この散歩を覚えておく。
散歩は嫌いだ。
いや、別に散歩そのものは嫌いじゃないんだ。気分転換にいいと思っている。
嫌なのは──
「みつる、手」
母さんが手を差し出してきた。
繋がなきゃ、ダメなのか。僕もう12歳で、多感な年頃なんだよね。
母さんと手を繋いで近所を歩き回るなんて、いやだ。
好きな女の子だっているし、友達に見つかって後で冷やかされたらどうするんだよ。
当分の間、僕の生活真っ暗になるじゃないか。
「みつる」
母さんが僕を呼ぶ声色が少し寂しそうだ、これを無視できなくて、僕はしぶしぶ手を出した。
「手を、引っ張ってあげるんだよ。母さんが歩くの大変だから僕が引いてあげるってことで」
母さんと横並びにならない。
僕が先で、あくまで母さんを引くんだ。
そういう、言い訳にしがみついてやっと、僕は母さんの手を取る自分をガマンできる。
歩きながら、母さんが並んでこようとするたび、僕はすかさず早足で前に出る。
前へ前へと急ぐ自分を、散歩で興奮して先走る犬みたいだと思う。
曲がり角ではドキリとする。
誰かに会ったらどうしよう。
結局、誰にも出会わず散歩が終わり、家に着いたら、本当にホッとした。
それから、僕も成長した。進学して、上京して、母さんと散歩することも少なくなっていった。
最後に母さんの手を取ったのはいつだっただろう? もう思い出せない。
そして……
白い光が差し込む病院の廊下を歩く。
目的の部屋に行く途中、看護師さんが僕に話しかけてきた。
「お母さまが外へ出るとおっしゃっている件……」
「母の希望ですので。ありがとうございます」
「いえ、ただ。これが……」
「わかっています」
看護師さんはよくやってくれていると思う。母さんの、無理を聞いてもらってこちらが申し訳ないくらいだ。
病室に入ると、母さんは待ち侘びたようにこちらを向いていた。
「お待たせ、母さん」
車椅子を押して、緩和ケア病棟の庭へ出る。
空は青く澄んで、日差しはやわらかい。
「本当に歩くの? 母さん」
「ごめんねぇ、でもみつるが引っ張ってくれるんでしょ?」
「違うよ、母さん」
僕から手を差し出した。
記憶の中の母さんの手は、僕を包み込むように握っていた、それが、ずいぶん力弱く、小さく感じた。
「手を、繋ぐんだよ」
こうして僕は母さんと並んで散歩に出る。
この散歩を、僕は生涯覚えておく。
自分の心の切片の、とても繊細なものからお話をつくってみました
弱点なので、書くの辛かったのですが
何気ないものを大切にする方がふえるといいなって祈りを込めて。




