昼休憩
国立学校編のあたりの話です。
多々ある学び舎の中でも、国が運営をする名門校。そのまま「国立学校」と名付けられたこの学校では、貴族平民関係なく優秀な若者が集まる。成績が優秀であれば、平民でも国に仕える役職を卒業後に与えられる事もある、将来のルドニアを背負う者達の学び舎。
しかし。そんな名門校の生徒とて十代半ばの、うら若き少年少女である事には変わりないのだ。……つまり、どれだけ頭が良かろうとも、ちゃんと子供らしさはあるって事。
国立学校の事件を解決後。様々な事情が重なり、私の退学届の受理は先延ばしになっていた。故に私はまだ学生のイヴリン・アノニマスのままで、パトリックと同じクラスで授業を受けている。
最初の方こそ、私が「事件解決の為に潜入した、辺境の魔女イヴリン」である事が知れ渡ったお陰もあって、周りからの囁くような噂声に呆れていたが……元から私を知っていたギルバートや、何かと世話を焼いてくれるパトリックの存在も大きかったのだろう。一週間でクラスメイト達は私に慣れて、良く課題の質問を聞いてくる様になった。
午前の授業が終わり昼食時間。いつものテラス席に座ろうとしていると、クラスメイトの女子二名が一緒にと誘ってくれた。確か、赤髪のおさげの子はヨシュア。茶髪のソバージュがエレナだったか?別に断る理由もないので、愛想良く返事をして彼女達の席に座った。……のが、間違いだった。
「イヴリンさんって、パトリック様とお付き合いしているの?」
「え”っ」
突然の質問の内容に、思わず食べていたツナサンドを吐き出しそうになる。一体何を言っているのだこのお嬢ちゃんは。一気に冷える背中に恐怖を抱いていると、隣のお嬢ちゃんが「もう!」と呆れた声を出す。
「ヨシュア!違うわよ!イヴリンさんはランドバーク先生と禁断の恋をしているのよ!」
「なっ」
何だそれは、何処からそんな噂が出てきたんだ。まさかこの学園でも十年前の出来事が知れ渡っているのか!?否定する声を出そうにも、畳み掛ける様にヨシュアが反応する。
「エレナ!だからそれは歳が離れすぎてるって言ったじゃない!絶対にパトリック様よ!」
「いやっ」
「貴女は先生の授業を取ってないからそう言えるのよ!イヴリンさんを見つめる先生の表情!手つき!口ぶり!!もう恋する乙女みたいなんだから!!」
「あ、あの」
「そんなのパトリック様だって負けてないわよ!貴女だって見たでしょ!?教室であんな大声で告白されてたじゃない!しかもイヴリンさん、告白されてちょっと照れてたじゃ」
「ちょっといいですかね〜〜〜!!??」
気づけばテーブルを叩き立ち上がっていた。ヨシュアとエレナ以外の、昼食を取る生徒達も此方を見る。私は何回か咳払いをしてから、じっとりと目線を向けた。
「パトリック様とかロー……ランドバーク先生も、全くの勘違いです」
「えっ、じゃあやっぱり使用人と」
「それ冗談でもやめてください」
ふざけるな。最近アホすぎる悪魔が恋人なんざやめてほしい。吐き出す様に言えば、誰もいない筈の後ろからすごい歯軋りが聞こえたけど気にしない。気にしたら負け。大注目の中再び席に座れば、再びツナサンドを口に運ぶ。
「私は今もこれからも、恋人やら夫やら持つつもりはありません」
「えぇ!それはないわよイヴリンさん!」
「そうよそうよ!若いんだから恋しましょうよ!恋話しましょうよ!!私達家で決められた婚約者がいるから、そういう甘酸っぱい話が聞きたいのよ!!」
「いや、私にそんなもの求めないでくださいよ」
呆れた表情で咀嚼をすれば、二人は頬を膨らませて不機嫌そうだ。……悪いねお嬢ちゃん達。大分恋だの愛だのの話に飢えているんだろうが、私に其れを求められても無理だよ。
その後も質問攻めに遭うが適当にはぐらかし、最終的には昼休憩終了のチャイムが鳴った事でお開きとなった。いつもよりも随分と長い休憩だった気がする。
◆◆◆
「か、課題でわからない所があるんだ。この後、時間あるか?」
放課後、部活動へ行くために準備をしていれば、そんな声が耳に届いた。勢いよく顔を上げれば、私の斜め前の席のパトリック・レントラー様が、整った顔を赤く染め上げながら、隣の席のイヴリンさんを誘っている。彼がこんな表情をするのを初めて見るし、人を誘っているのも初めて見る。写真機が欲しい。
まさかこんな場面に巡り合うと思わず、緩む顔を必死に取り繕う。ふと気配がしたので後ろを向けば、エレナは「ローガン先生は……?」と真っ青で呟いていた。ほら見なさい!やっぱりパトリック様よ!!私も真っ青の友も?パトリック様のお誘いにどう返事するのか期待で胸を膨らませた。
……が、イヴリンさんは教材を片付ける手を止めず、心底面倒臭そうな表情で彼を見る。
「いや、私今から図書室に行きますので。無理です」
「えっ」
私とエレナは、崩れそうになる足を必死に耐える。
ちょっと待ちなさいよイヴリンさん!!何よその断り方!二人で図書館に行けば良いじゃない!それじゃあまるで「時間はあるが貴方とは一緒にいたくない」って言ってるものじゃない!パトリック様ポカンとしてるじゃない!!
しかしそこで諦めないパトリック様。顔を引き攣りながら、震える唇を動かす。
「いや……その図書室に俺も行くのは、駄目なのか?」
「何で一緒に行く必要があるんですか?」
「お前は配慮を知らないのか?」
すごい彼女、恋愛伏線を真正面から叩き割っている。というかパトリック様への当たりが強すぎる。後ろから「やっぱり、先生と……!」と聞こえる。まだ諦めていない様だ。
そんな私達の想いも知らんぷりして、イヴリンさんは帰り支度を終わらせたのか、革鞄を手に持つ。そのまま「ではまた明日」と颯爽と立ち去ろうとしているので、思わず部外者の私が止めそうになった。
しかしそれよりも早くパトリック様が、彼女の背中に向けて声を出す。
「東区のパフェ!!」
慌てて発した意味不明な言葉に、勢いよくイヴリンさんが振り返った。食い入る様に己を見つめる彼女に、パトリック様はしたり顔だ。
イヴリンさんはそんな彼の表情に眉を顰めて、恐る恐る声を出す。
「……今ってなんのパフェですか」
「桃のパフェ」
イヴリンさんがビクッと震えた。無愛想だった表情が、あっという間に食いしん坊の表情に変わる。
己の緩み切った表情に気付いたのか、咳払いをして必死に表情を戻していた。が、その意味は無く、彼女はソワソワしすぎて、己の毛先を弄っている。へぇ、イヴリンさんパフェ好きなんだぁ……。
「ふ、ふーん……私、個人的に使えるお金はないんですけど……」
「お前に払わせる訳ないだろう」
イヴリンさんの尻尾が激しく揺れている。勿論幻覚だが、その位に喜んでいるのが分かる。パトリック様の喉が鳴り、私も共に彼女の答えを待つ。
暫くすれば決心したのか、彼女は小さくため息を吐くのだ。
「課題、どこが分からないんです?」
パトリック様の表情は一気に柔らかくなり、緩んだ口元を隠さない。対する私は雄叫びを上げたいのを抑え、深呼吸。この結末に胸を撫で下ろす。
嗚呼よかった!一時はどうなる事かと思ったが……可笑しいな、もう夏も近いのに、真冬の様な冷気が襲いかかってくる。もしや風邪でも引いたのだろうか?
いや、それよりも後ろだ。一緒に見ていたエレナは、生徒と教師の禁断の恋に胸をときめかせていたのだ。ゆっくりと後ろを見れば、やはり彼女は机に突っ伏していた。これは重度だ。
エレナを労わりながら、仲睦まじく教室を出る二人を目端で見る。
パトリック様は言わずもがな……だが、イヴリンさんが彼を見つめる眼差しは、普段より少しだけ優しい。
そして理解した。
彼にかける言葉の一つ一つが、彼に心を許しているからこそ言っているのだと。
「……私も、もう少しカイルと出掛けようかな」
ふと、そんな独り言が出てしまう。




