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65 町のケーキ屋さん②

最終的にはおばちゃんだけでなく店の従業員全員のレベル上げを手伝う事に決まった。

それに全ての従業員を合わせても4人しかいないので問題は無いだろう。

家族はと聞くと彼女に家族はいないそうだ。

仕事に打ち込みすぎて気が付いたら婚期を逃し、そのまま出会いのないままに今の様になってしまったと笑いながら話していた。

でもそこには何処となく寂しそうな感情が感じ取れる。

俺もホロが居なければ家で一人、寂しい思いをしただろう。

今はうるさいくらいに沢山の者がいるので忘れてしまうが少し前までは広い家にホロと二人で生活していたのだ。

もし彼女が仕事を止める事になれば家で一人になり寂しく生活していく事になるだろう。


そして俺は家に帰りながら横を歩くオリジンに話しかけた。

ここにいる理由は想像できるが先ほど何をしていたのかは俺には分からない。

聞いて答えてくれるかは期待していないが一応確認はしておきたい。


「さっき、おばちゃんに何してたんだ?」

「ちょっとね。後で会えば分かるわ。それよりも早く帰りましょ。私のケーキが待ってるわ。」


どうやら今は教えてくれないようだ。

期待はしていなかったが会えば分かると言う事なのでその時を楽しみにしておこう。

しかし、オリジンの言い方が気になる。

もしかして今買ったケーキを独占するつもりか?

ここは早めに釘を刺しておかないと後々面倒になりそうだ。


「一応言っておくが、これは皆のケーキであってお前だけの物じゃないからな。そこを間違えるなよ。」

「そんな~~~!」


するとオリジンは何故か頭を抱え驚愕と絶望の表情に顔を染めた。

どうして自分だけの物と思ったのかは分からないが俺もそれなりに甘い物が好きなので独占されては困る。

それに精霊が太るとは思わないが、あまり一気に食べるとどんなに美味しい物でも飽きてしまう。

彼女にはなるべく小出しにして時間を掛けて味わってもらう予定だ。

それに、あまり甘やかすと誰かが日本中の甘味を買いに走らなければならなくなってしまう。

それを避けるためにこちらである程度は制限させてもらう。

もし、どうしても欲しいなら自分でお金を稼いで買ってもらう。

こちらはあちらの世界と違いオリジンを知る人も崇める人も殆どいないので口を開けていれば食べ物が貰えると言う訳ではない。

でも立場としては口を開けて待つのが雛鳥なら親鳥であるこいつは与える側のはずなんだがな。


するとオリジンはフラフラと俺の元まで来て両手で俺の服を掴み、縋る様な顔で俺を見上げて来た。


「ねえ~、なら今日はいくつまで食べていいの。ね~ね~。」


(精霊の母よ。お前はそれでいいのか?威厳が崩壊しているぞ。)


「そんな事は良いのよ。威厳じゃあ美味しい物は食べれないの。私は甘味とプライドを天秤に掛けて甘味を取ったのよ。」


なんと軽いプライドだろうか。

しかし、こうやって見ると子供にしか見えないから余計に質が悪い。

しかも周りから何か白い目で見られている気がする。

そう思いオリジンを見れば口元がニヤリと笑っていた。

どうやら俺はこいつの策略にハメられたようだ。

俺は仕方なく溜息を吐きながらシュークリームを取り出してオリジンに渡した。


甘いと思う者は思えば良い。

子育ての経験のない俺にはこの状況はかなり堪えるのだ。

まあ、俺はホロにも甘々だったのでこうなったのは必然かもしれない。

そして俺からシュークリームを受け取ったオリジンは先程までの駄々っ子モードが静まり、嬉しそうに食べ始めた。

しかし、クリームを食べたのが初めてなのか口の周りをべっとりと汚している。

仕方ないのでタオルを取り出して口の周りを丁寧に拭いて綺麗にしてやった。


「あ、ありがとう。それと・・・美味しかったわ。」

「そうか。俺としてはちゃんとお礼を言われた事に驚きだ。」

「なによ、私だってお礼くらい言えるんだからね。今までは機会が無かっただけよ。」


俺はオリジンの言葉に過去を振り返ってみれば確かにそうだなと納得する。

それにしても、最初と違いかなり感情が顔に出る様になってきた。

遠慮もなくなってきたがそれは良しとしよう。

そして俺は「そう言えばそうだな」と答えて歩き出した。


我が家に到着するとすぐにジェネミーが迎えてくれた。


「お帰り皆。何かお土産はある?」

「あるぞ。ケーキを買って来たからみんなで食べよう。それと俺達が居ない間に何か問題は無かったか?」

「そうね~。特になかったわよ。魔物の出現も安定してるし強い個体も出現してないわ。自警団で対処できてるみたいよ。心配なら詰め所に顔を出してみたら。」


まあ、困った時は自衛隊の駐屯地に行けば彼らが手伝ってくれる事になっている。

そこまでする必要はないだろう。

一応、帰って来ている事だけは後で電話で伝えておく事にした。


「それなら後で状況を電話で確認しておくよ。」

「分かったわ。それじゃあ私はアリシアに収穫した薬草を渡しておくわね。」


そう言って彼女はアリシアの下に飛んで行った。

俺達があちらに行って帰って来るのに15日程経過している。

少なくとも3回分は収穫した薬草があるはずだ。

アリシアはそれでポーションを作り余分な物は国が買い取ってくれる事になっている。

どの様に使用するかは不明だが俺達では命に優先度は付けられない。

全て任せる形になるが仕方ないだろう。

恐らくこの事が世間に知られるとアリシアはライラと同様に狙われる可能性がある。

通常の物は問題ないが秘薬については気を付けた方が良いだろう。


その後、久しぶりの我が家に入るとメノウはクリスと一緒にお茶の準備を始めた。

恐らく仕事をしながら物の配置や使い方を教えているのだろう。

あちらでは湯を沸かすのに魔法か竈を使用していた。

ここは電化住宅なので覚える事も多くなりそうだ。

まあ、魔法に比べれば火加減などの調整は簡単なので直ぐに覚えられると思う。


そしてお茶の準備が終わるとケーキを取り出し、それを突きながらのんびりと過ごし始めた。

ちなみにオリジンの前にあるのは砂糖を加えたホットミルクだ。

しかも、ちゃんとレンジではなくわざわざ鍋で温めている。

レンジでも作る事は出来るがどうもあちらで作ると甘さと風味が少し悪い気がするので使っていない。

どうやらメノウも同じことを感じたらしく、家では基本このスタイルだ。

オリジンはそれをフーフーしながらケーキの合間に飲んでいる。

そして目が合うと「コホン」と咳払いをしてこれからの事を話し始めた。


「実は今日の為に特別な場所を作ってるの。ちょうど近くに広場があったからそこを利用してるわ。」


俺はあそこの近くにある広場と聞いて市役所前の公園を思い浮かべた。

広場と言えばあそこしかないので恐らくは間違ってはいないだろう。

しかし、何を作っているのだろうか。


「まあ、簡単に言えば周辺の魔素を一時的に一カ所に集めて簡単なダンジョンを作るの。今日が終わったら埋めるから安心して。それに周りの魔素が一時的に薄くなるからしばらく魔物の数も減少するはずよ。あ、言っておくけど今回は特別よ。こんな事そう簡単にはしないんだからね。」


どうして最後だけツンデレ風なのかは置いておくとしてそれなら町の安全も一時的に上昇するうえ、ダンジョンは後で埋めるなら問題ないだろう。

恐らく町中に発生する魔物を一カ所に集める感じだろうと予想できる。

これなら効率よく魔物が狩れそうだ。

ハッキリ言ってこの町の魔物発生率は俺が今まで行った場所に比べるととても低い。

弱い魔物しか発生しないのでこちらとしては助かるがいまだに理由は分かっていない。

ライラの予想では魔素の塊である魔物を頻繁に狩っており、魔素を魔石として回収しているので周囲の魔素濃度が低いのではないだろうかと言っていた。

それと近くに魔素の噴出口であるパワースポットも無いので、それも理由の一つではないかとも言っていた。


まあ、遠出するのも面倒なので俺としても助かる。


「それなら移動もすぐだし今夜中には終わりそうだな。一応アキトたちにも話して周囲を警戒してもらっておこう。それにしても精霊はそんな事が出来るのか。凄いもんだな。」


するとオリジンは「フフン」と胸を逸らし得意げな顔を向けて来た。


「凄いでしょ。まあ、こんな事が単体で出来るのは精霊では私だけね。精霊王なら4人集まれば出来るんじゃない。だからプリンを追加で頂戴。」


確かに凄いには凄いがその報酬がプリン一つなので何処まで凄いのかが分からない。

それともこのプリンがそれだけ凄いのだろうか。

そして俺は頑張ってくれた報酬としてオリジンの前にプリンを追加する。

俺は善行には報いる男なのだ。


「やった~。このプリンっていうの初めて食べたけど美味しいのよね。このカラメルソースは苦くて少し苦手だけど。」


ここのプリンはカラメルソースは別の容器に入っている為、使うか使わないかを自分で選べる。

そのため彼女はカラメルソースは使わずにプリンだけを食べる事にしたようだ。

カラメルソースは砂糖を水で溶いた物を鍋に入れ加熱しながら作るので甘さと共に苦みがある。

普通はプリンと食べるとアクセントになっていいのだが、彼女はその苦味が苦手なようだ。

ミードでも大量の蜂蜜を追加していたので苦いのが嫌いなのだろう。


しかし、さすがに今日はこれで終了だ。

オリジンは既にプリン2つにシュークリーム1つ。

イチゴのショートケーキ1つにチョコレートケーキ1つ。

ケーキ屋でレアチーズケーキも食べている。

流石にそろそろ食べさせない方が良いだろう。

恐らく無限に食べようと思えば食べられる存在なので誰かがブレーキを掛けてやる必要がある。

欲望のままに貪るのではゴブリンと変わらなくなってしまう。


すると丁度良く、俺の思考を読んだのか彼女の表情が見事に固まった。

そしてプリンを食べ終わるとミルクを飲んで大きく息を吐き出す。


「ま、まあ。今日はこれ位にしておこうかしらね。私は節度ある精霊だから我慢も出来るのよ。」


そう言ってオリジンは我慢する様にそっぽを向いてテーブルから目を逸らした。

どうやら、今日の所は我慢できそうだ。

しかし、その我慢が何時まで続くのやら。

するとメノウが俺の傍に来てそっと耳打ちをしてくれた。


「今日はクリームシチューにしますからそれを食べてもらえば大丈夫でしょう。甘~いミルクと野菜を使った物を用意しますからきっと満足するはずです。」


するとオリジンの耳がピクリと動いてその顔に笑顔が生まれる。

どうやらメノウの声が聞こえていたようだ。

そしてオリジンは夕食まで食べて行く気満々のようである。

しかし、ここまで来るとこちらから何かお願いしても良いのではないだろうか。

そう思い俺は1つの些細なお願いをオリジンに切り出した。


「オリジン様。」

「な、何よ急に畏まって。」

「そろそろ俺の些細なお願いを聞いてもらってもよろしいでしょうか。」

「だからいきなり畏まられると気持ち悪いのよ。良いから言ってみなさい。本当に些細な事なら聞いてあげる。」


(やったー。さすがオリジン様最高~。)


するとオリジンは顔を赤くしてまた横を向いてしまった。

どうも褒められ慣れてないのか照れているようだ。


「それでは一つ。ゴホン。実は人が増えてこの家も狭くなってきました。家を簡単に大きく出来ますか?」


するとオリジンは「ん~」と少し悩んだ後にポンと手を叩いた。


「出来るわよ。ちょっと待ってなさい。」


俺は無理かな~と思っていたがどうやら彼女にとって俺の非常識な願いは些細な願いの範疇の様だ。

そうなるとオリジンという存在が想定する大きな願いとは何を指すのだろうかと気になって来る。


(もしかして世界の滅亡とか?)


そう考えているとオリジンがフッと笑った。


(マジですか。でも願いの範疇に収まるなら出来るって事か。そう考えると凄い存在だな。)


そしてオリジンは何もない所に手を翳すと声を掛けた。


「来なさい精霊マリベル。」


すると床に1メートル程のサークルが広がり、そこから30センチくらいの羽を生やした精霊が現れた。

そしてスカートを摘まんでオリジンへとカーテシーな感じにお辞儀をする。


「よく来たわね、マリベル。」

「お呼びとあらば世界の果てからだろうと瞬時に現れます。それで、この度はどの様なご用件でしょうか。南の地にある甘い果実を御所望でしょうか。それとも、また西の果てに生息する甘み牛の甘ミルクが御所望でしょうか。」


俺はマリベルの言葉を聞いてつい納得して哀れみの視線を送ってしまった。

どうやら彼女もオリジンの犠牲者の様だが、この忠誠心が更に哀愁を誘っている。


「オリジン・・・。」

「な、何よ。そんな顔で見ないでよ。そんなに頻繁には頼んでないわよ。」


俺の視線を受けたオリジンは慌てたように言い訳をし始めた。

するとマリベルがオリジンを庇い、なおかつ説明を加える。


「そこの方。オリジン様を虐めないでください。ちょっと数日に一度、私が命がけで甘味を取りに行く程度です。オリジン様は我らの母。こうして頼られるのはとても誇らしい事なのです。」


いや、庇ってはいなかった。

もしかしてマリベルもそろそろ限界なのではないだろうか。

俺はこんなに頑張り屋な精霊を他には知らない。

それに比べオリジンはどうだろうか?


(・・・・・この穀潰しが!)


「ち、違うのよ。最近、世界が融合して忙しかったのよ。だからちょっとお願いしてただけ。あ、その目は信じてないわね。」


別に目ではなく心を読めばいいだろうに。

しかし、心でもそう思っているので無駄な事だ。

そしてこの頑張り屋な精霊にはしばらくはそんな事をしなくても良いと教えてやらねば。


「お前も苦労してたんだな。しばらくの間は命を掛ける必要はないからな。今までよく頑張った。」

「え・・・ふえ・・・。」


すると俺の言葉にマリベルは次第に肩を震わせ、目に涙をため始める。

そして関が決壊した様に大声で泣き始めると俺の服に顔を埋めた。


「びえええ~~~。私、弱い精霊なのにいつも危険な事させられて・・・。いつも厳しい採取ばかりさせられるんです。今みたいに優しくされたのなんて生まれて初めてです~~~。」


どうやら彼女は他の精霊からも虐められていたようだ。


(だ、そうだがこれどうするよ。オ・リ・ジ・ン・様~。)


「・・・そ、それなら聞きいてちょうだい、マリベル。」


オリジンは額から一筋の汗を流しながら威厳の籠った顔で声を掛けた。

どうやら自分にも心当たりがあるので、その言葉には顔と違い威厳はない。

そしてマリベルは俺に服で涙を拭い顔を上げた。

鼻水までは拭かなかったので勘弁してやろう。


「何ですかオリジン様。私は次にどのような死地に赴けばいいのでしょうか?」


マリベルの卑屈すぎる返答にオリジンも「ウッ」と息を飲む。

おそらくオリジンも彼女がここまで追い込まれているとは思わなかったのだろう。

強い故に下の者の気持ちに気付かないのはよくある事だ。

仕事でもベテランが新人に指導する時に知っているのが当然と教える者がいるがそれに似ている。

だが、ここでオリジンは一つの成長をするはずだ。

それを温かい目で見守ってやろう。


「実はあなたにして欲しい事があって呼んだの。あなたの能力でこの家の内部空間を大きくしてくれない。」

「それは容易いですが・・・。それだと空間が安定するまでここからしばらく離れられなくなりますよ。そうなるとお使いが出来なくなりますが良いのですか?」

「い、良いのよ。あなたは今まで頑張ったのだからここでのんびり休みなさい。これは私からの最重要命令よ。他の者には上手く言っておくから数十年ここでのんびりして問題はないわ。」


するとマリベルは首を傾げ何故か理解できていない顔になる。

そして俺の前に来るとお願いをして来た。


「すみません。私は夢の世界にいるようです。試しに抓ってもらえませんか。」


俺は仕方なく現実を受け止められていないマリベルの小さな頬っぺたを手加減をして抓った。

小さいのでハッキリ言えば凄く難しい。


「痛いですね・・・。と言う事はこれは夢ではない。そうか。オリジン様、もしかしてお加減が悪いのですか?」


何処まで卑屈なのだろうか。

ここまで来ると心の病気を疑ってしまう。

しかし、彼女の言う様に生まれてからあまり優しくされていないのならこうなってもおかしくないのかもしれない。

俺は心の疲れを癒してもらう為に彼女をそっとテーブルに下ろしシュークリームを振舞った。

それを見て彼女はどうしていいのか分からずに俺を見上げて来る。


「美味しいから食べるといいよ。気に入ったら時々食べさせてあげるから。」


すると彼女は少しづつ食べ始め再び涙を浮かべた。


「美味しいです。こんなに美味しい物は食べた事ありません。これが幸せですか?」


たががシュークリームで幸せを感じるとは思わなかったがオリジンは何故か納得した顔をしている。

そしてマリベルに近寄るとその頭をそっと撫でた。


「あなたはしばらくここで働きなさい。ここなら安全だから大丈夫。何かあってもこいつがあなたを守ってくれるわ。」


そう言って俺の腕を掴んで自分の横に並ばせた。

その辺は丸投げにされてしまったが彼女が家を広げてくれるなら十分にギブアンドテイクの関係が成立する。

最低限、今のところ何もしていないオリジンよりはマシな存在だ。

それに家をリフォームするとなると数千万円はかかるのでこの小さな精霊に毎日ケーキを一つ食べさせても十分お釣りがくる。

そのため俺からも彼女にお願いしておく。


「オリジンもこう言ってるし、ここで俺達と生活してみないか?ここにはドライアドのジェネミーもいる。俺達が遠出していてもエルフのクリスは残る事になってる。仕事は幾つかしてもらうけど寂しくもないはずだ。」


するとジェネミーはマリベルの傍に行くとその手を取った。


「ここはとってもいい所よ。仕事は楽だし美味しくて甘い物も沢山ある。一緒に住みましょ。」


マリベルはそう言われ俺とオリジンの顔を交互に見て来た。

俺達は頷いて答えると彼女はようやく決心がついたようだ。


「ありがとうございます。私頑張ります。お使いや皆さんの移動は任せてください。魔石か魔力さえあればどこにでもお運びします。」


そう言って気合を入れるマリベルは俺達に重要な事をサラリと言ってのけた。

もしかしてこれは大きな副産物があるのではないだろうか?

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