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16 その後。戻ったサリエルが、砕いた聖剣を奴に撒いて終わる。


 部屋に監禁されて暫く。本日の変態メイドセレクションは、黒のレースで出来たワンピースだ。装飾も少なめで、レース刺繍が美しいワンピース。ちなみに背中は尻付近まで開いている。

 地獄での報告をまとめて持ってきたサリエルが、私を膝の上に乗せて、荒れた呼吸で報告しながら手を入れてくる。こいつ本当に変態になったなぁ。

 耐えきれなくなったのか、首筋の匂いを嗅ぎ始める変態執事。顔を引き攣りながら、気になっていた事柄を問う。


「そういえば、ちゃんと神父様はルドニアに返したよね?」


 サリエルは鼻をひくつかせながら、だらしない顔で此方を見た。


「スゥーー……はぁ……戻すのも面倒なので、適当な場所に放り投げようとしたのですが。丁度ルドニアに向かう予定だった招待客が、クソ神父を知っていた様で。ついでに持って行って貰いました」

「扱いが不憫すぎる」


 ついでに持って行って貰うとか。もう神父様が物の様な扱いだ。叱るようにじっとりと目線をサリエルへ向ければ、奴は頬を膨らませて不機嫌になる。なにそれ可愛い。


「だって、ご主人様から離れたくなかったんです。また逃げるかもしれませんし」

「だから言ったじゃん。無理矢理連れてかれたんだって」

「知りません。ご主人様が全部悪いんです。ちゃんと反省しない内は、この部屋から絶対に出しませんから。クソ商人が悪魔になった今、いつご主人様を襲いにくるか分かりませんし」


 もう襲いにきてるんだよね。ご主人様クソ商人さんと契約してるんだよね。そこの引き出しに契約書入ってるんだよね。……なんて言うと面倒な事にしかならないので。いつかは気づかれるだろうが、それまで暫く黙っていよう。


 話は終わった。と言わんばかりにサリエルは尻尾を揺らしながら甘えてくる。奴の喉からキューキューと甘える鳴き声が聞こえ始めた所で、部屋のドアがノックされた。

 返事をすれば、扉を開いたのはステラだった。奴は私を後ろから抱くサリエルを見て、可愛らしい顔を引き攣らせる。


「やっぱりここにいたかー。サリエル、ベルゼブブが「あの聖剣どうするんだ!」ってすっごい怒ってるよー!」

「砕いてご主人様の部屋の周りに撒く。そうすれば並大抵の悪魔は寄ってこなくなるからな」

「ならそうやってベルゼブブに言ってよー!あいつ聖剣を下界に飛ばそうとしてるよー!」


 こいつ聖剣を虫除けにしようとしてる。ステラが膨れながら言えば、後ろから機嫌の悪そうな舌打ちが聞こえた。奴は名残惜しそうに私から離れて、しょぼくれた表情で見つめてくる。


「ご主人様。すぐに戻ってきますから、いい子で待っていてくださいね」

「いや別に戻ってこなくてい………んぐぐぐぐぐぐ!!!???」

「ね〜〜!!ちゅーしてないで、はやく行ってよ〜〜!!」


 呆れたステラの声に再び舌打ちして、サリエルは急ぎ足で部屋から出て行った。



 私はベッドに寝転がり、脳筋執事による疲れでため息を吐く。ルドニアにいた時のサリエルも面倒な悪魔だったが、地獄に来てから更に面倒になった。おそらくは三十年分の耐えの結果なのだろうが……無表情サリエルくんが懐かしいよぉ〜。

 ステラが心配そうに此方へ駆け寄り、寝転がる私の頭を撫でた。


「ご主人さま、だいじょーぶー?」

「……大丈夫だよ、有難う」


 心配かけまいと笑いかければ、ステラは困った様に笑った。その表情はどこか大人びているものだ。



 ……私は、そんな彼女を目端に見た。





「ねぇ、ステラ。答え合わせをしたいんだけど」


 私の言葉に、ステラはゆっくりと頷いた。

 起き上がり、ベッドから出した足を動かして。私は私が導いた「仮説」を告げる。


「……今回の発端は、エウリュアレーがメデューサの頭を見つけた所から始まった。彼女は「力が弱いから探し出せなかった」と言っていたけど……真実はそうじゃない」


 どれだけ弱かろうと、人間が悪魔に敵うはずがない。力が弱いからという理由で、やっと見つけた手がかりを捜索しない答えにはならない。故に私は、彼女が「意図的に止めた」と考えた。


「エウリュアレーは、手がかりを探った結果、弱い一人では奪還は不可能だと察した。自分よりも強い悪魔か何かは知らないけど……まぁ私がエウリュアレーの立場だったら、自分だけじゃあ無理と分かれば、誰かを「頼る」選択をする。彼女もそうだったから、お前を頼った」


 美しい翠玉の瞳が、真っ直ぐ此方を見据えた。


「……数千年ぶりにエウリュアレーが来たと思えば、拳握りしめて「メデューサの頭の在処がわかったかもしれない」って言ってきたんだ。けれどその在処ってのが、あり得ない程に胡散臭い場所みたいでね。確かにメデューサの気配がする。だがそれより、ノイズが鳴り上級悪魔の気配もするのに、その存在が見当たらない。なのに当主のお嬢ちゃんは、数年前から随分と羽振りがいい。……あの子の力じゃあ、下級を倒すので精一杯だからね。だから私が調べたんだ」

「そしてお前は、伯爵の真実を知ったからこそ、二人だとしても奪還は不可能だと結論が出た。飼われた聖人は歪となっていても、破魔の力は厄介。例え運良く奪還できたとしても、無事では済まないだろう。お前達は行き詰まったが……そんな時。城でステラは、雇用主の命令で私を捕らえようとしている、ダンタリオンの使い魔を発見した。……そこで、お前達三人は「同盟」を組んだ」


 私を下界へ連れてきたのは、美しい青い小鳥だった。ダンタリオンが「自分が命令され連れてきた」と言っているのだから、あの小鳥はダンタリオンの分身、もしくは使い魔であるのは確定だ。……今思い出せば、あの青い鳥は前はよく見かけていたが、その度にサリエルが殺していた。仮説にしろ、奴らはその正体を察していたのかもしれない。

 窓の外へ目線を向け、新緑を眺める。私は続きを語る。


「ダンタリオンは、雇用主の為に私を地獄から連れてくる必要があった。そしてお前達は、聖人からメデューサの頭を奪還する為に力が必要だった。……同盟、というより契約に近いかな?ダンタリオンは雇用主にヒルゴス伯との共同貿易を薦め、奪還の好機である大型船の招待を得た。お前は、ダンタリオンが私を捕らえる為に協力した。ダンタリオンの願いも叶うし、私が地獄から逃げたとわかれば、サリエル達は必ず探しに来る。地獄から逃げた私が、現れたエウリュアレーの願いを聞けば完璧。私が推理して頭を見つけてくれて、そして最高の(悪魔)が味方につく。……全部全部、お前の計画通りだ」


 そう、私はまんまと善意を逆手に取られて、手のひらの上で転がされていたのだ。……けれどこのまま隠れていれば騙し通せるのに、ステラは私へ正体を現した。「何故最初から私の場所を知り、正体を隠していたのか」それが仮説のきっかけを作ったのだ。

 私を騙している癖に、最後には真実を知らせ、全ての責任を自分が受けようとしている。


「まさか。私達姉妹を長年苦しめた聖人が、知り合いの子供だったとは思わなかったよ。流石に、子供を殺すのを手伝え、なんて言えなくてね。それにあいつに手伝わせてたら、最後の最後で逃しそうだったし。そこは計算外だった」

「確かに。でもちゃんと仇を打ててよかったじゃん」

「…………嗚呼、そうだね」


 何故かステラは言葉に戸惑いを見せたが、すぐに戻り笑う。私の元へ近づけば、小さな体で傅いた。



「崇拝なる地獄の王よ。私ステンノーは畏れ多くも、貴女を己の勝手に引き込み、貴女を危険に晒した。その罪は重く、己の命だけは償えるものではないでしょう。……それでも、貴女のその憂いを少しでも無くすには、どうすればよろしいでしょうか?」


 悠々と語る声は、最後だけ震えるものに変わった。

 ここで私が死を望めば、ステラは迷わず永遠に終止符を打つだろう。勿論そんな事はしないが……恐らく、ステラは私が「来世」を望むと考えている。


 私が望んでいたものが、今伝えれば手に入る。ココナッツジュース片手に、オーシャン眺めて、誰も邪魔をしない世界が手に入る。



 ……私は、ゆっくりと唇を動かした。




「……パトリック様」

「え?」


 顔を上げたステラは、目を見開いて此方を向く。私は気にせずに、願いを伝えた。


「パトリック様の死期に、あの人を迎えに行きたい。……どうせ、死んだらこっちに来るんでしょ?なら迎えに行って、吃驚させてやりたい」

「…………」

「出来る?」

「……それ、は……」

「出来るの?」

「…………出来、ます……」


 その肯定を聞けば、私は満足げに頷いた。

 唖然と此方を見つめていたステラは、暫くすれば下を向き、身体を小刻みに震わせる。だが我慢が出来る筈もなく、次には大きな声を出して笑って見せた。


「あははは!はは、はははは!!あっはは……はーー!!長年の悲願が叶うのに、君って子は!!」

「何それ、じゃあご希望通り来世を望めばよかった?」

「それは困るねー!確実に坊や達に殺されるよ!!」

「でしょ?そんな未来がわかってるのに願うなんて出来ないよ。エウリュアレーも可哀想じゃん。折角妹の亡骸を全部回収したのに、次は姉とかさ」

「そっ、それでも……うふふ……ご、ご主人さまは、人が良すぎるよー……」

「それ位エウリュアレーを気に入ってるの。礼儀正しいし、悪魔っぽくないし」


 ステラの強かさを孕んだ言葉遣いが、段々と普段通りのものへ変わっていく。奴は立ち上がり、私の頬に冷たい手を触れさせた。瞳は慈愛に満ちたものだ。



「分かった。ご主人さまの望みの通りにしよう。パトリック・レントラーの死神は、ご主人さまだ」

「……わかってるだろうけど、絶対に他の悪魔には言わないでよ。またパトリック様との仲を疑われる」

「はいはい、そんな事言うわけないじゃないか。私とご主人さま、二人だけの秘密……あ、いや。三人だけの秘密だ」

「え、三人?何そ………ギャッ!?」



 意味不明な言葉を復唱したその時、大きく揺れるカーテンと共に、自分の体に何かが突撃してきた。私の体は衝撃に耐えきれず、ゴロンと一回転してベッドに寝転がった。


 動揺する私の上を、大きな影が覆う。……恐る恐る見れば、そこにはエウリュアレーがいた。


  美しい金髪を靡かせて。顔立ちがはっきりと見える様に揃えられた前髪は、美しいエメラルドの瞳を曝け出していた。相変わらず重厚な群青色のドレスを身に纏う彼女は、黄土色顔を歪ませ、恍惚とした表情で見つめている。


「エ、エウリュアレー!?」

「主様!そんなにも私を想ってくれていたなんて!!」


 鼻息を荒くして、叫ぶ様に声を出す。顔に唾が飛んだ。あの事件以来どこに行ったか不明だったので、再会に喜ぶべきなのだろうが……何だろう、本能が逃げろと言っている。

 私は顔を引き攣りながら、少しずつ彼女から離れようとした。腕を掴まれた。結構強い。


「アダダダダダダダ!!??」

「主様……ずっと、ずっと私はメデューサの為に生きていました。()()()()()()()()()()()()()()、可哀想なメデューサ。せめて美しいままで眠らせようと、聖力で腐らない体にしたのに……勘違いを続けていた村人達と、愚かな聖人が「力ある目玉」欲しさに頭を奪った。……そこから私の生きる意味は、妹を安らかに眠らせる事。それが主様のお陰で、漸く叶ったんです……なのに、主様は……主様は……私の為に、自らのみで責任を負おうとする姉を、許してくださった……!!」

「ちょ、ちょっとエウリュアレーちゃん!?主様の腕が捥げそうになってるよ!?」

「嗚呼、崇高なる地獄の主様!!私は貴女様を、次の生きる理由にしたい!この卑しい私を、貴女のものにしてください!!」

「アッ聞いてないぞコレ!?」


 大興奮のエウリュアレーに怯え、すぐ近くにいるであろうステラに助けを求める。が、ステラはやれやれ、と肩を落として頭を横に振る。


「さーすが、なんこーふらくのサリエルとレヴィスを、メロメロにしたご主人さまだー!」

「ええいかわい子ぶるな遅いわ!!早く助けろ!!妹を止めろ!!」

「えぇ、無理だよー。神様と聖者以外、エウリュアレーは止めれないよー」


 何だその含みのある言い方は。ステラに気を取られていると、前から服が擦れる音が聞こえた。


 見た。エウリュアレーがドレス脱いで………あれれれ〜?おっかしぃなぁ〜〜??どぉしてお胸がないのかなぁ〜〜?まるで男の上半身だねぇ〜〜??………勢いよくステラを見た。可愛くテヘッ!と笑ってきた。衝撃の真実などお構いなしに、私の上に跨るエウリュアレーは蕩ける表情を魅せた。


「主様は……その、ご自分の悪魔と、激しく情を交わすのがお好きとか?……お恥ずかしいのですが……私、こういった経験は初めてで……拙い手捌きでご迷惑をお掛けするかもしれませんが、どうか、私の初めてを貰ってください……」


 誰だそんな事言った奴、絶対にダリだろ。顔が一気に近づいてきたので、奴の頭を掴む事で止める。


「待て待て待てーーーーい!!お、おおお、お前!男だったのか!?」

「ええそうです。……私は美しい姉と妹に憧れと、羨ましさを持っていたのです。ですから少しでも二人に近づける様に、あの様な格好を……元々体つきは良いので、どうしても着膨れするドレスしか着れませんでしたが」

「大好きなメデューサになりたいんだもんねー?だからおねーちゃんも空気よんで「妹」って言ってたんだよー!いやぁよかったー!おねーちゃん心配だった!エウリュアレーのエウリュアレー生きてるかなって!ちゃんと生きて反応してるじゃーん!」

「そっ、そんな!姉様恥ずかしいから、下半身を見ないでください……!!」

「えっへぇどうしよう!!あの事件の中で一番の衝撃が今だわ!!うん今だ!!キャーーーー!!助けてーーーー!!!また童貞を卒業させちゃうーーー!!」


 城中に聞こえる程に叫んだお陰で、廊下から騒々しい足音が聞こえる。勿論この部屋の前で止まり、ドアを蹴破ってきたのはケリスだ。


「ご主人様!!今聞き捨てならない言葉が聞こえ…………エウリュアレー!?」


 ケリスは何故かいるエウリュアレーに驚いたが、奴が私に跨っている事を理解すれば、手をバキバキと音を立てて此方へ向かってきた。

 自分に殺意が向いていないのに、その表情で鳥肌が立ってしまったが……エウリュアレーはゆっくりとケリスへ振り向けば、次には翠玉の目をピカーンと光らせた。マジでピカーン!って光った。


 そしてゴトン、と大きな音が鳴って。ケリスはその場に固まり倒れる。死体の第一発見者並に悲鳴を上げた。


「ケ、ケリスさあぁあぁあん!!??」

「ふぅ……主様との最中でしたから、腹が立って使ってしまいましたが……もういいかな。面倒臭そうなダンタリオンに気づかれなきゃいいよね」


 己の髪を掻き上げて、さも当たり前の様に呟くエウリュアレー。……そう言えば、先程こいつ「私の代わりに殺されたメデューサ」って言ってなかったか?


 再びステラを見る。何処からか用意した紅茶を飲んでいた奴は、紅茶に目線を向けたまま、コクンと一度頷いた。ああ、だから「神様以外、エウリュアレーは止めれない」かぁ。



 全ての真実を解明して。……そしてこの後の惨事を想像して、絶望の表情を浮かべる。

 だがエウリュアレーは、嬉しそうに私に笑うだけだった。





「嗚呼、私の生きる理由。私が全てを捧げる、愛おしい主様。……私の為に、真実を見つけてくださった。そのお気持ちに応えます…………貴女の邪魔をする者は、全て「石」にして差し上げます……貴女の為に、ずっと、ずっとずっと…………………主様、主様……主様主様主様主様主様主様主様!!!あははハハ、アハハはははハハ!!!」



 嗚呼、私が間違いだった。

 礼儀正しかろうと、家族想いだろうと。悪魔は結局悪魔、何処までも己の欲の為に動くのだ。


 ……ケリス、後で戻して貰えるかな?





これにて番外編は終了です。

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