表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/197

42 噂と現実



 ダニエル・ジョンソン神父。彼は自分にも他人にも厳しく、そして寡黙な男性だったそうだ。

 孤児院に入った子供達には特に厳格であり、問題を起こした子供達に鞭を振るう事も多々あった。優しさが一切なかった神父は、子供達には恐れられた存在だったらしい。


 応接室へ向かう間に教えられたジョンソン神父の性格は、新聞で書かれていた様な、欲に塗れた男とは全く逆だった。


「確かに神父様は、とても厳しいお方でしたが……子供達に厳しいのも、将来孤児院を出た際に苦労しない為の優しさから出たもの。子供達を導く父としてあろうとしただけです」


 前を歩くシスターは、目線を下げて悲しげにそう言った。

 確かに、この国は他国よりも豊かではあるが、それ故に求められる素養も高い。ましてや親が居ない孤児院育ちの子供には、厳しい場面もあるだろう。




 シスターは、ある部屋の前で立ち止まると、こちらを見ながらゆっくりとドアを開ける。


「こちらの応接室でお待ちください。今お茶をお持ちいたします」


 そう案内された部屋は、手入れのされた年代物のソファと、真ん中に小さなテーブルが置かれた部屋だった。私とエドガーが部屋に入ると、シスターはお辞儀をしてすぐに出て行った。



 部屋の中はソファとテーブル、そして壁一面に本棚が置かれている。本棚には大量の本が隙間なく入れられており、その所為で小さな部屋なのにやけに圧迫感があった。……それに、床の四角い日焼けの跡。これは長年何かが置かれていた為に残った跡だ。

 既にソファに腰掛けているエドガーへ、目線を向けた。



「ここは、前はジョンソン神父の執務室だったんですね」



 私の言葉に、エドガーは目を細めながら笑う。


「どうして、そう思ったか聞いても良いかい?」

「……壁一面の本棚に置かれた本は、過去の孤児院の記録帳と聖書。そして子供向けの教材です。床の日焼けの跡は長方形。その近くには何度も何かを引きずった跡もある。これは椅子を何度も動かした跡でしょう。となれば長方形は、椅子が必要な執務机です。部屋変えをした可能性も考えましたが、となれば本棚に本が置きっぱなしは可笑しい。片付け途中だとしても、客人をここに招くのはあり得ない。……ですがもう使う必要がない方なら、話は変わります」


 喋れば喋るほど、エドガーは口元に手を添え感心した表情になっていく。


「……君はすごいな。その通り、ここはジョンソン神父の執務室だった。教会本部が机と椅子を破棄したんだ。余計なものが出て、更に泥を被るのが嫌だったんだろう」

「臭いものには蓋を、という事ですか」

「神を崇拝するだけじゃあ、慈善活動はできないって事だね」


 慈愛の心だけでは、金のかかる事は難しいという事か。エドガーの様な成功を収めた商人が言うと、とても説得力がある。

 

 そういえば、彼とは何年も前に一度会っているとサリエルが言っていた。その当時の記憶はないらしいが、当時幼かった彼が、どうして記憶を消すのを拒んだのか気になる。私は彼の幼少期の様子を知るために、彼に質問をしようとした。

 だが、口を開いた辺りで部屋のドアが開かれ、淹れたての紅茶の匂いを漂わせたシスターが現れた。トレーの上にあるのは、紅茶ポットとカップだろうか?


「お二人とも、お待たせ致しました」

「有難うございます、シスター」


 エドガーとの話の途中になってしまったが、今は違法悪魔の手がかりを探すのが先だ。私はシスターにお礼を伝えて、ソファに腰掛けた。




 ……だが、エドガーは無言でこちらを見つめていた。





 



   《 42 噂と現実 》






 事件当日。いつもは朝早く起きて、子供達の朝食の準備を手伝ってくれる神父が来なかったそうだ。珍しく寝坊でもしたのかと手伝いは気にしていなかったが、その後朝食になっても一向に現れないのを不審に思い、神父の部屋に行った所、姿が見当たらない。

 もしや急に教会本部に呼ばれたのかもしれない。そう考え帰ってくるのを待っていたが、その後すぐに来た自警団に、南地区の裏地路で殺されていた事を教えられ、皆大混乱したそうだ。


「私達が知っている神父様は、記事に書かれていた様な、欲に塗れる様な方ではありません。何故あの様な場所に行かれたのかは分かりませんが……きっと理由がある筈です」

「神父様は生前、南地区で何か用があるなど言っていませんでしたか?」

「いいえ、むしろ神父様は売春が蔓延るあの地区を、毛嫌いしておりましたから……どうしてあの方が、あんな場所で……」


 シスターは途中で震えた声になりながらも伝えてくれる。よほどジョンソン神父を信頼し、そして今でも、記事の様な出来事で殺された事を否定しているのだろう。

 私はなんだか居た堪れなくなり目線を逸らすと、壁一面に置かれた本棚の、あるタイトルが目に入った。


「……シスター、ここにいる孤児院の子供達は、ここを出た後どんな道へ進むのが多いですか?」

「え?……えっと……裕福な家や、貴族の家の見習い使用人として雇われたりする子もいますが……殆どは教会が紹介した、下町の工場などに行く子が多いでしょうか?」

「その紹介した中に、南地区での仕事もありますか?」

「《あそこの地区は、治安が悪いので子供達へ紹介していません。》………えっと、どうしてそんな質問を?」

「……ただの興味です」


 やはり、南地区の話でノイズが聞こえた。今まで神父の名前や素行などで一切聞こえないので、本当にこの事件に違法悪魔が関係あるのかと心配したが……ウィンター公が教えてくれた通り、この事件にはまだ違う一面がある。




 私はその後、シスターから孤児院の話、特に子供達の就職関係について教えてもらった。だがその辺りは殆ど神父の仕事だった様で、詳しくはシスターでも分からなかった。

 

 おそらく他の手伝いの者に聞いても同じだろう。そう思った所で応接室のドアがノックされた。中に入ってきたのはフォルとステラで、二人とも頭に大量の花冠を乗せられている。


「ねぇねぇご主人さま見てぇ!たくさん作ってくれたぁ!」

「ご主人さまの分もあるよー!」


 嬉しそうに私の元へやって来た二人は、自分に乗せられていた花冠を私の頭へ乗せた。その姿を見てシスターは小さく笑う。


「この前、丁度花冠の作り方を教えたんです。子供達とよっぽど仲良くなったんですね」

「あー……この二人、人の懐に入るのが上手くて……」


 そう伝えているが、本当は二人ではなく一人、フォルがそうなのだ。

 世間的にはフォルネウスと呼ばれるこの少年(悪魔)は、出会う人全てに受け入れられ、好感を持たれる能力を持っている。常に一緒にいるステラにもその術をかけているので、二人はどこへ行っても受け入れられ、そして愛されるのだ。まぁ容姿の部分もあるかもしれないが。


 今現在で聞きたい事は全部聞いたし、二人も戻って来たのでそろそろお暇しよう。私はシスターにお礼を伝え、そのまま帰路に着くために立ち上がった。


 だが、後ろからドレスの裾を掴んで止められてしまう。振り向けば、エドガーにやや名残惜しそうに見つめられていた。



「まだ時間はあるだろう?私の家がここから近いんだ。……よかったら、お茶でもどうかな?」

「…………」

「駄目かい?」



 ……実年齢は置いといて、私は外見だけは十八歳の小娘だ。そんな小娘に、約ひと回りは年齢が違うだろう男が、こんな仔犬の様な表情を見せるのはいいのか?……いや、そもそも小娘に一目惚れしてストーカーする様な男だったな。



 だが好都合だ。私はこのエドガー・レントラーに話があった。

 それはシスターとの会話で考えた仮説で、おそらくこれが正しければ、この男の情報が今回の事件では重要なものとなる。


 私はドレスの裾を掴むエドガーの手に触れ、ゆっくりと撫でるように甲に手を這わせる。その感触にエドガーは手を震わせるが、されるままに受けいれている。


「ええ、喜んで」



 微笑み提案を受け入れる私と、そんな私を熱っぽい目で見るエドガー。

 …………を、フォルとステラは引き攣った表情で見ていた。ムードのかけらも無い。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ