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208 100階層ダンジョン ⑯

ギルドに到着するとそこには既にティオネが準備を終えてチヒロを待っていた。

しかし、その姿は今まで着ていたスーツの様な堅苦しい物ではなく、足首くらいまであるフワリとした藍のロングスカートに白いシャツだ。

そして絹の様に薄いピンクのストールを肩からかけており凛々しさの中に清楚な雰囲気がプラスされていた。

その、先程までとはあまりに違う印象にチヒロは言葉を失いその場で立ち尽くしてしまう。


「あの、もしかして『変』・・だったでしょうか?」


ちなみにティオネはこんな服装はした事が無い。

これはミリが空いた時間で準備してくれた物だ。

当然、時間からして周りに冒険者は多いがそんな彼女に見とれる者は誰も居ない。

全員が故意に視線を逸らし、この異常事態に恐怖すら感じる者さえいる。

この瞬間を見ているのはティオネの姿を見てチヒロを諦めたギルドの女性スタッフだけである。

そして、チヒロはティオネの声で我に返り顔を赤くさせながらも本心を口にした。


「いや、とても綺麗だ。まるでこの場に精霊が舞い降りたのかと思った。」

「そ、そんなお世辞を言われたのは初めてです。」


ちなみに精霊は全員が例外なく美形であり、こちらでは最高の誉め言葉の一つである。

チヒロはその事を知らないが彼は偶然にも最良にして最善の言葉を選び取った。

そして、互いに頬を染めながら立ち尽くしていると後ろのカウンターから声が掛かる。


「オホン!そろそろ行かないと遅れますよ。」


時間的余裕はあるがミリの計画では真直ぐに向かう訳ではない。

早く行かなければ何かを削る事になる。

それにデート(仮)はこれから始まるのだ。

その為に二人には早く動き出してもらわなければならない。


「そうでした。それでは行きましょう。」

「ええ、お願いしますね。」


そして二人は並んでギルドから出て行った。

しかしその互いの間にはまだ大きな距離がある。

目で見ればたったの30センチ程度だがこの距離をゼロにするには時にドラゴンとの死闘を上回る困難と対峙しなければならない。

それを知るミリは根回しを済ませていたおかげで即座に退勤することが出来た。


「それじゃあ行ってきます。」

「皆の分も頼んだわよ。」

「ギルマスの事をしっかり見ててあげてね。」

「任せてください。」


そして今ではギルド内の思いは一つだ。

全員がティオネの恋の成功を祈りミリを送り出してくれる。

ミリも真剣な表情を浮かべると二人を追って走り出した。


その頃のチヒロとティオネは町の大通りを通り出口へと向かっていた。

既に露天が閉まり始めている為か人もそれほど多くはない。

しかし近くの飲み屋からは酒飲みたちの楽しそうな声が光と共に漏れ聞こえていた。

そんな中で二人は無言で歩き、互いに意識しているが故になかなか話しかける切っ掛けが掴めないでいる。

レベルが上がりどんなに強くなろうとも、経験のない二人には私的な場で異性に声を掛けるのは果てしなく困難な事だった。

そんな二人を見てミリは思った通りだと今にも舌打ちをしそうな程に表情を歪める。

ただ、ティオネはミリの言い付けを守り道の中央側を歩いているようだ。

いつものチヒロならあり得ない事だが彼も今はそこまで気を回す余裕がないのだろう。

そのおかげで、彼女の下手な尾行でも気付かれていないのだが。


そして、ミリはここで合図を送りプランBを実行する。


「頼んだわよ。」

「任せろ。その為にジャイアント・デビル・スパイダーの運送をギリギリまで遅らせたんだからな。」


ミリの横にはギルド職員の配達員がいる。

彼はこれから王都まで馬車を走らせ素材を配達する事になっている。

当然、道中は冒険者に護衛してもらうが門前では既にその冒険者がイライラしながら待っている・・・事になっている。

当然、彼らは既に理由を知る者達で快く協力してくれた妻帯者である勇士たちだ。


そして、配達員は馬車に乗ると人の少ない道を進み始めた。

しかし、その速度は次第に早くなり、数秒後には激しい蹄の音を響かせ始める。


「急ぎの便だ!どいたどいたーーー!」


こういう光景はこの街では日常茶飯事だ。

誰もが慣れた足取りで道を譲り、道が開けていく。

しかし、テンパっている目的の二人にはその声が届いていない。

そのため、二人が動いたのは馬車が直前まで迫った時だった。


「そこのお熱い二人危ねえぞーーー!」


その声にいち早く反応して動いたのはチヒロだった。

ティオネは視線を向けるが御者からの「お熱い二人」という言葉に無駄に反応してしまい足を止める形になる。

それを見てチヒロは素早くティオネの肩を抱き咄嗟に横へと避けた。


「危ない!」


そして横に飛んだは良いが急いでいた為そのまま壁にぶつかりティオネはチヒロの胸に体を預ける体勢になる。

そして、そのまま二人は動けなくなりティオネの優れた嗅覚をチヒロの匂いが刺激する。

その瞬間、ティオネの体に電流が走った様な感覚が生じその顔を蕩けさせた。


(何・・・この感じ・・・。分からない。知らない。でも、何かがこの人を求めてる。)


しかし、その時間は長くは続かず、チヒロは胸に庇ったティオネを解放し声を掛けた。


「大丈夫ですか!?」

「え、は、はい。大丈夫です。すみません。ボーとしてしまって。」

「いえ、これは俺のミスです。女性を道の中央側に立たせてしまいました。俺がそちらを歩きます。」


そう言ってチヒロはティオネと位置を変わり一緒に歩き始めた。

そして門から出ると再びチヒロから声が掛かる。


「それではここからは車で移動を・・・。」

「よう兄弟。今日の込み具合はどうよ!」

「ハッハー!今日はジャイアント・デビル・スパイダーの運搬のおかげで混み混みよー。お前も気を付けな!」

「おう。そうするぜ!」


何故かそんな事を大声で話す御者たちは話を終えると互いに反対方向へと進んで行った。

それを聞いてチヒロは少し考えると再びティオネに視線を戻す。


「あの、空を移動して行きたいのですがその為のスキルはありますか?」


ティオネここで『来た!』と心の中で叫び、口を開こうとした。

しかし、声に出して否定する事がどうしても出来ず、沈んんだ顔で首を横に振った。

今の彼女にはチヒロに出来ない女と思われるのは他の何よりも辛い事になっていたからだ。

しかし、チヒロはその顔を見て別の事を考えていた。


(もしかしてその手のスキルが取得できないのか!俺はこの人に恥を掻かせてしまった・・・。)


そして再び固まる二人の前に冒険者の男女が通りかかった。


「それじゃあ行こうか。」

「ええ、お願いね。」


そう言って男は女性を抱き上げるとそのまま空へと進んで行く。

するとそれを見たティオネの表情は無意識に変化し羨ましそうにその背中を見詰めた。

それに気付いたチヒロは激しく打ち付ける心臓の鼓動を感じながらも彼女に提案を口にする。


「あの、彼らの様に俺と一緒じゃダメですか?」

「え!?」


そして返って来たのは聞き返す様なニュアンスの声だったが、その顔には大輪の様な笑顔が浮かんでいた。

当然その尻尾も激しく左右に揺れており、その感情を如実に表している。


(ちょっとだけユウの気持ちが分かったかもしれない・・・。)


チヒロはそんなティオネに可愛さを感じながら更に勇気を出して手を差し伸べる。

するとティオネの手はそれに応え、互いに見つめ合った。


「そ、それじゃあ、失礼します。」

「ええ、お願いね。」

(ミリの言ってたのはこういう事なのね。)


そして二人は今までの人生で最も楽しい空の旅を始めた。

その時間は数分だが二人を隔てるのは既に互いの服だけである。

互いに体温を感じ、鼓動を身近に聞いた二人の距離は物理的だけでなく心の距離も急接近していた。

そして王都に到着すると目的地に向かい再び歩き出す。

その時には既に二人の距離はゼロになっており、ティオネは自然な動作でチヒロの腕を取って歩いていた。

もし、この光景をミリが見れば自分の行動が報われたと涙を流していただろう。


(良かったです。私の頑張りは無駄にならなかったです。)


いや、彼女はしっかりとこの光景を目撃していた。

彼女は飛ぶ事は出来ないがギルドには緊急連絡用にスレイプニールを所持している所がある。

当然100階層もあるダンジョンにそれが無い筈はない。

彼女はスレイプニールを持ち出してチヒロを追い掛け、無事に王都へ到着していたのだ。

ミリはそのまま門番にスレイプニールを預けると二人を追って行った。


町を歩く二人の姿は今では恋人か若い夫婦の様だ。

王都は遅くまで露店や店も開いている為、二人は自然と足を止めてを商品を見て回っている。

すると一つの店で足を止めた二人はそこにある装飾品を見始めた。

どうやらその店はネックレスを専門に扱う店の様で細工も凝った物が多く並べられている。

その中でティオネは月をモチーフにした白銀のネックレスに目を奪われた。


「これ素敵ね。」

「お客さん良い目してるね。そいつはアダマンタイトで出来た特注品だよ。どうよそこの旦那。綺麗な彼女に一つプレゼントしてみちゃどうだい。」


するとティオネは初々しくも顔を真っ赤にして「違うと」言おうとした。

しかし、それよりも早くチヒロが店主に「買った。」と声を掛ける。

その声にティオネはチヒロに顔を向けるがそこには笑顔が浮かんでいた。

そして店主も値切られずに売れた事で上機嫌になりオマケを付けてくれる。


「これは負けとくぜ。こっちは黒鉄の安物だが作った奴は一緒で、まったく同じデザインだ。二人で揃って付ければお似合いだと思うぜ。」


そう言って店主は二つのネックレスをチヒロに渡した。

するとニヤリと笑いながら親指を立ててティオネを示す。

どうやらお前が付けてやれと言っている様だ。

チヒロはそれに従いティオネの前に立つとその首にネックレスを付ける。

そして、その光景はとても絵になっており、周囲の恋人たちの足を止めさせた。


そしてその後、二人が去った後にその周辺の露店からペアの装飾品が売り切れたのは言うまでもない。

店主は良い意味で良き商売人だったと言う事だ。

その後、二人は無事にユウの家に到着し、当然その首には先程買ったネックレスが輝いている。

二人は思い出と共に互いに距離を詰め、その夜に恋人になった。

それを見送り一人で帰っているとそこにタキが現れる。

どうやら彼も運搬のためにこちらに来ていたようだ。


「お疲れミリ。」

「ありがとうタキ。でも色々したから後で怒られるかもしれないわ。」

「その時は俺も一緒に怒られてやるよ。」

「それならこれから俺が上手く言ってやるから飯でも食って帰れよ。お前も今日は頑張ったみたいだからな。」


二人は咄嗟にそちらに顔を向けるといつの間にかそこにはユウが立っていた。

どうやら余裕の無かったチヒロとティオネと違い彼はしっかりと気付いていたようだ。


「それじゃあ行くか。」


そして問答無用で連行されていく二人は結果として美味い飯と少しの注意で終わらせることが出来た。

そしてこの日、二組のカップルが誕生したのは多くの者の協力があったからだ。

彼らはこのカップルを祝福し、その日は遅くまで笑い声が絶えなかった。

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