7-2 電撃作戦
2019/1/1にお正月スペシャルとして7日にかけめ連続投稿を行います。よろしくお願いします!
ーーーオリオンーーー
国境付近に王国軍が集結している。その報告を受けた翌日、俺は全兵士に対して訓示を行った。
「諸君! 今、帝国は新たな敵と相対している! それは隣国のアクロイド王国だ! 昨晩、王国軍が帝国との国境地帯に現れたとの報告があった! その意図が奇襲による先制攻撃にあることは明白! よって我々はただちに侵略者を撃退しなければならない!」
などと、俺は声高に王国の非道を責めた。まあ、大半は勝手な想像なのだが。
しかし明確な敵の存在は人々を団結させるのに重要である。たとえば会社などでいつもサボっている者がいれば、上司にしょっちゅう注意されるだろう。そしてその人がある意味見せしめのようになることで、『ああはなるまい』と考えるわけだ。
今回の場合はより直接的に、自分たちの生活が脅かされているということ。そうやって危機意識を刺激し、次いで自分たちに危険をもたらす存在ーーつまり敵ーーを排除しなければならないと断言し、選択肢を与えない。すると上手い具合に正義感が刺激され、護国の戦士と化す。
「「「ウオォォォォォォッ!!!」」」
俺の演説に兵士たちが野太い咆哮が応えた。いい感じに盛り上がってくれている。
ちなみにサボる奴は、そういった『燃えている』人たちが駆り立ててくれる。……俺が何もしなくても。あとは彼らをコントロールすることに注力すればいい。何事もやりすぎはよくない。中庸が大切だ。
「即座に出発する。一時間以内に用意を済ませ、以後は各級指揮官に従うように!」
と俺は話を終えた。
これまで一大イベントが終わった後の惰性でノロノロと動いていた兵士たちだったが、俺の演説が終わった後は俄然やる気が出たらしく、キビキビとした動きになっていた。
「おい! もっと働け! 隣の第三連隊の方が速いぞ!」
「「「おうっ!」」」
「みんな! 第二連隊には絶対に負けるなよ!」
「「「おうっ!」」」
「近衛第一連隊が一般の連隊に負けるわけにはいかない! 我々をお選びくださった皇帝陛下と、可憐なる師団長閣下のために!」
「「「皇帝陛下と可憐なる師団長閣下のために!」」」
などと他所と競い合いながらも彼らは諸々の作業を速攻で終わらせ、一時間以内にどこの部隊も準備を済ませた。
帝国のあちこちから集められた彼らを運用するため、昨晩のうちに新たな軍団へと再編成していた。
従来、王国方面を担当していた第二軍はそのまま。演習に参加するためやってきていた第一軍、第三軍の部隊は新設の第四軍に編入された。
司令官は、
第二軍レイモンド・キャンベル陸軍大将
第四軍クレア・パース陸軍大将
となっている。レイモンドはキャンベル侯爵の弟。兄と同じく武闘派として知られている。クレアは内務大臣の職を降りての就任だ(後継はソフィーナ。財務相と兼任)。もともと俺に味方した貴族が少なく、人材もかなり限られている。特に大きな部隊を指揮した経験のある人物は限られており、今回も間に合わせの人選だ。
現在、敵対貴族の恩赦を進めて人材拡充を図っている。数名がそれなりの職に就いていたが、未だに風当たりが強い。しかし新たな人材が育つのを待ってはいられないため、なんとか受け入れてもらうしかない。
ともあれ彼ら彼女らに率いられた軍勢は、王国北東部より侵入を開始した。
時を同じくしてカチンから開戦の詔勅が発せられる。事前の打ち合わせの通りだ。内容は以下の通り。
『[第一代]オリオン帝「三国に対する宣戦の詔」
竜神の命を受けたる竜帝国皇帝は忠勇なる汝臣民に告げる。
朕はここに大王国、王国、教国に対して宣戦する。陸海軍はその全力を以って三国を撃破せよ。百官は各々その職務を遂行し、国家の目的を達すべく努力すべし。法の定めし権能に基づき、一切の手段を尽くせ。
思えば、朕は諸国との共存平和のために心を砕いてきた。しかし教国は皇妃および皇太女を貶め、帝国の威信を汚し、あまつさえ大王国、王国と連合して帝国の国益を大きく損なった。事は国家存亡の危機にあり、やむなく戦端を開くことになった。これが朕の志だろうか。
教国のみならず、王国は兄から王位を奪った簒奪者が王となり、軍備を増強して日に日にその脅威を増し、大王国にいたっては大王妃を旗頭に帝国に侵入せんとの意思明らかなり。
事ここに至っては、帝国の安全を武力によって確保する他なし。朕は汝臣民に依頼し、速やかに平和を回復、帝国の栄光を保全することを期す。
御名 御璽』
とまあ、日清、日露そして二度の世界大戦で発せられた勅書を真似て作ったものだ。我ながらいい出来ではないかと思う。真実かどうかはーー概ね真実であるがーーどうでもいい。いかに自分たちに正当性があるのかを示し、そして勝つことが大事なのだ。
話を戻す。
内乱に乗じて経済的な浸透を行った結果、王国北東部は帝国系商人たちが支配するようにななる。彼らは独自の軍隊を持って王国の干渉を拒み、独自に統治を行った。結果として同地は『商人の持ちたる国』として自治を勝ち取ったのである。
しかし、彼らのバックで支援し続けたのはオリオン商会。そのパトロンは帝国だ。そのため同地は非公式ながらも事実上の帝国領と化していた。だから俺たちが簡単に通行できたのである。
北東部を素通りした帝国は中央へと雪崩れ込む。破竹の勢いで進撃したものの、王都を目前にして『アクロイドの防壁』と名高い要塞都市シェーンに行く手を阻まれた。さすがに一日二日で落とせるほど甘くはない。
本当なら迂回したいところだが、アクロイドの王都は盆地にある。峻険な山々に囲まれ、とても万の軍隊が越えることはできない。そのため整備された道を通らなければならないのだが、そのための道は二つ。だが一方にはこのシェーン要塞、もう一方にはブール要塞が立ち塞がっている。よってどちらかを攻め落とさなければならない。そしてここで手をこまねいているうちに、
「報告! ブレストより、アダムス・アクロイド率いるアクロイド軍がこちらへ向かっております。その数、およそ二万!」
「やはりきたか」
大陸の西端に位置するアクロイド王国は、その北西部に大陸でも有数の港であるブレストがある。その周辺を領有しているのがアダムス・アクロイド公爵。先代アクロイド王の従弟で、信任篤い重臣中の重臣。現在の王であるネイサン・アクロイドもその存在を無視できない。
アダムスは優秀な領主であり、また優れた軍人でもある。しかし先の内乱では第一王子と第二王子のどちらにも味方しなかった。その理由は、ブレストのその先にある華帝国という超巨大国家の存在だ。過去に何度か十万を超える大軍で来襲し、アクロイド王国に深刻な打撃を与えた。奴らがいつやってくるかわからないため、軽々しく動けない。
ネイサンはその辺りを理解しているから、公爵を留任させているのだろう。第一王子なら利敵行為として処罰していたはずだ。俺的には後者が望ましかったのだが、まあ今さら何を言っても始まらない。夢見ている場合ではないのだ。
「レイモンド。第二軍を率いてアダムスに当たれ。防備を固め、決戦を避けよ」
「承知しました」
俺の命令でレイモンドは第二軍を引き連れて離脱した。第二軍を向かわせたのは、彼らが臨時編成された軍団ではないからだ。アダムスは間違いなく名将。ただ、レイモンドも愚将ではない。守りに徹している限り簡単に負けることはないだろう。
さて、役者も揃ったことだしそろそろジョーカーを切ろうか。俺はサラサラと命令文を書き、フクロウを飛ばした。
ーーーアダムスーーー
ネイサンの要請を受けたわしは、すぐさま軍を率いて救援に向かった。帝国がやってきたことには驚いたが、奴らもそれほど長くはいられまい。なにせ攻めてくれば大王国や教国が動くのだから。わしがやるべきは奴らに勝つことではなくーーもちろんそれが理想だがーー膠着状態に持ち込むことだ。
そして現在、その目論見は成功している。
「父上。このまま睨み合いを続けていてよいのですか? 敵はシェーン要塞に取りついているようですが……」
と言ってきたのは息子のグレッグ。不安そうな表情で訊ねてきた。将がそんな顔をしてどうする、と叱りたかったが可愛いひとり息子。その気持ちを抑え込み、諭すように答えた。
「問題ない。あそこは難攻不落。さらにその背後には王都周辺の穀倉地帯があり、食料の心配もない。さらに我々がここにいるだけで、敵は兵力を分散しなければならなくなり、王都を支援することになる」
「な、なるほど……」
しかしその反応は鈍い。理解できていないことはよくわかった。まったくだらしがない。これがカレンであれば理解できたはずだ。嗚呼、なぜあの子は男として生まれなかったのか。そうであればわしの後継者として申し分ないというのに。間違いなく、歴史に名を残す存在になれていただろう。惜しい。実に惜しい。
カレンは元気だろうか。できればいい婿を迎えてやりたいものだーーなどとブレストにいる愛娘のことを考える。
敵もわしの名を警戒してか、最初の小競り合いの後は積極的に攻めてくる様子はない。他国が攻めてくることは皇帝もわかってるはずだ。ならばその目的は、もしかすると北東部を切り取ることにあるのかもしれない。
時間が経てば経つほど王国の兵力は増えていく。彼らは続々と王都に入り、その防備を固めるだろう。すると奇襲の意味はなくなる。それどころか不利になるだろう。であれば、比較的攻めやすい北東部を併合するためにやってきたと考えるのが妥当だ。でなければこの行動の説明がつかない。
「しかし父上であれば敵将など容易く破れるのではないですか?」
「何をバカな……。相手は名門キャンベル家の一族だぞ。そんな簡単にいくわけない」
「も、申し訳ありません!」
グレッグはすぐに謝った。高慢ちきであるよりこうして謝れるのはいいが、こいつの場合は反射的にやっているだけだ。自分がなぜ責められているのかも理解していない。
はぁ。我が子ながら情けない。カレンとは大違いだ。兄妹なのになぜこうも違うのか。初陣を飾れば変わるかと思って連れてきたが、そう簡単にいくならば苦労しない。本当にカレンが男であれば……。いっそのことカレンに家督を譲り、適当な婿を迎えるか。いや、ブレストの利権は大きい。これを他家にくれてやるわけにはいかない。
「はぁ……」
今後を考えるとため息しか出ない。これがアクロイド公爵家の跡取りかと思うと……。わしが生きているうちに安心して跡を託せるようになってほしいものだ。
ーーーーーー
睨み合うこと一週間。わしのところには様々な報告が入っていた。そのなかでも喜ばしいのは、同盟通りに大王国と教国が帝国に戦争を仕掛けたことだ。これであとしばらくすれば帝国は撤退を始めるはず。もちろんタダで帰すわけがない。戦は追撃でこそ大きな戦果を挙げられるのだ。わしは追撃の準備を指示してそのときを待った。
ーーーーーー
……おかしい。帝国が撤退しない。なぜだ。既に同盟国が帝国へ攻め入ったとの情報は入っている。本国が攻められているというのに、なぜ撤退しない。
……まさか、同盟国が負けた? いや、そんなことはあり得ない。帝国の主力はこの場に釘づけにされているというのに。なぜだ!?
「報告!」
予想外の展開に困惑していると、兵士が幕舎に入ってきた。
「どうした?」
「ぶ、ブレストが落ちました!」
「ーーは?」
何を言っているのだ、こいつは。帝国軍はここにいる。別の一隊もシェーン要塞に張りついている。さらに大王国や教国が攻め込んでいる状況で、一体どこから遥か遠くーー大陸西端の都市ブレストを落とすだけの兵力を集められるのか。
「何をバカな。はははっ!」
「気でも触れたか?」
わしの配下たちも兵士の報告を笑い飛ばした。そうだ。そんなこと、あり得るはずがない。
「さては敵の間者では?」
誰かがそんなことを言った。それだ! そうに違いない! キャンベル家は武門の家だと聞いていたが、このような手も使うのか。内容は杜撰だが、気をつけておこう。
「おい。この者を捕らえ、取り調べよ」
「はっ」
警備の兵士を呼び、その身柄を渡す。
「お待ちください、公爵様! 自分は嘘を言っていません! 本当なのです!」
「くどい!」
しつこいので怒鳴りつければ、配下たちが幕舎から叩き出した。間者らしき兵士を拷問にかけて情報を洗いざらい吐かせようとしたのだが、なかなか強情で口を割らない。それどころか、鞭で打とうが何をしようが主張をまったく変えないという。
それだけではない。報告を上げた兵士と同郷だという者たちが毎日のように無実を訴えてくる。およそ一週間が経ったが、兵士たちは未だに請願をやめない。むしろこのままでは埒があかないと思ったか、わしの幕舎の周りに固まって昼夜を問わず願い出てきた。
さすがに鬱陶しく思ったわしは、請願する兵士たちと間者と思わしき兵士を呼んで言った。
「これから確認の使者を出す。本当ならともかく、もし嘘だったらお前たち全員を処刑する」
いい加減にこの騒ぎも終わりにする。そのためには実際に確認させた方が納得できる。そして確認のための人が向かいーー数日後に大急ぎで帰ってきた。
「ブレストは落ちていました。現在、帝国軍の一隊がこちらへ向かっております。また、ブレストを守っていた者を保護いたしました」
「ここへ」
わしはすぐさまその兵士を呼ぶように言った。幕舎に入ってきた兵士は、全身に傷を受けて満身創痍といった有様であった。いや、兵士のことよりもカレンだ。あれは無事なのか?
「カレンはどこにいる? どこへ落ち延びた?」
「カレン様は……敵の手に落ちました」
「なんだと!?」
そんなバカな! あの子が敵に捕らえられただと!? 驚きのあまり、わしは天地がひっくり返ったような気がした。




