7-16 決着
ほんの少し、時系列が戻ります
(やや遅れてですが)簡単な人物紹介を掲載いたします。よろしければそちらもご覧ください
ーーーオリオンーーー
リアナを見つけた俺は駆け出した。彼女が陵辱に近い拷問を受けていたからだ。どういう理由かはわからないが、罪を犯したわけでもないだろう。なのにその仕打ちはあまりにも酷い。居ても立っても居られなかったのだ。追ってきたシルヴィにはレイチェル妃のところに残るよう言っておく。彼女の部屋をセーフティーゾーンにしておきたいのだ。シルヴィがいるなら安心できる。
地下への入り口には四人の兵士が守りを固めていた。そこから先は一本道であり、戦闘は避けられない。しかし俺は躊躇いなく剣を抜き、敵中に斬り込む。
「何者ーーぐわっ!」
「敵ーー」
おっと。余計なことは喋るなよ。叫びかけた兵士を黙らせるため、俺はナイフを投擲する。ナイフは狙い違わず兵士の喉元に刺さった。
「このっ!」
残心しているところに別の兵士が斬りかかってくる。しかし俺は慌てない。懐のナイフを抜き、敵の剣を受け止める。体勢が崩れているため力負けするが、それも織り込み済みだ。むしろその力を利用して縦回転。逆手に持つ剣で幹竹割りにする。残りひとり。
「ひっ……」
逃走を図るが、させない。近くに落ちていた剣を投げれば、敵兵の身体に当たった。倒れたところを始末してやる。
それからも敵を倒していった。途中からは正規の兵士だけでなく、街のごろつきのような者さえいた。絶対にロクでもない奴だ、と俺は確信する。少しペースを上げた。
そして俺はリアナが囚われている部屋の前までやってくる。ここでは派手な戦闘はできない。気づかれる恐れがあるからだ。そこで静かに制圧する必要があるのだがーー俺はその手段を知っている。レイチェル妃の部屋に忍び込んだときのように二酸化炭素を使って昏倒させるのだ。部屋の前にいる兵士は二人。これならなんとかいける。
「おい、大丈夫か!?」
げっ。ミスった。倒れるのに時間差がありすぎた! 仕方ない。こうなれば強行突破だ! どうせなら派手にやってやる。俺は覚悟を決め、姿を現わす。
「賊だと!? くっーー」
ごろつきは俺を見るや、その先にある部屋に駆け込んだ。あそこが本丸か。扉が閉められるが、知ったことかと蹴破る(身体強化込み)。部屋の中を見た俺は何事かを叫んでいるごろつきを風魔法で吹き飛ばし、壁にぶつけて昏倒させた。
「リアナ王女!」
と叫びつつ飛び込む様はさながら映画のワンシーンのよう。
「……コムラ、様?」
リアナの声がした。意識はあるようだ。
「何者だ!?」
「どけっ!」
俺は手を薙ぐ。魔法を発動するときのルーチンである。放たれた風魔法はイメージ通りの軌道を描き、身なりのいい男の腹部に命中。吹き飛ばした。どうなったかは知らない。そんなことよりも、今はリアナである。
「大丈夫ですか!?」
彼女のもとに駆け寄って素早く容体を確かめる。意識はあるが、服の布地が裂けた隙間から覗く身体は痛々しい。あちこちがミミズ腫れになっており、以前見たときの美しさはどこにもなかった。そこまでするか、と俺は愕然となる。
「すぐに治します。もう少し我慢してください」
俺は安心させようと優しく微笑んで語りかける。そして治癒魔法を発動させた。傷は鉛筆の線を消しゴムで消したときのように綺麗に消える。これでよし。あとは拘束を解かなければ。
「少し失礼」
そう断ってからリアナの脚に左手を添え、空いている右手をさっきと同じように薙ぐ。発動した風魔法はやはりイメージ通りの軌道を描き、今度は彼女を縛める鎖を切断した。リアナの身体は重力に引かれて落下するが、俺が事前に構えていた手に収まる。いわゆるお姫様抱っこだ。
これで障害はなくなった。さて脱出だーーといいたいところだが、さすがにこのボロ切れを纏ったまま連れ出すのは気が引ける。生憎と女性服は持っていない。……野宿に備えて毛布は持っているのでこれで我慢してもらおう。
「これを」
アイテムボックスから毛布を取り出してリアナにかけてやる。
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして」
「あの、なぜコムラ様がここに?」
リアナから当然の質問がなされる。そりゃ不思議に思うよな。俺もちゃんと答えを考えていた。しかし俺が言葉を発する前に、
「おのれぇ!」
身なりのいい男が立ち上がった。ちっ。気を失ってなかったか。
「お前は何者だ?」
「さあ? 誰でしょう?」
誰何を適当にはぐらかす。真面目に答える気はない。だがそれにしても……。俺は部屋を見回す。そこかしこに拷問器具ばかり。
「拷問器具がこんなにたくさん……悪趣味ですね」
とストレートに非難してみた。
「黙れぇッ!」
その言葉に逆上した男が抜剣して迫ってきた。俺はそれを無視する。
「はい、残念」
という言葉を残して転移魔法を発動。姿を消した。転移先はもちろんレイチェル妃の部屋だ。
「え?」
一瞬で光景が切り替わったことに目を白黒させるリアナ。状況を把握しようと部屋を見回す。その瞳がレイチェル妃ーーリアナと同じく驚きの光景に目を見開いて驚いているーーを捉え、ここがどこかを察したらしい。
「ここ……ここって……」
「リアナ!」
リアナの瞳に涙がにじむなか、レイチェル妃が彼女を抱きしめた。
「よかった! 本当によかった……っ!」
「大王妃様!」
リアナもまたレイチェル妃を抱きしめる。ただ、抱き合ったときに毛布が地面に落ちてしまっていた。するとボロ切れと化した服が見えるわけで、それに目ざとく気づいたレイチェル妃が質問責めにする。
「リアナ。あなた服がこんなにボロボロだけど大丈夫なの!?」
「は、はい。コムラ様が傷は治してくださいましたから」
「そうなのね」
こうしてしばらく二人は再開を喜びあった。そして落ち着くと、二人は揃ってこちらを向く。うん。容姿は違えど、行動は本当の母娘のようにそっくりだ。そんな二人は、やはり揃って頭を下げた。
「「ありがとうございました」」
「いえいえ。お気になさらず。それよりリアナ王女。約束を覚えていらっしゃいますか?」
「はい。もちろんです。コムラ様が助けに来てくださったら大王妃様と共に逃げるーーという約束ですよね。もちろんです。それを支えにわたしはあの仕打ちに耐えていたのですから」
う〜ん。微妙に話が違うような……。いや、突っ込むまい。だが、レイチェル妃がリアナの発言に反応した。
「仕打ちって、まさか服がボロボロになったことに関係あるの?」
「……はい」
リアナは言いにくそうにしていたが、否定するものではないと考えたのか頷く。ただ、具体的な内容については話さなかった。まあ、服が細長く破けていることから察しはつくだろうが。
「……そう。大変だったのね」
レイチェル妃も深くは訊かなかった。ただ、その瞳には同情の色が宿っている。
「ところでコムラーーいえ、オリオン様。リアナとの約束というのはどういうものなの?」
「……」
話題を転換するようにレイチェル妃が話を切り出してくる。俺はそれに答えず、視線をシルヴィに投げた。彼女はあからさまに目を逸らす。俺は彼女の頬を挟んでこちらに向けさせた。逃がさん。
「えへっ」
にへら、と可愛らしく笑った。誤魔化すな、と言いたいところだが連れてきた俺のミスでもある。妖精族関連では軍の指揮を任せていたからな。今回も我慢させるのは悪い、と思ってしまったのだ。自分の甘さでもある。
「はぁ……」
しかし気が重いのも事実だ。これでコムラの名は知れ渡ってしまった。もう使えないだろう。今度は新進気鋭の若手外交官・ヨシダでも演じるかーーなんて考えてみる。
「大王妃様。どういうことですか? コムラ様を竜帝国の皇帝陛下と同じ名前で呼ばれていましたが……」
そんな話の流れについていけないのはリアナだ。彼女だけは俺の正体について知らない。
「あら、リアナには話していなかったのね。ーーいいこと、リアナ。コムラというのは正体を隠すための仮面です。この方の正体は竜帝国皇帝、オリオン・ブルーブリッジ陛下その人なのです。女性も、シルヴィア・シル・ブルーブリッジ第三皇妃殿下ーーあの【風姫】です」
「ええっ!?」
レイチェル妃は正体をあっさりバラした。まあいいんだけどね。そしてリアナの反応はとても正しい。まさか敵の本丸に皇帝自ら乗り込んでくるとは思わないだろう。
「こ、これは! 知らぬこととはいえ数々のご無礼、お許しください!」
そして平身低頭、猛烈な勢いで謝罪するリアナ。俺はもちろん、シルヴィに対する謝罪でもあるのだろう。皇帝に対して色仕掛けをしたのだ。場合によっては処罰されても文句は言えない。
「気にしないでくれ。知らなかったんだから仕方がない」
メディアが発達していないこの時代、直接目にしていなければよほど特徴的な要素がなければ気づくはずがない。俺も確信犯的なところがあるので気にしていないというのは本心だ。
「あまりアリスが悲しむようなことはしないでほしいですわね」
「ははは……」
レイチェル妃には釘を刺されてしまった。これには苦笑いするしかない。そして非常にやりにくかった。立場的には君主と他国の妃だが、姻戚関係では義姉にあたる。自然、言葉も丁寧なものになってしまう。
「ーーそれで、その約束というのは?」
「あー、大王国に使者として訪れたときにお会いしましたが、その夜にリアナ王女の訪問を受けまして。レイチェル妃の救出を依頼されたのです」
「そうなのですか?」
その問いはリアナに向けられたものだ。おそらく本来の目的はルドルフ公に最後の言葉を届けさせることだったのだろう。それをレイチェル妃の身柄保護に格上げしたのはリアナの独断だったというわけだ。
「……はい」
リアナはバツが悪そうに答える。わかるわ〜。気を回したことがバレたときの気恥ずかしさ。あとは明確な命令違反でもあるしな。いや、一応の目的は達成しているわけだけども。
「まったく」
しかしレイチェル妃がそれを咎めることはなかった。仕方がない、とばかりに笑っている。
「事情はわかりました。妾に異存はありません。よしなにお願いいたします、皇帝陛下」
そして同行に納得してもらえた。
「ではすぐ移動しましょう。ルドルフ公やアリスも首を長くして待っているでしょうし」
襲撃が騒ぎになるのは時間の問題なので、俺はその場で転移魔法を使用。一気に旧王都へと飛んだ。
ーーーーーー
旧王都にはルドルフ公やアリスのみならず、カール公やレオノールも詰めていた。なぜ帝都ではないかというと、そちらの方がレイチェル姉さん(そう呼ぶように言われた)にとっては懐かしいだろうという配慮である。なお、名目上とはいえ、俺が不在の間のトップとなるアリス、次席のレオノールが不在であるため、帝都では悪阻と奮闘中のソフィーナ、オーレリア(と一応ラナ)の三人が中心になって実務を回していた。完全に人材不足である。が、本当にいないのだ。財政はソフィーナ、外交はオーレリアとレオノールの二枚看板。内政ではクレアとボークラーク侯爵。それらのエキスパートをイアンがまとめるーーというのが帝国の布陣だ。将来像はトップがどうあれそこそこ働く官僚機構を構築したいのだが、それまでは頑張ってもらうしかなかった。
レイチェル姉さんを旧王都に送り届けた俺はすぐさま軍に舞い戻った。家族水入らずを邪魔するべきではないからな。俺も入るのかもしれないが、直接の血縁関係はないし、何より今は戦争をしている。呑気に親戚付き合いをするわけにはいかない。ーーそんな俺と同じような理論を振りかざしてついてきた者がいる。それは、
「これが帝国軍。すごく訓練されてますし、すごい数です」
俺の横で目を丸くしているリアナだった。旧王都に残しておきたかったのだが、本人の強い希望により戦場へと戻ってきた。俺には戦場に出たいという気持ちがわからない。城にいるよりも居住性は悪く、ほぼ男しかおらず、食事も粗末である。何が楽しくて戦場に出るのだろうか? そんな疑問を抱く俺の横でリアナははしゃいでいた。
さて、それはともかくとして現在の状況だ。現在、帝国軍は総攻撃の準備を進めている。リアナとレイチェル姉さんの身柄救出は成功し、憂いはなくなった。もはや包囲して徒らに時間を浪費する必要はない。強攻して攻め落とすという方針が当初からの作戦計画にあった。城内に潜む特戦隊が門を制圧し、開門。そこから帝国軍が雪崩れ込んで城内を制圧するのである。
現在は城に近づくための塹壕を掘っていた。帝国軍は人的損害をなるべく減らすことを基本としている。塹壕もそのひとつで、城門に対して平行に掘り、近づくときは斜めに掘る。そしてある程度近づけばまた平行に掘るーーといった作業を繰り返す。城壁に取りつくまでの時間ーー敵の攻撃にさらされる時間ーーをなるべく少なくすることが目的だ。
それがリアナには奇妙に見えるらしく、理由を訊ねられたのでそのように答えた。そんなやり取りをして疑問に思ったのは、
「リアナは攻城戦について知っているのか?」
ということだ。レイチェル姉さんの侍女をしていてそこまでの見識が身につくだろうか。
「はい。以前お話しましたが、大王妃様ーーいえ、レイチェル様はわたしのために名士を招いて講演をさせていました。そのときに軍談もあったのです」
「そういうことか」
俺は納得した。仮にも一国の王妃が招いているのだ。下手な人間は呼ばれないだろう。王国でも一、二を争う戦略/戦術家が呼ばれたことだろう。この世界における最新の軍学を学んだのだーーレイチェル姉さんの評判と引き換えに。
この世界において女性が軍事に関わることはタブーに等しい。実力が確かなシルヴィやクレアも、皇妃という肩書きによってその地位を保っている。にもかかわらずレイチェル姉さんは軍事の講演を行わせた。周囲からはさぞかし奇異の目で見られたことだろう。
俺はリアナを見て言った。
「なら、これからは恩返ししていこうな」
「はい」
彼女は力強く首肯する。その瞳には覚悟が宿っていた。
その日、俺はリアナに辞令を出した。それはこの戦争終結後、帝国軍士官学校に通うようにーーというものである。それを受け取った彼女は首をかしげて言う。
「オリオン様。なぜ今さら学校に?」
もっともな疑問である。だがそれには理由があった。
「まず、建前だな。皇帝である俺が辞令を出せば士官にすることはできるが、それだと入ってから顰蹙を買うぞ? 恩返しをするのに他者からの批難を浴びれば本末転倒だ」
軍規則で、『帝国軍士官は士官学校卒業者、下士官兵からの選抜者、特別の資格を持つ者(皇族など)により構成される』と定められている。これを俺が破るわけにはいかない。制定者が自分から破っていては話にならないからだ。
「次に帝国と大王国では軍の思想が異なるということもある」
「そんなに違うのですか?」
「ああ」
もっともなリアナの質問だが、俺は自信を持って頷いた。事実、帝国軍のドクトリンは火力重視。ゆえに、歩兵全員が弓矢を持っている。他国が剣技などに傾注していることを考えると大きな違いだ。その他、随所に可能なだけ近代軍の思想が織り込まれており、内容はガラパゴス化していた。
「まあ今度の戦いを見ているといい。違いがよくわかると思うぞ」
「……はい」
リアナは納得した様子ではなかったが、とりあえず了承した。くっくっく。その不満気な顔が驚きに染められる様が楽しみだ。
ーーーーーー
かくして攻城戦が開始された。帝国軍は塹壕に隠れて敵の城門ギリギリまで迫る。敵はまだ気づいていない。早朝ーーまだ日が登らないような時間帯だということもあるが、それ以上に塹壕の中で移動しているため、こちらが不用意に物音を立てなければかなり行動を隠蔽できるのだ。
このような攻城戦の他に、野戦でも塹壕を用いた陣地を構築する。そのような軍の特性上、帝国軍の訓練にはソ連のラーゲリのように穴掘りがあった。
攻撃開始の合図は、特戦隊による城門の制圧と開門である。城外の兵たちはそれまで息を潜め、じっとそのときを待つ。その様は獲物を待つヒョウのごとし。よく訓練された兵士たちは徒らに動くことなく、ましてや話すことなどない。誰かの油断が誰かの死につながる……と口を酸っぱくして言われているからだ。命令伝達のために話すことはあっても、私語などはまず聞かれなかった。
そのようにして待っていると、やがて城門から剣戟の音がした。特戦隊が攻撃を始めたのだ。ただし数が少ないため、目標はひとつか二つに絞るよう予め伝えてあった。理想は四方から同時に雪崩れ込むことであるが、それを狙ってどこも開けられないーーなんてことになるなどご免だからな。報告では、剣戟は南北の門から聞こえるらしい。対角線にあるのは最高だ。
「伝令。東西から兵を動かし、南北に動かせ。ただし一部だ。南門から入った部隊は東門を、北門から入った部隊は西門を制圧するように」
「はっ!」
俺の指示は全軍に伝達、共有された。東西にいた部隊は指示通りにおよそ半数を南北の門に差し向ける。兵士たちは息を殺して移動した。そのような動きがあるなか、城門から響く剣戟の音が小さくなりーーやがて消える。
そして、
ーーギギギ
重い音とともに門が開け放たれた。
「北門、クリア!」
特戦隊員が叫ぶ。その言葉に反応したのは士官たち。示し合わせたわけではないだろうが、腰の剣を抜き放つのはまったくの同時だった。そして告げる。
「全軍、突撃ッ!」
「突撃ーッ!」
「かかれ!」
瞬間、兵士たちは一斉に抜剣。先ほどまでの静寂が嘘のように喊声を上げ、塹壕を飛び出す。城内の動揺が伝わってくるようだった。城内から攻撃されたと思ってそちらに対処していれば、今度は城外から攻撃を受けたのである。守備兵はたまったものではない。ロクな抵抗も許されず、城門の守備兵は雪崩をうって侵入してくる帝国軍に呑み込まれる。門はわずか数分で制圧された。
「我が隊の目標は西門! 総員、続けぇッ!」
部隊長の声に、兵士たちは一切の遅滞なく従う。彼らは電光石火のスピードで西門も制圧。城外の味方を引き入れる。
「よし、次は王城だ。焦るなよ。取り囲み、他の部隊と連携し、ひとつひとつ確実に制圧しろ。昂ぶれ! だが逸るな! 勇猛に、かつ冷静に!」
部隊長のそのような叱責を受けつつ、兵士たちは前進する。
「そこ、前に出過ぎているぞ! もっと下がーーうっ!」
「隊長!?」
士官が指揮を執っていると、どこからともなく飛来した矢が刺さって倒れた。近くにいた兵士がすぐに駆け寄る。
「小隊長が負傷した!」
「指揮続行不可能!」
「了解した。これより第一分隊長が指揮を代行する」
ーーなどという会話が随所で交わされる。市街戦では将校ーー特に下級士官の消耗が激しい。市街地は建物が多く、敵はそれを利用してゲリラ的に攻撃してくる。そしてその際になるべく偉そうな人物を倒すことが鉄則だ。なぜなら軍の常識において、指揮官を失った部隊は弱体化するからだ。上手くいけば離散することも期待できる。非常に効率的な方法だ。敵をすべて殺戮するなどと単純ではない、戦争は。
しかし、帝国軍にその手の方法は通用しない。近代軍の厳格かつ細分化された階級制度を採用しており、隊長がやられても次席指揮官がすぐさま指揮を代行することになっている。よって指揮官不在による戦力低下はごくわずかな時間でしかない。
とはいえ、正直あまりよくないことだ。歴史といえばナポレオンやマッカーサーのような優れた司令官にばかり注目が集まるが、チャーチルが『第二次世界大戦』で著したように、歴史は名もなき(記録に名前が残らない)兵士たちによって作られるのである。同様に、軍も将軍だけで成り立っているわけではない。まず兵士がいなければ話にならず、彼らをまとめる下士官も必要になる。高級将校(将軍などの司令官)と下士官兵をつなぐパイプ役として下級将校も欠けてはいけない。これらの要素の総体が軍なのである。
さらにいえば、近代軍における将軍の供給源は下級将校であり、下級将校を育てるのは古参の下士官だ。その下士官は兵卒からの叩き上げの場合が多く、やはり軍の基本は兵士ということになる。士官に求められるのは優れた指揮能力ではなくーーそんなものは後からついてくるーー部下の言うことに耳を傾ける謙虚さなのだ。
犠牲を払いつつも帝国軍は焦ることなく、ジリジリと進んでいく。各戦線と歩調を合わせ、建物をひとつひとつ丁寧に制圧していった。やがて包囲網は王城へ到達する。城門を巡る激しい戦闘が繰り広げられたが、城内に入り込まれた時点でもはや意気込みが違う。イケイケの帝国軍に対し、大王国軍は連戦連敗かつ練度も低いためにやる気に乏しい。結果、一時間というわずかな時間で突破されてしまった。
王城でも市街地と同様に小隊ないし分隊単位で部屋ごとに制圧していく。多くの要人ーー聖都から逃亡した教会の高位聖職者や大王国の貴族ーーを捕縛したが、肝心の大王や太子の身柄確保には失敗した。もっとも、俺はその事態を予測していた。旧王都の城にも王族が逃亡するための隠し通路がある。当然、帝都にもあるし、大王国にないわけがなかった。残念ながらリアナやレイチェル姉さんから所在地を知ることはできなかったが、だいたいの傾向は掴める。こういった隠し通路の出口は見つからないように辺鄙な場所にあるものだ。俺たちは地元民から『人に気づかれないような穴場の情報提供求む。初出地の場合金貨一枚、役に立てば追加で金貨十枚』と銘打って穴場スポットを訊き出していた。事前に小隊を張り込ませ、騎兵も巡回している。また、市街地への出入りは厳密な荷物検査を行う。こうして捕縛する体制を万全に整えていた。はたして数日後、王族男子二名を捕らえたとの一報がもたらされるーー。
ーーーーーー
俺は接収した王城で大王たちと面会する。戦争をして白黒完全についてしまったため、今やどちらが上位者かは明らかだ。敗戦のショックからか、抜け殻のようになってしまっている。……まるで生気が感じられない。
「初めて会うな、大王よ」
「……そなたが、帝国の皇帝か」
「左様。朕こそ竜帝国皇帝、オリオン・ブルーブリッジである」
ひたすら高圧的に接する。勝者と敗者の違いを明確化させたのだ。王城で会っているのも嫌味半分である。
「……もはや何も言うことはない。好きにせよ」
それきり大王は何も言わなくなった。大人しい彼とは対照的に、煩いのは太子のレノスである。
「ぼ、ボクは悪くない! 悪いのは父と兄だ! 帝国との戦争だって、元々はあの二人がーー」
「黙れ」
しかし、少し威圧感を込めて一喝してやれば大人しくなった。やはりとてつもない小者だな。って、エリザベス。面白いからって笑うんじゃない、否定はしないが。
「さて、それでは講和に移ろうか」
俺は連れてきた外務官僚に講和内容の草案を読み上げさせる。具体的な内容は以下の通り。
一、竜帝国はナッシュ大王国を保障占領する。ナッシュ大王国の領土は大陸南東部に限定し、残りについては竜帝国に割譲するものとする
二、ナッシュ大王国大王ヴラド・ナッシュは退位。王太子レノス・ナッシュも廃嫡。国号をナッシュ王国とし、女王にリアナ・エマ・レイチェル・フィラノ(レイチェル姉さんの養子になった)を即位させる。この際、竜帝国皇帝より王冠を授けるものとする
三、竜帝国はナッシュ王国の宗主国として、戦時における犯罪行為を精査する。該当者はナッシュ大王国の法において裁かれる
四、ナッシュ王国は竜帝国に対して賠償金を支払うこと(戦費、各種補償、単純賠償込みで金貨千万枚。先払いは一括で百万枚。以後は一年あたり五十万枚、十八回に分けて支払う)
一方的な内容だが、局地的な勝利すらないという戦争の結果を踏まえれば当然といえる。地図に国が残ることに感謝してもらいたいレベルだ。その気になれば消すことだってできたのだから。
しかしこれに納得できない者がいる。レノスだ。
「待て! それだとボクたちはどうなるんだ!?」
「知るか」
俺は一蹴した。取り合う気にもなれない。まあ、事の次第はほぼ掴めているのだが。これ(レノス)とツェプター男爵には重い刑が下るだろう。大王国の法でも、王族に対する無礼は一発アウトの極刑である。特に男爵は既遂であるため確実であろう。リアナが大王ーーヴラドに認知されていなかったという反論は、王女として男爵に降嫁させようとしていた時点で苦しい言い訳だ。
なお、他の大王国貴族(占領地域を含む)についても不正その他を厳しく摘発。掃除を行ってから、帝国に鞍替えしたい者については認める方針だ。嫌な者については戻ってもらう。もちろん、身代金を払って。さらに、戦前に結んだナハ戦役の捕虜返還協定の履行もある。ナッシュ王国の財政は当分、火の車だろう。自業自得だが。
ナッシュ大王国に拒否権はなく、ヴラドは言われるがままに条約へ調印。翌日から履行が始まった。
まず始まったのは戴冠式。着飾ったリアナに王冠を授ける。これで彼女が女王となった。
女王リアナが始めたのは貴族の掃除。言い換えれば汚職の摘発である。事務については帝国に委託された。こちらも元より準備はできており、即日捜査が始まった。すると出るわ出るわ、汚職の山。数が多いため、略式裁判で処理していく。判決内容は多額の罰金だ。不足分は財産を差し押さえる。それでも足りなければ懲役を課した。
法外な額の賠償金については、国内の資源地帯の経営権を帝国に譲渡することで、年間十万枚の上納(二十年間)になった。その額は当初の五分の一。最初から計画されていたことだったが、リアナの支持を高めることになった。とても聡明な女王であるーーと。この動きを歓迎しないのはレノスや彼を支持する貴族たちであった。
ーーーとある工作員ーーー
わたしは帝国の工作員である。皇帝陛下から大王国の貴族たちの動向を探るように、との命令を受けた。そこで一族が離散した貴族に扮して彼らの集まりに参加して情報を集めている。他所者がいればバレそうなものだが、現在は貴族の代替わりが進んでいる。家名を存続させるため、養子はもちろん『庶子』に相続させることも多かった。わたしもそのような身の上ということにしている。貴族の血縁者といえば星の数ほどいる。いくら情報通の貴族が多いとはいえ、個人の顔と名前をすべて知っているはずがないーーそれが陛下の見立てだ。そしてそれはピタリと合っている。事実、わたしは怪しまれたことがない。
「クソッ!」
レノス王子は部屋の調度品を投げ飛ばす。怒り心頭であった。
「殿下! このような屈辱的な講話は呑めません!」
「そうです! 我らの先祖が築いてきた土地をみすみす与えるなど!」
「まだ負けていません! リアナなどという売女ではなく、正統なる後継者である殿下こそが真の王に相応しい!」
その過激な振る舞いに同調して気勢を揚げるのは、王子の下に集まった若手貴族たち。ただえさえ帝国との戦争で代替わりが進んでいた大王国の貴族だが、今回の掃除によって平均年齢が一気に下がっていた。現在は二十代といったところだろう。若く、(悪い方に)正義感に溢れ、野心的であった。彼らは帝国から突きつけられた一方的な講和条約を破棄して戦争を続けるべきだ、と先王ヴラドに訴えた。しかし敗戦のショックで抜け殻のようになってしまった彼は取り合わず、やがて彼らも諦めて、ターゲットをレノスに変えた。レノスもまた、若く野心に満ち溢れていた。両者の波長や利害は一致し、ともに大王国の領土回復を目指すことになったのである。
その夜。街で騒乱が起こった。街の地下組織の抗争である。場所は南門の近く。偶発的なもので、帝国による監視の目もこればかりは予測できない。そしてその騒ぎに紛れてレノスたち一行は王都を離れて南へと向かった……。
ーーーオリオンーーー
「ーー以上がレノスの動向です」
「ご苦労だった」
「はっ」
工作員が下がる。まず口を開いたのはリアナだった。
「バカですね」
バッサリである。
「どうされますか、オリオン様?」
「基本的に放置だ。陸海の交通を遮断して日干しにする。今はこれだけの占領地を抱えていて手一杯だからな。数年かけて、これを治める」
シルヴィの問いに対する答えとして、俺は今後の方針を示した。三カ国相手に戦争をして、帝国も疲弊していた。まずはそれを回復させることが先決だ。
レノスが建てる国については放置と言ったが、これは戦争をしないという意味である。対応しないわけにはいかないので、そのために行うのが経済封鎖だ。ナッシュ王国の元々の領土は山あり谷ありの秘境であり、食糧を求めて平地に出てきたという歴史的背景がある。そこでは従来のような万もの兵を整然と行進させるようなことはできない。ドクトリンの転換が求められるが、はたしてスムーズにできるのか。
さらに、そのような地形ではゲリラ戦術が効力を発揮する。進軍に際しては山を登り下りしなければならず、かなりの体力が求められる。レノスの国を攻めるためには数年の準備期間を置く必要があった。そこで使おうと考えているのが、旧大王国領で新たに編成される師団(五個)だ。一から仕込めば戸惑いも少ないだろう。
「なるほど」
シルヴィは納得したようだ。他の者も頷いている。質問はなさそうだな。
「エリザベス」
「はい」
俺はエリザベスを呼ぶ。彼女にある試練を課すために。
「これまでの戦功を評価し、本日付で大佐に昇進とする。半月後には帝国軍は撤退を開始するが、その際にはこの地に残留する部隊の司令官に任ずる。軍政を敷き、人民を慰撫するように」
「了解しました」
エリザベスには次期皇帝として政治の経験を積ませることにした。いざ皇帝になって勝手がわからないーーなんてことがないように。
この方針は一部を隠しつつ、全軍に公表された。帰れるとわかると安堵し、終わりが見えたことでやる気が出たらしい。今まで以上にテキパキと働いている。マラソンでゴールが見えると張り切るという心理だろうか。
そして期限が定まったことにより、戦後処理も速くなる。目玉はツェプター男爵の裁判であった。彼は無罪を主張していたが、
「オレは男爵様が女を辱めることに協力した」
「あの日、男爵様は女王陛下を昏睡させて辱めようとしていた」
「街でも色々な女を嬲っていた」
などなど、協力していた犯罪組織の男たちーーリアナを助けたときにいたごろつきから辿って見つけてきたーーが自分のそれと一緒に男爵の罪を暴露した。減刑をエサにした司法取引の結果である。さらに、
「私は男爵様に辱められました」
「道を歩いていると突然馬車に連れ込まれーー」
「家に押し入ってきて家族の前でーー」
被害女性からの証言も山ほどある。そして一番決定的だったのが、
「わたしはツェプター男爵に捕らえられ、鞭打たれました。皇帝陛下が助けてくださらなければ今ごろは辱められ生きてはいられなかったでしょう」
と、リアナ自らが告白したことだ。男爵に味方する貴族は既に退去しており、残るはリアナを女神のように慕う民衆と、帝国に媚びを売るのに必死な貴族だけである。彼に味方はいなかった。
ーータン、タンッ!
「これより判決を言い渡す。被告人アルブレヒト・ツェプター男爵を死刑に処す!」
裁判長がジャッジ・ガベルを叩き、判決を下した。この裁判はナッシュ王国の人員によって運営されている。東京裁判(極東国際軍事裁判)のように、勝者が立場を利用して敗者を裁くようなことはよくないからな。ちなみに、大王国の法律では王族に対する犯罪の裁判は一審制である。つまり、これで彼の死刑が確定したということだ。三日後、彼は断頭台の露と消えた。
次回から新章突入になります




