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その頃、教会では。

 聖者騒動も幕を閉じ、早数ヶ月。俺が聖人だの何だのという意味不明な騒動も収まり、中央区の小さな教会神父として今日も働いている。

 最初こそお行儀良く振る舞っていたが、今は面倒になって素の態度で孤児院の子供達や信者に接している。しょっちゅう遊びにくる養父が見たら怒るかと思ったが……あの人は頬を赤めらせ「貴方の全てが愛おしい」とか言われた。最近養父の様子が可笑しい。


「神父様ー!窓固定したよー!」

「ご苦労様。もう昼飯できてるから、さっさと食べてきな」


 窓に板を固定させた子供達が、工具を持ちながら此方へやってきた。一仕事終えた後の昼食に喜んで、駆け足で食堂へ向かっていく。

 素直な子供達の姿に笑いながら、目の前の処理の終わった窓、板の隙間から外の様子を眺める。中庭の木々は大きく揺れて、外の険しい状況を教えてくれた。昨日から続く大嵐はルドニア中を襲っており、田舎の街では血色の雨が降り注いでいるらしい。流石に血色は嘘だろうが、どの場所でも異常気象な事は真実だ。


「……あいつ、嬢ちゃんに会えたのかな」


 大嵐の中想いを馳せるのは、好いた女に会うために他国へ訪問している雇用主、兼友人のエドガーだ。このルドニア国で最も成功した商人。性格も悪くなく、神秘的な肌と髪色、そして富を表す様な黄金色の瞳を持つ美丈夫。……そんな男が唯一求める女が、かつて魔女と恐れられた、死んだ目をした少女。というか、多分俺の姉ちゃんか妹。


 あいつは国を出ていくと告げた嬢ちゃんに、巧みな話術で自分の別荘を貸出した。別荘と言っているが、真実は嬢ちゃんの為にわざわざ好みそうな邸宅を買ってた。絶対に逃さないという信念を感じる。友達をやめた方が良いだろうか?


 そんなこんなで我が友は「仕事が落ち着いたので休暇を取る」と笑顔で言い残して嬢ちゃんの元へ向かった。今頃嬢ちゃんと再会して、己の性癖を存分に発散しているだろう。とりあえず土産は、強めの地酒を希望している。帰ってきた友の惚気話に付き合うには、酒がなきゃやってられない。



 さて、子供達も食堂へ向かった事だし、俺も昼食を食べに行こう。そう思い食堂へ足を進ませようとした。


 ……だがその時、革靴を鳴らす足音が聞こえた。同時に恐ろしい程の殺意が、肌を刺す様に刺激していく。本能的に震える体に驚いていると、後ろから吐き出す呼吸音が聞こえた。



「……驚いた。この人間に近づけば、まともに動けないと思っていたが」

「本当だ、前みたく体が拒絶しないな。何でだ?」

「僕が知る訳ないだろう。別に好都合だから問題ない」



 後ろから聞こえたのは男二人の声だ。品のいい声と、色気が滲む声。どちらも聞き覚えのあるものだ。窓の外で荒れる嵐が、声に怯える様に静かになった。


 刺す刺激に怯えつつも振り向けば、執事服を着た青年と、長いサロンエプロンを着けた男がいる。二人とも、同じ人の形をしているとは思えない程の美しい顔立ちだが、今は大いに歪めて此方を睨んでいる。……確か、イヴリンに長年仕えている使用人悪魔だ。


 いつ此処に入ってきた?何故此処にいる?

 その答えを問いかける前に、黒髪の執事が此方へ冷たく声を放った。


「この国中を探した。それでも見つからない以上、他の世界か他国になる。……これ以上は時間の無駄だ。お前の「縁」を頼るしかない」

「いや、何を言って……うっ!?」


 意味不明な言葉に怪訝な表情を向ければ、急に横から首を掴まれた。首から上が向けられた場所には、先程まで執事の隣にいた茶髪の男がいる。


「アンタと主、血繋がってるだろ?俺はそういう「縁」で人を探すのは得意なんだ」


 震える程に色気のある声と顔面。男の俺でも色気に当てられて目を見れない。……この男の言う「主」とは確実のイヴリンの事だろう。え、嬢ちゃん逃げたの?あんなにもお互いが共依存してそうな関係なのに。

 やや疲れた様なため息を零しながら、執事は目尻を抑える。


「レヴィス、ラファエルに気づかれるのは面倒だ。早くその神父を連れていけ」

「はいはい分かってるって。……なぁサリエル、主見つけたらどうする?まさか頭鷲掴むだけじゃあ終わらないよな?」


 茶髪の孕む狂気も気にせず、サリエルと呼ばれた黒髪は考える素振りをした。


「そうだな。もう逃げない為にも、あの高慢すぎる性格をどうにかしなくては。犬の様に慣れとまではいかないが、少しは従順にしたい」

「あの主を?どうやって?」

「まず足の筋を切って歩けなくさせて、首輪を付けて部屋から出さない。その上で催淫術を掛けて、向こうが求めるまで暫く放置する。それを五年……いや十年もすればご主人様も丸くなるだろう」

「あー……それ最高だな。そんな主は絶対可愛い。じゃあその催淫は俺がやるよ。めいいっぱい掛けたら、主がどうなるのか興味があったんだ」



 前言撤回。依存してるのは此方側だけだった。悍ましい計画と悪魔共の下品に歪む表情に、己の顔が青くなるのが分かる。嗚呼、嬢ちゃんは元々性格が終わっている女だと思っていたが、間違いだった。こんな病的な執着を長年向けられて、まだ人の性格を保っていられているのは奇跡だ。初めて嬢ちゃんを尊敬した。


 そう遠くない未来の計画に、茶髪の男が吐く息が異常に熱を持っている。少し緩んだ首元にこれ好機と逃げようとしたが、流石に気づかれて更に力が強くなった。死んじゃう。


「うぐぐぐぐぐぐ!!??」

「こら、逃げるなって神父様。……本当。顔は似てない癖に、性格はよく似てるよ」

「うるせぇよ!!離せ!こンのイヴリン信者め!アホ執着悪魔共!!」

「おお、言動も似てるな」


 俺とそう背も変わらない癖に、茶髪男は涼しい顔をして俺の攻防をかわしていく。その後気づけば俵担ぎされていた。うわぁ、思わず黄色い悲鳴出ちゃったぁ!


「さて。何処か落ち着ける所で、神父様に術を掛けないと」

「地獄なら問題ないだろう」

「えっ地獄?今地獄って言った?俺神父なのに地獄行くの??」


 俺の言葉を無視して、黒髪男が聞きなれない声を出せば、俺達の立つ床が急に闇色に変わる。

 床は水風船の様に柔らかく揺れ、俺達の体を包み込み始めた。


 ……もう諦めた。この後に向かう場所へ絶望していると、悪魔共の小さな笑い声が聞こえた。


「ご主人様。必ず捕まえて、逃げた事を永遠に後悔させますからね」

「悪魔の執着から逃げられると思うなよ、主」




 その表情は、笑っているのに目には激昂を孕んでいた。

 ……哀れだ。こんな重すぎる感情を一身に受けていたイヴリンが。あいつこそ強い酒が必要だ。

 

 

 


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