第78話:相棒の才能
エルフの里での日々は、確実な拒絶の中で過ぎていった。
俺たちは、里のはずれにある、旅人のための簡素な宿に身を置いていた。エルフたちは、俺たちに食事と寝床は与えてくれる。だが、それだけだ。彼らの心は、固く閉ざされたままだった。
「もう終わりだ、スケ。こんなとこ、来るんじゃなかった!」
宿屋のベッドにカシムが大の字になって叫んだ。
「俺の才能は、ここではただの安物だ! あのスカした連中ときたら、俺の魔法を見ようともしやがらねえ!」
彼の、植物魔法を学びたいという夢は、入り口で無残に砕かれていた。
「……カシム」
俺は、窓の外を眺めながら静かに言った。
「この里、どこかおかしい」
「おかしいのは、あいつらの、あの鼻持ちならねえ態度だろ!」
「そうじゃない。見てみろ」
俺は、窓の外の木々を指差した。
「葉の色が悪い。花も元気がない。俺たちが来た時より、里全体の力が弱くなっている気がする」
俺の言葉に、カシムは、ベッドから身を起こした。
植物のこととなると、彼も無視はできないらしい。
「……言われてみれば、そうかもな……」
俺たちは、その原因を探るように里の中心へと向かった。
そこには、天を突くほど巨大な、一本の神木が立っていた。だが、その姿は痛々しい。
葉は茶色く枯れ落ち、太い幹には、いくつもの亀裂が走っている。マナが枯渇しかけていることによつまて、周囲の空気は、よどんでいた。
神木の周りには、何人ものエルフの魔術師たちが集まっていた。
彼らは、その美しい指先から、緑色の癒しの光を放ち、神木を治療しようと試みている。
「……だめだ。生命力が、応えてくれん」
「内側から、何かに、吸い取られているようだ……」
その高度な魔法も、弱っていく神木の前では、何の力も持たないようだった。エルフたちの顔には、深い憂いの色が浮かんでいる。
「……おい、スケ。あの木……泣いてるみてえだ」
隣で、カシムがぽつりと呟いた。
俺が、驚いて彼の顔を見る。いつもの軽薄な表情は、そこにはなかった。ただ、苦しむ神木を、自分のことのように悲しそうな目で見つめている。
その時だった。
カシムは、何かに引かれるように、ふらふらと神木へと歩き出した。
「人間。そこから離れなさい」
近くにいたエルフの魔術師が、冷たい声で制止する。
「うるせえ! こんな、すげえ木が、苦しんでるじゃねえか!」
彼は、そう叫ぶと、制止を振り切り、神木のひび割れた幹にそっと手のひらを当てた。
その瞬間。
カシムの目が、大き見開かれた。
彼は、まるで、雷にでも打たれたかのように、その場に凍りつく。
「ぐ……っ、あ……!」
彼は苦痛の声を漏らし、弾かれたように幹から手を離した。
「カシム! しっかりしろ!」
俺が駆け寄ると、彼は、自分の手のひらを、信じられないものを見るかのように、見つめていた。
顔は、真っ青だ。
「……聞こえた……」
彼の声は、か細く震えていた。
「今、声が……頭の中に、直接……! 助けてくれ、って……!」
「声だと!?」
制止したエルフが、驚愕の声を上げる。
カシムは、俺の腕を掴み必死に訴えた。
「根が……! 根の奥が、焼けるように痛いって……! 何か、黒い、小さい虫みたいなのが、たくさん……マナを……喰ってる……!」
その言葉に、周りにいたエルフたちが、一斉に息を呑んだ。エルフの魔術師が、カシムの両肩を掴む。いつもの凛とした態度は、完全に消え失せている。
「人間! 今、何と言った! 喰われている、だと!? どこを! 何に!」
「し、知らねえよ! 俺は、ただ、聞こえたんだ……! 声が……!」
カシムは、戦闘魔法の才能は皆無だった。だが、彼は、植物の生命力と直接対話し、その状態を読み取るという、エルフでさえ稀な才能の持ち主だったのだ。
エルフたちが、カシムを取り囲む。
これまで俺たちに向けていた、冷たい拒絶の視線が、驚愕と、そして、藁にもすがるような、必死の光へと変わっていく。
「人間、もう一度、神木の声を聞けぬか!?」
「何が見える! 教えてくれ!」
彼らは、金貨の匂いがする、ただの汚らわしい人間を見ていたのではない。
自分たちの、誰にも聞こえなかった、神木の悲鳴を聞き取った、奇跡の存在を目の当たりにしていた。
カシムは、そんな周りの変化にも気づかず、まだ、自分の手のひらを、呆然と見つめている。
「……なんだよ、これ……。俺……」
彼は、自分だけの価値を見出したのだ。
ハッタリではない。偽物でもない。
彼の中に眠っていた、本物の才能。
その開花の瞬間を、俺は、ただ隣で見ていることしかできなかった。
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