グラウンドを駆ける騎士05
「いやー、今日も疲れたなー。先輩お疲れ様でしたー。」
「「お疲れ様です。」」
着替えを終えた帰り際、海柴に続けて俺と美紀も軽く挨拶をする。ちなみに美紀は剣道部のマネージャーだ。これは小学生の時からで、本人曰わく「私がいなかったら愛華が何しでかすか分からないじゃない!」だそうだ。せっかくなのだから一緒にやろうと言っても聞いてくれないしな。
「うん。お疲れ様。今日も二人は良いキレだったよ。これじゃあどっちの方が先輩なのか分からないね。」
俺の方だな、それは。生きた年月的にも。
「それで二人に聞きたいんだけど大会、興味ない?」
「大会!?」
「大会?」
海柴は驚き目を輝かせ、俺は疑問符を浮かべ首をかしげた。
「で、でさせてもらえるんですか!?俺たちまだ1年なのに。」
「学年どうこうは関係ないよ。大会には強い人が優先されて当然だし。」
「大会とは、何をするんだ?」
話についていけず呟いた俺に美紀がため息をつきながら小さく耳打ちしてきた。
「剣道の試合だよ。それでまあ一位を決める、みたいな?」
「なんだと!?それでは強い奴らが沢山……?」
「まあ、そりゃそうでしょうね。」
「出ますっ!!出させてください!」
いきなり大声をあげた俺に先輩は驚きながらも頷いた。
「う、うん。じゃあ二人とも出場ね。あと一人は、どうしようかな……。」
「団体戦なんですか?」
「うん。一応ぼくと蜂川はでる予定なんだけどね、もう一人は二年生にしようかな……。」
なんだか話がどんどん進んでいくな……。話を聞くに五人一組のようだが……
「俺がでてやろうか?」
「あっ!?」
「月見里先輩!?」
やっぱりか。さっきから何となくものすごく強い奴の気配こちらに向かってくるのは感じていたが、こいつが月見里……?
「お兄、ちゃん……?」
瞬間、周囲の空気が凍りついた。
……。
やっちまったぁーっ!?何故だ!?何故俺はこんなことを!?そしてよくよく自分の言動を考察してみる。お兄ちゃん?お兄ちゃんって……。確かに前世でいたな……。いつものほほんとしていてけど、どこか冷たさを感じさせる俺の憧れた人のうちの一人だ。再び前の月見里先輩をみる。言われてみればどことなくその兄と雰囲気が似ている。つまりそのせいで俺は間違えてしまったというわけだ。
笑えない……。どうすりゃいいんだよこの状況……。そう思いあたふたしていると、呆然としていた月見里先輩が突然口を開いた。
「これ、なんてエロゲ?」
「「「「は?」」」」
またしても空気が凍りつく。
これ、なんてエロゲ?だと?聞いたことはあるが、俺はエロゲ扱いか?それに俺の場合シュシや親父で慣れてるからまだしも、婦女子に対して言う台詞か?途端、気恥ずかしさと同時に羞恥から来た怒りで俺は大声を張り上げた。
「ちょ、ちょっと!あんた勘違いしてんじゃないわよ!?」
まずはお兄ちゃんなどと口走ってしまったことを訂正し……
「ツンデレ妹……だと……?」
は?何言ってやがる!?こいつ!今すぐ殴りつけてやりたい、が現世の俺は女子、ここは女子らしく。
「あのねぇ!今のはただのミスよ!ミス!べ、別にあんたのことなんか、なんとも思ってないんだから!」
「……。」
よし、しっかり言い切ってやった。って奴、黙ったぞ?少しキツく言いすぎたか?よく考えてみると俺の方にも責任はあるのに、これは申し訳ないことをしてしまったのかもしれないな。謝った方がいいだろうか?
「えと、あのね?そういう意味じゃなくて……。」
「だ」
「だ?」
「だ、い、す、き、だァー!」
「やっぱり死ねぇ!この変態ぃ!」
怒りに任せて放った膝蹴りは見事月見里先輩の腹部へクリーンヒットし、先輩はその場でかがみ込んだ。
こいつ、微妙に親父とかぶるんだが……。前世の兄さんとかぶせてしまったことにとても後悔してしまったぞ。
身長は少し高めか?見た目は細く長い印象を受ける。しかし少し意識してみてみれば全身にしなやかな筋肉がしっかりついており、けして華奢ではないということが分かる。顔も良く、世に言う爽やかイケメンといった風貌だ。
まあ、今の一言で全て殴り捨てられたのだが。
「と、ところで次の大会にでるってのは本当か?月見里。」
「お、おう。本当だ。こんなに可愛い妹を一人で放っておけないしな。」
床に潰れたままそう言ってチラッとこっちを見る。
「ぬおおおおお!?白!!」
ゲシッ。
俺のローキックが見事にわき腹へ入り、とても先輩とは言えないような何かはゴロゴロと蹴られた箇所を抑えて転がっていった。
「素晴らしい……。美少女設定盛り沢山だ……。」
ようやくシュシの気持ちが分かってきた気がするぞ。
「白……白かぁ……。」
隣りの海柴まで何感慨に耽ってやがるんだ!?ぶっ飛ばすぞ、おい。
「ま、まあこれでも剣の腕は目を見張るからね?期待してていいと思うよ。」
すかさず副部長の三年生がフォローをいれる。
「剣の腕があるなしに関わらず今のは、ねえ……?」
美紀が隣りで言う。
「本当ですよ。でも、うん。期待してますね、先輩!」
可愛らしくにこりと笑って首を少し傾ける。むー、なぜ俺はこう動作の一つ一つが可愛くなってしまうのだろうか……。全く困ったものだ。まあそのおかげで大体の男を黙らせることはできるのだが……。
「『お兄ちゃん』で頼む。」
とても雄々しい顔で先輩だったはずのモノは返してきたのだった。
「個性的な人だったね、月見里先輩。」
海柴は買い物があるとかで一緒ではなく、美紀と二人での帰宅となった。
「日本語って良いな。今俺は痛感したよ。」
あはは、と二人の笑い声が重なる。
「だが、あいつかなり強いみたいだったな。」
「それは騎士の勘?」
「まあそういうことになるんだろうがな、放ってる気というかオーラというかが尋常じゃなかったからな。あれは戦場で生きている人間のそれだ。正直言って久しぶりに身体が震え上がるのを感じたな。」
「武者震いってやつね。」
「武者震いするのう!」
「大河ドラマね。」
そんな話をしながら歩いていると見覚えのある人影が見えた。俺たちの通学路は駅前を通るのだが、その駅前から小路に入る所の角にだ。
「翔島?」
「どうしたの?愛華?」
なぜあいつがこんな所に?しかも男を連れてたな。
「悪い、先に帰っててくれ。急用ができた。」
俺は小路へ走っていった。
「なあ?頼むよ。あん時はほんと悪かったって。な?」
翔島に向かい男が手を合わせて言った。歳の程は20代前半といったところか。所々穴を開けてあるジーンズのズボンに黒いジャケットを羽織り、各所に鎖がぶらさげてある服装。第一印象がチャラいと言われるような男だ。
「言ってるはず。もう私に関わらないで。」
翔島はそう言いながら踵を返そうとする。
「ほんとにもうあんなことしないから、また付き合ってくれよ。」
「嫌。」
付き合う?なんのことだろうか?
「こんなに頼んでるのになんでだよ?いいから付き合えって言ってんだよ!」
この二人がどういう関係なのか知らないが翔島が危ない。そう考えた俺はすっと出ていった。
「神川、さん?」
「誰だよ、お前?」
一人は驚きもう一人は睨みつけてきた。
「あの、すみませんけど翔島さんから離れていただけますか?」
「あぁ?」
「えとえと、その子、嫌がってますし……。」
言いながら少しずつ俺は男との距離を縮める。
「えと、言うこと聞かないと……」
「うぜぇな!なんなんだよお前!邪魔すんじゃねぇよ!」
この男も多分なんとなく気づいているのだろう。自分との力量の差を。足が少し震えはじめ、それを大きな声を出すことによって抑えようとしていた。
「痛い目見ますよ?」
ダメ押しとばかりに俺は男を睨み返してやった。間合いは十分にとっている。この距離なら男がこちらに向かってきても、翔島へ向かっても抑えることができる。
「っ!?」
男はビクリと身体を震わせるとチッと舌打ちをして逃げていった。
「大丈夫だった?翔島さん。」
「私は大丈夫……。」
見ると翔島は膝を震わせて座り込んでしまっていた。ちょっと素人相手に迫力出しすぎたかな?
「えと、それでなんだけど。」
「聞かないでもらえると嬉しい。」
「そういう訳にはいかないよ。」
「……。分かった。話す。」
「うん。えと、じゃあ喫茶店にでも行こっか?」
それに対し、こくりと翔島は頷いたのであった。
喫茶店につくとそれぞれ紅茶と烏龍茶を頼み席についた。喫茶店はつい先日美紀に教えてもらったばかりなのだが、特にトラブルはなくオーダーすることができた。
「で、あいつはなんなんだ?」
席につくなり俺は聞いた。回りくどいのは嫌いだからな。
「ん……。二年前まであの人と私、付き合ってたの。」
「ふーん……?えっ?」
付き合ってたというのはこの場合恋人だったという意味か?何故あんないかにも怪しいような奴と?
「あの人、もともとああではなかった。」
すると俺の疑問を見透かしたかのように翔島は言ってきた。
「小さい頃近所の家でよく遊んでいた。」
「仲良かったの?」
「優しいお兄さんみたいだった。それで私が中学2年の時、私たちら恋人になった。だけど……」
何かを思い出したのか翔島は視線を落とし、暗い顔をして言葉を繋いだ。
「その後すぐにあの人は問題を起こした。」
「問題?」
「ドラッグ。」
drug!?おいおい、急に非日常的な言葉が飛び出してきたな。まあ、前世の俺からしてみればそこまで驚くようなことではないのだが、こうやって平和になったかのような世界でも消えない闇はごく身近にあるものなのだということを実感したのだった。
「それで当時大学二年だった彼は逮捕されたの。」
「お前は何もされていないのか?」
「うん。」
ほぅ……と安堵の息を吐く。すると翔島は顔をしかめた。
「あくまであの男には、の話。私の中学校は中高一貫の女子校だった。」
「もしかして……。」
「そう。そんな違法薬物で取り締まられた男と六年も歳の差がある恋人の私はイジメの対象になってしまった。」
イジメ、この現世にあるテレビとやらでよく耳にする言葉だ。少数の人間を複数の人間で私刑にする、なんとも勝手で醜いものだ。昔からそういったものはあったが、女のイジメは特に酷いと聞いたことがある。
「それで高校になってからこっちに転校した。」
「それまでの一年は?」
「私のライバルが守ってくれた。」
「ライバル?」
どうもmshミクネギです。
毎度のことながら遅い更新となりました。待っていただいていた方々にはなんと申し上げたらいいのやら……、本当に申し訳ありません。
そしてここまで読んでいただき本当にありがとうございます。
このお話でようやく今回のシリーズは本題に近づいてきた気がしますね。書いてる私も皆様に楽しんでいただけるようあれこれ考えて楽しんでいます。
今後も皆様にはご迷惑をお掛けするかもしれませんが、精進するよう頑張りますので何卒よろしくお願いいたします。




