請求書付きご贈答品
本日、重い荷物を持ってやってきたお城。
門番さんに来訪目的などを告げると速やかに案内の人が付き、聖女様の部屋へ連れて行ってくれた。わりといつも通り。案内の人は固定ではないが、今日は何回か顔を見合わせたことのある人だ。
お店大丈夫ですか? などと心配され、再開したら行きますねとなどと和やかに話をしながら奥の領域まで行く。
取次などし、ようやく部屋の中に入れるんだけど……。
「やだーっ、シオリーっ! 私のために来てくれたのっ!?」
熱烈歓迎された。このすぐに抱きつきに来る感覚は何なのか。速やかに引き剥がしておく。
「ついでです」
「くっ。塩対応でもいいわ。その箱くれるのよね?」
目ざとく見つけた袋の中の箱。それぞれ行く先は決まっている。
一番上に置いていた大き目の箱を取り出す。
「どうぞ。請求書入です」
聖女様、一瞬真顔になり、受取を躊躇した。
「分割で割り増しなし? リボ払いは怖いってお母さん言ってた」
「分割手数料は取りませんよ。ただ、返済が無断で滞ったら遅延金が発生します。契約書の専門の人に作ってもらったんで踏み倒すと大変な目にあいますよ」
「払えなくなったら相談する……」
「そうしてください」
知り合いだからこそしっかりとしておくべき案件である。
いつもは長居はしないのでお茶は断るが、今日は情報収取が必要だからお招きにあずかることにした。一瞬怪訝な表情をされたが、すぐに表情を微笑みに隠した。
「最近どうですか?」
メイドさんが用意してくれたお茶を片手に雑談から始める。聖女様、クッキーをどれから食べようかな、してたので聞いてなかった。
もう一度言えば、そーねーと気のない返事。
「そういえば、ついで、って言ってたけど、ほかに回るところあるなら先に知らせ出しておいたほうがいいわね」
人払いしたいってことだろうか。
まあ、都合がいいと3件頼んだ。シェフのところは強襲する予定なので、頼まないけどね。
そうして、二人だけになったあとに彼女は何かの紙を持ち出してきた。
「各国の使者と会ったり、団体の支部をどこに置くかとかそういう話を詰めているところ。
どこも損したくないってのが透けていてげんなりするのよね……」
「得じゃなくて?」
「利権を得るというのは、攻撃される口実、みたいな感じ? それでも冬が来る前には確定すると思う。
各国、私に侍るものの選定しているらしいし。逆ハーになりそ」
「ああ、やっぱり……」
各国の有望な男性で聖女様を篭絡とか考えているんだろうか。今なら失恋の傷心で漬け込む隙があるともしや思っているなら甘い。
今は近寄ってくる男性全員疑ってかかっていてもおかしくないくらいだ。
どうせなら各地の料理人を集めたほうがまだ好感度が上がる。旅の間のおいしいものはメモしてあるって聞いたし、食べたいわがままに応えたほうがましじゃないかなと。
「だから勝手に送り込まれる前に、告知出すようにお願いしておいた。
女性を優先的に登用する。貴賤問わず、世界に尽くせるものを求める」
「どこか応募ありました?」
「第3王女殿下が一番にやってきたわ。
婚約は解消しました。兄の失態を挽回する機会を与えてくださいませんかって建前。ほんとは婚約が嫌だったみたい。階級下の子に入れあげて、ちょっと苦言をしたら、露骨に避けられ始めたとか」
「パーティーで婚約破棄が発生しそうな案件ですね」
「と思ったから、捕獲しておいた。秘書として、今、私の面会スケジュール管理してもらってる。それから私付きの侍女も再教育するって。なってないと怒るようなことがあったらしいけど、どのあたりかはさっぱり」
「貴人相手のなにか暗黙の了解でもあるんでしょうけど、私もさっぱり」
「まあ、そのあたりはわかる人に任せるほうがいいかなって思ってる。あちこち旅に出てたときより面倒。作法とか死ぬほどだるい」
「お疲れ様です」
「じゃあ、出禁を解除して」
「それは、まだ。一周年のパーティーに来られると困るんで」
「読まれている」
「来たら、一年後まで出禁」
「……わかった。特別なお菓子ください」
「それは次の回答により決めます」
「なに聞きたいの?」
「今回の件の王太子と第二王子の確執とか、陛下はなにをしていたのか、とかかな」
聖女様、渋い顔をしている。
「ここの王政、わりと特殊な形してるのは知ってる?」
「国政については、3つの議会の合議制という認識だけど、あってます?」
一つは貴族のみで構成された貴族議会。二つ目は各種職人・商人などで構成された組合議会。三つめはそれ以外の人が選ばれている議会。三つ目の議会が一番人数が多く、各地の声が反映されるという。
「そう。その各議会の統括議長が国王という位置づけなんだけど、王様に与えられた権限は承認のみ。
そこに至るまでに話をしつくされ、根回しも終わっての承認。王の意見は問われない。
王のというより王家の意志は王の兄弟や息子たちが議会に加わって話をするっていうことになるの。もちろん、議会に入れるくらいの優秀さを示してが前提にあるわ」
「それくらいなら、王家も口出ししないようにすればいいのでは?」
「まあ、完全に王家を排除はできないって感じらしいよ。ほら、この城の家主だし。
で、今回の私が聖地を作ってという件は、二つの議会で根回しされ、不意打ちのように出されたもの。王も了承するしかないと追い込まれた、という話。
そこから覆すために尽力していたと言いわけされたけど、どこまで本当かわからないわね」
「言われるまで何も知らなかったというのは信用できそうにはないです」
「それでいいんじゃない?
私も都合よくつかわれたところもあるだろうと思っているし。信用の失墜くらい含んで考えてるでしょ。謝ったら許してくれるなんて考えてないでしょうね? と先にくぎを刺しといたわ」
ふふふっと笑ってクッキーをつまんでいるけど、怖いんだが。まあ、婚約もいいように使われ、約束も違えるのを見逃したとかならもう、許さんになるのもわからないでもない。
私が他人事のようにしてられるのは、知っている誰も傷つかなかったからに過ぎない。今後もそんな幸運だよりにするのはよろしくない。
争いごととは完全に縁切りしてもらいたいのだ。
「ま、そういう議会の事情があるから、王子同士というのはそれなりに仲良くしてなきゃ困るわけね」
「そのわりに仲良い感じでもなさそうですけど」
「利害の一致のときにそれまでの確執などを飲み込んで、協力できる程度の、という感じかな。あるいは共通の敵を屠るために内心を押し隠して笑い合えるくらい」
「なにそれ怖い」
「ビジネス対立とかあるっぽいのよね。
その中で王太子と第二王子の対立というのは、本物であると思われていたけど、今回の件で実はつながっていたと皆が知った、というところ。
王太子殿下の親族が面倒なのは前々からで、排除したいけど排除できなくって、という感じなのを第二王子の力も借りて一掃。その手腕が評価されているらしいけど、それもどうかな」
「そんな面倒そうな人なんですか?」
「あ、会ったことがない? それなら薄ら笑いの似合う糸目眼鏡というとなんか伝わる?」
「ニュアンスは、伝わります」
裏切り枠とか黒幕とか、そういう感じ。目を見開いたら別人な感じもする。
「まあそんな感じ。
色々細かいところはあるけど、そこは知らなくても困らないと思う。弟子の人たちの実家とかはあまり関連してないっぽいからそこは心配いらないんじゃないかな。
ただ、なんか、ここ最近不穏な雰囲気だけがするのよね」
「雰囲気だけ?」
「そう。
そういえば、シオリの方はなにかあった? 忙しいから連絡もしないほうがいいかなって控えてたんだけど」
「子供向けのパーティー頑張ってますよ……。子供って言っても下は6歳から上は16までなんでみんなで楽しめるのは無理だと絶望してます」
「成人前で大人の夜会に入れない年齢だから子供と言えば子供だけど」
「昼間は年齢低め推奨で、夕方には少し大人向けになってます」
「大人向けは?」
「……それが、その、なんやかやあって、ライオットさんのお母さんにお手伝いいただいています」
「なんやかやでそうならないんじゃない?」
「なってたんです。ちょっと、家出中らしくて、滞在先のアンネマリーさん宅で滞在費代わりに手伝えといわれたらしく」
「家出って。こっちだとよほどのことだよね?」
「ええ、そうらしいですね。詳細については控えます」
最後の一押しをしてしまった身の上なので、広めたくはないんだ。できれば穏便にお帰り願いたい。別れるなら別の理由で再度家出してほしい。
「おつかれさま。シェフには言ってあるの?」
「発覚が昨日」
「……報告に来たってことね。
あ、シェフと言えば、最近野菜攻めがひどいんだけど。やめてもらえないか打診してもらっていい? 私が言っても健康に良いのでとのらりくらりと」
「野菜もおいしいですよ」
「ここにも味方がいなかった」
私は肩をすくめておいた。
うっかり、余計なことを言わないために。
「そろそろ、私次の人のところに行きますね」
「ちびっ子たちは最後にしたほうがいいよ。
表面上大人しくしてても野獣」
「肝に銘じておきます」
笑って部屋を出た。
さて、次の請求書は第三王子。それから弟子にも会うつもりだ。その次に、王家の小さい子たちと会おうかと思ったのだが、その前にシェフに会っておこう。
今日はアズール閣下には会わない。物事には下準備とタイミングというのがある。
予定通り、滞りなく第三王子殿下には請求書付きギフトボックスを渡し、踏み倒さないようにと念押しした。迷惑料として、避暑地の別荘を提供したいという話ももらったが保留した。王家の持ち物で継承したものの使ってないらしい。管理人はいるので、荒れているということはないそうだ。
聖女様へのとりなしでも言われるかと思えば、なかった。不思議そうな顔をしていたような私に、そこまで恥知らずではないと苦笑していた。
……まあ、一応、付き合いは長いから、ほどほどに頑張ってと励ましておいた。ものすっごい意外そうな顔された。なぜだ。
弟子のほうはやや迷惑そうだった。
明後日行くのに、と言いつつ菓子の箱を受け取った。以前のようにお茶に誘われることもないどころか部屋にも入れる気はなさそうだった。
今日はお茶しない? と聞けば、師匠も、恋人いるんだから、そのあたり気をつけなよと謎の苦言をされてしまった。
ちゃんと相手を見て警戒レベル上げてると言ったら、嘘だろと言いたげに見返されてしまった。よほど無防備に見えるようだ。気をつけないとダメかな……。
俺用事あるからと話をとっとと打ち切られ、部屋に戻られた。
腑に落ちぬと思いながら、ようやくたどり着いた厨房。
先に顔見知りの料理人さんに気が付かれ、こちらが言う前にシェフを呼び止めていた。
「忙しいってときに客が……」
「すみません。出直してきます」
間が悪かった。
逆ハーについて色々考えるところがありまして、あらすじに追記しました。逆ハーって男性に囲まれ、好意を持たれる、という条件らしいですね。条件満たしているような気がするが、あくまで師弟関係、同僚の域をでないので逆ハーではないと一応、追記。三角関係、いや四角い?というのはあるのでこちらもタグに入れるべきかは検討中です。




