グラウンドを駆ける騎士08
何を言っているんだ?この男は?俺が普通でないだと?何を持ってそのような結論に至るというのか。
「普通、って?」
聞き返すと萩原は困ったような顔で頭を掻いた。
「あー、いや、普通とは何かとかそういう難しい話じゃねえよ。ってか俺、バカだからそういうの分かんねえし。」
「じゃあ、どういう意味?」
「詳しくは分からないけど、あんたは明らかに周囲の人間と違った特質を持ってるんじゃないのか?」
もしかすると、こいつは俺の前世の記憶について言っているのではないか?
それに気づくと自然に表情が強張る。
何故こいつが知っている?この秘密は種子と達夫、美紀の三人しか知らないはずだ。
得体の知れない相手を前にし、俺は長年の身についた癖で悟られないように視線を動かして武器を探した。
「あれ?全然驚かないのか?でも黙ってるってことは認めてるって思ってもいいんだよな?」
驚いてはいる。正直理解が追いつかなくて心臓はバクバクといっている。
だが、それを相手に悟られてはならない。軍を率いる者の基本だ。しかし……、
「どうして、知ってるんですか?」
必要最低限の情報は手に入れておきたい。これは一見笑い話にもなるが非常にデリケートな問題だ。
迂闊な情報の漏洩などがあってはならない。
「いや、俺はそういうのよく分かんねえんだけどな。翔島に目を付けられるってのはそういうことだ。」
翔島?彼女もこのことを知っているのか?どういうことなんだ。全く意味が分からない。
「あんたすげぇな。俺なんかもっと取り乱したもんなんだけどな……。」
それは前世での経験による賜物だ。だが、それにしても確かに俺は、やや不自然なほど冷静になりつつあった。
なんなのだろうか、このまるで同じような状況を体験したことがあるかのような妙な感覚は。
「あのさ、だんまりされちゃうと俺もつらいんだけど……。」
萩原が居心地悪そうに頭を掻いたのを見て、思考に耽っていたいた俺は元の世界へと引っ張り戻された。
「あ、あぁ……。それで?私が普通じゃなかったら、どうするんですか?」
すっと身構えると萩原は大げさにぶんぶんと手と首を振った。
「いやいやいや、待って待って。俺は別になんもしねえって。ただ……。」
「ただ?」
「翔島と仲良くしてやってほしい。」
「……。」
真顔で萩原はそう答えた。
予想外の発言で俺は呆気にとられしばしの沈黙が流れる。
「翔島は不器用だし、早とちりもしたりするけれど、悪い奴じゃないんだ。あいつ、人付き合いが下手なだけで本当はあんたと仲良くなりたくてしょうがないんだと思うし。だからこそライバルなんて変な立場になりたがったりもしたんだと思う。」
「それはあなたがそうだったから、ですか?」
ようやく追いついてきた思考で俺が口を開くと萩原はにこりと明るく笑った。
「そういうこと。」
その笑顔は敵意を削いでいくような無邪気なもので、俺は思わず緩めた警戒を締め直し状況を整理した。
まず萩原と翔島には俺が何かしらの秘密を持っているということが悟られているが、それが何かであるかまでは分かっていない。
また、俺と同様に萩原と翔島にも何らかの秘密はある。萩原の口振りからしてそう考えて問題ないだろう。
そして萩原の方からはこれを受けて特にアクションを起こす気はない、と。
つまり差し当たって危惧することはこれをきっかけに秘密が漏洩してしまうことと、翔島からのアクションがあるかどうかだ。
しかし、となると……
「さっきの、私に言っていいことだったんですか?」
「さっきのって?」
「翔島さんが私に近づいてきた理由です。
それってつまり私を監視してるってことなのでしょう?そのことを私に教えてしまえば私が何かしらのアクションをする可能性はあるじゃないですか。それこそ翔島さん
に危害を加える可能性だってある。
何せ私は普通じゃないんですよ?何を起こすか分からないじゃないですか。真に彼女を思うのなら私にさっきのことは明かすべきじゃなかったと思うのですが……。」
俺がまくしたてるように疑問を口にすると、萩原はまたしても頭を掻きながら困ったような顔で答えた。
「あー、確かにそうなんだけどな。あんたは悪いことをするような奴じゃないだろう?理由はないけど、なんとなくそんな感じがする。それに……」
「それに?」
「もし、あんたが悪い奴だったとしても翔島なら大丈夫だ。」
その言葉には翔島への信頼が籠もっているように感じられた。
「どうして、言い切れるんですか?」
「解力の巫女って知ってるか?」
俺は首を横に振り否定の意を示した。
「普通ではない、裏の世界では割と有名なあいつの通り名なんだよ。」
裏の世界、と言うからには普通でない者というのは俺や萩原、翔島以外にも沢山存在するという意味なのだろう。
自分もその一員ではありながら、そのことには素直に驚く。
「まあ、そんなわけであいつはめっぽう強いし、キレ者だから心配ない。俺としてはむしろそのせいでよりやっかいなことにあんたが巻き込まれちまわないかの方が心配なんだけどな。」
萩原笑いながらそう言うと、そうだ、軽い調子でスマートフォン(?)とやらを出してきた。
「何かあったときのためにアドレス交換しとこうぜ。もし、あんたの手に余るようだったら連絡くれよ。できる限り助けにいくからさ。」
そんな簡単に注意すべき相手へ連絡先を渡していいのかと、非難するような視線を送ってやった先には無邪気な笑顔があり、俺も仕方なくアドレスを教えるのであった。
「よし、完了と。んじゃもしなんかあったら呼んでくれよ。体育祭、頑張ってな。」
交換をすると萩原はそう言って立ち去った。
数秒遅れて、
「神川、騎馬戦でる奴はそろそろ準備するらしいぞ?行かなくていいのか?」
と海紫が呼びに来て俺は慌てて準備箇所へ走った。




