常識のすれ違い
「あれ? 姉さんは会ってませんでしたっけ?」
そういう言葉から始まった初対面。
私は従妹の恋人(仮)となぜかお茶をすることになった。今日荷物が届くと聞いたから手伝いでもと昼過ぎに顔を出してこうなっている。
相手もなんだか気まずそうである。当の従妹は、ごめん、今、忙しい、らしい。あと一時間くらいほんとごめん、と言っていたので待っていることにしたのだ。
仕事は順調そうである。
一か月もない一周年記念の子供中心のパーティともう少しあとの大人向けの常連と弟子の家族向けのパーティ。この二つの用意をしなければならない。それとは別に別店舗の営業に向けての契約、売るものを作る場所についての検討など。
問題山積。
良いところは弟子の身内というのが好意的で、それぞれの分野に伝手があり、手助けをしてくれるところだろうか。
真面目に師匠していたことがわかって身内としても喜ばしいところではある。
ただ、婚活、というか、こちらの方は上手くいってなさそうではあった。
「ライオットさん、うちのシオリは迷惑かけてませんか?」
という軽い会話から始めるべきだろう。いきなり、結婚する気ある? と言いだしたら逃げられる。それは本意ではない。
「そんなことは。私のほうが迷惑をかけてしまうことが多いです」
落ち着いて、答えてきた。ちゃんと状況に合わせて私というところも好感を持てた。
本番はこれからだ。
この世界、というより、一般的貴族階級においては恋愛は重視されていない。家の都合やらなんやらで婚姻するからだ。結婚した後に仲良くすればいいか的なところがある。
大恋愛で結婚、などというのは、彼らにとっては物語の中のことだ。
そういう話を聞いたのは、婚約するときになって知った話である。彼のご実家に行って、ご挨拶をして、というところで判明した。
あなたにはもっと条件の良い結婚があるんじゃないかしら? と本気で心配されたのだ。うちのぱっとしない、稼ぎもそんなないどころか実験と称して使い込みそうな男、やめたほうがいいじゃないか? と。
それに対して、好きなので、というと、きょとんとされたのだ。それは結婚した後でも好きになることはできるでしょう? と。
あ、これは価値観と常識が違うなと感じたのだ。故郷では、好きになった相手同士が結婚するんですよという話をして理解してもらったが、やっぱり不思議そうではあった。
話を聞く限りでは、彼は騎士を輩出するような家に育って、王宮暮らしも長く、というとこの辺りの考えが根底にある可能性は高い。
理由があるから、結婚するのであって、好きだから結婚するのではない。あるいは、条件の良い相手と結婚する。好きであったほうがより良いが最上条件ではない。
以前の従妹には結婚したい理由があった。店を持ちたいとかになると本当に夫が必要だったのだ。だから、この世界の常識に合わせていた。愛も恋もとりあえず、置いて、条件で人を探して結婚することを表面上はわかったふりをしていた。
ところが、店も手に入れ、ちゃんとその立場を確立していっている。
必要なものは、一人で手に入れてしまった。そうなれば、条件で夫を選ぶ必要も、急ぐ必要もなくなった。
そうなって彼は困ったのではないだろうか。ただ、愛情だけを求められるなどという経験はないに違いない。
一方従妹といえば、好きな人と一緒に居たいし、できればこの先もと考えた先に結婚がある。ある程度、条件はあるものの今はそれほど重要視していない。唯一条件は仕事を邪魔しない男ではあるが、彼はその面はクリアしているとみていい。
残るは相手に好かれているかだが、そこを重要視しない考えなら改めて言うこともしてなさそうな気がした。たぶん、そこまで重要項目と知らないんだろう。
温度差というより、常識の違いである。
ただ、その点に気がつくのは難しいように思えた。
「ちょっとした世間話なのだけど、私たちの故郷ではね……」
そう前置きして、私たちの常識を伝えておく。
そういうお節介はいらないと言われそうだけど、幸せになってもらいたい。私が、心置きなく、新婚生活を楽しめるように。




