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召喚されて三年、聖女に気に入られ無茶振りをされた結果、店と弟子を持つことになりました。  作者: あかね
菓子店始めました。~弟子も増えて大変です~

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師匠について

「アプリコットは乾燥させたり、ジャムにしたり、煮たりするつもり」


 昼前に庭師と出かけていた師匠が帰ってきた。戦利品のカゴ一杯の果実は丸々としていた。

 おいしそうと嬉しそうな彼女は、久しぶりに笑っていたような気がした。


 ライオットさんの家に果実の樹があるっていうからもらいに行ってくるね。

 そういって最初は一人で出かけていき、しょげて帰ってきた。何事かと思えば、庭木が手に負えそうにない、庭師を紹介してほしいという話だった。

 それから二日ほどで弟子のひとりが紹介した凄腕の庭師と出陣していった。


 弟子たちも誘われはしたが、悪い気がして皆断っていた。師匠に、ではなく、家主のライオットに、である。

 城のシェフと友人以上恋人未満のような膠着状態がもう半年以上続いていることを弟子たちは把握していた。おまえらもう付き合えよという状況が長いともいえる。

 そんな状況が変わったのは一週間ほど前のことである。ライオットが旅行に出てしまった。それも帰りは未定。さらに旅行は建前で、実際は領土争いに発展する可能性あり。

 沈み込むなというのが難しいだろう。荒事になれた彼らでも少しばかり心配になるくらいなのだから。

 もう一人の弟子も同じ理由で不在である。坊ちゃん育ちのわりに根性があって、心配になるくらい優しい青年のこともグスタフは気にかけていた。

 なんというか、弟って感じなのだ。


「ちょっと元気そうでよかったっす」


 フェリクスがほっとしたように言うのが聞こえた。いつもは、偉大なる師匠という感じだが、ここ最近は参っているようで、師匠は争いに無縁な若い女性だったなと思い出したくらいだ。

 それは最初に会ったとき以来かもしれない。

 グスタフの師匠は、若い女性だった。最初に見たときは小娘と思ったものだった。こんな小娘の弟子? 冗談だろと言いはしなかったが、思ってはいた。

 それも、一か月もしないうちに改めた。


 グスタフだけではなく弟子の大半が地獄の特訓と思い返す一か月。

 まず、彼女は取り扱う菓子の名前と味を覚えさせようとした。知らないものを作れないし、売れないというのは間違っていない主張だろう。


 問題があったとすれば、お菓子なんてどれも同じでは? 程度の認識でいたグスタフたちだろう。

 今では同じ菓子でも他店との違いがわかるが、当時は全く区別がつかなかった。

 あまりにも区別がつかないので、身内の女性を同伴してこいという指示が出た。男女で味覚が違うのかと疑っていたらしい。

 味の区別がつくかの結果は半々くらいだった。彼女たちはそこまで明確ではないにしても、違うような? くらいの判断はすぐつくようになった。


 グスタフは妹を連れて行ったのだが、家に帰ってから、お兄ちゃん真面目にしたらぁ? と冷ややかに言われた。ショックだった。

 あとで聞いた話によれば、皆、大なり小なり同じような扱いを受けたらしい。そのあたりから弟子たちの空気感が変わったように思えた。


 ある程度味を覚えた次は、何かを泡立てる作業の連続、計量の正確さを確認、レシピの暗記。

 短期間に叩き込まれたそれだけで、もうどこかで店をやれるのではないかという密度だった。その当時は逃げ出そうか本気で考えたことがある。

 それでも踏みとどまったのは、お兄ちゃん、すっごいコゲてると笑う妹に腹が立ったからだ。

 努力のかいがあってか今は、お兄ちゃん、お菓子作ってと発注されるまでになった。それまで快く思っていなかった父ですら、こっそりつまんでいっているようだった。それどころか、店にまで来たことがあったらしい。

 母がこっそりと教えてくれた。

 兄たちのように出世するでもなく燻っていたグスタフを不甲斐ないと嘆いていた父が、様子を見に来た。あの女性客の多い店に。

 グスタフは想像して笑った。挙動不審になるのが予想できた。

 師匠に聞けば、ああ、なんか、親御さんくることある、と微妙な表情で言っていた。グスタフのところだけではないらしい。


 その後、家族用の優先席カードが作られた。


 冷静に考えれば、いきなりの転職、師匠は小娘、仕事は今までしてないことって、家族にとっては不安だよね。様子を見に来て、安心してほしい。ということらしい。

 いや、安心できるかな? お店繁盛してるから大丈夫だよね? と確認をとっていたところが師匠らしいとグスタフは思った。


 本人が望んだ弟子ではないのに、ちゃんと面倒を見ようとしている。

 そういう誠実さには応えたいと思った。


 だから、グスタフは黙ってていてもいいことを口にした。

 本来は彼女が知らなくていいことだ。知らないうちに始まり、知らないままに終わる、それが望ましかっただろう。

 でも、きっと、彼女は気がついてしまう日がくる。そのときに、黙っていた弟子に何を思うのだろうと考えたのだ。黙っていた理由は察して、理解はしてくれるだろうが、どこか許してくれないような気がしたのだ。


 東の国境の先の国は、貧しい。土地が痩せていて、小麦が育ちにくいと聞いたことがある。だから、ほかの肥沃な土地が欲しいのだ。

 グスタフも理屈はわかるが、それで国土を削られるわけにはいかない。

 他の解決方法があればいいのだが、それも難しいのだろう。なにか正解があれば偉い人が考えて実行している。

 今まで通り、相手が仕掛けてきた場合には受けて立つ程度しかない。


 早く終わって、仮初でも平和になってくれればいいとグスタフは思う。

 そうでないといつまでも店は暗いままのような気がした。

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