グラウンドを駆ける騎士11
結局、騎馬戦は俺と翔島が引き分け、そのまま残騎による数の暴力で赤組の勝ちとなった。
そして体育祭は最終種目、リレーへとさしかかった。
俺の場合アンカーなので襷をかけて最後尾でしばらくの間、待つ。
ちらりと隣をみると同じくアンカーである翔島がこちらと同じように立っており目があった。
「あ、えと……」
何か声をかけねば、と俺が言葉を探していると向こうから口を開いてくれた。
「ごめんなさい。あなたのことを疑ったりなんかして。」
そう言って深々と翔島は頭を下げた。
「別に平気だよ。それより、さっきのは一体……?」
突然頭を下げた翔島に周りから奇異の視線が集まり、俺は言葉遣いに気をつけながら頭を上げさせた。
「そうね。こうしてしまった以上、私にもそれなりの責任はある。そのことについては後でちゃんと話す。」
「うん。じゃあ……」
一度しっかりとハチマキを結び直してから俺は続ける。
「今はこの体育祭を楽しもう。」
「……うん。」
「なんて言ったって俺たちはライバルだからな!」
「うん……!」
その後はお互い無言だった。
だが居づらさなどはなく、程よい緊張が場を支配していた。
そしてついに俺たちの番が回ってきた。
後ろに右手を出し、いつでもバトンを受け取れる準備をする。
よくよく考えるとリレーのアンカーに二人も入学したばかりの高一が起用されるとはすごいことだろう。
そんなことを考えながら待っていると、俺の前を走っている海紫がだんだんとこちらへ近づいてくるのが見えた。今の所一位を守っているようだ。
「海紫!あとちょっと!頑張れ!」
俺が大声で叫ぶと海紫は笑顔で返した。
そして、次の瞬間。
すごい勢いで転んだ。
ズザザザザー!と砂埃をあげながら一メートル程転がり、止まった。
「おい!?」
その横を他の三色の選手が抜かしていき、バトンを繋げていく。
翔島は一瞬俺を見て足を止めかけたが、前をむき直すと他色の選手に合わせて走っていった。
「海紫!大丈夫か!?」
俺は慌てて近寄ろうとする体を無理やりに制止し、叫ぶ。
海紫はその声に返すかのように体へ力を入れるとふらふらした足取りで立った。
「悪い……。転んじゃったみたいだ。」
海紫の伸ばしたバトンが手に触れる際、海紫は申し訳なさそうにはにかんだ。
「いいや、お前はよく頑張ったよ。安心しろ。」
ダッ!右足で思い切り土を蹴る。
前には激闘を繰り広げている三色の選手。もはや赤組など眼中にないといった具合だ。
だが、まだ抜ける。
アンカーのみ走る距離が他の選手の二倍あるのだ。これによって最後の最後で逆転ということが起こりうる。
それでも流石に30メートル近く離された色の選手が逆転なんて誰も予想していないだろうが。
自嘲気味に鼻を鳴らすと俺は自分の中でスイッチを入れる。
戦場などという極限状態に身を置いていれば先生がいなくてもやる気スイッチは見つけられるのだ。
姿勢を低くし、前傾姿勢のまま視線は前を見据える。戦場ではこうすることでなるべく風の抵抗を少なくするのと同時に弓に狙われないようにするのだ。
足はまるで転がるように回り続け、体は風を掻き分けるように進む。
『おぉっ!?ここで赤組怒濤の反撃かっ!?』
実況がまさかの事態に興奮したように声をあげる。
それに続いて赤組の観客席からも歓声があがる。
「頑張れ、赤組ー!」
「いっけぇ!抜かせぇ!」
「愛華ー!愛してる!」
どさくさに紛れて親父、あんたな……。
何はともあれ舞台は最高潮に達した。
後は駆け抜けるだけだ。
「だあああ!!」
掛け声とともに全力で手足を動かす。
一人、二人と選手を抜かし隣をみると先ほどよりもスピードをあげて俺に並ぶ翔島の姿があった。
「待ちくたびれたわ。」
ふん。自然と笑みがこぼれる。我ながらこいつを見くびっていたようだ。誰も予想していなかっただろうこの展開を彼女は待っていたと言った。
走るスピードは先ほどの比ではない。このスピードであればもっと圧倒的な差をつけてゴールできていたであろうに、彼女は嘘でも冗談でもなく俺を待っていたのだ。
「いや、参ったな。私は翔島さんを侮っていたみたいだよ……。あなたは、」
私のライバルに値する。
そう言い切ると翔島の口元がすこしだけ笑ったようにみえた。
そして視線は再び前へ向けられる。
あと30メートル。いよいよゴールが間近となったところで俺たち二人は同時にスピードをあげた。
正真正銘の最高速度。持てる全力を出してのダッシュだ。
周りの音が消える。周りの景色も消える。
あるのは自分とゴール、そして僅かに前へ出かけた翔島の姿。
しまった……、負ける。
戦場を生き抜いてきた戦士の感は冷静に僅かでいながら確かな力の差を感じとっていた。
全盛期の俺であればいざ知らず、今の平和慣れしてしまった体では一歩、彼女に及ばない。
そう悟った瞬間一気に体から力ぎ抜けていく。
そして極めて冷静に戦局を見つめる。やはり最初の全力疾走で体力を使ったのだろうか。
あと5メートル。
もう誰の目から見ても決着はついただろう所で一人だけ。たった一人だけ俺とゴールと翔島しかなかった世界に入ってきた。
「神川!諦めるなー!勝てー!」
ドクン。
突然心臓が強く脈打つ。
そうだ。この勝負、あいつが見てるんだ。
あいつがバトンを繋いでくれて、あいつが応援してくれてるんだ。
だったら……
勝たなくちゃ!届かなかったとしてもあいつの前で諦めるなんて御免だ!
さあ、もう一踏ん張りだけしようか。
『私』は勝つ!
体の底から溢れてくる力を全て足に流しグラウンドを踏みしめた。
パンパンッ!
電子的な空砲の鳴る音がし、放送が流れる。
『一位!赤組!最後の最後で見事逆転勝利を果たしました!』
観客席からは盛大な拍手が送られてくる。
くたくたになった体を投げ出してグラウンドに転がると翔島さんが肩で息をしながらのぞき込んできた。
「負けた……。すごい速さだった。やはり私のライバルなだけある。」
「翔島さんだってすごかったじゃん!私が勝てたのはたまたまだよ!」
「ん、ありがとう。」
翔島さんは照れたように顔を赤くした。でもここに至っても無表情フェイスは変わらない。もう感心するレベルだ。
と、一瞬視線をこちらへ向けたかと思うと顔を近づけてきた。
「で、あなたは誰?いつもの神川さんとは違うみたいだけど。」
あー、気づかれちゃったか。私はえへへと笑ってごまかす。
「うーん、ほんとの神川愛華は私なんだけどね。」
「どういうこと?」
「まあ、その話はそのうち、ね。」
小さくウインクをしてから私は立ち上がる。そしてVサインを前へ突き出しながら叫ぶ。
「海紫ー!勝ったよ!」
海紫はグラウンドに座り込んだままこちらに顔を向けVサインを作り返してきた。
それを見て私は耳が少し熱くなっていくのを感じながら目を閉じた。
どうもmshミクネギです。
毎度毎度謝罪させていただいておりますが、今回はついにここまで来てしまったか!という程に遅くなってしまいました。申し訳ありません……。
次回からはまとめて更新をしていこうかな、と考えている次第です。
さてグラウンドを駆ける騎士はこれで完結という形をとります。主人公、神川愛華の秘密の片鱗に触れる話となりましたが楽しんでいただけたでしょうか?
次回続くお話ではその秘密に少しずつ近づいていこうと思っております。更新が遅すぎる私ではございますが、楽しみだと思っていただけたなら光栄です。




