実家と縁も切れば貴族としてなどと言われることもない。
まあ、身の安全を第一に考えたらそうなるなというところでしょう。
正直、遊ばせておくには惜しいと思われているでしょうし、今回で未だに健在であると示してしまった」
「本人は嫌だって言ってるのに、戻したがると」
「兄が、な。ごねてる」
「ごねるって可愛らしいやつか?」
「いや、あんまり……。言い方悪いけど、三角関係のもつれみたいな、元カノがごねているみたいなそんな感じになりそうで……」
ほんとなにやってんのと弟から突っ込みを入れたい。このあたりもルイスだけでなくユーインからかなり呆れられているところだ。
「あー、料理人なんかやるよりも騎士として俺のそばにいたほうが幸せじゃないか、という感じか」
「明言したくなくてぼかしたんですよ、バカ兄」
「すまん……」
「正直、料理人としてもかなり優秀だからそこ比べるところじゃないのではと俺は思うんだが」
「まえ、料理なんて誰が作っても同じとか言ってませんでした?」
「それな自分で作って考えを改めた」
怪訝そうに見返すとジョスは気まずそうだった。笑いをこらえたようなユーインが補足する。
なんでも城の厨房で料理しようとして、失敗したらしい。それどころか異臭騒ぎを起こして、ライオットを相当困らせたそうだ。罰として一週間、野菜の皮むきさせられたらしい。
ルイスはやりそうだなあの人と思う。
そこで謎の資質開花して、今は料理人を目指して修行もしているそうだ。身分を隠してアルバイトしていると聞いて頭が痛いが、それはすでに陛下の許可があるという。
さらに頭が痛い話である。王太子の同母の弟の進路じゃない。
「まあ、それはともかく、優秀であるのはアザール兄さんも理解していると思うんだが」
「ユーイン兄さんは、聖女様について旅をしたから各地での食事事情はご存じでしょうし。ジョス兄さんも料理するならわかるでしょう。
俺もあれこれ教えらえました。
でも、それって城以外知らないとピンとこないかもしれません。食材をきちんと衛生管理して、毒からなにから入れないようにしてとなると手に負えません。あれだけやって、何かあったら責任も取らなきゃならない」
「そのあたりは本当にきっちりしてるよな。色々知ってて城の厨房見るとすげぇと思う。
ホント下町の料理屋に行くと衛生管理とは……。それはそれでいいけど、城ではだめだからな。他国の要人を食中毒にさせるわけにはいかない」
「俺も現地の人が食べているもの食べてあたったことはあるから、今まで恵まれていたと心底思った」
「ああ、兄さんたちの寄宿舎、まともだったんですね」
ついルイスは呟いてしまった。田舎の期待されないような子息が入れられるような寄宿舎はやはりそれなりだ。中身も外身も。
だからこそ彼女たちが来てくれてから変わりすぎて、憧れが強くなりすぎたというところもあるかもしれない。
いやそもそも女っけがなさ過ぎてであることも加味すべきだろう。
「…………本当にすまない」
「改善要求は出してあるから、徐々にちゃんとしていくから」
「後輩が不憫な思いしてなきゃいいんです。無限オムライスがあるからまあ、最悪、腹ペコは回避できるし」
「無限、オムライス?」
「こう、湧いてくるんです」
「なにそれ」
「不気味じゃないか?」
「んー、でもおいしいですよ」
ルイスは大丈夫か? と兄二人に心配された。
実はあれ聖別された神聖な食べ物らしいというのは秘密なので、謎物体で通した。持ってきた二人も知らない事実である。
そんなものを持ってきた異世界人となると注目の的どころか、争奪戦対象になりかねない。事故で呼んでしまっただけでそれ以外に何もないと押し通すためにはあれはただの謎物体のままでいてもらう必要がある。
「まあ、ともかく、兄たちには同調しない、でいいか」
「知らぬ間に孤立している恐怖でも味わってもらう」
「そんな、孤立するか?」
「姉さんたちもご立腹だよ。
なんでも、今まで健康と美容に良い料理を作ってくれていたのに気が付かなった、恩があったということらしい」
「なぜ、急に?」
「先日、シオリさんが美容講座したらしくて、その影響で聖女様もダイエット講座をしたらしい。
そこですでに、ある程度、配慮されていたことが発覚。感謝に至る、らしい。聞いててもよくわからなかった。
まあ、ともかく、味方は減っている」
「王様やるにはとっても不利ですね」
味方の親族がいないという状況は、国を動かしたい場合良くないほうに作用する。
同母も兄弟もそっぽを向くことになっていると気が付かないくらいの愚鈍さはもはや悪である。そういう見方は意地が悪いかもしれない。
仕事はできるかもしれないが機微がちょっとな、という上の兄二人が結託したところで、である。人の機微がちょっとなを補完してくれる補佐官も不足している。
今回、アザールの左腕のレイドも静観している。指摘できるはずなのに黙っている、というのは、注意しておくべきことである。
空気が変わってきているということに気が付いているはずなのに注進しない。
自力で気づけなのか見捨てたのか。わからないが、やさしい対応はやめたのだろう。
「……ま、何か異常があったら知らせてくれ。こっちも知らせる」
「そうだな。ルイスも、秘匿しない」
「じゃあ、一つだけ」
「何か隠してたのか」
「いや、師匠が、決闘の作法を知りたがって、どこかから手袋を入手し、常に持ち歩いている、って聞いたんですよ。アザール兄さん、きっと、地雷踏みぬくだろうって予想の元に」
「…………まじか」
「本気だろうね。あの人は……」
「どっちが勝ちますかね?」
「そりゃ、シオリさんだろ」
満場一致だった。
王子様
第二王子→アザール
第三王子→ユーイン
第四王子→ジョス
第六王子→ルイス
第八王子→ルシオ
隙間にお姫様が何人かいる。
王太子と第四王子ジョスが同母。
第二王子アザールと第三王子ユーインが同母。
第六王子ルイスと第八王子ルシオが同母。
5番目と7番目は未登場。
なお、第四王子はかつてフェリクスがついていて、大喧嘩した相手。そのあとに寄宿舎に行って暴言を吐いたあとにシオリに成敗され、改心済み。あいつには借りがあるので、王太子のやりようはちょっと……と思っている。




