表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/6

第4話 復讐というより先制攻撃だった件

 不良学生を一発で吹き飛ばして、ボクサーがタイトルマッチで勝利したように胸を張るシーゼル。だが、周りにわんさか生徒がいる所でこんなことをすれば姦しくなるのは当然だ。


「きゃー! 鼻血を垂らして三回も伸身宙返りしながら吹っ飛んでったわよ!」

「うわ、あいつ死んだんじゃないか? というか死んでてほしい」

「え? あれっていじめられっ子だった彩田?」


 ギャラリーと化していた生徒から疑問の声悲鳴があがる。

 さっきまでシーゼル――正確には彼が姿を借りている綾――という華奢な少女が不良に絡まれるピンチを見て見ぬ振りをしていたのに、少女の勝利という想定外の事態が起こるとすぐに騒ぎだす無責任さが元生徒の一員である綾としては腹が立つ。

 そこに空気がビリビリと震える怒号が響いた。


「こらっ! そこでなにをしてる!」


 怒鳴り声が先触れとなり花道を作るように生徒たちが慌てて道を開ける。そこからいつもジャージ姿の生活指導主任である黒根(こくね)が息を切らして登場した。

 強面で生活指導の鬼として校内では名の通っている体育教師だが、綾としては彼のことをまったく評価していない。

 なにしろいじめられたことを彼に相談に行くとはっきり「いじめられる方にも問題がある」と責任を綾に転嫁したのだから。結局はいじめをする方よりもクラスに馴染めない綾の態度の方が悪いという方向へと説教の舵を切っていったのだ。


 これがまだ無能でいじめに対処できないのならまだよかった。だが彼ははっきりと差をつけいるのだ。

 綾には説教をしてもいじめをするグループへの説教はなしと、明らかに彼らの方を優遇しているのだから癒着していたのは明らかだ。

 いくらいじめを指示しているグループの多くが生徒会に所属してたり親たちが大口寄付をしているトップカーストだからといって、こういう問題でいじめをしているグループに一方的に肩入れをするのは不公平すぎる。

 今回もまた彼の不公正な頭脳は一目で誰に怒りをぶつければこの場を収められるのか答えを出したようだ。倒れているのは親が持つ影響力についてまでよく承知している不良生徒で、もう片方はクラスでもぼっちのいじめられっ子の女子生徒だ。

 ならば当然ババを引かせる相手は――


「彩田! お前はいったいなにをしてるんだ!」

「なにもしてはおらんよ」


 嘘である。

 目の前で鼻を押さえて転げ回っている少年は間違いなくシーゼルが打倒したからだ。だが今到着した黒根にそんなことがすぐ分かるわけがない。ただ一番立場が弱そうだと考えてこの場でスケープゴートにするため怒鳴ったのだろう。

 そんな茶番にシーゼルがつき合う謂われはない。


「嘘をつくな! こんなに大騒ぎになってるのは全部お前の仕業だろう!」

「これ? これとはいったいなんのことじゃ?」


 黒根は一瞬シーゼルの爺むさい口調に顔をしかめたものの、優先順位はこっちの方だと思い直したのだろう。まだ地面を転げている不良少年を指さした。「いや、怒鳴って責任を押し付けるよりよりもまず彼の治療させるのが先じゃにゃいか?」という声を無視している。


「あいつが血だらけで転げまわっているじゃないか! 彩田はそんなあいつをかわいそうだとは思わないのか?」


 卑怯な質問だ。

 怪我人をかわいそうだと答えなければ「お前はなんて冷たい奴だ」とそしられるし、かわいそうだと答えると「じゃあなんで手当ををしないんだ」と怒られる。

 周りには沢山の生徒がいて、しかもまだ黒根はシーゼルが犯人だということを知らないはずなのにもう綾ただ一人を責めるための準備ができ上がっている。  


「まったくかわいそうだなんて思わんぞ」

「――は?」


 ジャージをまくって日に焼けた太い二の腕を晒し「さあこれから追い詰めるぞ」と意気込んでいた黒根の動きが止まる。


「だって、そいつはどこも怪我なんてしてないじゃろう?」

「はあ? おかしな言い方をしているだけじゃなく嘘までつくつもりか? ほら鼻からあれだけ血を流して……」


 そこでシーゼルがぐいっと不良生徒の腕を掴んで無理やり立たせる。その際になにやらもごもご唱えていたようだが肩の上に乗っている黒猫のぬいぐるみ以外の耳には入らなかった。


「おーい、お主はどっか怪我をしておるのか?」

「はあ? お前がいきなり俺を殴ったくせになにを言ってるんだ! 鼻が折れる音が耳にまだ響いてやがる。ちくしょうが、よくもやりやがったなぁ!」


 なぜかシーゼルが立ち上がらせると急に元気になった不良生徒はいきり立つ。現在一応とはいえ教師の目の前だということを忘れているようだ。


「ほらのう」


 対するシーゼルは肩をすくめて鼻で笑う。小柄で可憐な見かけの少女である姿でこうやられると、小馬鹿にされたというのがピッタリくる態度だ。


「怪我どころか血の一滴すら出ておらぬようじゃが」

「はあ?」

 

 嘘をつくなと不良生徒は自分の手で顔に触るが、ついさっきまで折れた鼻からぼたぼたとこぼれていた血はつかない。それどころかカッターシャツにあった赤い染みまでもが消えてまっさらになっている。

 これにはさっきまでかわいそうじゃないかと責めていた黒根も驚いた表情を隠せない。


「え? あれ? 俺ぁ思いっきり殴られたはずだぞ」 

「どこに怪我があるんじゃ? お主はもう当たり屋みたいなまねはやめた方がいいのう。おなごの細腕で殴られたぐらいで、骨が折れたぞお前のせいだとはあまりに情けない言い分じゃ」

「て、てめぇ」


 瞬間沸騰しこれまでいじめていた時のように乱暴にシーゼルの胸元へ掴みかかろうとする不良生徒。


「きゃー痴漢にゃ!」

「血迷うな、阿呆が」


 カウンターになった平手打ち――いや掌底で彼はまた宙に舞う。横綱の張り手に匹敵する威力だが、なぜかそれほどの衝撃を受けて飛んでゆく不良少年には傷一つない。

 これもまたさっき立ち上がらせた時同様に、シーゼルの魔法によって周囲に目撃される前に治癒されているのからだ。

 しかも今度は殴る方向を下から上へとアッパー気味に調整していたので彼の体は真上に数メートルも浮き上がったのだけで周りへ被害を及ぼす心配はない。

 ここまで派手だと完全にアクション映画のワンシーンのようである。


 これを端から見たらどうなるか。

 さっきはあれだけ痛がって血を流していたはずなのに、よく見ると指摘されたように傷一つない不良生徒。しかもその彼が逆上して女子生徒の胸に手を出そうとすると、再び怪我がないのがありえないほどオーバーなやられ方で返り討ちにあった。

 しかもなぜか生活指導は掴みかかった不良の味方をして襲われている女子生徒を責めている。

 皆がこう考えているのではないか――やくざか当たり屋がよくやる手口だと。


「今のは正当防衛にゃ」

「うむ、今のは正当防衛じゃ」

「はぁ? あれだけはっきりと殴っておいてなにを?」


 周りの生徒からの非難の視線を気にもとめず、文句を言い募ろうとする黒根の前に人差し指を立てるシーゼル。反射的にその指を凝視した強面教師の耳に恐ろしく説得力に富んだ柔らかな声が入った。


「正当防衛じゃな?」

「え? あ、うん。正当防衛……かな」


 急に寝ぼけたような表情でとろんとした目なるとシーゼルの言葉をオウム返しする。


「ならワシはもう行ってもいいな?」

「え? あ、うん。行ってもいい……かな」

「なら行こうかのう。後は頼んだぞ」

「さらばにゃ」

「え? あ、うん。さようなら」


 さらっと面倒な後始末を黒根に押しつけてシーゼルは彼に背を向ける。

 未だ目を回している不良生徒には一瞥もくれない。外傷は癒したとはいえあれだけ飛ばされれば意識を失くしもするだろう。

 だが綾にしてもこれまでさんざん彼に迷惑をかけられたのだからなにかフォローや手当をしてやろうとは思わなかった。

 それどころか一番直接的ないじめをしてきた彼が惨めな姿を晒しているのに爽快感すら感じていたのだ。 

「え? あの粘っこい黒根にしてはあっさり釈放したな」

「たしかに女の子が痴漢されそうだったから正当防衛みたいだったけど……」

「なんか誰かがずっとにゃあにゃあ言ってなかったか?」

 

 まだ周りでざわついている生徒に向けてシーゼルが歩を進めると、さっきの黒根が登場した時よりも大きく皆が道を開ける。

 威風堂々と立ち去る彼女と肩の黒猫のぬいぐるみには様々な色の視線が注がれていた。

 訝しげなものが四割で畏怖が三割、最後に警戒しているものが残りの三割といったところか。

 綾がこれまでは受けていたのは蔑みばかりだっただけに、マイナス方面の評価であろうとも自分が認められているようで少し誇らしい。

 たとえ彼女の居場所がシーゼルの肩の上と変わっても、ピンと尻尾を立てたままで久しぶりに堂々と胸を張って学び舎へ向かうのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ