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29 聡い者は悪夢を見る



 夜中に突然、銃の発砲音が聞こえた。それも一度だけではない、何度も聞こえてくる。

 寝ていた私は飛び起き、持参していた猟銃を持ち部屋の扉を開けた。この屋敷には今大会の参加者の家族の女性や子供、それに…………。


「……あれ、そう言えば昨日から、パトリックを見ていないよな……?」


 一緒に大会へ来ていた筈で、大会の前半で山へ狩猟に行った筈だ。

 だが昨日雨で急遽中止になった時も、戻ってきた参加者の中に甥はいなかった。……それに、参加者で他にも何人か戻ってきていない者がいる。どうしてそんな重要な事を今まで気づかなかった?


 扉を開けたすぐに、廊下をハリス伯が真っ青な表情で通り過ぎていった。声を掛けようにもあまりにも慌てているので掛けれない。だが今の銃声の原因を少なからず知っている気がする。


 私は彼の後を慌てて追いかけた。








 外は土砂降りなのに寝巻きのまま、裸足で伯爵が向かったのは庭の奥にある小屋だった。確か去年使われていない祭壇の跡地だと言っていた気がする。


 迷いもなくその扉を開ける彼に着いていくと、やはり古い祭壇が置かれており、埃除けのためにシーツが被せられていた。だが伯爵は突然床に這いつくばり、何かを見つけるとそれを思いっきり引っ張る。



 …………大きな音を鳴らして、床が開き地下へ繋がる階段が出てきた。まさかこの古い小屋に、そこまでの巧妙な仕掛けを施しているとは思わず目を開く。

 伯爵まそのまま階段を降りていくので、私も気づかれない様に一緒に降りていった。


「……何だ、何を隠しているんだ」


 小声で答えられない問いを呟きながら、私は足を進めた。







◆◆◆







 水飛沫と一緒に、血と肉片が飛び散る。

 それは部屋の床や地面に飛び散り、それと同時に夫人達からの息遣いも無くなる。


 レヴィスは首を掻きながら、ようやくこちらに振り向くが、服や顔に肉と血、死んだ蛆がこびり付いている。手で払いながら、そのまま私達の方へ進むレヴィスの後ろには、青く燃える肉塊が二つ見えた。


「……主、この悪魔共のお仲間の人間はどうするんだ?他の悪魔と一緒に殺していいのか?」

「人間は然るべき場所で裁いてもらう。おそらくさっきの銃声で、他の悪魔もこの場所の様子を見に来る筈だから、それは全員お願い」

「アンタは……本当に優しいご主人様だな」


 呆れた様な表情を見せながら、レヴィスは小屋にやって来るであろう他の悪魔を狩る為に私達を通り過ぎ、壊れた扉をくぐろうとした。……だが、こちらへやって来る足音が聞こえた所で、レヴィスは歩を進めるのを止めた。



 やってきたのはハリス伯だった。やはり彼もこの場所の存在も、夫人や娘達の存在を知っていたらしい。

 荒く息づきをしながら、ハリス伯は私達がこの部屋にいる事に驚いていた。どうやら銃声を聞いて、寝巻きのまま武器も持たずにやって来たらしい。


「どうしてミス・イヴリンが……」

「悪魔の隠れ家、流石に庭の小屋の床に入り口を作ったのは間違いだったのでは?すぐに見つける事が出来ました」


 悪魔、その言葉にハリス伯は驚愕した表情を見せた。まさか私から、その言葉が出ると思わなかったのだろう。


「なっ、何で悪魔の存在を……おい……おい待て……後ろの燃えているものは何だ?」


 私達の後ろ、ハリス伯の前で燃えている青い炎に気づいた彼は、前に立っていたレヴィスを押し退けながらその元へ向かった。レヴィスはそれに舌打ちをしながら、先に部屋から出て行った。


 肉塊となり燃えているが、唯一残った夫人の結婚指輪を見て、ハリス伯は自分の妻と娘だと気づき、膝を床に落とした。頭を掻きむしりながらこの惨劇を受け入れられずにいる。


「ああ、あああ、ああマーシャ!ドロシー!!どうして……どうしてこんな!!」


 私は後ろからゆっくりとハリス伯に近づく。おそらく表情は褒められるものではないだろう。掻きむしり頭から血を流す彼の耳元で、私はやけに落ち着いて囁いた。




()()()()()この領土と悪魔達に、何の考えもせず生贄を捧げ続けた結果ですよ?」



 耳元の声に反応して、振り向いたハリス伯は、出会ってから見せた事もない位に真っ赤になり、悲しみと屈辱で床に拳を打ちつけた。

 私はそんな彼を見ても、無表情で彼を見下した。


「貴方と先代伯爵は、まんまと悪魔に騙されたんです。六十年前のマーシャの生贄だけで良かったのに。貴方達の所為で六十年以降の被害者は意味もなく食われ、意味もなく人々から記憶を抹消された。……あと、貴方に伝えたい事がもう一つ」




 最後だけは彼だけにしか聞こえない様に小声で囁く。

 彼はその言葉に、真っ赤だった顔はやがて蒼白したものになった。





 そのまま声も発さず、呼吸だけして呆然と青い炎を見ている。近くで見ていたパトリックは、ハリス伯の変わり様に驚いているが、私はそのままハリス伯から離れ、パトリックを見た。


「行きましょう、パトリック様。きっとエドガー様が探していますよ」

「……ああ、そうだな」


 私は歩けなくなっているパトリックに肩を貸し、ハリス伯を置いて部屋の外へ出ていった。








 …………部屋から出て暫く歩いた時、後ろから銃声が聞こえた。

 恐らくドロシーが、レヴィスを撃った時に使ったものだろう。







 その銃声の音を聞いたパトリックは、ここまで黙っていた口を開いた。


「イヴリン。……あの時、伯爵になんて言ったんだ?」

「ああ、大した事ではありません。ただ「悪魔と人間の間には子供は出来ない」と伝えただけです………あ、インキュバスやサキュバスは別みたいですよ?良かったですね」

「……それ、伝える必要あったのか?」


 こちらを見ながら顔を引き攣らせるパトリックに、私は笑った。



「さぁ?」









◆◆◆








 伯爵の後について行った際、急に歩く速度を早める彼に、足音を立てぬ様に追いかけた所見失ってしまった。……だが、その後すぐに反対側から現れたレヴィス君に出会った。


「レヴィス君!!君どうしてこんな所に!?」

「……それを言いたいのは俺なんだが……ああ、駄目だな。もう向かって来てるのか」

「えっ?向かって来ている?」



 レヴィス君が見ている方向、私の後ろを見れば昨日の大会で見た事のある平民の参加者がいた。だが皆目つきが獣の様で、まるで昨日の穏やかな彼らとは違った。


 だがそれよりも、今まで好青年だった彼も全く違う。気だるげに目を細め、目の前の平民達へ唾を投げつけた。まるで、どこかの不良の様な佇まいだ。


「……主はこの道通るだろうし、その時にこの人間が死んでたら怒られそうだな」

「な、何を言っているんだ君は!?」

「あーもう、本当に騒々しいなアンタは。馬車の中でもこの場でも。……もう寝てろ」



 レヴィス君が私の顔に手を翳した時、急に目の前が真っ暗になって行った。




 だが、意識が遠くなっている最中、遠くから断末魔と、血と海水の匂いがした。




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