2ー5 開店、オリオン不動産
ーーーオリオンーーー
いよいよこの日がやってきた。今日は我がオリオン不動産の初営業日だ。客が来てくれるのか、来たとして上手く対応できるのかーー色々と不安だが、こうなったらやるしかない。すべては将来のニート生活のために!
ーーーーーー
「お客様、こちらへどうぞ」
「次のお客様はこちらへ」
「あっ! 順番飛ばしはダメですよ。一列に並んでください。焦らなくても順番は回ってきますから」
初日は思った以上に客が集まっていた。店の前に長蛇の列ができている。新規の店としては上々の滑り出しではないだろうか。店員に対しては日本の労働基準に合わせている。一日の営業時間は八時間。週休二日制を採用している。ただ初日は特別に全員に出勤してもらっていた。それが幸いして大勢の客を捌くことに成功している。だが問題は客足ではなく契約件数だ。不動産屋は入居してくれないと一円の足しにもならないのだから。そしてこれが難航していた。
「これと、これと、これもいいな。全部付けてくれ」
「え、えっと……」
「広告見たけどすげーよな。こんなに特典がついて月々銀貨五枚なんて。他所じゃ部屋を貸してくれるところなんてないし、安宿は銅貨数枚で済むが寝床が酷いんだ。それに食費も別にかかるしな。でもこれなら部屋に住めるし、下手な貴族よりいい生活ができる。一体どうやったんだ? 教えてくれよ」
「て、店長ょ〜」
上機嫌な客がマシンガントークを展開する。対して受付をしている店員は涙目だ。俺に泣きついてきた。しゃーない。
「すみません、お客様。少しよろしいでしょうか?」
「おっ、店長サンか。若ぇな。何か用か?」
彼はよほど上機嫌なのかかなり砕けた口調になっている。顔は日焼けしていて厳ついが、気のいいおじさんといった感じの人だ。少し心苦しいが、事実を説明しなければ契約とはいかない。心を鬼にして事実を告げる。
「お客様のご要望ですと、お家賃は金貨五十枚ほどになってしまうのですが……」
「はぁッ!?」
事実を聞かされたおじさんが驚きの声を上げる。まあ家賃が想定の百倍になったのだから当然の反応といえた。
「待てよ。広告で『月々銀貨五枚』って書いてただろ!?」
おじさんが納得いかずに反論してくる。あちゃー。広告はかなりの効果を挙げたようだが予想外の結果をもたらしているようだ。いや、認めよう。俺のミスだ。原因は識字率の低さにある。この世界では庶民に文字の読み書きができる人が少ない。日本では就学前にはほぼ確実に覚えるし、こちらの世界でも文字が読めずに困っている人をあまり見なかったためにすっかり失念していた。ところで広告だが、そこには『家賃は銀貨五枚より部屋の内容により変動』と書いてある。決して銀貨五枚の固定価格ではない。つーか広大なリビング(三十畳)に広大な庭(二百平米)、巨大な風呂(旅館の大浴場サイズ)、純金製の天蓋つきベッド(羽毛布団)まで備えている部屋を銀貨五枚で貸せるか! たとえ原価が土地代だけでもな。第一既存の建物では土地が足りない。完全なオーダーメイドとなり、金貨五十枚でもまだ足りないかもしれない。おそらくこのおじさんは広告をよく見ていなかったか、後ろの文字が読めなかったのだろう。とりあえずその辺りをおじさんに説明すると、
「騙したな、この詐欺師め!」
激昂して店から出て行った。
「待てシルヴィ」
「ですがあの男ーー」
「いいんだ」
俺への暴言に憤ったシルヴィが腰に差す細剣に手をかけて飛び出そうとしたのを強い口調で制止した。さすがに刃傷沙汰は問題だ。商売に影響が出かねない。腹は立つが、ここはぐっと我慢だ。他にも客はいるのだから。ところが同じような勘違いをしていた事例が相次ぎ、気がつけば長蛇の列は消え去って人っ子ひとりいなくなっていた。対応した客の数と列に並んでいた人の数が合わない。途中で離脱した人がかなりいるようだ。ウワサが立ったのかもしれない。契約件数はゼロである。みんな広告で勘違いをしていたらしい。それを抜きにしてもいい条件だと思うんだけどなぁ……。まあ人が相手だから仕方がない。今日は客が来なさそうだ。明日以降も勘違いをした人が来るかもしれないから俺は店員に家賃のことを説明するように言っておいた。陽も頭上に登っていい時間になっている。受付と警備をそれぞれひとりだけ残して休憩に入ることにする。このモヤモヤした気持ちを食事にぶつけよう。母のところに戻って盛大な日本食パーティーでも開こう。久しぶりに寿司が食べたい。うどんやラーメンもいいな。蕎麦と天ぷらも。何を食べようかと夢想ながら店を出ようとして足を止める。こちらを窺う人物に気がついたからだ。
「あの……ご相談があるのですが」
モデル顔負けの脚線美、スタイル、白い肌、緑髪、赤眼ーーそして左右に突き出た長い耳。ファンタジー世界の絶対的存在、美少女エルフの降臨である。
エルフが出てくると一気にファンタジー感が増します。




