8-10 帰国
GW、皆さんは何連休でしたか? 作者は五連休でした。国民の休日のはずが、休めない……。まさか、作者は非国民なのでしょうか? と偉い人に訊きたくなります。皆さんはGWを楽しんでくださいね。以下、お知らせです。
【お知らせ】
連続投稿を六日まで延長いたします
ーーーオリオンーーー
首尾よくミーポーを脱出したベルファスト以下の艦隊はやはりトラブルなく帝都北方の港町へと帰港した。残念ながら出迎えはない。急なことだったので、連絡が間に合っていなかったのだ。
「申し訳ありませんが、お迎えが着くまでお待ちください」
「わかっている」
ベルファストから下艦するが、カチンには戻らず、街の外務省の庁舎に泊まる。転移魔法を使えば一発だが、今の立場はあくまでも外交官。そんなことはできない。迎えが着くのは今日の夜遅く。出発は明日になる見込みとのことだ。
……さて、擬態はもうここまでだ。というのも、港町からカチンまでの道程、形式的にはいち外交官の帰国である。しかし、実際は皇帝の帰国。当然、警護は比べるべくもなく厳重だ。もはや誤魔化しは効かない。なので、今さらながら俺はリャンオクにすべてを話すことにした。
夜。俺はリャンオクに真実を明かすため、部屋に呼んだ。
「シゲル様、呼んだ?」
「ああ。伝えたいことがあってね」
内容が内容だけに、声音は真剣だ。俺が彼女の立場だったとして、へらへらと笑って出迎えられて話を聞かせられたらーー殴りたくなる。これは俺なりの誠意だ。
「な、なに?」
その雰囲気が伝播したのか、リャンオクが固い声で訊ねてくる。俺は迷っても仕方がないと、サクッと本題を切り出した。
「実は嘘を吐いていた。俺はシゲル・ヨシダという名前じゃない」
「……え?」
「俺の名前はオリオン。オリオン・ブルーブリッジ。この国ーー竜帝国の皇帝だ」
「…………え、えぇぇぇッ!?」
突然の話にリャンオクは一歩、二歩と後退り。そして瞬く間に土下座した。
「ごめんなさいッ!」
「なぜ謝る?」
「だって、皇帝陛下なんて知らずに失礼なことばっかり……。ごめんなさい! 許してください! 何でもするから!」
「あー」
そんな彼女の姿を見て、俺は少し刺激が強すぎたかと反省する。
華帝国の人間にとって、皇帝とは神も同義。俺に対して失礼な行動をした覚えもある。殺されても文句は言えない。だから平身低頭平謝りを展開したのだろう。
たしかにリャンオクの接し方はあまり褒められたものではなかったこともあった。だが、英語を習っていないのに喋れるはずもない。同様に、彼女はマナーを習っていないのだ。できるはずもないし、そもそもできるとも思っていない。ただ、敬意を表そうという気持ちは伝わってきたので気にしていなかった。
「頭を上げろ。問題ない。気にするな」
俺はなるべく優しい言葉でリャンオクをなだめた。
「……本当?」
チラッと俺の様子を伺うリャンオク。目尻に涙を浮かべている姿は庇護欲をそそる。
「ああ。俺も隠していたんだ。責めるつもりはない」
「ありがとうございます。これからはオリオン様のために精一杯働きます!」
「頼むぞ」
「はいっ!」
リャンオクは元気に頷いた。
ーーーーーー
夜には護衛が着いたらしいが、旅の疲れもあって寝ていたために気づかなかった。朝、起きるとメイドが報せてくれた。誰が来たのかしらん、とダイニングへと顔を出す。
「お父様!」
直後、小さな影がスタタタターッと駆け寄ってくる。そのまま腰にタックル。ぽふっ、と柔らかい衝撃が生まれた。うーむ、ラグビー選手になるには精進が足りないなーーなんて与太話はさておき、俺は笑顔で影を受け止める。
「元気だったか、アイリス?」
「うんっ!」
腕の中で向日葵のような大輪の笑みを浮かべているのは、アイリス・アリス・フィラノ。アリスとの間にできた子ども(長女)だ。俺の都合上やむなく教皇に即位してもらったが、幼いことを理由に帝都で養育を続けている。ここにいるということは、俺を出迎えるためにわざわざ来たのだろう。父親としてとても嬉しいことだ。
「アイリス、いきなり抱きつくのはよくないですよ」
と、たしなめるのはメアリー。オーレリアとの間にできた子どもだ。実母の生家であるボークラーク家は代々優秀な文官を輩出してきた名家である。ところが、メアリーは軍事面にも才能を発揮。皇族のなかでは皇太女のエリザベスに次ぐ階級(中佐)にあった。
「はーい」
アイリスは異母姉の忠告に大人しく従う。普通は拗ねてしまいそうだが、彼女は相変わらずにこにこしていた。そんな異母妹の様子に苦笑するメアリー。
「機嫌がいいですね。父様に会えてよっぽど嬉しいのでしょう」
「そうかそうか」
メアリーの言葉に頷きつつ、アイリスの頭を撫でる。そして『お姉ちゃんの言うことを素直に聴いて偉いね』と褒めた。
そうしてご機嫌をとっている間にメアリーが事の次第を説明してくれる。
Q,なぜアイリスがここにいるのか?
A,(俺を)迎えに行く、と駄々をこねたから
Q,なぜメアリーがここにいるのか?
A,帝都まで護衛する部隊の副隊長だから
Q,なら隊長は?
A,エドワード
「なるほど。幹部は子どもたちだけで固めたわけか」
「はい。アリス母様たちが、『そろそろ自分たちだけでもできるようになりなさい』と」
「そうか……」
まだ早い、と思わなくはないが、よくよく考えればもう三十路。この世界の平均寿命は五十から六十なので、人生の半分が過ぎた計算だ。子どもたちも嫁を取る、嫁に行くという年齢。そう考えれば、アリスたちが自立させようと考えたのもおかしくはない。
「おはようございます、父上」
「ん? エドワードか。おはよう。今日も鍛錬か?」
「はい」
真面目な母親の影響を多分に受け、いついかなるときも鍛錬を欠かさない。筋骨隆々の偉丈夫だ。そんなエドワードだが脳筋ではなく、事務処理もできる。子どもたちに多い文武両道型だ。それが評価され、メアリー同様に中佐になっている。
「旅の疲れもあるでしょうし、出発は昼にしようと思いますが、いいですか?」
「もちろんだ。時間を気にせずやってくれ」
こういう気遣いができる点もグッドだ。加えて母親譲りの整った顔立ち。……道理で縁談が次々と舞い込むわけである。容姿も性格もイケメンとか、我が子ながら反則だ。
「お父様、一緒にお食事しましょう?」
「そうだな」
用意された椅子に腰掛け、膝にアイリスを乗せる。今日のメニューは何かな、と配膳されるのを待っていると、メアリーから待ったがかかった。
「父様。あまりメアリーを甘やかさないでください」
「たまにはいいじゃないか」
しばらく家族から離れていたのだ。多少甘やかすくらいはいいだろう、と。思えば戦争でもシルヴィやクレアが側にいた。妻たちから離れたのはかなり久しぶりかもしれない。そんなわけで、俺は家族との交流を渇望していた。そういった事情を熱弁し、メアリーの了承を取りつける。
朝食はパンとサラダ、スープと簡単なものだった。ありがたい。朝はあまり入らないからな。
食事をしつつ、膝に座るアイリスの世話をする。パンを食べさせたり、嫌いな野菜を四苦八苦して食べさせたり……。
「父様」
アイリス相手に奮闘していると、メアリーに呼ばれた。視線を向ければ、彼女が口を開いて待っている。
「……どうした?」
「食べさせて」
「…………やらないとダメか?」
「アイリスを甘えさせて、わたしを甘えさせてくれないのは不公平だと思うの」
そう言われては仕方ない。フォークで刺したトマトを口許へ運んでやる。はむっ、と食べてもきゅもきゅと口を動かす。
「美味しい」
「そんなに変わらないと思うけどな」
むしろ落ちるのではないかと思われる。帝都で出されている食材は、すべて城で栽培されたものだ。新鮮かつ、手間暇かけて美味しく育てられている。一方、ここで出てきたのは近くで栽培された朝獲れ野菜。新鮮さはともかく、質で劣ることは否めない。
「父様に食べさせてもらったから特別美味しいんです」
しかし、メアリーは首を振って俺の言葉を否定した。そう言われると悪い気はしない。
こんな風に久しぶりの家族との食事を楽しんでいると、ダイニングの外から声が漏れてきた。
「なっ、どういうこと!?」
「貴様は何者だ!?」
と、何やら言い争っている様子。声からして、女と男。男はまあ、近衛だろう。皇帝が居る場所を警備するのは当たり前である。問題は女が誰か、ということだが……。
「外が騒がしいですね」
「うるさ〜い」
メアリーは外の喧騒に顔をしかめ、アイリスは露骨に嫌そうな顔をした。俺は給仕を担当していたメイドに言って事情を訊きに行かせる。『騒いでいる女』に心当たりがあったからだ。
様子を見に行ったメイドが帰ってきて報告する。それによれば、入口で騒いでいるのはやはり警備の近衛と十代そこそこの少女だという。俺はその少女を通すように言った。知り合いだから問題はない、と。
俺が言葉を伝えるべく、再びメイドが入口に向かう。メアリーはそんな俺にひと言。
「……知り合いの少女、ですか。新しい母様になるかもしれませんね」
「ならないからな?」
微笑みながらとんでもないことを言う。家族として遇するにしても、カレンやリアナみたいな娘枠としてだ。若い女の子と一緒にいるだけで嫁認定されるなら、メロディーはどうなるのか?
まあ、それはさておき。俺のお墨付きを得て、件の少女がダイニングに現れる。それはやはりというか、リャンオクだった。
「止められたかと思えば入っていい、って何なのよ」
小声で不満を漏らすリャンオク。
「シゲ……じゃなくって、オリオン様。おはようございます」
しかし俺の存在を認めると、明るい声で挨拶してきた。それに応えつつ、今回のことを謝る。
今回の騒動は、俺がリャンオクの存在を伝えていなかったために起こったことだ。旅の疲れを癒すために早々に休んだために、夜のうちに護衛と会えなかったーーという事情はあるが、何にせよこちらの落ち度である。
リャンオクはこれを快く受け入れてくれた。むしろ騒いで申し訳ないとも。本当にいい子である。
「やっぱり新しい母様じゃないですか」
「違うって……」
メアリーが確信したように言う。勘弁してくれ。娘からの疑惑の眼差しにお父さん耐えられない!
敢えて言うが、俺は浮気をするつもりはない。もし誰かを好きになったら、正直に妻たちに相談する。そして結婚するのか、愛人、妾待遇なのか、はたまた諦めるのか……。それは状況次第なので何ともいえないが、とにかく隠れてコソコソはしない。やるなら堂々と。幸い、それだけのステータスはあるのだから。
「オリオン様。この子たちは?」
愛娘からあらぬ疑いをかけられそれを否定していると、リャンオクから問いかけがあった。ふむ。俺に仕えるなら何かと接する機会はあるだろうし、紹介するか。
「俺の娘だ」
「え?」
リャンオクは固まった。そりゃ驚くわな。帰国した翌朝に娘が現れるんだから。皇女という身分を考えれば驚くべきフットワークの軽さである。あと、華帝国では皇女(あるいは皇妃)が外に出ることはまずない。その辺りの文化的違いもあるだろう。
「こっちの現在美少女、将来は美人になること間違いなしなのがメアリー。膝の上にいる天使がアイリスだ」
「竜帝国皇帝、オリオン・ブルーブリッジが第六皇妃、オーレリア・ボークラークの娘、メアリー・ボークラークと申します」
優雅に挨拶するメアリーと、
「お父様とアリスお母様の娘、アイリス・アリス・フィラノです!」
元気いっぱいに挨拶するアイリス。どちらも可愛い。前世のアイドルなんかと比べるべくもない。あっちは養殖、こちとら天然だ。次元が違う。異論反論は認めない。
突然の皇女との対面に驚き、固まるリャンオク。しばらくしてハッ、と気を持ち直す。そして、
「ごめんなさいっ!」
と非礼を謝罪する。
「お気になさらず」
「許します」
まあ、彼女は帝国に来たばかりの外国人。殺人でも犯さない限りは、多少の非礼で目くじらを立てることはない。メアリーは柔らかく、アイリスは誰に学んだのか尊大な口調でーーそんなところもキュートだーーリャンオクの謝罪を受け容れた。
「ところで、お名前は?」
「あ、はい。イ・リャンオクっていいます」
メアリーから藪から棒に質問が飛ぶ。そういやリャンオクは紹介してなかったなーーと思ったが、本音は新しい母親(断じて違う)の名前が気になって仕方がないらしい。その証拠にーー身内にしかわからない程度に擬態しているもののーー目が爛々と輝いている。特ダネを前にした記者のようだ。
「イさん、ですか……?」
「華帝国ではファミリーネームが前、ファーストネームは後ろだ」
困惑した様子のメアリーに補足を入れる。それで彼女も納得したらしく、頷いた。口の中で『リャンオク母様』と何度も反芻している。いや、だから『母様』ではない。
「リャンオクさんはどこのご出身なんですか?」
それはもちろん華帝国ーーなんて馬鹿な質問はしていない。この場合は出自の質問だ。リャンオクも誤解していない。そして、だからこそ答えられなかった。
しかし、メアリーは答えを待つ。辛抱強く、決して急かさない。やがてリャンオクが根負けし、
「………………スラム出身です」
と白状した。この空間でその出自を述べることがどれほど勇気のいることか。『お前どこの大学?』と訊かれ、周りから東大だ京大だと大層な大学名が出る中でFランク大学卒業、と言うようなものだ。有り体にいえば、恥ずかしい。
「やはり、そうですか……」
メアリーの言葉に、リャンオクは視線を下げる。口にはしないが、その態度が自らを卑下するもののように見えた。
そんな姿を見て、メアリーが俺に視線を投げる。彼女が言わんとしていることを察し、許可するという意味を込めて頷いた。
「リャンオクさん。あまり深刻に考えないでください」
「でもーー」
なおも言い募ろうとするリャンオクを止めるメアリー。そして唐突に昔話を始めた。内容は、学校で習う一般的な歴史。竜帝国の建国にまつわる話だ。
「オリオンという少年は、いち商家の庶子に過ぎませんでした。しかし、彼は王女を命の危機から救い、やがては貴族、そして皇帝になりますーー」
リャンオクが顔を上げ、そして俺を見た。当たりだ。このオリオン少年は現在の俺である。竜帝国は新興国であるため、華帝国にはようやく認知されたような国家だ。一般人でしかないリャンオクが建国の経緯を知らなくても無理はない。かなり端折っているが、話の核心はそこではない。
「そんなオリオンには多くの寵姫がいます。そのなかで一番の寵愛を受けたのは第三皇妃、シルヴィア・シル・ブルーブリッジ。皇太女エリザベスの生母であり、その出自は奴隷です」
「っ!?」
リャンオクが目を見開いた。まさか奴隷から皇族になった人物がいるとは思わなかったのだろう。
彼女の姿勢に対する最も有効な反証がシルヴィであることは間違いない。その例があるからこそ、俺たちはこう言うことができる。『身分(出自)なんか気にせず頑張れ』と。口だけなら不信感は拭えないが、実例があるのだから文句は出ない。
メアリーのリャンオク母親化計画を助けることになるのは癪だが、リャンオクの心労を考えると仕方ないかなとも思えなくもない。要は、俺がしっかりしていればいいのだ。
「頑張ってくださいね」
「頑張ります!」
まあとにかく、リャンオクと娘たちは上手くいきそうな気がする。




