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呪われた乙女は御曹司に求婚され続ける  作者: 久浪
御曹司は求婚し続ける
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「お姉さまお帰りなさい!」

「――ただいま」


 と邸の玄関ホールでジュリアに出迎えられたふうなジゼルだが、実際は首都からノークレス家所有領まで一緒に帰ってきたところだ。


「姉上お帰りなさい!」


 そして今邸の中で待ち構え続いたのはジュリアの長兄、つまりノークレス家現当主の長男。


「姉上お帰りなさ」

「そういうことは父親である私が先だろう!」


 そして、今満面の笑顔の次男が走ってきて言おうとする途中に割り込んだのがノークレス家現当主にして公爵。


「姉上お帰りなさい」


 割り込んだときの大きな声はどこへやら、優雅に言ってみせた彼も共に帰路についていたはずなのだが。

 ジゼルは二人目から怒濤のいきおいだったのでようやく「ただいま。ありがとう」と返した。

 そのあと彼らの様子に呆れたように首を振った公爵夫人が「なんてみっともない」と全員を嗜め、「失礼ですがわたくしも、お帰りなさい」と言ってくれた。ちなみにジュリアの姉はもう結婚しているので邸にいない。



 ノークレス家の人々は総じて皆ジゼルのことを「姉」と呼ぶ。辛うじて兄の子どもが存命だったときには彼が「叔母上」と呼んでいたくらいとなる。外見がずっと若かったから「叔母上」以上で呼ぶと違和感があるらしい。

 それでも呪いのことを知った上で家族として接してくれる、ジゼルにとっては奇跡のような一家。

 ジゼルは微笑みまた「ありがとう」と言った。



 ***




 首都までも離れてノークレス家領地へ来たのは、首都のノークレス家の屋敷へ行くと呪いが解けたことにまず泣きながらの抱擁と残念ながら聞き取れないことばでの歓迎を受け、最終的に一緒に帰ろうと言われたからである。

 かつてジゼルに与えられた「ノース家」としての屋敷に籠る予定が、誘いを受けたのは嬉しかったからだ。それほどまでに喜んでくれている様子が嬉しかった。


 ジゼル自身は呪いを受けてからまず父親とは疎遠になり、一番上の兄は別だったが、他の兄や姉からは妹を犠牲にした意識が芽生えていたのか遠巻きにされていた。しかしその後はノークレス家を継ぎ続けるのは長兄の子孫であることが作用し、彼らはジゼルになついていた。けれどジゼルは事情もあったが、彼らを訪ねるも長くいることはなかった。ずっと長く共にいれば取り残される感覚を味わうに違いなかった。

 距離を置いていた。

 でもあんなふうに喜んでくれる様子を目にして、とても愚かなことを考えていたのだと思った。今だから分かること。



 ジゼルは昔から変わらない位置にあり、残しておいてある自分の部屋に一度引っ込んでいた。


「変わらない……」


 意味もなく呟く。

 呪われてから一度も入らなかったことはない。ノークレス家のこの邸に来たときは使う部屋はここだ。一年以内にも来ている。

 記憶の通りの配置の椅子に腰を下ろす。壁も家具も何もかも変わっていないから変わって見えることはない。

 それでも呟いてしまった。




 ジゼルが元々屋敷に籠ろうと予定していたことには理由がある。考えたいことがあったのだ。


 呪いがなくなり堕ちた神もいなくなった今、王宮がジゼルを拘束する意味はない。役目は終わった。急に途切れたみたいで中々実感が湧かないが終わったものは終わったのだ。

 これからどうするかなんて決まっているはずはないので、まず王宮から出て一度じっくり考えるべきだと思った。


 全てから解放され思い出すのは自然と過去のこと。

 119年。

 そんなに日は年は過ぎたのだろうか。ずっとジゼルは見ないふりをして、ときおりどうしようもなく気がついて認識するくらいだったからそれもまた実感がない。身体も若いままで繰り返しだった。


 それももうない。

 長い袖のデザインのドレスしか持っていないので本日も手首の少し上まであるデザインの普段着のドレス。広い袖口を捲る。

 恐る恐るしてもゆっくりしても見えるものは変わらず、あの黒い模様がない白い肌。限界まで袖を上げてみても着替えるときに全身をみても鏡で後ろまで確認しても、ない。幾度したか分からない行動を止め、ジゼルは袖を直してぼんやりと袖口の布をいじりながら物思いに耽る。



 119年。現在は六度目、ジゼルは巡った。

 不思議と称するのは適切ではないかもしれない。堕ちた神の力によりジゼルは119年と人間が本来生きられる年数を越えてなお生きていることになったのだ。させられていたのだから、偶然ではないし不思議ではない。


 だが、呪いがなければジゼルがクラウスと会うことなんてなかっただろう。その上何しろ一度目のジゼルは、呪いがかかる前のジゼルは持病があり長くは生きられる運命ではなかった。

『今』だからこそ心から思えることこそ『不思議』だ。


 堕ちた神はジゼルに機会をくれた。

 そう見ることができること。


「かつては、自分から命を絶ったのに……」


 それくらい絶望した時がある。

 昔の話、ととうに位置付け済みだ。


「不思議」


 人の心はこのように変わるものかと自分でも驚く。

 ジゼルのこの先はかつて恐れたものはなく、『自由』だ。嬉しく思うべきことなのだろうが、ジゼルは戸惑っている節がある。途方にくれていると言っても合う。ぽつん、と道のない原っぱにでも放り込まれた気分に近いものがあるかもしれない。


「私は、何をするべきなのかしら」


 王宮を出る際にエルバートには会ってきた。用もなく行くわけにはいかないのでこれから会うことは格段に減る。

 残念だ、彼といる空間はジゼルには落ち着くから。彼の持つ雰囲気はとても亡き兄に似ているから、懐かしかったのに。これもまた一つの区切りとなるのだろう。

 彼は将軍として魔物討伐を管轄に持っていたから、地には力の粕でも残っている可能性は捨てきれず魔物の警戒はしばらくするのだとか。それは会議での決定であってエルバート自身は出ないだろうと見解を示していた。ジゼルも魔物が出るのなら堕ちた神が封じを破ろうと足掻いたあのとき出ていると思い、しかし出なかったとのことなのでエルバートと同意見だ。


 神官長にも会ってきた。彼はそろそろ神殿に戻るつもりだと言っていた。これから神殿と王宮の関わり方は変わってくるだろう。かつてと同じには戻らないかもしれないけれど、確実に。

 ――「君とまたお茶をしたいものじゃが、しばらくは無理そうじゃ」

 彼は忙しくなる。

 ――「君はどうする?」


 ジゼルは……。


 共に歩みたいと自覚した人がいる。

 傷つかないためにいつも念頭に置き考えにまで染み付いていた呪いはない。

 でもジゼルは考えてしまい、新たな心配事に気がついてしまった。


 ジゼルはこれまでに五度死を迎えている。

 ジゼルも五度感じたものは『死』であると確信しており、一度目には確かに看取った人がいる。

 しかしジゼルは地下神殿で目覚めた。同じ母から生まれたわけではなく新たに誰か母と呼ぶべき存在から生まれたわけでもない。

 意識が受け継がれ生まれたときにはすでに自分で立てる程度には成長していた身体は神々からの贈り物だ。地下神殿(あの場)は神々が作った空間だから。


 身体なくしてはこの世で生きることは不可能。さすれば堕ちた神の思い通りになってしまう。

 神々が呪いをねじ曲げてくれた、その一部。神々がくれた身体。

 健康体で人とあまり変わらない、病気以外はかつてのジゼルを複製したような身体は呪いという足枷がなくなったとはいえどれだけもつのだろう。少し前まで堕ちた神の影響を受けていた身体はあと少しで死へ向かっていたはずだから。

 もう生まれ直すことはない。その恐れはない。


 この身体は一体いつまでもつのか、堕ちた神が消えた時点で力も消え去り通常の寿命が見込めるのか。

 これがジゼルの新たな心配事。

 贅沢なものだ。期待することさえ止めて長年諦めていた現実が来たのに、他の悩みを見つけてしまう。


「私は、」


 クラウスに何も言うことなく王宮をあとにした。

 分からなかったから。






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