10-9 桃宮の盟
ーーーオリオンーーー
タートへと追撃の軍勢を発したのだが、その報告を聞いて驚く。なんとタートにモルゴの旗が立っていたというのだ。
「モルゴは華帝国の味方ではなかったのですか?」
リアナの反応が、俺たち全員の心の声だった。報告に訪れた伝令も、
「そのはずなのですが……」
と、困惑を隠せない。その疑問に対する答えは、
「皇帝陛下におかれましてはご機嫌麗しく。僕はナツァグと申します。ドルジ父上の命で使者としてまかり越しました」
モルゴから送られてきた使者がもたらした。ドルジの息子を名乗るナツァグは、この戦争におけるモルゴの動きを説明してくれた。
「我々は華帝国の“ある方”の依頼を受け、国土の半分を対価に援助を行いました」
「なるほど。事情はわかった。しかし、貴殿らのとった行動は盟約違反なのではないか?」
「それについては、申し訳ありません。事前にご説明したかったのですが、漏れてしまうと計画が台なしになってしまいますので」
その気持ちはわからなくもないが、それでも国同士の約束である。直接でなくとも、匂わせるなど間接的に伝える方法はあったのではないかと思うのだ。しかし、俺はそれ以上何も言わずに使者を帰した。
「……よろしいのですか?」
リアナが訊ねてくる。俺は頷いた。華帝国を半ば崩壊させたことで、モルゴやイディアとの三国同盟の意義は薄れた。イディアとは通商的な結びつきが残っているが、モルゴとはほとんど関わりがない。もし関係が破綻するならモルゴが先だろう。そのことを見越して行動しなければならない。
「親しき仲にも礼儀あり、だ」
「承知いたしました」
リアナは俺の言葉から意向を汲みとったようだ。
「さて、それはそれとして戦後交渉に入らないとな。レオノール」
「はい」
外交交渉を担うレオノールを呼ぶ。
「今の話を聞いて、何か変更はあるか?」
「そうですね……モルゴとの交渉が新たに必要となったことでしょうか。彼らと正式に干戈を交えたわけではありませんが、華帝国に与していたことは事実。形式的なものであったとしても、責任追及は逃れられません。そこで同盟違反を理由に、当初の要求をモルゴ側に行おうと思います」
妥当なところだな。俺の目的とアニクの目的を達成するには、華帝国の領土を得なければならない。モルゴの同盟違反を口実にして譲歩を引き出す。
華帝国に対しては現在の姿勢(賠償金をさっさと払え)を維持。少し前にソフィーナから手紙が届いた。内容を要約すると、金は容赦なく取り立てるように、とのことだった。今回の戦費についても同様に。彼女の怒った顔が目に浮かぶ。国庫の番人には逆らえないので、彼女のご命令は粛々と実行されるだろう。
数日後、イディアの軍が到着した。彼らの代表とともにタートに入城する。城門には華帝国の代表が待っていた。
「ようこそ。本日はこのようなところへご足労いただきありがとうございます。ぼくは華帝国の丞相、チャン・ボンヒョンです」
チャン? ボンギルと同じ姓だな。講和の使者にきたことから、彼のことはなんとなく覚えていた。外交官シゲルに扮した俺は、軍部随員としてやってきていたカレンに耳打ちする。
「……今の名前、前の戦争で使者にやってきた男と同じ名字じゃないか?」
「そう…………ですね」
記憶の海から目的の記憶を釣り上げるのに少しの時間を要したものの、カレンもまた使者のチャン・ボンギルのことを思い出す。また同じチャンつながりで、その実弟であるボンチャンのことも思い出していた。
「たしか、討ち取った敵将もそんな名前だった気がします」
「確定だな。カレン。ちょっと声をかけて訊いてみてくれ」
「わたしが、ですか?」
「頼む」
「……わかりました」
頼み込むと、やれやれといった様子で承諾してくれた。本当にいい子である。
「ボンヒョン殿。貴殿はチャン・ボンギル殿の縁者ですか?」
「兄上をご存知で?」
「やはりそうですか。実は、貴殿の兄と戦場で相見えたことがあるのです。お強い方でした」
「そうだったのですか。……実は、兄は先日の戦いで武運拙く……」
「それは……なんというか、申し訳ない」
まさか戦死しているとは思わなかった。カレンは反射的に謝る。俺も申し訳なくなりつつ、皇帝の側近を務めるほどの将軍が戦死するほどの被害は与えていないのだが、と少し腑に落ちない気もした。もしかすると、単純に本人の運が悪かっただけかもしれないが。
「いえ。戦場でのことです。仕方ありません」
ボンヒョンは気にしていないと言う。そう言ってくれると、こちらとしても嬉しい。罪悪感が薄れる。戦争で死んでしまったことについては仕方がない、とは思う。だが申し訳ない気持ちも拭いきれないのだ。この辺りは理論より感情の問題である。
そんな会話をしつつ、俺たちは城内に足を踏み入れる。案内されたのは、俺もまだ訪れたことのない広い部屋だった。その中央に方形のテーブルがドン、と置かれている。……四ヶ国で協議するから方形のテーブルを選んでしまう気持ちはわかるが、ここは円卓にしてほしかった。出来るだけ上下関係をつけないのが外交である。まあ、地球の外交儀礼をこの場に持ち込んで何になるといわれればそれまでだが。
この会議は予想通り、難航した。冒頭、俺たちが提案した暫定的な停戦条約の締結はすんなりと進んだ。武官はこのためだけに来ているようなものなので、締結されなければ困る。しかし順調なのはここまでで、以後は難しい交渉が続く。
第一ラウンドは、竜帝国・イディアvsモルゴ。華帝国との密約によって領土の半数を保有する権利があると主張するモルゴに対して、竜帝国とイディアは猛烈に反発した。そんなことを我々は承知した覚えはない、と。これは三国同盟の破綻かに思われたが、丁々発止の議論の末にある妥協案が採用されることになった。きっかけは俺のひと言。
「……ならば、華帝国の領土を四分割して互いに保有しあうのはどうでしょう?」
議論に飽きて、互いに平等に成果を分け合おうというのだ。
「「「!? !?」」」
驚いたのが華帝国。これまでは領土の半分を失うはず(これでもかなりの痛手)だったのが、一気に四分の三を失うことになったのだ。話が違う、と言わんばかりだ。ボンヒョンも、
「それは横暴ではないでしょうか?」
と口を挟んできた。なので、俺はドルジとアニクに目配せする。親交を深めていたことから彼らも俺の意図を察してくれたらしく、望み通りの行動をとってくれた。すなわち、
「「「あ?」」」
という恫喝である。へえ、文句あるんだ。いいよ。じゃあ、どっちが正しいか決着をつけようか。戦争でね、というわけだ。『あ?』という一文字にはそれだけの意味が込められていた。
今は辛うじて華帝国という箱が残っている状態だ(中身があるかは別問題)。ここで戦争が始まれば、その箱さえなくなってしまう。華帝国はそれだけはなんとしても避けたい。そのためには、屈辱的だろうが受け入れるしかなかった。
ーーこのような三国同盟vs華帝国の構図が第二ラウンドだ。そして第三ラウンドの構図は、竜帝国vs華帝国。主題は賠償金の問題である。
「前回の戦争で、貴国は我々に対して賠償金の支払いを約束した。しかしながら、支払いが滞ったばかりか、貴国は戦争を起こしてこれを反故にしようとした。このような状況では、我々は将来的に貴国が賠償金を支払うという信頼を寄せることはできない。よって今回の講和条約では賠償金の即時支払いを明記し、前回の講和条約についても改正を要求する」
代表のレオノールの要求は、再び華帝国を混乱に陥れる。まあ、敗戦時のプロイセン(ドイツ)みたいになってくれても困るので、金銭だけでなく物的補償も認めるつもりだ。というか、そうでもしないと払えない。常備兵や潤沢な物資の確保、運搬などのため、戦費は莫大なのだ。
「そんなことになれば、我が国は潰れてしまいます」
「自業自得でしょう。それとも何ですか。肉親の死に乗じて攻めてきた相手に手心を加えろと言うのですか?」
レオノールは華帝国を言外に卑怯者、と罵る。今回の戦争は本当に卑怯だ。もし竜帝国が敗れていた場合、華帝国は前回の戦争で負った賠償金をチャラにすることができる。そして竜帝国に、支払いを命じるのだ。いや、帝国を併合して延々と搾取するかもしれない。一時的な賠償金支払いと領土が残るだけありがたいと思ってもらわなければならない。
即時支払いは同様の被害(?)に遭ったイディアも求め、俺たちが軍事力を背景にしたことで結局は認めることになった。詳細は華帝国が各国と協議することとし、この場では講和条約の締結に向けた交渉を行うということを確認した。これは各国が集まらずともできることであり、妥当な措置といえる。そしてこの場で話し合うべきは、今後の平和秩序の維持についてだ。
「このような不幸(戦争)が起こらないよう、何かできることはないでしょうか?」
というレオノールの発言から、平和維持に向けた方策が話し合われた。以前なら、こうした話し合いはできなかった。モルゴは遊牧民であり、その生活は牧畜によって支えられていた。だが牧畜は自然環境に左右されることが多い。上手くいかないと、彼らは華帝国などの周辺諸国に侵入して略奪を行う。それは生活のためだが、逆にいうと彼らの生活が安定するために、戦争は欠くことのできないものなのだ。そんな状態で戦争をなくす試みをするなど絵空事にすぎない。
しかし今回、モルゴは領土を獲得した。華帝国の北西部ーー他地域に劣るとはいえ、モルゴの生活圏に比べればはるかに豊かな土地だ。また労働者となる人口も多い。その地域だけで、彼らの総人口を上回る。これにより、彼らの生活は安定したものとなるだろう。だから平和維持の枠組みを作ろうという話になったのである。
とはいえ、戦争をなくすためにどうしたらいいかなど誰も考えなかったことである。戦争はいつ起こってもおかしくない、というのが常識なのだから。その一方で、戦争はあまり好ましくないというのも事実。だから前向きな姿勢ながら、あまり具体案は出なかった。そのとき、
「華帝国も加えた、四国同盟はどうだろう?」
ドルジがそんな提案をした。いい考えだと思う。元々、三国同盟は華帝国に対抗するために結ばれた。しかしながら、華帝国は二度の敗戦によって大国から弱小国に成り下がっている。このままでは条約が有名無実になってしまうのだ。それを防ぐために条約の目的を四国が協調して地域の平和を実現する、というものに変えてしまえばいい。俺もアニクも即座に同意した。
一方、華帝国の代表であるボンヒョンは少し渋っていた。
「ぼくも同盟に加えていただけることは嬉しく思います。しかし、我が国は国土を大きく削られてしまっています。今、他国からの侵攻を受ければどうなるか……」
彼は憂いのある表情を浮かべる。なかなかの演技派だ。
「そこで、同盟の条項に軍事援助の義務を加えていただきたい」
「却下です」
しかし、それをレオノールが断る。即断だった。
「な、なぜです? 我が国は北で異民族と接しておりーー」
「逆に、北でしか敵と接していないということですよね。今までは東西南北、四方向から攻められる恐れがありました。しかしこの同盟に加入することによって、敵は北だけになります。国土が四分の一になったーー単純計算で国力が四分の一になったからといって、敵を防げないという理由にはなりません。……それとも、他に何か理由があるので?」
淡々と自らの考えを述べた上で、鋭い目でボンヒョンを見るレオノール。これまで多くの外交官を震え上がらせてきた彼女だが、今回はボンヒョンが被害者となった。
「え? いや、そういうわけでは……」
返答に詰まるボンヒョン。今の言葉の真意を、彼は正しく理解していた。
ボンヒョンの主張は、国力が下がったためにこれまでのような防衛態勢がとれない。だから万が一のときは支援して、というものだった。ここでいう『これまでのような防衛態勢』とは、四方向への備えを意味する。しかしながら、同盟の締結によって北以外は同盟国が支配する地域となる。この状況でこれまでと変わらない防衛態勢を維持するということは、お前たち(同盟国)のことを信用していないと言っているようなものだ。レオノールはそれを非難したわけである。
その横では、アニクもまたボンヒョンに厳しい目を向けていた。レオノールにやや遅れてではあるが、彼もまたそのことに気がついたようだ。
二人(二ヶ国)からの糾弾を受け、ボンヒョンは言葉に詰まる。口許は固く結ばれていたが、微かにギリギリという歯ぎしりの音が聞こえてきた。どうもやましいことを考えていたらしい。彼らには既に前科がある。それでも懲りずに奸計をめぐらせようというのだから、呆れるほかない。
結局、ボンヒョンは提案を撤回することになった。条約は『三ヶ国』から『四ヶ国』に名前を変えただけで、大きな変更はなかった。
その夜。俺はやはりアニクとドルジに呼ばれた。再開を喜び、宴会へと突入する。もはや恒例行事といっていい。
「しかし、これも最後か……」
その席で、ドルジが突如として憂いを帯びた声を上げる。しかし俺はその言葉の意味がわからず、どういうことかと訊ねた。アニクも興味深そうにドルジの言葉を待っている。
「いや、ここ(タート)は俺たちのものになるだろ。なら、こうやって集まることもなくわなるわけだ」
「「ああ!」」
言われてみれば、タートで華帝国に与えられた屋敷で会談していたが、これからはここをモルゴが支配する。つまり、華帝国に集まってもここではない別の場所で会うことになるわけだ。そう言われると、少し寂しく感じる。もちろん、二人と会うことが一番だが、場所も大事な要素だ。そう認識すると、なんとなく寂しく感じられた。
「だが、もしここに来たときにはこの屋敷で一杯やろうぜ」
ドルジはそう言って笑う。俺もそうだな、と思い直した。
「僕たちがタートに来るときは、モルゴに用事があるときになりそうですね。ならこちらにも、そういった施設を造ることにしましょう」
「なら、我々もそうしましょう」
アニクの発案に、俺も乗っかる。話はトントン拍子に進み、華帝国を経由しての三国交通網が整備されることとなった。地図を広げて三人でああだこうだと話し合うのはとても楽しい。再開を誓って別れた。
ーーーーーー
翌日、俺は帰国するレオノールとともにタートを発った。華帝国の交渉団も同行している。正式な講和条約を結ぶためだ。折角の旅程を無駄にしないために、請求予定の金額を提示した。そのときの彼らの病状は見物だった。度肝を抜かれるとはこのことだ、といわんばかりの驚きようである。
「使者たちよ、遠路はるばるよく参った。滞在には障りなきよう便宜を図ろう」
帰国後は、謁見の間で使者たちと面会。外交特権を与える。交渉は引き続きレオノールが担当した。会場は桃離宮。新たに整備された離宮で、外交使節の宿泊や外交交渉の場として使用されることを目的としている。
外交官として交渉に参加することもできたが、今回はあまり関与せず報告のみを受けることにしていた。その代わりに、祝勝会を全力で豪勢にした。大勝利の喧伝のためだ。あとは、使者への恫喝である。我々はこれだけの余裕があるのだぞ、と。嫌がらせではない。
講和条約が調印されたという報告が上がってきたのは、帰国から約一ヶ月が経ったときのことだった。
「ーーというわけで、賠償金と領土はこちらの要求がすべて通りました。他国に編入される領土にいる部隊は最寄りの都市に撤退することになっています」
担当者であるレオノールが報告する。それを聞きながら、俺は条文に目を通していく。問題点がないことを確認するとサイン、押印を行う。それが終わると、二枚あるうちの一枚をレオノールに返した。批准書の交換のために一通はミーポーで華帝国のそれと交換されるのだ。
「交渉はどうだった?」
「大変でした。最後まで賠償金を減額するように要求されて……」
「それは災難だったな」
賠償金は財務省(と書いてソフィーナと読む)が要求したものだ。これを満たせなかった場合、心象を悪くして予算が要求通りに下りない可能性がある。そのためにレオノールは必死だった。外務省は相手国での政治工作などのために、少なからず金が必要だ。その不足は、帝国の外交力が低下することを意味する。防ぐためには強引にでも要求を呑ませるしかなかった。
「金品などでの補償に加え、担保として土地や資源、税源も押さえておきました」
支払い方法を色々と認めることで、華帝国も要求を呑んだ。担保を増やしたことで、前回と同じく十年分割となっていた。この講和条約は締結された場所から桃宮の盟と呼ばれる。
「ともあれ、お疲れ様。よくやってくれた」
「ありがとうございます。ですが……」
「どうした?」
「お褒めのお言葉を頂戴するのはとても嬉しいのですが、別の形で報いてくださってもよいのですよ?」
そう言って年相応の妖艶な雰囲気を醸すレオノール。この世界では孫がいてもおかしくない“おばあちゃん”だが、地球ではまだまだ若い年齢だ。夜の方も、まだまだ現役である。
「わかった。今日は寝室に来るといい」
「はい」
ニッコリと微笑むと、一礼して退室する。代わってリアナとカレンが入ってきた。二人は戦争が始まる前の職に復帰し、忙しい毎日を送っている。
新たに獲得した領土の統治体制が整うまで、治安維持のために軍を派遣することになっていた。二人を呼んだのは、具体的にどれだけの兵力を送り、どれくらいの期間で交代させるべきかを話し合うためだ。
軍の派遣は決定であり、具体案は軍部でも考えられていた。それを叩き台にして最終決定を下す。冒頭で軍政担当のカレンが具体案を示した。
「軍としては、一個師団程度の部隊を派遣したいと考えています」
「周辺は同盟国だから、それで問題ないだろう」
俺もその案に異論はない。
「リアナはどうだ?」
担当は軍令だが、有事の際は彼女が軍を動かす。そんな運用する側の意見も募りたかった。
「わたしも特に反対はありません。ただ、陸軍大臣には新たな領土における早期の部隊編成、錬成を要望します」
「現在のところ、統治体制が整ってから部隊の編成にとりかかることになっており、十年後を見込んでいます」
「わかりました。予定より後にずれ込まないようお願いします」
話はまとまったようだった。
「二人とも、これから色々と大変だろうが頑張ってくれ」
そう激励した。
俺の治世ではこの戦争以後、戦争も大きな騒乱もない平穏な日々が続く。それはイアンたち優秀な大臣、アリスほかの妻たち、何より名も知れぬ人々のおかげだった。
なんとなくお察しの方もいらっしゃるでしょうが、完結が近づいております(あと二話です)。アフターストーリーなどをいくらか予定しています。おそらく三ヶ月〜半年のスパンでの投稿になるでしょう。活動報告や他の作品でも告知しますので、よろしければご覧ください。最後までよろしくお願いします。




