8-3 華の国から
ーーーオリオンーーー
帝国が大陸の覇権を握ってしばらくの時が経った。巷は賑わいを見せているが、それは戦時の影響ではなく相次ぐ公共事業による建設ラッシュによるものだ。極めて平和的でよきかなよきかな。官庁も戦後処理からは脱却している。忙しいのは財務の人間くらいのものだ。
「だぁ〜ッ! 仕事が終わらないぃ〜!」
夜ーーといってももはや深夜というべき時間に皇族の居住スペースに現れたのはソフィーナ。今日も今日とて残業し、挙句に仕事が終わらなかったらしい。怒りの咆哮を上げている。いつものことだ。
「お母様、そんなにイライラしてはお腹の子に障りますよ」
そんなソフィーナをたしなめるのは、彼女の娘であるセリーナだ。母親に似てクールな彼女だが、弟が妹ができるとあっていささか興奮気味。個人的には妹がいいらしい。弟はいるし、同性の方が趣味を共有しやすいからだという。我が子ながら、なかなかしっかりした答えだ。
「はははっ。いいじゃないか、セリーナ。ソフィーナだって大変なんだ。こういうときくらいは好きにさせてやれ。イライラするのもよくないが、溜め込むのはもっとよくないからな」
そう言いながら俺はソフィーナの肩を揉む。お疲れ様です、の心を込めて。しかし睨まれてしまった。なぜに?
「忙しくした人に労われても嬉しくない」
「はは……」
まったくもってその通り。返す言葉もなく、乾いた笑いしか出なかった。
「お父様。お母様はご機嫌がよろしくないようですし、代わりに私を労ってくださってよいのですよ?」
「待ちなさい、セリーナ。誰も嫌だとは言ってないでしょ」
「あら、私には『労われても嬉しくない』と聞こえたのですけれど、聞き間違いでしたか?」
「え、ええ。そうよ」
ほんの冗談のつもりが真に受けられると誤解を生むことになる。セリーナの場合はわかった上で曲解したのだろうが、ともあれソフィーナは少し苦しくなった。
「そうでしたか。そういうことにいたしましょう」
うふふ、と不敵に笑うセリーナ。どこかレオノールに似ている。ソフィーナはかなりの負けず嫌いであるが、その娘であるセリーナもまた、その性格を受け継いでいた。以前、エリザベスに口喧嘩で負けたことが悔しかったらしく、レオノールに指導を仰いでいたのだ。そのときに今のような話術を学んだのだろう。
「あの子に任せるんじゃなかった」
と、ソフィーナは苦い顔をしている。後悔先に立たず、だぞ。
「ほら、二人とも。こっちにきなさい」
「あ〜、そんなに〜、引っ張らないで〜」
「……おーちゃん力強い」
オーレリアに連行されたラナ、リナの母娘がやってきた。どうせ研究室に篭って出てこない二人をオーレリアが連れ出したのだろう。いつものことである。
「ラナ、研究が進んで嬉しいのはわかるが、少しは加減しろ。お腹の子どもに悪いだろ」
俺はさすがに注意した。普段なら軽くたしなめる程度だが、今回は少し強めだ。もう少し妊婦としての自覚を持ってほしい。初産じゃあるまいに。
……あのときは少し自重していた。だが、思えば初産ゆえに不安だったのだろう。しかし彼女は悪阻が酷い体質ではなかった。それが大したことないという認識につながり、妊娠してもお構いなしに研究に没頭するようになってしまった。心配だからやめてほしいのだが。
そして心配なのはラナだけではない。リナも同じだ。
「リナ。俺との約束忘れてないよな?」
「……うん。夜更かししたらダメ」
「約束を破ったらダメだろ?」
「……ごめんなさい。あと少しで上手くいきそうだったの」
リナはしゅん、と項垂れる。その気持ちはわからなくもないが、やはり約束を破ったのはよくない。
「約束を破ったことには変わりないから、罰は罰だ」
俺がそう言うと、リナの表情が絶望に染まる。俺と彼女の約束ーーそれは研究を許す代わりに、夜九時までの時間制限を設けること。違反すればなし。研究も禁止ということになっていた。いかなる事情があろうとも、約束を破ったことは事実だ。そこには厳しくあたらなければならない。
「ただ、研究を途中でやめたくないっていう気持ちもわかる。だから三日間は研究をしてはダメだ」
「……はい」
リナはこくり、と頷いた。俺は慰めるように頭を撫でる。こういう失敗もあるさ。あんまり気を落とすなよ、という意味を込めて。リナははにかんだ。よし、いい子だ。
さて、では一向に懲りない悪い母親を絞ってやろうと思ったのだが、ソフィーナから待ったをかけられた。
「ねえ、お兄ちゃん。ひとつ訊きたいんだけど」
「どうした?」
「さっきはセリーナに邪魔されて訊けなかったんだけど、少し前に秘書が新しい決裁待ちの書類を持ってきたの。その一番上に『実験艦研究費用』っていう、御璽が押されたものがあったんだけどーー」
「さあて、夜も早いし皆ねーー」
「どういうことなの?」
肩をガシッと掴まれ、クルンと回転させられた。力強い! 俺はソフィーナの圧力に負け、計画について話すことになった。
帝国は大陸の大半を占める巨大な国(覇権国家)となった。そうなると国防という面ではより強大な海軍力を保有する必要がある。そのためにはまったく新しい建艦思想の下に建造された船を保有するべきであり、そのプロトタイプとなる艦を建造するために予算を計上したーーという次第である。
「へえ〜。そういうことか〜」
ソフィーナがにこにこしている。やばい。これ、キレてるときの反応だ。
「お兄ちゃん、妊婦は労わるべきなんだよね?」
「あ、ああ……」
「だったらどうして無駄に仕事を増やすのよッ!」
やっぱり爆発した。俺はそれから説教を受け、解放されたのは一時間後のことだった。
ーーーーーー
結局、海軍計画については承認された。ソフィーナは容赦ないが、やはり商人である。ちゃんとメリットがあることを示せばなんだかんだで承認してくれた。彼女を厳しいという人は多い。だが、きっちり理詰めで説明すれば納得してくれる。思ったことを隠さないだけであって、自分の考えしか信じていない頑固者では決してない。でなければ、零細商会を数年のうちに大商会にすることなど不可能だ。
さて、そんなこんなで新・帝国海軍の整備計画は進むことになった。ここで目指すのは鋼船の建造である。意外なことに鋼鉄でできた船は木造のそれよりも軽い(だいたい三割ほど)。それでいて積載量は増える。大きさにいたっては比ではない。森林の保全状況を気にしなくていい(鉄で船が造られるようになったのは木の切りすぎが要因のひとつである)ーーなどいいことばかりなのだ。
とはいえ百年計画で話は進む。なぜか。造船には高度な技術が必要だからだ。一見、鉄の箱が浮かんでいるだけに思えるかもしれない。しかし実際は部分ごとに使う鉄が異なっていたり、溶接の方法を変えていたりする。しかもひとつでも狂いがあれば浸水して沈没ーーなんて事態になりかねない。かくのごとく船は繊細なのである。
この計画は俺が先頭に立つ。だって誰も鉄で船ができるなんて思ってないんだもの。大和にしても、動かないから魔法的なギミックで浮いてるんでしょ? と言われる始末だ。そんなことは断じてない。純粋な海の力(浮力)である。
俺はこの計画に携わる技術者たちを集めて勉強会を開いた。場所は帝都より北にある港町。そこで俺はある物を取り出した。
「陛下、これは?」
「鉄でできた小舟だ」
まずは意識改革から行わなければならない、そう思った俺は帝都の鍛治職人に依頼して一枚の鉄板から成型してもらった。実際に浮かぶ場面を見てもらい、乗ってみることで『鉄は水に浮かない』という固定観念を払拭するのだ。
「さあ、乗った乗った」
俺は技術者たちを舟に乗せる。最初の憐れな犠牲者は手近にいた者たち。彼らは悲痛な表情を浮かべていた。なにせ泳げないのだから。万が一にも海に落ちれば命はない。そして命を預ける舟は、水に浮かばないはずの鉄製。絶望しかない。逆らいたいが、皇帝の命令だから逆らうわけにもいかないーーといったところだろう。彼らはやむなく舟に乗り込んだ。陸にある一同はその様子を固唾を呑んで見守る。
「………………沈まない」
船上で今にも沈むのではないかと怯えていた彼らだったが、十秒、二十秒と経過して沈まないことを不思議に思う。だがどれだけ経っても沈む様子がないことに理解が追いつき、
「「「うぉーッ!」」」
まず船上にいる技術者たちの歓声が爆発。次いで、
「「「俺たちも乗せろ!」」」
岸にいた者たちは安全だとわかると我先に乗せろと詰め寄った。実に現金なものである。そんなお祭り騒ぎが全員が一度乗るまで続いた。
「さて、これで鉄製の舟が水に浮くことはわかってくれたと思う。朕はこれをより大きくしたものを造ろうと思っている。目指すはアレーー」
と言って俺は岸壁に係留されている大和を指さした。技術者たちは目を見張る。だが、俺の言葉は終わっていない。
「ーーの四倍だ」
顎が落ちた。驚きのあまり口が目一杯開かれている。
「へ、陛下。またまたご冗談を……」
「いや、本気だ」
もちろん今すぐにというわけではない。だが、巨大な船を造る技術があるべきだ。当たり前の話だが、世界はこの大陸だけでできているわけではない。そういったまだ見ぬ文明と接触したとき、武力があって損なことはないだろう。兵員や軍需物資を円滑に運ぶ輸送力があって困ることはない。また、それは転じて世界的流通網の構築にも役立つ。いいことづくめだ。
「陛下」
俺を呼んだのは魔法技術者のひとり。
「どうした?」
「なぜこの計画に我々も呼ばれたのでしょう? 造船にあたって魔法的な補助を必要としているのでしょうか?」
「たしかにそれを探るのも面白い。だが、朕が考えるところは、そなたらには船の動力を作ってもらうことだ」
当たり前の話だが、排水量が数千、数万トンになると帆や櫂では動かせない。そこで蒸気やガスタービン機関の出番となるわけだ。この開発を彼らに任せる。なお、動力源は魔法。石油や石炭を使わないエコな動力ができるはずだ。もちろん原理は教えるが。
その話をすると、その技術者は納得してくれた。表情からウキウキしていることが伝わってくる。よほど楽しみなのだろう。
そんなわけでスタートした計画は順調に進んだ。まずは排水量が五百トンほどの船から造ることにした。難航するのは機関だと思っていたが、大きな馬力を必要としないため原理さえわかっていれば簡単に作ることができた。ガスタービン機関を使っているのでスクリュー推進である。蒸気タービンもできたが、こちらは始動に時間がかかるため却下した。完成した船の速力はおよそ五ノット。俺はこれを『レボリューション』と名づけた。出だしは上々である。
次に船体をより大きくした千トン級の船を造らせる一方、レボリューションのグレードアップも試みる。目指すは十ノットだ。速度を出すためには機関の出力を上げねばならず、その分だけ機関への負荷も大きくなる。特に耐熱性が問題だ。本来なら様々な合金を用いなければならないのだが、この世界には魔法というものがある。そんなことをしなくても付与してしまえば一発だった。かくして改装は完了し、洋上での公試運転に入る。
「ではこれより、帝国海軍艦艇『レボリューション』の公試運転を始める!」
俺が高らかに宣言すると、集まったギャラリーが歓声を上げた。成果が上がったので身内を招待してお披露目してやろうと思ったのだが、ソフィーナが『民間の人々にも見せるべき』と言ったので観客を急遽募集したのである。集まった人数はおよそ一万人。海岸にズラリと人が並んでいる。これだけの人に声を届けるため、拡声の魔法を使わなければならなかった。
レボリューションにも俺の声は届いており、それを受けて湾内へ進入してくる。
「あれが新しい船?」
「帆も櫂もないわ!」
「魔法で動いているのか?」
帆も櫂もない奇怪なレボリューションの姿を見て観客は騒めく。無理もない。ちなみにこの技術を一般に開示するのはまだ先のことである。他国へ流出しては困るからだ。他国でその存在が確認されてから、と関係者には言い含めてある。もし流れても、すべてが流出しなければ同様なものは作れないのだが。そしてその辺りも分業制を導入することで対策してある。一部は知っていても全体は知らないというやつだ。
レボリューションは軍艦という扱いをされているが、兵器は搭載されていない。ただ、搭載予定の火砲についても研究中である。こちらも魔法を使って砲身寿命を無視したぶっ壊れ性能の代物ができつつあるらしい。
ともかくそういうわけなので、今回の公試運転では速力と機動性をチェックする。速力の目標は十ノット。一般的な帆船の速力は五、六ノットであるためそのおよそ倍を目指すことになる。
「機関全力発揮!」
俺の号令の下、レボリューションに搭載されたガスタービン機関が唸りを上げる。しばしの助走の後、レボリューションはぐんぐんスピードを上げた。湾の端に近づいたところで右回頭。また高速航行し、端に近づくと左回頭ーー。それをしばらく繰り返す。よし、機動性に問題はないな。
「終了!」
俺が言うと、レボリューションは減速した。その横では技術者たちがガリガリと計算している。事前に定めた指標の間をどれくらいの時間で通過したかを測定し、その結果から速度を導き出し、その平均を出しているのである。しばらく待っているとその結果が俺に渡された。フライングしてチラッと紙面を見て、俺はニヤッとする。技術者たちもサムズアップしていた。その顔は誇らし気だ。
「只今の公試運転において、レボリューションは時速十三ノットを記録した!」
「「「おおっ!」」」
観客がどよめく。ギャラリーは港町にいた者や造船関係者、貿易商が大半を占め、その凄さ(速さ)は理解していた。その知識が一般の人々にも伝わり、かくして大きなどよめきとなったのである。
公試運転は成功のうちに終わり、早速この技術を提供してほしいとの打診があった。しかしこれは秘中の秘であるため、すべて断っている。ただソフィーナは、研究に制限を加えるものではない、と発言して自分たちで開発することを促していた。
これで俺は彼女が公試運転を一般公開した狙いに気がついた。民間ベースで技術開発を促すつもりなのだ。いいものがあれば積極的に導入するつもりなのだろう。たしかに造船には様々な分野の技術が眠っている。俺はそれらをスキップしていきなり核心に迫ったわけだが、ソフィーナはそれらも逃さないつもりなのだ。そのために民間を焚きつけた。彼らもこの技術がもたらすメリットはわかっているだろうから、こぞって研究を始めるだろう。どんなものが生まれるのか楽しみだ。
「陛下!」
と、そこでレボリューションの乗組員から呼びかけられた。
「どうした?」
「沖合に数隻の船がいます! 帝国の旗は掲げていません!」
となると他国の船か。しかしどこの船だろう。
国籍不明の船は続々と湾内に入り、投錨した。そして小舟が出され、こちらに向かってくる。
「旦那様。あれはーー」
外務を司るレオノールがその正体を口にした。俺はそれに少し驚いたが頷き、小舟の行動を注視する。小舟には三人の男が乗っていた。ひとりは櫂を漕ぐ水夫。髭を生やした男が中央にデン、と座っており、その斜め後ろに最後のひとりが控えていた。髭が主人、残りは従者といったところか。
小舟が接岸すると髭男が上陸した。そして俺たちを見て、
「○△¥%#」
謎の言語を発した。
髭男の正体は!?




