グラウンドを駆ける騎士02
たたたたッと校庭を走る音が響く。今は女子が走っており小気味のよい音が聞こえている。まぁ、その中でも俺はしっかりと力強く、雄々しく音をたて駆けていたのだが。
「……。」
走りながら無言で右をみる。すると知らない女の子が俺と併走する形で隣にいる。
……誰だこいつ。
今まで俺と同じ速さで走れる奴など男子でさえほとんどいなかったというのに。こいつ、できる!ニュータイプなやつの言いそうな台詞を心の中で叫びながら俺はその女の子と同時にゴールを決め一位となる。
「あの子たち速くない?」
「あれが有名な神川愛華と翔島弓香?」
「是非我が陸上部に欲しい人材ね……。」
俺たちを見ていた先輩共の呟きを耳にし、俺は心の中でドヤ顔をしていたのだが、そこに先ほどの翔島と呼ばれた少女が話しかけてきた。
「あなたが神川愛華?」
「え、あ、うん。そうだけど……。」
すらりとした体に無表情ながら整った顔立ち、肩にかかるかかからないか程度の髪をちょこんと後ろで二つに結んでいるその可愛らしい姿に俺は息を呑んでしまった。身長は美紀と同じくらいだろうか?マズい、紳士たる俺が新たな何かに目覚めてしまいそうだ!そちら側の紳士にはなりたくないのにっ!!
「私は翔島弓香。あなたのライバルになりたい。」
翔島は無表情のままでそういうと右手を出してきた。握手を求めているのだろうか?なんだかよく分からないがとりあえず俺も手を出すと翔島はそれを強く握りブンブンと上下に振り、何かを呟いた。だが、俺はそれを聞き取ることができなかった。
「ただいま帰っ……た……?」
その日家に帰るとそいつはいた。何故か玄関前の階段の上から逆さまに吊された現世における俺の父親、神川達雄の変死体だ。ちなみにこの場合の変死体は変態の死体を略したものだ。間違えないように。ま、おおよそシュシのSイッチでも押してしまったのだろう……。お気の毒に。そんなことを思っていると
「あら~、愛華ちゃんお帰りなさい。」
と言いながらシュシがリビングから顔をだした。
「なぁシュシ、流石にこれは可哀想じゃないか?」
一応親父にフォローを入れてやる。俺は慈悲深いのだ。
「愛華ちゃん、その人が何したのか知ってるの?」
シュシの質問に「知らないが」と俺は答えた。
「その人ね、中谷くんの家に電話かけようとしたのよ?」
「は?何故?」
「『俺の娘は渡さねー』って言ってたわ。」
「死ねよっ。」
吊された親父の脇腹を思い切りど突く。
「腹が立つでしょう?せっかく娘が女になろうとしてるのに、恋仲を邪魔しようとするなんて男としてどうかしてるわ。」
「全くもってその通りだ。」
言って俺は気づく。
俺、男だってば。
「とりあえず、ご飯作るから愛華ちゃんは待っててちょうだい。ほら、達雄さん起きてください。風呂掃除をお願いしますね。」
ぺちぺちとシュシが頬を叩くと親父は目を覚ました。
「むっ!?愛華に種子!ど、どうした!?ってか二人とも何故反対になってるんだ!?」
「よく見ろよ親父、反対なのはお前の方だ。」
呆れながらもそう言ってやると親父は自分の足に絡まっている縄をみて、ぽんと手を叩いた。
「もしかして、ドMイベント発生フラグ?ふふふ、良いぜぇ!俺はたとえどんなに歪んだ愛でも二人の愛なら悦んで受け入れるぜ!!」
「キモい。」
「気持ち悪いです。」
俺とシュシは同時に拳を振るい親父を黙らせたのだった。
階段下での一悶着が終わり、手洗いうがいと日常的な手慣れた作業を行い部屋に戻った俺は着替えをしていた。
「……。なんかどんどん女らしい体つきになっていくな……。」
立てかけてある鏡が目に入り、そんなことを呟きながら少し胸を手であげてみる。
「ぬっ……!?えぇい!いかんいかん!!危うく自分の体に発情してしまう所だったではないか。」
プルプルと頭を振って私服を身につけながら無意識に一言呟いた。
「……私、また少し膨らんだかな?」
着替え終わり、軽く机に向かっていると下の階から「ご飯だよー」と呼ばれた。
「今行くー。」
階段を降り、リビングへ行くとシュシお手製のカレーライスがテーブルに並んでいた。我が家ではよくでる品だ。なんでも、早く作れて簡単かつ栄養が豊富なのだそうだ。そのためシュシが忙しかったり、めんどくさがったりすると毎回カレーがでてくるのだ。酷い時には一週間連続カレーだったな……。 ま、シュシの作るカレーはむちゃくちゃ上手いから文句は特に無いのだがな。
席につくと母さんも台所からサラダが入った小皿を持ちテーブルへ置くといつも自分の座っている席につき、同時に自室でパソコンに向かっていたと思われる父さんもリビングへやってきて席についた。……のだが。
「種子。なんで俺の前には一杯の水しかおいてないんだろ……?」
「罰です。」
「いや、罰って……。俺は今日愛妻の手作り料理が食べられると鼻歌を歌いながら帰ってきたんだけどなー。」
「それは残念でしたね。達雄さんのご飯は1日分抜きですよ?明日の夜ご飯まで耐えてください。」
「明日の夜ご飯って、俺、丁度出張じゃん!」
「え?親父明日でかけんの!?やったー!いつまでいないの?シュシ……じゃなくて母さん、明日は焼き肉を食べようではないか!」
「こらこら可愛い女の子が焼き肉食べようとか言っちゃダメでしょ。夢がなくなるじゃない。」
おいおい。夢ってなんだよ、夢って。
そんなことを言いながらもシュシは台所へもう一度立つと少々多めに盛られたカレーを持って戻ってきた。
「冗談ですよ、達雄さん。私がそんな酷いことするわけないじゃないですか。」
……しかねないだろぅ……。
「おぉ、なんて優しいんだ種子!愛してる!流石は俺の嫁!」
「それは褒め言葉じゃないです。」
「うん、確かにな。」
種子が真顔で言い、俺も頷く。
「まあまあまあ、って種子さん?なんで水とってくのー?」
見るとシュシの手には先ほどまでカレーの代わりにポツンと親父の前に出されていたコップが握られており、それを流しに置くと席へ戻ってきた。
「ご飯の代わりに一日水を飲むことを禁止しますっ★」
「いやいやいや!それ絶対罪が重くなってるって……。死んじゃうよ俺!」
「そろそろ食べたいのだが……。」
「ほら、達雄さん。愛華ちゃんもそう言ってますし、食べましょう。」
「いや、だからさぁ……」
「いただきます。」
「私もいただきますね。」
「うぉぉ、水……誰か水をくれぇ……」
俺とシュシが食べ始め学校のことなどを主に会話していた。
「へぇ、体育祭の練習ですか。愛華ちゃんは何の種目にでるんですか?」
「俺がやんのは騎馬戦、台風の目、棒倒し、リレーってとこかな。」
「あれ?結構でるの多くないですか?」
「当たり前だろう。今の日本の少年少女の中では戦場を生き抜いてきたこの俺より運動において勝る奴など極少数だろうしな。」
「はぁ。まあ、前世の記憶も関係あるのでしょうが、それにしても今の愛華ちゃんのDNAは私と達雄さんから受け継がれたものじゃないですか。達雄さん、良かったですね。達雄さんの数少ない美点はしっかり娘に受け継がれたみたいですよ。」
「水……。」
話を振られた親父はただ虚ろな目でそう答えた。
「達雄さん、さっきからうるさいです。水かカレーかどちらかはっきりしてくださいよ。」
「あ、そもそもどちらかしかもらえないんですか、僕は。」
「で?」
突っ込みを入れるが華麗に無視され無駄に急かされる親父は頭をかきながら言った。
「あ、あぁ。……じゃ水で!」
「酷いです、達雄さん……。私が頑張って作ったカレーより水道水を選ぶなんて……。」
「カレーが食べたい!全力でっ!」
「達雄さん……。おかわりもあるからどんどん食べてくださいね。」
泣きまねをした後に可愛らしく微笑んだシュシの笑顔を守るため、親父は全力でカレーを食べ始めた。 本当に単純なやつだな……。
「……守りたい、この笑顔。」
だが今のあんたは輝いてるよ、うん。




