表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
88/101

第88話:氏族の盾


 展開した光の障壁が、ゴブリン精鋭部隊の猛攻を受け、悲鳴を上げるように激しく明滅した。


 ドゴン、ドゴンッ!

 重厚な戦斧が叩きつけられるたび、空気がひしゃげるような鈍い衝撃が障壁の内側まで伝播する。


 光の表面に、蜘蛛の巣のような亀裂が走っては修復され、そのたびに俺の体からごっそりと魔力が削ぎ落とされていく。


 脂汗が目に入り、視界が滲む。

 マナが、急速に削られていく。限界は近い。

 だが、まだだ。まだ、動くわけにはいかない。


 俺が反撃もせず、歯を食いしばって耐え続けているのには、理由があった。


 俺の視線は、敵ではなく、背後で震えている族長に釘付けになっていた。


 彼は、震えていた。

 だが、それはただの恐怖ではない。俺には分かる。


 王への絶対的な服従本能と、目の前で同族が体を張って自分たちを守っているという事実。その二つの間で、彼の魂が激しく揺れ動いているのだ。


 葛藤している。迷っている。

 『……頼む。気づいてくれ』

 カシムとセラフィナが魔法でゴブリンたちを吹き飛ばすのは簡単だ。


 それでは何も変わらない。人間たちは相変わらずゴブリンをと敵としか見ないだろう。王も、力でねじ伏せられただけと思うだろう。


 だが、もし……。

 もし、最も人間を憎んでいたはずの彼らが、自らの意志で「人間カシムたち」や「裏切り者(俺)」を守るために立ち上がったら?


 その光景こそが、言葉よりも強く、人間の凍りついた心を溶かすはずだ。

 その「誇り」ある行動こそが、ゴブリンキのキングの目にも何かを訴えかけるはずだ。


 だから、俺は待つ。彼が、自分の中の「王への恐怖」という殻を突き破る、その瞬間を。

 これは、俺の命と、ゴブリンという種族の未来を賭けた、大博打だ。


「ゴブスケ! 何考えてんだ、お前!」

 背後から、カシムの怒声が飛ぶ。


「このままじゃ、じり貧だ! 俺たちが外に出られなきゃ、あいつらの好き放題じゃねえか!」


「黙りなさい、三流」

 セラフィナの声が、その焦りを制した。彼女は、揺らめく光の壁に片手を触れ、俺の横顔を訝しげに見つめた。


 光の壁の向こうで、精鋭部隊のゴブリンたちが、嘲笑うかのように、次々と武器を振り下ろす。

 亀裂が広がる。もう、限界だ。


 俺は心の中で叫んだ。

 『見せてくれ! お前たちの、本当の誇りを!』

 その願いが通じたのか、あるいは、限界を超えた重圧が、彼の魂を発火させたのか。


 その瞬間は、唐突に訪れた。


「「「グオオオオオオオッ!!」」」

 戦場の空気を震わせるような、一つの、巨大な雄叫び。


 それは、ゴブリンキングのものではない。

 もっと、泥臭く、もっと絶望の中から絞り出されたような魂の叫び。


 族長だった。


 彼は、震える氏族のゴブリンたちを、振り返った。

 その目は、もう虚ろではない。怒りと、そしてゴブリンとしての、最後の誇りの炎が燃えていた。


「(聞け、我が氏族よ! いつまで、震えている!)」


「(あの小僧を見ろ! たった一匹で、人間の軍勢の前に立ち、ゴブリンの王に逆らった! 俺たちを、あの死の雨から、庇おうとした!)」


「(俺たちが殺そうとしたのに、命を狙ったのに、あの裏切り者の小僧がだ!)」


「(その小僧が、今、俺たちの目の前で、殺されようとしている!)」

 族長の言葉に、恐怖に固まっていた氏族のゴブリンたちの顔が、ゆっくりと上がる。


「(俺たちは、このまま、犬死にするのか!? それとも……一族の誇りにかけて! 我らを庇った者を、見殺しにはできん! 今ここで、牙を剥くか!)」

 その言葉が、引き金だった。


 一匹、また一匹と、氏族のゴブリンたちが、震える足で立ち上がる。 


「(……行くぞ)」

「「「グオオオッ!!」」」

 彼らは、ゴブリンキングの精鋭部隊と、俺たちの光の壁の間に、新たな、そしてあまりにも脆い壁となって、立ちはだかった。


 かつて俺を迫害した者たちが、今度は、俺を守るための「盾」となったのだ。

 光の壁の内側で、カシムが呆然と呟く。


「……なんだ、ありゃ……。あいつら、俺たちを……守ってるのか?」

 遠巻きに見ていた人間たちの間にも、動揺が走るのが気配で分かった。


 『化け物が、人間を守っている?』

 そのあり得ない光景は、確実に彼らの常識を揺さぶっていた。


 俺の賭けは、勝ったのだ。

 族長が、振り返る。

 そして、俺に向かって一言だけ叫んだ。


「(……まだ、死ぬなよ、小僧!)」

 その声は、乱暴で、不器用だった。


 俺には、確かに聞こえた。 

 その奥にある、初めて認められた、確かな絆の響きが。マナが、体の奥底から、再び湧き上がってくる。

 彼らが動いた。状況は整った。


 ここからは、俺の仕事だ。彼らの覚悟を、無駄にはさせない。

 俺は、光の壁を、自ら解いた。

 驚く二人と、背中を見せる氏族たちに、俺は力強く告げた。


「……もう、守られるだけじゃない。今度は、俺が守る」

 杖を、地面に深く突き立てる。


 眩い光が、俺からではない。杖から、大地へと脈動するように広がっていく。

 戦いを、憎しみを、強制的に止めるための光。

 俺の、本当の戦いが、始まる。



 本日もお付き合いいただき、誠にありがとうございます。

 皆様の応援が、何よりの執筆の糧です。よろしければブックマークや評価で、応援していただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ