デザート盛り合わせと珈琲
武器屋。大体兼防具屋でもある。個人経営の場合には鍛冶屋でもあることが多い。自分で作ったものを売っている。
この世界は銃器は発達していない。あるにはあるけど、古の遺産という感じで再現も難しいということらしい。大砲とかもないのもいいことのような気はする。ただし、やばい投擲武器は存在する。そっちは武器屋ではなく、別の専門店扱いなんだけど。
訪れた店は近衛ご用達らしく敷居が高そうではあったが、シェフは普通に入って行った。
武器屋に入ったのは初めてで思わず興味津々に見回してしまった。明るい店内に壁にかけられた武器。店主は気難しそうな男性だ。
彼はシェフを見るとやや顔をしかめた。それでも、らっしゃいというくらいには歓迎された。
先に話があると聞いていたので私は遠慮なく店内を見学する。
「ハルバートがある。まさかのメイスがそろって」
「ハルバートは飾り用だな。メイスは聖女様がお使いのという注文が多いからそろえた。お守りにするんだとよ。世の奥方の考えはよくわからん」
「そうですか……」
「で、お嬢ちゃんはなにを買いに来たんだい?」
「砥石ください」
「帰れ。嫌な予感がしたんだよ。おまえが連れてきた客だから」
「俺も砥石が欲しい。前のはだいぶ削れてきた」
「ここは武器屋だぞ。わかってんのか」
ぶつぶつ言われつつ、砥石を用意された。荒砥から仕上げまで、5種類くらいある。
「ここまで荒いのはいらんだろうから、この三つでいいだろ。
二セット?」
「ああ。支払いはいつも通り、今度は家のほうに配達してもらいたい」
「わかった。じゃあ、帰れ。
甥に持たせたとき付き添いすんなよ」
「わかった。頼む」
「お嬢ちゃんもまたな」
「はい、ありがとうございます」
砥石を売りたくないとか言うが、またなとは。
次に来るときにはちょっと何か持ってこようかな。本職ではないことをしてもらうわけだし、迷惑料的に。
それはさておき、なんの話をしていたのかは興味がある。
「シディ君になにかあるんですか?」
「剣を譲ることにした。研ぎなおしはともかく、調整は本人がいないと難しいから事前に予約だけしておいた」
「そうなんですか。そのほかの荷物は、片付きました?」
「分類は出来たから、家に送るのはシディに任せてきた。そのうち届く」
「じゃ、もし届いたら受け取りしておきますね」
返答がなかった。おや? と思って見上げれば、ちょっと驚いたようだった。
なにか周囲にあるのかと思えばなにもおかしなものはない。
「どうしたんです?」
「いや、家に、本当にいるのかと思って」
「住んでほしいとまで言っておきながら、それはどうかと」
「現実味がない」
いるのか呟く声は嬉しそうで、なんだかこちらが照れる。
「つ、次はどこに行きます?」
「並ぶかもしれないが、グラドの店は?」
「いいですね。久しぶりに行きましょう」
そこは記念すべき一度目のお出かけに行ったときのお店だ。
最初にこの店に来たのは一年半くらい前である。今も人が並ぶ人気店だ。昼過ぎのやや人が減った時間ではあるが少しは待たねばならない。
「グラドスペシャル売り切れてないといいですけど」
「いや、売り切れてたぞ。看板に完売と貼ってあった」
「また、売り切れてた。幻過ぎないですかね……」
グラドスペシャルはいろいろ盛り合わせというメニューなのだが、お目にかかったことがない。
そんな話をしているうちに、順番が回ってきた。看板メニューがないためか席につけるまでがいつもより早い。
それぞれに注文を済ませる。
「ちょっと懐かしいですね。
延々と野菜の話をしてたような気がします」
そう。初めてのデートだというのに、野菜の切り方とか種類の味の違いだとか、加工法がとかそういう話をしていた。そして、たぶん、今もあまり変わらない。
「話題のない男だと呆れられると思ったんだが」
「楽しかったですよ。新しい野菜の扱い方もわかりましたし」
野菜などもよく似ている異世界だが微妙に違うところがある。加工法での味の違いとかそういう話をできる相手は今までいなかった。従姉はそのあたりの探究はしないほうだったし、寄宿舎の料理人もあまり気に留めていなかった。
つまり私とシェフは同じ方向にマニアックということだ。
「あんなに楽しそうに聞いてくれる人がいるとは想像したことがなかった。
また、お出かけしましょうなんて、言われるとも」
「嫌でしたか?」
「……からかわれてると思ったよ」
「ひどいですね。条件が先にありましたけど、本気だったんですよ」
「信用できるか。冴えない料理人に、君のような若い娘が好意をもつなんて幻想もいいところだ」
幻想、言われた。なんというか現実的すぎる。
年の差かなりあると思っていたみたいだから、仕方ないかもしれないけど。
ん? でも、何回も、出かけたよね?
「……からかわれてると思ってたのに、お出かけしてくれたんですか?」
「君と出かけるのは悪くなかった。
君が飽きるか、次の縁談が決まるまでは応じようと思っていた」
「飽きなかったし、縁談もなかったからちょっとは本気にしてくれました?」
「年の近い相手を選べと言おうかと思っていた」
「……ひどくないですか?」
「年上に憧れるようなものはあるだろ」
「私は」
言いかけたときに飲み物がやってくる。
続いて料理も。
今日もおいしそうなお肉だけど、もう少し後がよかった……。ここの焼き鳥は照り焼きみたいな味で気に入っている。醤油が手に入ったら自作してやる。聖女様と従姉を召喚して、食べ放題する。
もう元の話に戻るような雰囲気でもなく、いつも通りに、付け合わせの野菜だったり、肉の下処理がどうのという話に流れていく。相変わらず知識豊富だ。なんかこう、敵わない感が嫌ではない。
「デザートも頼むか?」
「盛り合わせで。それから珈琲」
「珍しいな」
「人の財布なので」
少々ふてくされた気分なので容赦なくむしり取ってやる。
苦笑しながらもシェフは頼んでくれる。当人は珈琲のみのようだ。
自家製デザートはプリンとタルト、チーズケーキ、のようなもの。かなり甘いのをブラックコーヒーと楽しむ。
楽しむのだが、シェフから観賞されてる。頬杖なんてついちゃって、まあ、楽しそうで……。食べにくい。非常に、食べにくい。
思わず、合い盛りの皿をシェフのほうに押しやる。
「プリン、食べます? お好きなんですよね?」
「いや、特別好まない」
「前、自分で作ってまで食べてましたよね?」
「……それは、君が、作ったものが食べたかったんだ。なかったから仕方なく、自分で作って、それでも違った」
「レシピだいぶ変えてありましたからね。同じにはならないでしょうけど。最初のものはほぼ条件は一緒のはずなんですよね……」
誰が作ろうが同じようになるようになるのがレシピの良さである。まあ、ある程度の誤差はあるけど。シェフぐらいになるとほぼ同じものを作ってもおかしくはないのに。
謎すぎる。
シェフは苦笑した。一口、プリンを食べて甘すぎると呟く。
「あれは同じものが食べたかったんじゃない。本当は君に会いたかったんだ」




