3-6 教師オリオンー1限目ー
前回の投稿でも多くの方に見ていただきました。ありがとうございます
ーーーオリオンーーー
久しぶりに休暇をとることができた。ここ最近、貴族になって、仕事が山のように舞い込んできてと忙しい日々を過ごしてきたが、しばしの充電期間を得られたーーなんて、甘い話がこの世にあるわけなかった。
正しくは休暇のはずだった。ウキウキしすぎて昨日はほとんど寝れなかった。でも今日は休日。昼まで惰眠を貪っていてもいいよね、と朝日が窓から差し込むベッドの上で寝返りをうった瞬間、部屋の扉が勢いよく開かれた。すわ、敵襲かと焦る。二度寝前の眠気など一瞬で吹き飛んでいったわ、俺の能力《自宅警備員》で監視システムを構築して屋敷に張り巡らせていたのだが、それをかい潜ることができるのか。ともかく応戦しなければ、と跳ね起きた俺が目にしたのは、親愛なる義妹の姿。朝からとても可愛らしいね。
「あ、お兄ちゃん起きた?」
「起きてるけど寝る……」
俺は帰還を果たした眠気に誘われるがまま、夢の世界へ旅立つべく布団にくるまりーー、
「いや、寝ちゃダメだから!」
理不尽にも布団をはぎ取られる。二度寝を試みる者と、それを阻む者。まるで学生とその母親の朝の攻防のようだ。
「なんで? 俺は今日、久々の休日なんだ。別に寝てても問題ないだろ」
俺の行動は正当だと訴える。するとソフィーナはバツが悪そうに目を逸らした。
「そ、それがね……」
「それが?」
普段はキッパリと――毒舌と表現してもあながち間違いではない――ものを言う彼女の歯切れが悪い。それはすなわち何か後ろめたいことがある証だ。とはいえそれと俺が惰眠を貪ることに何の因果関係もない――いや、まさかとは思うが……。
「なあ。今日は休日だよな?」
「……」
「休日、だよな……?」
だんだん自信がなくなってきた。
しばらく沈黙していたソフィーナだったが、やがて意を決したように口を開いた。
「実は今日、休日じゃなくて商会や貴族の仕事がないだけなの」
「それを世間一般では休日と呼ぶのではないでせうか?」
「違うの。すっかり伝え忘れていたけど、商会や貴族の仕事がないだけで学校での仕事があるのよ」
「学校の仕事? 書類仕事なら明日やるから――」
「そういう書類関係じゃなくて実務よ」
「実務?」
面会の予定などあっただろうか?
「そう。今日は月に一回の、オリオン先生による特別講義の日。内容は軍事学、魔法特殊実技、経済学ね」
「ちょっと待て。授業はちゃんと教師を雇っただろ?」
なのになぜ俺が授業をしなければならない。
「うん。でもお兄ちゃんが雇うときに話した内容が興味深かったみたいで、教えてほしいって希望が殺到したの。だから学校で授業をしてくれればお兄ちゃんの話が聴けるって言ったら、皆教師になることを了承してくれたんだ」
つまり俺は教師を釣るためのエサにされたわけか。……そういえば教師候補に会いに行ったときに日本で知った知識を披露したのだった。多少は興味が引けるかと思って言ったのだが、まさかここまで効果覿面だとは。まったくの予想外だ。思い出せば王様に教師陣の名簿を見せたとき、在野の名士が名を連ねていることに驚いていたな。どうやって集めたのかとも訊かれたっけ(王族が子女の教育係として召し出しても応じなかったらしい)。飽くなき探究心ゆえなのか……。
その後の必死の抵抗も空しく講義への出席が決まり、俺の休日は消え去った。休みたい(切実)。
ーーーーーー
朝食を食べ終えて部屋に戻ってくると、机の上には数枚の紙が置かれてあった。手にとってみると、それらはどうも授業のシラバスらしい。なになに。
『軍事学:ブルーブリッジ伯爵が軍事関連の持論について講義する。
魔法特殊講義:ブルーブリッジ伯爵が生徒、教師の前で最上級魔法を実演する。
経済学:ブルーブリッジ伯爵が経済関連の持論について講義する。』
以上。うん。魔法特殊講義は単純で分かりやすいね。でもその他はざっくりしすぎていて困ります。要するに何も決まっておらず、自分で考えろということらしい。屋敷から学校へ移動する三十分足らずのうちに。なかなか無茶なことを要求してやがる。というか無理。行き当たりばったりの出たとこ勝負だ。そうするしかない。とほほ。
一時限目。軍事学
学校へ連れてこられた俺は、よりによって講堂へと案内された。先日、入学式をやった場所である。そこは生徒が一堂に会することを前提にしていて、とても広い。集まったのは教員と年齢が上の生徒(あまり幼いと理解できない)なので数は少ないが、目を爛々と輝かせており、ワクワクしているのが一目瞭然だ。そのせいで妙なプレッシャーと化して俺に襲いかかる。今から休講と言われたら暴動を起こしそうな雰囲気だ。彼らの気持ちは、日本の学生にはわからないだろう。俺もわからない。授業を受けるのがそんなに楽しいか……? ともかく今更止められないので、諦めて教壇に立った。
「では授業を始めます。内容は軍事学ということですが、まず訊きます。強い軍隊とはどんな軍隊ですか?」
問いを投げかけ、最前列に座っていたひとりの老人(教員)を指名した。
「よく訓練された軍隊だろう」
「なるほど。お隣は?」
といった風に同じ質問を重ねた。他には装備が最新の軍隊、士気が高い軍隊などが答えとしてあった。
「様々な意見が出ましたが、正解はというとーー実はありません」
俺の言葉に、主に教員から責めるような視線を向けられる。おい、給料カットするぞ?
「正確にはあらゆる場面で通用する、普遍的な正解がないのです。ある時は正解だったものが、別の時には正解ではなくなる……。そういう意味です。具体的には、1+1はどう計算しても2ですね? ところが『強い軍隊とは?』という問いに対する答えに決まったものはない。逆に言えばどんな答えも正解になり得るのです」
そう言ってみたものの、反応は芳しくなかった。一部はなるほどと頷いているが、大多数が理解できないといった様子。この世界では、正解のない正解を求めるような哲学的な思考は根づいていないーーというより、まったく想定されていないようだ。なら、より理解しやすくするために正解を提示するしかないか……。
「説明したように、この問いに対する答えは無数にあります。わたしの答えを言うなら、それは『工夫する軍隊』ですね」
「工夫するとは……曖昧すぎる気がするのですが?」
「その通り。この答えは曖昧です。ですが、曖昧であるがゆえに答えになるのです」
「曖昧だから、答えになるのですか?」
「はい。例えば敵がいるとします。味方は千、相手は一万。これとひと月後に戦うとしてどう戦いますか? ただし、逃げることはできず、味方も増やせないものとします」
問題を提起すると、教員や生徒たちは近くの人と相談を始めた。なかなかに激論を交わしている。そして出された結論は、
「一人十殺! 訓練あるのみ」
若い生徒が意見を述べる。それ、味方も全滅してるよ? ツッコミどころ満載の意見だが、生徒たちの多くがこの結論に達したようだった。
「籠城して相手の補給が途絶えるのを待つしかない」
一方、教員たちは籠城策を述べた。若者に比べて手堅い。
「ーーというように、皆さん色々な策を提示してくれました。これがわたしの言う『工夫する軍隊』です。敵の数、編成はもちろん、彼我の間の地形も調べ上げ、どこが自分たちにとって都合がいいか。あるいは相手にとって都合がいいか。決戦地はどこになるか。どのような戦術をとるのか。そのために最適な戦法は何か。戦法に慣れる訓練はどうやればいいのか。武器や食糧はどれだけ要るのか。情報を集め、あらゆる事態を想定し、想定した事態にどう対処するのかを検討する。そうやって工夫する軍隊こそが強いと思います」
これでどうだ、と反応を待つ。我ながら完璧な説明だと思ったのだが……。緊張の一瞬が過ぎ、ワッと拍手が起こった。いや、反応が大げさすぎるだろ。
一分経っても拍手が止まないので、手をかざして止める。なんだか独裁者になった気分だ。それから講義を再開。戦略と戦術、陣形などについて語った。驚いたことにこの世界での陣形は縦陣と横陣しかなかった。そこで魚鱗、鶴翼、蜂矢、雁行、方円の陣形を教えた。まだまだ知っているものはあるが、すべて教えるつもりはない。知識を広く開放しようとしているが、秘匿されるべきものもあると思う。だが陣形に興味があるのか、教員や生徒に関係なく競うように質問してくる。それらに答えているうちに一限の終わりを報せる鐘が鳴った。はぁ。ようやくひとつ終わったか……。
「これで一限目は終了です。質問は各自で書いて担任の先生に渡しておいてください。学校で取りまとめてオリオン先生に渡しておきます。質問と回答はまとめてプリントにして配りますので、お楽しみに」
「「「は〜い」」」
鐘が鳴っても質問したくてうずうずしている生徒たちを、ソフィーナが納得させた。さりげなく仕事を増やして。ちょ、聞いてないんだけど!?
「お兄ちゃん、ファイト」
うるさいやい。




