15th lap カナード王子と秘密の話
カナード王子は機嫌がよく、失言はあっさり誤魔化せた。
まさか、500年後、自分の子孫を名乗る人物に出くわすとは思わなかった。それも王族で。クルス・バンディーナ・ロッソは、もともとファルドリッツ聖竜王国のド田舎で生まれたド平民。ただのクルスだった男だ。
竜騎士としての活躍を経て、勲章として名前を二つもらった。それを繋げて名乗っていたにすぎない。
そもそもバンディーナ家ってなに?
なんで俺に子孫がいるの?
少なくとも、大戦の最終局面あたりにおいては、そういうことは三年ほどご無沙汰だった。付き合っていた幼馴染とはもっと以前に別れた。冷静に考えて、クルスの血が現在に伝わっているはずがない。
「(歴史の闇だな……)」
誰かが勝手に、クルスの子孫を名乗り始めて、それが今に伝わっているということだろうか。
このあたりはもう、言わぬが華というところか。アルマは、親子の感動の再会を目撃したような目でクルスとカナード王子を見つめているので、この誤解だけはのちほどしっかり解いておきたい。
「クルス殿、そちらのお連れ様を紹介してはもらえないか?」
「あ、はい、こいつは……」
カナードに振られ、しかしクルスは答えに詰まる。何と答えたものかと止まった一瞬、アルマがしゅびっと手を挙げた。
「い、妹です!」
「そ、そう。妹です。名前はアルマ」
「ほう。アルマ・ファブロスか。竜には妹君の名前をつけたのだな」
「え、ええまあ、そんなところです。はい」
優しい笑みを浮かべるカナード王子。
「よほど妹君が大事なのだろう。良いことだ。オレの家、姉弟仲が悪いわけではないが……二人の姉上はオレに厳しすぎるところがあってな」
「王族であれば、普通の家の家族事情とも違うでしょうし」
「まあな? ま、オレの家の話などしてもしょうがない。飯を食おう。まだ食えるか?」
テーブルの上には、先ほどクルス達が食べていたものよりも、数段豪華な食事が並んでいる。クルスはもう腹八分目というところだが、アルマは目をキラキラさせながら、何度もうなずいていた。ここは彼女に任せよう。
カナード王子の侍従が、ワインを注いでくれる。クルスはこちらをいただくことにした。
「そういえば、先ほどの白服の人たちは……」
アルマが、おずおずと尋ねる。
あの時のカナード王子は凄い剣幕だった。温厚、というわけではないが、そこまで怒りやすい性格にも見えない王子だ。あれはただ事ではない。
「ああ、あいつらか」
カナード王子は少し顔を曇らせる。
「白竜財団とかいう連中だ。財団とか言っているが、最近資金繰りが苦しいらしくてな、オレに出資を求めてきた」
「王子にですか」
クルスが聞き返すと、王子は頷く。
「竜に関する研究をしているらしい。オレが無類の竜好きと知って接触をしてきた。いずれオレに、最高の竜を引き合わせると言ってきたのでな。まぁ、オレもそれはやぶさかではないと、多少は出してやったのだ」
「竜の研究ですか。それは大事ですね」
「うむ。だが、これはあくまでオレの個人的な出資に過ぎん。それでは足りんと言ってきた」
カナード王子は、苦々しい顔でワインをあおる。
「次には連中、国の財源からなんとか出せないかと言ってきてな。そうなってくると話は違ってくる。財務の担当は二人いる姉上のうちの片方だ。オレは財務卿に渡りをつけてやるから話し合えと言ったが、連中はオレからなんとか姉上に話をつけてくれと。必ず最高の竜を用意するからと」
「ははあ、なるほど」
クルスにもようやく事情が呑み込めてきた。
つまり形は違うが、これは賄賂だ。白竜財団は、カナード王子に、私的な理由で国庫から財を出させようとしていた。それが王子の逆鱗に触れたのだ。
「オレも自分の相棒となる竜は欲しいが、あの頼みは聞けんな」
「王子、潔癖なんですね」
「それが取り柄であり欠点だ。まぁ王には向かんな」
この王子の人柄が見えてきた気がする。一本気の通った好漢。曲がったことは許せないタイプだ。王室という場においてはそれなりに息苦しい性格かもしれないが、おそらくは彼の性格を理解した周囲の人間たちからは、それなりに可愛がられ、守られている。王子にもその自覚はあるのだろう。
「政治にきれいごとばかりではないのもわかっている。だが謀略は姉上たちのほうが上手いし、賄賂をもらうにせよ、それが国の益となるよう動かねばならん。ま、連中を追い返したのはそういうわけだな」
カラのグラスを置き、ふう、とため息をつくカナード王子。
「いかんいかん、オレの話ばかりしてどうする。あなた達の話を聞かせてくれ。あのアルマファブロスという竜についても知りたい。あれは素晴らしい竜だな。光沢のある白い甲殻も美しい」
「ええ、いや、えへへ、そんなぁ……」
「なぜアルマ殿が照れる……?」
だらしなく顔を緩めて笑うアルマをげんこつで叩いておく。
「申請されたデータには目を通したが、不思議な竜でもある。何よりも、あの<魔力噴射>だ。あの時、アルマファブロスの……」
熱の入った様子でしゃべりだすカナード王子。クルスは目を細め、やや食い気味に、大声を張り上げた。
「アルマ、すまん! 忘れものをした!」
「えっ!?」
びっくりした様子で顔を上げるアルマ。
「1階のクロークに上着を預けたとき、財布が入れっぱなしだった! とってきてくれ!」
「なんだクルス殿、ここの代金はオレが持つぞ」
「いやいや、オレたちが二人で食った分までは頼めませんよ。アルマ、頼む!」
「え、あ、はい。わかりましたクルスさ……お兄ちゃん」
驚いた様子を見せながら、クロークの番号札を預かって席を立つアルマ。王子の侍従が、それを代わろうと前に出ようとしたとき、カナード王子はそれを片手で制した。
「良い、コンスタンツェ」
「はい」
下がる侍従。
アルマが部屋からいなくなってしばらくしたのち、カナード王子は声を潜めて言った。
「人払いが唐突すぎる。うちの侍従には聞かせてよいのか?」
「ええ、アルマに聞かせづらいだけです」
気取りの早い人だ。おかげで助かる。
「それで王子、話の続きを」
「うむ。アルマファブロスがあのレースで使った<魔力噴射>は二回。それはあの魔力量を見れば不思議ではない。問題は噴射された魔力だ」
カナード王子はワイングラスを掲げ、その中を覗き込むようにしながら話をつづけた。
「完全なる無色。あれは、彼女がいかなる精霊の加護も受けていないことを示している」
「王子、俺は世間知らずなんです。竜に関する知識もだいぶ古い」
クルスはためらいがちに、王子に尋ねる。
「やはりそれは、珍しいこと、なんですよね」
「そうだな。竜と精霊は切っても切れぬ関係だ。少なくともオレは、無色の魔力を持つ竜など初めて見た」
アルマの持つ竜としての特異性。
スキル以外にも、ずっと気になっていた点が、それだった。アルマは精霊の加護を受けていない。すなわち、属性を有していない。
この500年の間に事情が変わったのかとも思ったが、調べられる限り、そうとれる文献は見つけられなかった。そして今、王子の話を聞いて、再確認する。
アルマが属性を有していないことは、やはり異常なのだと。




