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海の支配者 【上】

大体70話終わったあたりの頃の話です。

なろう版では2話、ムーン版では3話の予定です。


「主、一緒に海行かない?」


 朝食を食べ終わった私に、レヴィスは穏やかな声でそう誘った。

 この極寒の冬に海で、一体何をするのか?その答えは何となく分かる。食後の紅茶を飲みながら、私は奴を見据えた。


「今日の晩御飯は魚?」

「そう、冬の魚は身がしまるから、魚介のパエリアにしようかと。一緒について来てくれるなら、パエリアの具材好きなのにするぞ」

「パエリアー!」


 はい最高!絶対に美味しいやつ!冬の海に向かうのは億劫だが、パエリアの具材をおねだりしたい。イカとかエビとかいいと思うんだ。

 私はレヴィスの誘いにのり、ランドバーク領にある小さな漁港へ出かける事にした。







 ルドニアで一番の漁港は旧ハリス領だが、ここランドバーク領でも小さな漁港はある。

 ただ小さいので、領土外へ卸す事はなく地産地消。故に鮮度はとてもいい。……まぁ、レヴィスさんの場合は自分で釣ってしまうらしいが。


 馬車に揺られて数十分。漁の船も寄り付かない静かな海へ辿り着く。ここで釣るのか?とレヴィスを見れば、奴は革靴も気にせずに海に足を浸からせた。冬の海は凍える程の寒さだが、奴は寒くないらしい。


 私は馬車に置いていたブランケットを羽織り、レヴィスに持っていろと頼まれた大きな籠を抱く。……私は、めっちゃ見た目寒そうな奴へ声をかけた。


「ねぇレヴィス。釣り道具持ってきてないのに、どうやって魚釣りするの?」


 レヴィスは釣り道具を持っていない。薄着の格好で、見た目は今から海に身を投げる自殺志願者だ。だが奴はいつも大量の魚介を持って帰ってくるので、素直にどうやっているのか疑問だった。


 レヴィスは私に振り返れば、穏やかに笑いながら己の足元、海水を指差す。首を伸ばして、恐る恐る見れば……奴の足元には、大量の海の生き物達が優雅に泳ぎ奴に纏わりついていた。


 こんな浅瀬に何故魚がいる?しかも全員立派すぎる。その光景に驚いていれば、奴は声を出した。


「主。俺は「海の支配者」だぞ?そんな俺が、わざわざ魚釣りすると思う?」

「海の支配者……」


 海の支配者。それはこの悪魔の通り名だ。支配者、その場所を支配する者の事。

 海を指していた手は、次に私の持っていた籠へ向けられる。私は急いで奴の元へ近づき、籠を渡した。


「ありがと。確か、イカとかエビがいいんだっけ?」

「う、うん」


 レヴィスは頷けば、手際良く海老とイカを籠に入れていく。こんな浅瀬なのに普通にイカとエビがいるのもおかしいが……何となく理由は察した。


「お前の周りにいる魚……全部生贄って事?」

「そ。この海が、俺の機嫌を損ねない為に与えた生贄だよ。俺が少し力を使えば、この海なんて簡単に消えるし。ご機嫌取ってるんだろうな」

「て事は、私は今まで生贄を食っていたと」

「釣った魚も生贄の魚も変わらないだろ?」


 そりゃそうだが……なんだか海に対して、とても申し訳ない気持ちだ。私は籠の中の魚達に、この領土を拠点にしてしまった事への謝罪をした。






 結局レヴィスは、集まってきた魚介類全てを回収した。毎回こうやって魚釣りをした後、使わない残りは近くの港町に売っているらしい。そこで得た金で、時より見知らぬ食事を発見すれば食べて、私が好きそうであれば屋敷のメニューに採用するのだとか。どうりで奴の料理のレパートリーが多いと思った。自分で稼いだのだから自分で使えばいいのに。


 馬車で再び移動すれば、すぐ近くに小さな港町が見えた。レヴィスは慣れた足取りで港町の出店を歩いていく。進む度に機嫌よく住民に声を掛けられ、女性達からはの黄色い声が溢れた。アイドルかよ。


「やぁレヴィスさん!今日も魚を売りに来たのかい?」

「なんだグレッグさん。昼間から酒飲んでるのか?また奥さんに怒られるぞ」


 とある出店の店主が、酒に酔っているのか頬を赤めらせて話しかけてきた。グレックと呼ばれた店主は、酒臭い息で笑い飛ばす。


「相変わらず鼻がいいなぁ!ちょっとだけからバレやしねぇよ!……お?珍しいな連れがいるじゃないか」


 店主は私に気づいたのか、興味深そうに私をまじまじと見つめる。毒気のないその視線に戸惑っていると、突然レヴィスが私の肩を抱く。

 そのまま、満面の笑みで店主へ見せびらかすのだ。


「可愛いだろ?俺の女なんだ」

「違いますこいつの主人です」


 即座に訂正すれば、レヴィスは頬を膨らませて不満げだ。そういうのはフォルとかステラとか、時より爆弾の様に甘えてくるサリエルがやるから可愛いんだぞ。


 店主は驚いた表情で私を見つめれば、やがて気づいたのか大声を上げる。その所為で周りの住民も此方を更に注目した。


「アンタ!あの丘の上の城に住んでいる魔女様だろ!?俺ァ二十年前に、アンタをチラーッと見た事があるが……本当に年取らねぇんだな」

「何そんなに驚くんだよ。散々俺が仕えてるって言ってただろ」

「悪い悪い、冗談だと思ってたんだよ!」


 酔っ払いの大声はよく響くので、周りの住民達も私の存在を知った様だ。興味津々に此方を見つめる者もいれば、子供を守る様に立ち去る者もいる。全て非常に不愉快な目線である事には変わりない。


 あまり長居するもの苦痛なので、さっさと目的を終わらせてもらおうと、レヴィスに声を掛けた途中。

 人混みを必死に掻い潜り、此方に誰かが近づいている事に気づいた。やがて誰かは人混みを抜け出し、私達の前へ現れる。明るい金髪の女性だ。


「レヴィスさん!また漁師じゃないのに魚を持ってきたのね!」


 眩しい笑顔をレヴィスに振り撒きながら、女性は奴の腕を抱き締める。それをレヴィスは、苦笑いをしながらやんわりと離させる。


「ジューン、俺に何か用か?」

「もう!用がなかったら話しかけちゃ駄目なの?あたしずーっと会えるの待ってたのに!……あれ、今日はお連れさんがいるのね?妹さん……ではなさそうだけど」


 ジューンと呼ばれた女性は、私に気づくと上から下まで舐める様に見つめた。結果レヴィスに見えない様に嘲笑ってくる。おい今何処を見て笑った?胸か、胸なのか?

 しかし、ここで悪態を付く意味はない。私はドレスを摘んで、恭しく彼女に礼をした。


「そこのレヴィスの主人の、イヴリンと申します」


 私の態度に驚きつつも、ジューンは私の名を知っていたらしい。嘲笑う目線は一変、化物を見るような、蔑んだ目線を向けられる。


「まさか!「辺境の魔女」なの!?」

「そうとも呼ばれていますが、よくご存知で」

「知っているわよ!黒魔術を使って、レヴィスさんを気味が悪いお城で無理矢理働かせてるんでしょ!?」


 おお、白百合勲章を取った後では珍しい反応だ。先ほどの目線も含めて、この田舎町では中央区で変わった私の権威を知らないのだろう。聖女様聖女様と慕われるより、此方の方がよっぽどいいが。


「いいえ、レヴィスは自分の意志で私の使用人になっています」

「見た目が変わらない化物みたいな貴女に、望んで仕える人なんている訳ない!人間の皮を被った魔女め!!」


 こりゃまた随分な罵倒を言ってくれる。レヴィスへの恋心から敵意が溢れ出ているのだろうが……イカン。嬢ちゃんの後ろにいる、マジモンの化け物が今にも襲い掛かりそうだ。フーフー言ってる。気づいて。


 しっかり気づいていた店主が、慌ててジューンの元へ駆け寄り宥め始めた。


「ま、まぁ落ち着けよジューン!イヴリンちゃんの言う通り、レヴィスさんは望んでこの子に支えてるんだから!」

「それが!この女の魔術の所為って言ってるのよ!!」


 血気盛んな小娘の暴れ具合には、流石に初老の店主では荷が重いらしい。周りの住民達も、流石にジューンが無礼すぎると思ったのか、彼女を必死で止めている。


 そんな光景を引き攣りながら眺めつつ、私は今にも大暴れしそうなレヴィスの前に歩みを進めた。


 奴は私が側にくれば、荒れ狂っていた呼吸をすぐに落ち着かせる。……なんだろうこれ、暴れ馬を宥める調教師みたいだ。


「レヴィス、落ち着いて」


 静かに声を掛けた。

 レヴィスはゆっくりと深呼吸をした。やがて奴の灰色の瞳が、私をまっすぐ見据える。よかった、どうやら落ち着いてくれたらしい。



 ……が、その直後。灰色の瞳が、一気に私の目と鼻の先まで近づいた。

 驚く間もなく、私の唇にむにゅりと柔らかさ。潮の味がする、厚い舌。


「んっ、ん?……んぐ!?」


 レヴィスに口付けをされている。しかも大人のやつ。その事実に漸く気づけば、今度は私がくぐもる声で叫んだ。ジューンに向けられていた注目が、再び私とレヴィスに戻る。頬を真っ赤にして凝視する少年少女。口を大きく上げて驚く大人達。静かな港町。


 長く私の唇を堪能したレヴィスは、私が酸素不足で胸を叩けば、漸く唇を離してくれた。

 次に奴は周りへ目線を移せば、いつもと変わらず穏やかに笑うのだ。


「悪いけど、俺この女を堕とすので忙しいんだよ。だからもう黙っててくれる?」


 突き放す様な言葉の刃は、ジューンに向けられた。




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