家を売る
「買い手が見つかったよ」
そうライオットが聞いたのは、城に戻ってきてわずか2日後だった。なにを思ったのかアズールが厨房にわざわざ顔を出してまで、である。隣にはあきれ顔のレイドもいた。
突然の話になんだと思えば、ライオットの自宅の件だった。売るか貸すかしたらと長年言われていたのだ。条件が合わないなどといって断っていた。その実、面倒だったからだが。
「お店の支店出したいそうだよ。
立地は都合よく、庭もあり、ガーデンパーティーとか楽しめそう」
「売らない」
「ええ? 都合よいと思ったんだが。買い手本人を紹介するよ」
「断る。話がそれだけなら終わりだ」
ライオットは暇ではない。城に着いたからと言って休みというものもなく、不在の間の出来事やら色々聞くことは多い。その代わりに、3日後から一週間ほど休みを取る予定ではある。ほかの厨房で働く者たちには止められているが、さすがにそろそろ休ませてほしい。
「そこをなんとか。
我が家の平穏がかかっている」
「なんの話だ」
全く話が読めない。ただ、なんだか焦っているというのは伝わる。早く片付けて、仕事に戻ったほうがいいように思えた。
やはり、面倒だが。
一時的に厨房を抜けて、城の庭に出ることにした。人目があまりない木陰で、アザールが切り出したのは自業自得な話だった。
「シオリ殿を怒らせて、俺どころか、王族全員出禁食らって、個別注文も拒否された」
「だろうな。俺でもそうする」
むしろ反省文で許してやるというのは優しいほうだろう。
自宅の方もひどい有様になったらしく、その分も上乗せしてもいいくらいだ。
「そしたら、お父様がわるいんだからぁと娘になじられ、あら、しばらく実家に帰りますわよと妻に言われて」
「いい気味だ」
「こっちは、色々あったんだよ。
ようやく解決させたと思ったらっ!」
続いた悪態をライオットはスルーした。彼に限らず意外とこの王子様というのは口が悪い。どこで覚えてくるのかは謎である。
「で、売ってくれ」
「嫌だ。
俺の家はしばらくは分店として貸す約束をしている」
「……ん?」
「まだ店の修繕が終わらないそうだ。
ちょっと直すつもりが、色々ガタがきているところがあって本格的にということになったらしい」
「…………そのまま、ずっと貸したりするのか?」
「必要であれば。それに」
と言いかけて、ライオットは黙っておくことにした。
城を辞めて、料理屋をしてもいいかなと検討している、という話はまだ早い。城に仕えるのはもうやめようとは決めているが、それも確定してからでいいだろう。
「同居するのか……。それなら仕方ない」
「しない」
「つまらん。
まあ、わかった。邪魔をして悪かった」
「ほんとにな」
ライオットの返答にアザールは小さく笑う。
「おまえのそういうところが気に入ってたんだよ。
よくわかってくれる彼女だといいんだが」
「余計なお世話だ」
「必要なら保証人を」
「とっとと帰れ」
「はいはい」
そういってアザールは帰っていった。
何がしたかったのか謎過ぎる。そう思っていたところで、レイドが残っていたことに気がついた。
「あれで、気にかけて心配していたんだということは伝えるけど、感謝しろとか言わないから」
「素直にそういわれたほうが気持ち悪いからいいんだが。
本当に片付いたのか?」
「積もり積もった積年の恨みは、存分に。
聞きたい?」
「断る」
「じゃ、片付いた。憂いなくとは言わないけど、しばらくは平穏。というところで納得しておきなよ」
「わかった」
「じゃ、また。それからシオリ殿にチーズクッキーまだですかと聞いておいて」
そういってレイドも立ち去っていった。なんだかクッキーの話のほうが本命のように思えた。




