30th lap ペルフェクティオ
白竜大戦の終盤において、帝国が投入した完全兵器ペルフェクティオ。
自己修復機能と自己進化機能を備え、それひとつで戦線を維持できるため『完全兵器』という名が与えられていた。実際、帝都が陥落し、守るものがなくなってなお、その猛威を振るい続けたのだから、お題目に間違いはなかったのだろう。
クルスとレジエッタをはじめとする、ファルドリッツ聖竜騎隊の最終作戦において、ペルフェクティオはついにその活動を停止する。
完全兵器が暴走を起こしたのはその直後だ。
ペルフェクティオの中枢部は白い渦となり、大地のすべてを飲み込み始めた。
クルスの右腕に刻まれているのは、その起動と停止の両方を担う魔術回路。すなわち完全兵器の“鍵”だ。クルスがペルフェクティオの渦に飛び込んだとき、鍵は確かに発動した。そして、その鍵は役目を終え、眠りについたはずだった。
それが今、こうして目覚めているというのは。
「ずっとわからなかったんだ。俺たちの戦いが白竜大戦と呼ばれている理由が」
テレパ越しにカナード王子と会話を続けながら、クルスは廊下を歩く。
「暴走ペルフェクティオの白い渦が、後世では竜として伝えられていたのか?」
『どうやらそういうことのようだな。オレの読んだおとぎ話でも、白竜ペルフェクティオと呼ばれていた』
だが、白い竜などこの世界にはいくらでもいる。さして珍しいものでもない。白竜大戦という名前が残り、ペルフェクティオの存在が白い竜と伝えられても、白竜そのものが厄災の象徴として語られることなどはなかった。
だが、アルマは。アルマファブロスは。
彼女の白い甲殻は、間違いなく、伝説における白き厄災、“白竜ペルフェクティオ”になぞらえられたものである。
「ふざけるなよ……」
クルスの声は、静かな怒気をはらむ。
あのアルマが、彼女の美しい甲殻が、厄災などの再来であるものか。
『クルス殿、落ち着……。そ…らにレジ………が向……てい…。くれ……も、無…は………』
「……? 王子、カナード王子?」
徐々に、カナード王子の声には雑音が混じり、それが次第にひどくなっていく。やがては完全に、彼の声は聞こえなくなった。やはり、テレパの使い方はよくわからない。
クルスはテレパを懐にしまい、そのまま廊下を歩き続けた。
白竜財団の目的は、完全兵器を再現することだった。アルマはその試作であったわけだ。当初は、発揮されるべき性能が確認できず、遺棄された。だが、再度確認したときは、わずかに期待される数値が観測できていた。完全兵器としての兆候が見え始めていたのだ。
なぜか。
クルスには理由がわかる。
おそらく、すぐ近くにずっと、鍵の存在があったからだ。
カナード王子が財団の役員から聴取した内容によれば、完全兵器の起動キーはその情報が完全に失伝していたという。だからこそ、研究は長らく止まったままだった。
あるいは、完全兵器に飲み込まれたクルスが、完全兵器の試作体であるアルマの目の前に飛ばされたことすらも、偶然ではないのかもしれない。
だとしたら、どうする。
あの心優しい竜の、忌まわしき機能を解除したのは、間違いなくクルス自身だ。
だとしたら、どうする。
「だとしても」
廊下を突き進むクルスの目の前には、やがて、最後の扉が見えていた。
「だとしても、そんなことは、俺がアルマを助ける理由には、何の関係もないさ」
クルスは、赤く禍々しい魔術刻印が施された右手を、その扉にかけた。
「――来たかね」
クルスの予想に反し、その部屋にいたのはたった一人の老人だった。白衣を身にまとった禿頭の男。口では『来たか』と言いつつ、その視線は、手元の大型魔導基盤に向けられている。せわしなく指を動かして、何かを操作している。
基盤からは、いくつものチューブが伸びていて、その先には水晶ガラスでできた円筒形の容器があった。
容器は水で満たされ、その中には、ああ、アルマの姿がある。
容器の中に浮かぶアルマの姿は、人と竜の中間のような姿をしていた。
あいつの語っていた、暗く冷たい水とは、このことだったのか。
「アルマファブロスの能力開花は遅々として進まなかった。様々なスキルの人工ラーニングを試したが、成功したのは<完全擬態:人間>のみだ。<自己修復><自己進化>のスキルを搭載して初めてペルフェクティオとしては完成と言える。いかなる手段を用いてもスキルの新規取得が叶わなかったアルマファブロスが、しかしなぜこのような――」
「どけ、爺さん」
「? ――何を」
振り返った老人の横っ面を、クルスは思いっきり殴り倒す。
ボケ老人の妄言に、長々と付き合うつもりはなかった。老人はそのまま、硬い床に倒れこむ。クルスはそれには一瞥もくれず、魔導基盤に目を走らせた。
クルス達の使うコンソールと似ているが、扱い方はわからない。
物理的に助け出した方が早そうだ。クルスは剣を引き抜いた。
円筒形の容器に近づいていくと、液体の中で、アルマが薄く目をあけるのがわかる。彼女が何かを言い、口元から気泡がこぼれた。
「良いんだ」
クルスは言って、剣を振りかぶる。
「おまえを助けにきた」
水晶ガラスの割れる音。割れた容器は水圧を抑えきれず、そこには大量の液体がぶちまけられた。中から転がり出てきたアルマは、ぐったりとしたまま、クルスにその身を預ける。
「げほ、げほっ……! クルス、さ……」
「待たせたかな、アルマ」
「だいじょぶ、です……。それより、レジエッタさんと、仲直りできたんですね。よかったです……」
濡れた顔で、アルマがにこりと笑う。その様子を見て、クルスはほっと溜息をついた。
「え、仲直りはどうかなぁ……。俺はこの後が怖いけど」
「そうなんですか? じゃあちゃんと謝った方が良いです」
「いや、あいつ下手に謝ると余計に怒るタイプの女でさ……」
そう言いかけて、クルスは言葉を止める。アルマの身体に異変が起きていることに気づいたのだ。彼女の素肌に白い亀裂のようなものが走り、そして、そのまま胸を押さえる。
「う……ぐっ……」
「アルマ……?」
「クルスさ……離れてっ……」
「どうした、アル――」
言いかけたクルスの身体が、強烈な斥力によって吹き飛ばされる。力は間違いなくアルマから発せられていた。
「はじまった……!!」
クルスによって殴り倒されていたその老人が、顔をあげ、喜色満面で叫ぶ。
「う、あ、う……あ、あああああああああっ!!」
胸を押さえて苦しむアルマの身体を中心にして、白い亀裂は空間にまで広がっていった。アルマの身体はゆっくりと宙へ持ち上がり、亀裂はそれひとつひとつが意思を持つようにうねり、うごめき始める。
「そう、スキルで再現しようとしたことが間違いだったのだ! 十分な因子を蓄えたアルマファブロスの肉体であれば、そのデッドスペースに新たな情報を流し込んでやるだけで良かった! 見ろ! ついに完成した! 疑似祝福《完全兵器》によって、私の! 私だけのペルフェクティオが、ついに!!」
後ろで老人が好き勝手なことを喚いているが、もう一度殴り飛ばす時間も惜しかった。
ペルフェクティオの再現だと? ふざけたことを。これはあの完全兵器の再現じゃない。現代に白竜と伝えられている姿、すなわち、暴走した方の再現ではないか。
クルスは腕をまくり、自らの右腕を見た。そこには、赤い刻印が禍々しく脈動している。
それからクルスは、アルマを見た。彼女を中心に、亀裂は完全に白い渦と化し、周囲のものを飲み込み始めている。老人はその間にも床を這いながらコンソールにしがみつき、薄気味悪い笑みを浮かべていた。
「素晴らしい……素晴らしいぞ。スキルスロットが無限に拡張している。これがペルフェクティオの自己進化能力か……!?」
アルマに向けて、一歩、足を踏み出すクルス。
「やめておけ竜騎手! この状況で何をするつもりだ」
何をするつもりだ、と来たもんだ。
クルスは鼻で笑う。そんなものは決まっているではないか。
「俺が――、いや」
言いかけて、クルスは首を横に振る。
そうだ、あいつは下手に謝ると余計に怒るタイプの面倒臭い女。こちらが悪いと思っているなら、その意思を、別の形で言葉にするのが大事なのだった。
クルスは、白い渦の中心で苦しむアルマを見て、こう言い直す。
「俺たちが、ペルフェクティオを止める」
直後、壁を突き破り、その面倒くさい女が、白銀の威容を現した。




