219 侵入者
ユウとアキトが村や町を回っている頃。
精霊の住処に侵入者がやって来ていた。
「フ~、ここはやけに綺麗な所だな~。」
そう言って白い服を着て頭の両サイドに瓢箪の様に髪を結った男は花が咲き誇る光景に表情を綻ばせる。
すると男の前に一人の女性が姿を現した。
「私はアティルと言います。何処の方かは知りませんがここに何様でしょうか?」
「ん?驚かしちまってすまねえな。少し世界を見て回ってたら空間の裂け目があったんで気になって入って来ちまったんだ。」
「そうですか。ここに害を成すつもりは無いのですね?」
(おかしいわね。ここは私とオリジンで強力な結界が張られていたはず。簡単に入り込めるはずはないのだけど。)
「ああ、ただせっかく来たんだ。少しだけここで酒を飲ませてくれね~か。花見には打って付けだからよ。」
「それでしたら先日頂いた料理もお出ししましょう。一人で食べるよりも二人の方が美味しいでしょ。」
「へへ、気前のいい姉ちゃんだな。美人のお誘いなら断るつもりはねえよ。ありがたくいただくとするぜ。」
そして敵意を全く感じないアティルはこの不思議な侵入者を持て成す事にした。
結界を越えて来たと言う事はかなりの力の持ち主のはずである。
そのためここは穏便に対応して帰ってもらう事にしたのだ。
アティルは精霊達も呼び寄せ、酒と料理を振舞い、しばらく男と和やかに過ごしていた。
しかし、再び外から何者かが侵入しようと結界を攻撃している事に気が付き表情を曇らせた。
「何者かがここに入ろうとしていますね。」
「ああ、もしかしたら俺の知り合いかもしれね~な。俺の気配を追って来たか。」
しかし、それにしては乱暴なやり方だ。
この男は結界を開ける時にまるで薄絹を掻き分ける様に慎重な方法で入って来たが今入ろうとしている者は確実に攻撃を加えている。
その為、結界が揺らぎ今にも崩壊しそうだ。
アティルは仕方なく結界を開きここまでの道を作った。
そしてしばらくすると一人の男が姿を現し地面の花を踏みにじった
その男は金髪に黄金の鎧を着ていて目が痛くなりそうだ。
なんとも派手な男だがその体からは明らかな敵意と邪悪なオーラが発せられていた。
その為、足元の花は萎れて枯れてしまい、その範囲は次第に広がりを見せている。
アティルは精霊達を集めると戦闘態勢に入り、先に来ていた男に声を掛けた。
「あの男は危険です。すぐにここから逃げてください。」
「危険?・・・なんだあの坊主は。花見の邪魔をするつもりか?ちょっと待ってろ。」
そう言って男は立ち上がり少しふらつきながらも歩き始めた。
明らかに酒が回って居るが男が足を止める様子はない。
「おい、お前は何もんだ?」
「チッ、酔っ払いのゴミが。まあ良い、そこのお前が世界樹の精霊だな。私はガストロフ帝国の四天王が1人、キイテだ。貴様を捕らえに来た。神王様の為にその身を捧げてもらうぞ。」
キイテと名乗った男は、酔っぱらっている男を無視してアティルに告げた。
そして彼女はキイテが何者なのかを知るとあからさまに表情を歪めた。
しかも、キイテから感じる力は上位精霊よりも遥かに強い。
恐らくは戦っても勝つ事は不可能だろう。
しかし、悩んでいる間にも先ほどの男はキイテへと向かって行っていた。
「そこのあなた危険だから下がって!」
「まあ、任せておけ。こんな奴は俺に掛かれば一捻りよ。」
しかし、男は全く話を聞かずに今もフラフラと歩いている。
腰には剣を差しているが抜く気配も無さそうだ。
するとキイテはそんな男を侮蔑の籠った目で睨みつけると腰の剣を抜いた。
「まずは貴様から殺してやろう。」
そう言って剣を頭上に構えると容赦なく振り下ろした。
「危ない!」
その瞬間、アティルは男の前に出ると依り代としている聖剣を取り出し剣を受ける。
しかし、あまりに重い一撃に攻撃を受け止めきれず、肩にキイテの剣が食い込み血が流れだした。
「クッ!」
「この雑魚が。貴様程度が神である私に歯向かえると思うな。貴様は言う事を聞いて大人しく付いて来ればいいのだ。」
「神だと?」
すると庇われた男の気配が別人の様に変わり体からオーラが立ち上る。
そしてキイテの剣を素手で掴むとそれを強く握りしめた。
「な、貴様、何をする!」
「お前は神なんだろ。何を驚いている?」
「この、離せ!」
しかし、どんなに力を入れても剣は動かず、それどころか今にも砕けそうな怪しげな音がし始めた。
キイテの表情は次第に焦り始め、それに反して男の顔には黒い笑みが浮かび始める。
「貴様は神じゃねえ。まだ卵からすら返ってねえんだよ。そんな奴が神を名乗るんじゃねえ!」
その瞬間に男は更に力を込めて剣を握り潰した。
それを見てキイテは後ろに飛びのくがそれよりも早く男は前に出て腰の剣を抜き攻撃を加える。
しかし、周りの者に視認できたのはそこまでだった。
剣は光の斬線を残し、その後には何も残されていない。
どうやら肉体も含めて全てが完全に消滅してしまったようだ。
「クソが。ガイアの嬢ちゃんに頼まれて様子を見に来て良かったぜ。」
「あなたはガイアを、スピカを知っているのですか!?」
男の言葉にアティルは驚きの目で男を見た。
まさかこんな男を寄こして来るとは思いもよらなかったのだ。
しかも、亜神であるキイテを一瞬で葬るその実力にある予感が過った。
「何だ聞いてないのか。あの嬢ちゃんの本当の名前は大地母神ガイア。この星を管理する最高神だ。先日、連盟に救援要請が届いたから様子を見に来たんだよ。」
「ならばあなたはもしかして神なのですか?」
先程から聞いてない話や単語が耳に入る。
全てを知りたい気持ちがあるがそれは置いておくとして重要な事をまずは聞くことにした。
「おうよ。俺は世界は違うが神の一人。そこではスサノオって言われてるけどな。まあ、ここは俺が居れば大丈夫だ。またのんびり酒と飯でも食ってお前の勇者が事態を解決するまで待ってようぜ。ガイアの嬢ちゃんからはここを宴会場にしても良いって聞いてるからな。後で他の奴らも来るからその時はよろしく頼むぜ。」
(あの子、勝手にそんな約束までしてしまって。・・・でもやっと動く気になったのね。)
「なら、いっそのこと皆も呼んでみましょう。きっと美味しい料理を沢山作ってくれますよ。」
「そりゃ良いな。早速呼んでくれよ!」
そしてアティルはオリジンに声を掛けてみんなを呼び寄せる事にした。
その間にもスサノオと名乗った神は先程の場所に戻り酒と料理を楽しんでいる。
「オリジン聞こえますか?」
『どうしたの姉さん?』
「こちらにスピカが呼んでくれた神様が来ています。みんなですぐに来れますか?」
『ちょっと待って。みんなに聞いてみるから。』
(あの子もユウが亜神になって少しは苦手意識が消えたみたいね。)
『大丈夫だって。それじゃあ準備が出来たら行くね。』
「ええ、待ってるわ。」
そして、30分もしない内にゲートが開きオリジンたちが現れた。
するとスサノオは待ってましたと立ち上がり、それまでに聞いていた特徴からメノウを見つけて声を掛けた。
「お前がメノウか。早速だがツマミを作ってくれねえか。」
メノウは一瞬アティルに視線を向けると彼女は頷いて答える。
それを見てメノウも頷いて料理道具を取り出すと料理を開始した。
まず、こういう時の定番は炭焼きのウインナーだろう。
メノウは精霊達に言って炭に火をつけると串に刺したウインナーを焼き始めた。
それを焼けた端からさらに並べて出していく。
その間にも焼いた肉に野菜たっぷりのスープ、漬物にお握りと並べて行く。
その頃になるといつの間に現れたのか、何人もの者達が到着しており地面に茣蓙を敷いて酒を飲み始めていた。
しかし、その姿は人に近い物から鬼の様な者。
中には茶わんやコップの様な顔の者もおり明らかに人間ではない。
しかし、その纏う気配からは神聖な気配を感じる事から恐らく神なのだろう。
メノウはクリスと一緒に次々に消えていく料理を見ながらそれに負けない様に必死で料理を作っていく。
「こんなに奮戦したのは初めてですね。」
「流石に神となると人知を超えています。」
「あなたもまだまだですね。」
すると横から声が掛かりクリスはそちらに視線を向ける。
そしてそこにはしばらく会っていなかったが心強い助っ人が来ていた。
「先輩!」
「主に言われて手伝いに来ましたよ。」
「あの・・・、主はトゥルニクス様では?」
「ん?誰ですかそれは?」
どうやら彼女達の中では既に主が完全に上書きされている様だ。
しかし、それも仕方のない事かもしれない。
優秀だが他人に冷たく、しかし、その中身はロリでドMでアリシア命の変態と。
欠点こそあるが強く優しく、龍にまで至った男ではどちらに仕えたいと思うか。
それは彼女たちの基準では後者だったのだろう。
今ではあの時に自分達が感じた直感すら誇らしく感じている程だ。
そして彼女たちの参戦で料理を作る速度は跳ね上がり料理の提供が間に合い始めた。
しかし、そこに新たな集団が現れ周囲から声が上がり始めた。
「会場はここか~~~!」
「お~、よく来たな!」
そう言って現れたのは筋肉ムキムキの男達と数人の女性たち。
どの者からも立っているだけでも巨大なオーラが立ち上っている。
まるで目の前に巨大な山脈が現れたようだ。
「がはは、酒は普通だが飯は美味いぞ。」
「フッ、我を舐めてもらっては困る。そう思いアイツの所から酒をクスねて・・・ゴホン、持って来た。」
そう言って巨大酒瓶を取り出すとそれを苦も無く頭上に掲げて見せつける。
それと同時に周りからも歓声が上がり次第に宴会のボルテージが上がり始めた。
「流石オーディンだ。期待通りの事をしてくれるぜ。」
スサノオはそう言って駆け寄ると一緒に酒を飲み始める。
そしてそれをオリジンを含めてユウの仲間たちは苦笑しながら見つめていた。
やはり、今も頑張っているであろうユウの事を考えれば心から楽しめないのだろう。
彼らの存在そのものが自分達の安全に繋がってはいるが、本心では愛する者の傍に居たいと思うのは当然の事だ。
するとそんな彼らの前に神々の中から一人の男がやって来た。
「我が名はアジ・ダハーカ。もし汝らが神と戦う力を求めるならば我の与える試練を受けよ。」
「アジ、ちょっと待ちなさい。」
すると後ろで聞いていた女性がアジ・ダハーカに声を掛けた。
そしてライラの前に行くとその肩に手を置いて鋭い視線を向ける。
「この子はダメよ。お腹に別の命が宿ってるから。」
「分かった。しかし、これは強制ではない。それとアテナよ。我を青物の魚の様に呼ぶのはやめて欲しいと何度も言っているだろう。」
「だって名前が面倒なんだもの。それならもっと言い易い名前に変えなさいよ。」
これまた無理な事を平然と言うアテナはアジ・ダハーカから微妙な視線を注がれる。
更には周りで聞いていた神々からも同じような視線を受けるが彼女に気にした様子は無さそうだ。
そして、結果として名乗りを上げたのはゲン、サツキ、ホロ、ヴェリル、クオーツ、リリの6人だった。
するとそのメンバーを見てアジ・ダハーカはホロに歩み寄った。
「お主は試練を受ける必要はなかろう。すでに力を持っている様だからな。」
「でも使い方がよく分からないよ。」
「それなら丁度良いのがおる。おい、ケルベロス。」
すると今度は一匹の犬がやって来た。
それを見てホロも合わせて犬の姿へと変わる。
しかし、ケルベロスは犬の姿のまま人の言葉で返事を返した。
「お前の暇つぶしに私を巻き込むな。」
「良いではないか。同じ三つ首の好だ。少しは付き合え。」
「仕方あるまい。そこのお前、教えてやるがタダではないぞ。私が納得する美味い物を持って来い。」
『了解。』
ホロはそのままの姿でメノウの所へと駆けて行った。
そしてメノウを見詰めてお座りをする。
「そう言う事ならこれを持って行っても良いですよ。」
そう言ってメノウはメガロドンの背骨で作った骨ジャーキーを取り出した。
しかも表面には肉が残っており噛めば噛むほど味が出る優れ物だ。
高レベルのメガロドンのためその味はまさに極上である。
「ワンワン!」
「はいはい。あなたの分もありますから仲良く食べるんですよ。」
そう言ってメノウはしっかりと4つのジャーキーを渡す。
どうやら忙しい中でも会話はしっかり聞いていたようだ。
ホロはそれを一旦収納するとケルベロスの許に戻って行った。
「それで、何を持って来たのだ。」
『我が家にある最高のモノを持って来た。』
ホロはそう言って地面に骨ジャーキーを置いた。
するとケルベロスは無意識に激しく尻尾を振って答えジャーキーに口を付ける。
「うお~~~~!何という美味!まさにドラゴンの骨に匹敵する!」
『亜竜の骨だからね。ウマウマ。』
そして何気にホロもジャーキーを出してそれを齧る。
傍から見ればとても和む光景であった。
「うむ。これならば対価として十分だろう。それでは訓練を始める。」
『分かりました。』
そして互いに骨を齧りながら訓練は開始された。
その光景を見て誰が訓練と思うのだろうか。
しかし、本人たちは大真面目である。
「もっと歯に力を籠めるのだ。このようにな。」
そう言いてケルベロスは歯に神気を込めて咥えていたジャーキー噛み砕いて行く。
それを見てホロも懸命に力を引き出して骨を削る様に食べ始めた。
「その調子だ。慣れればもっと自在に引き出せるようになる。次々行くぞ。」
まさに食い気を生かした訓練方法である。
ケルベロスも手本を見せるために追加で骨ジャーキーが食べれて上機嫌だ。
その結果、ケルベロスはお腹をパンパンに膨らめせ、後日飼い主からお叱りとダイエットを言い渡されるがそれは全く別の話である。
そして、ケルベロスの尊い犠牲のおかげでホロは無事に神気を使いこなせるようになった。
「私は神気が使える様になったから行くね。」
そう言ってホロは妊娠の為に行く事の出来ないライラに声を掛けた。
ライラもそんなホロの頭を撫でながら笑顔を返す。
「きっとユウの事だから他の人の為に傷ついたりホロリン欠乏症とか訳の分からない事を言ってると思うわ。だから早く行って支えてあげて。」
「分かった!ライラも気を付けてね。」
そう言ってホロは一足早く転移で消えていった。
なぜあの訓練でこんな事が出来る様になるのかは不明だが力を使いこなせている事には変わらない。
ライラはホロを見送るとお腹を擦りながら空を見上げた。
「また、皆が笑顔で再会出来ますように。」
その願いは空へと飛んで行き偶然その時に到着した神の一人が掴み握り締める。
するとその神は誰に見られる事なくその場から姿を消して別の場所へと向かって行った。




