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60 執事の愚痴と、新たな依頼



 朝食後、僕の淹れたアッサムティーを、顔を綻ばせて堪能する娘。

 娘の名前はイヴリン。僕を入れた五人の悪魔と契約するただの人間だ。


 涎が出るような血肉と魂以外、特別秀でた才能もないただの人間。

 なのに頭だけは少々切れるのか、それとも運がいいのか。契約を三十年守り違法悪魔を見つけ続けている。

 娘を納得させる為にあの契約をしたが……予想外だ。



「あぁ……血みどろの使用人を見ない生活、最高だ」


 紅茶を味わいながら、娘は目を細め独り言を呟く。


 ヴァドキエル家の問題が解決し、娘を狙う暗殺者もいなくなった現在。暖炉の火で暖まりながら束の間の平穏を過ごしている娘は、随分と間抜けな顔だ。



 この娘は今までの契約者と全く違う。過去の人間達は皆、僕達の姿に見惚れすぐに言いなりになる者が多かった。もしくは耳元で囁けば、欲深い人間は器以上のものを求め、勝手に堕ちて行く者ばかりだった。

 だが娘は少しの期間ぎこちなかっただけで、今では僕の事は「紅茶淹れてくれる悪魔」位の認識しかない。僕も他の悪魔……特にレヴィスも娘を日々口説き落としているが、全く相手にされない。むしろやり過ぎると引かれる。


 ……だが、別に色恋に興味がない訳ではないと分かったのは、そこから数年たった時だ。

 拠点の確保の為に助けたこの国の王太子。言葉では拒絶していたが、あのクソ王子を見る娘の顔……今思い出しても腑が煮え繰り返りそうだ。

 何度殺そうとしたが数え切れないが、その所為で娘に拒絶される可能性を考え、少ない理性で必死に耐えた。


 やがてその王子が番を迎え、娘は少しずつ王子から離れていった。それからは非常に平和な日々を過ごしていたのに……最近はもう、何度歯軋りをしたか覚えていない。


 かつての王子の息子や中央区の商人……いや、それよりもあの悪魔もどきだ。娘への想いが強いのか、無意識で娘の夢の中に入り貪っていたのだ。

 ある朝、微かに匂う悪魔もどきの匂いに疑問を感じ、夜中部屋を訪れて本当によかった。もしもあの男が純粋な悪魔であれば、匂いの跡など付けなかっただろう。想像するだけで恐ろしい。


 舞踏会の最中、僕は悪魔もどきに憎き天使の術をかけた。男が今後娘の夢の中に入っても身動きできなくなるものだ。

 その所為で右手の骨は砕けたが、まさかそれすらも娘の体液で治るとは思わなかった。娘が穢される位なら、腕の一本位構わなかったが。



 目の前のこの娘、イヴリンは僕のものだ。

 誰よりも早く娘を見つけ、崩れた魂と体を癒したのは僕だ。

 僕のものが他に目を向けるなんて、穢されるなんて許されない。

 口付けも、舌も、純潔も僕が最初に穢す。

 


 「……崩れたイヴリンを直している所を、匂いに釣られてやってきた四人の悪魔が来なければ、僕だけが弄べたのに」

「サリエル、なんか言った?」


 小さく放った愚痴が聞こえたのか、イヴリンはこちらに振り向き首を傾げた。

 もう一度言ってもいいが、警戒される可能性もある為適当に誤魔化そうと、言い訳を話す前に居間の扉がノックされる。


「ご主人さまぁ!お客さんだよぉ!」

「ちゅうおう区のーじけーだんの人ー!」


 居間の扉を開けながら、フォルとステラが娘に訪問者の報告をしている。娘はティーカップをテーブルに置き、間抜けな表情を一気に険しくさせた。


「中央区自警団?こんな朝早くに何の用?」

「分かんないけどぉ、なんかご主人さまに話があるってぇ」

「おーせつ室にいるよー。赤い髪のおじさんと、おにーさん」

「……分かった。今いく」


 娘は、不満そうな表情で頭を掻き立ち上がった。

 フォルとステラに手を繋がれながら応接室に向かう娘を見届け、僕は客人の為のお茶を用意する為に食堂へ向かった。






 《 60 執事の愚痴と、新たな依頼 》







「最近、北区で話題になっている事件は知っているか?」


 開口一番、ギデオンは険しい表情でそう言った。

 再び淹れてもらったアッサムを一口飲んだ後、私は首を横に振った。


「申し訳ございませんが、この辺境の地では新聞以外の情報媒体がありませんので。……ただ、北区で夜間の外出禁止令が出されているのは知っています。記事になってましたので」

「記者には混乱を招かない為に、事件の詳細を記事にするのを禁止させているからな」


 北区といえば学問の区。国が建てた王立学校や一般の私学校まで、国中の学校が集まっている地区だ。この国の貴族は必ず家庭教師か学校に通うので、北区にも貴族の子息令嬢は多い。事件を公表しないのは、そこに配慮しているのだろう。


「北区で何かがあったのは分かりましたが、何故私へそれを話すのです?しかも閣下達は中央区担当でしょう」

「事が事なだけに、他の区からも応援要請が来ている。……で、その北区の団長から貴様の話をされてな。是非協力して欲しいと頼まれたんだ」

「北区自警団の団長……あの、お会いした事がないのですが」


 その発言には、ギデオンも隣に座る子息も呆れたような表情をした。


「貴様、自分が一部の平民達から何て呼ばれてるか知ってるか?」

「知ってますよ「辺境の魔女」でしょう?」

「違う「辺境の()()」だ」

「はぁ?聖女ぉ?」

「国王と王太子を病から救い、ハリス領地の虐殺を止めた聖女だそうだ。……白百合勲章の影響力、よく分かってないみたいだな」


 ギデオンはため息を吐くと、顔に似合わず優雅に紅茶を飲んでいる。

 まさか聖女とは……後ろで話を聞いているフォルとステラは、必死に笑いを堪えているのか何度も咳をして誤魔化している。


「北区の団長は平民出身でな、熱狂的な貴様の信者で、先日うちの詰所に来たのを何処からか聞いたらしい。謝礼は弾む、息子のアーサーと一緒に明日から北区へ行って欲しい」

 

 ギデオンの隣に座るアーサーは、こちらを見ると小さく会釈した。前会った時は敵意しかなかったが今はない。どうやら父が上手い事話しているらしい。


 しかしそれはそれ。私はじっとりとした目線をギデオンへ向ける。  


「……ヴァドキエル家って、私にもう危害を加えないって制約してますよね?」

「私は仕事を依頼してるだけだ」

「先程からの発言を聞いていると、もう北区自警団には私が行くと伝えている様に聞こえるのですが?」


 その言葉には、ギデオンは何も言わずに良い笑顔だけ向けてくる。……先日のヴァドキエル家の事から、やけに信頼されてしまっている気がする。いいのか団長……お前の団員、何人も後ろの悪魔共に拷問され喰われてるんだぞ。


 私がギデオンへ引き攣った笑みを向けていると、これまで一言も発さなかったアーサーがこちらを真剣な表情で見つめた。



「ミス・イヴリン、どうか協力してほしい。このままでは《北区の連続殺人の犠牲者が、また出てしまう可能性がある》」

「……………………」



 ……最悪だ。ようやく落ち着いて冬支度が出来ると思ったのに。

 レヴィスにジンジャークッキーを焼いてもらって、ホットココアを飲みながら、暖炉の近くで最近始めた編み物の続きをする筈だったのに。


「ご主人さま依頼受けまぁす!」

「受けまーす!」


 後ろでフォルとステラが、嬉しそうにギデオンへ参加表明をしている。行くの私なのに。





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