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第75話:雨の中の和解


「俺は、お前のただの荷物持ちじゃない!」

 カシムの叫びが、狭い宿屋の部屋に、痛いほど響き渡った。


 俺は、何も言えなかった。

 ただ、彼の、魂の叫びを受け止めることしかできなかった。

 俺は、相棒の心を全く見ていなかったのだ。


 その翌日、俺たちは、大図書館の街を後にした。

 喧嘩したまま、旅を続ける。


 カシムは、俺のずっと前を黙って歩いていた。俺は、その背中から距離を置いて、ついていくだけ。


 俺たちの間に会話はない。

 空は、俺たちの心を映すかのように、重い灰色の雲に覆われていた。


 やがて、冷たい雨がぽつりと降り始めた。

 雨は、すぐに前も見えないほどの土砂降りになる。

 道はぬかるみ足を取られ、俺たちは、あっという間に泥だらけになった。


 そんな最悪の状況の中で、それに出会った。


 道の真ん中で、荷馬車が立ち往生していた。車輪が、深いぬかるみにはまり込み完全に動けなくなっている。

 三人の商人たちが、馬を叱咤し車輪を押しているがびくともしない。


「……関係ねえ。行こうぜ」

 カシムが、吐き捨てるように言った。

 彼の瞳には、いつものお節介な光はなく、ただ苛立ちの色だけが浮かんでいる。


 だが、俺は、足を止めた。

 困っている人がいる。見過ごすことはできない。

 俺は、カシムの横を通り過ぎると、商人たちの元へと歩み寄った。


「……手伝う」

「……あ? なんだ、お前たちは。見ての通り、それどころじゃねえんだ!」

 商人の一人が怒鳴り返す。


 俺は、何も言わずにぬかるみに足を踏み入れた。そして、荷馬車の沈み込んだ車輪に肩を入れる。


「おい、スケ……!」

 背後で、カシムの戸惑う声がした。

 だが、結局は彼も、悪態をつきながらぬかるみに入ってきた。


「……ったく! お人好しが!」

 彼は、俺の反対側で車輪を押し始めた。


 俺は、地面に手を当て、マナを練り上げる。エリアスの書斎で読んだ初歩の土魔法。


『固まれ』

 俺が念じると、車輪の周りのぬかるみが、少しだけ水気を失って硬くなった。


「おお!? 少し、動いたぞ!」

 商人が、驚きの声を上げる。


 まさに、その時だった。

 道の先の、森の茂みから、数人の男たちが姿を現した。

 手には、錆びた剣や棍棒。獲物を見つけた、飢えた狼の目をしている。

 野盗だった。


「ひいっ!」

 商人たちが、悲鳴を上げる。

 絶体絶命。


 だが、カシムは、少しも動揺していなかった。

 彼は、泥だらけの顔を上げると、野盗たちの前に、堂々と立ちはだかった。

 そして、役者のように朗々と声を張り上げた。


「貴様ら、相手を誰だか分かっているのか!」

 彼の声は、土砂降りの雨音にも負けていなかった。


「我は、大魔術師カシム! そして、こっちは、我が一番弟子にして、王宮魔術師長ヴァレリウス様が直々に目をかけた天才、スケだ! 俺たちに手を出せば、この森ごと火の海になるがいいのか!」


 彼は、手のひらに、得意の幻術魔法を浮かべた。

 ただの光の玉。だが、雨粒に乱反射し、まるで、雷光そのもののように、まばゆく輝いて見えた。


 野盗たちは、ヴァレリウスの名前と、その得体の知れない光に、完全に度肝を抜かれたようだった。

 彼らは、顔を見合わせると、蜘蛛の子を散らすように、森の中へと逃げていった。


 商人たちは、呆然と、その光景を見ていた。

 荷馬車は、俺たちの助けで、なんとかぬかるみを脱出することができた。

 商人たちは、俺たちに、何度も、何度も頭を下げ、礼金だと言って、銀貨を数枚、カシムに握らせた。


 雨が上がり、空には、弱々しい虹がかかっている。

 俺たちは、再び、二人きりで街道を歩いていた。

 気まずい沈黙を破ったのは、カシムだった。


「……悪かったな、スケ」

 彼は、前を向いたまま、ぽつりと呟いた。


「お前に、八つ当たりした。お前がどんどん凄くなっていくのに、俺は、ただの口だけ野郎だって……焦ってたんだ」


 俺は、彼の横顔を見つめた。

 そこに、もう劣等感の色はなかった。


「違う」

 俺は、はっきりと答えた。


「カシムがいなければ、俺は、何もできない。俺は、魔法は使える。だが、それ以外はにも出来ない。野盗も、追い払えなかった」

 俺は、彼に向き直った。


「カシムは、最高の相棒だ」

 その言葉にカシムは、一瞬だけ驚いた顔をした。

 だが、すぐ照れくさそうに鼻の頭を掻いた。

「……へへ。まあな」


 俺たちの間の、冷たい雨は、すっかり止んでいた。

 カシムは、何かを決意したように俺に言った。


「なあ、スケ。俺も、何か、一つ、本物が欲しくなった。ハッタリじゃない、俺だけの魔法がよ」

 彼は、街道の脇に咲いていた、名もなき花をそっと指で撫でた。


「俺、昔から、こういう植物をいじるのが、嫌いじゃなかったんだ。……エルフの里に行けば、最高の植物魔法が学べるって聞いたことがある」


 その言葉に俺は、静かに頷いた。

「行こう。エルフの里へ」


 俺たちの、新しい目的地が決まった。

 相棒の、新しい夢を探しに。

 俺たちの旅は、まだ始まったばかりだった。



 本日もお付き合いいただき、誠にありがとうございます。

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