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207 100階層ダンジョン ⑮

訓練を開始してチヒロは以前からユウが言っていた事を実感した。

ユウも剣術を習う様になり格段に強くなったが目の前の彼らはスキルのレベルに比べて遥かに弱い。

恐らく、スキルのバランスが悪く、頼り切っている為に動きにも無駄が多いのだろう。

戦闘系のスキルは感覚的に動きをサポートしたりはしてくれるが戦士とは思考よりも早く体を動かす必要がある。

今の彼らにはそれが出来ていない為、まるでスキルに踊らされている人形の様だ。

ユウも最初はそうだと言っていたが他のスキルの成長が異常に早かったのであまり気にはならなかった。

そしてチヒロたちはもともとが戦闘を想定した訓練を行っていたのでレベルを得てからは空いた時間で能力の向上による誤差を修正するだけでよかった。

それでも毎日の訓練は行い誤差を可能な限り0に近づける努力をしている。

特に、ユウが最初に教えてくれた五感系の強化を優先したのが良かったのだろう。

強くなればなるほどその領域は人間の感覚では認識できなくなるのでチヒロたちは最初にそちらのスキルを重点的に習得していた。

しかし、それも下積みがあり、最初から多くのスキルを獲得していたから言える事だ。

彼らはその苦労を知らないので一流にするにはレベルとそれを修正する指導者が必要となる。

その為に今日の訓練は彼らの足りない部分の把握と実力を知る事が重点的に行われた。


「よし、次のパーティに変わってくれ。それからこちらの紙にそれぞれアドバイスを書いてある。後で個人個人で話をするからしっかりと見ておいてくれ。」


チヒロは戦闘で彼らの攻撃を躱しながらレポートを作成してそこに色々なアドバイスや確認する事などを書き込んでいた。

それを元に今後に取得するスキルの構成もしていく予定である。

しかし、それは本人の意思と個人情報の漏洩を防ぐために後ほど個室にて行う事にしていた。


「ダメだ。やっぱり全然当たらねえ。」

「さすがランクSSは半端ねえな。」

「へへ、お前らの仇はこの俺が取ってやるぜ。」

「言ってなさい。一撃でも当てたら今日のご飯は私が奢ってあげるわ。」

「「「その話乗ったー。」」」

「ちょっと何言ってんのよ!そんなに奢れるわけないでしょ!コラ、聞け~~~!」


どうやら、即席で集まった割には関係は良好の様だ。

それを見てチヒロは薄く笑うと次のパーティの訓練に入った。

結果、誰も攻撃を当てられずに惨敗。

全員が2時間ほどで体力を使い切り、その場で膝を付いている。

ちなみにチヒロは今日に限り一切の攻撃をしていない。

そう言う所の修正は明日以降に回す予定だ。


「それじゃあ、終わりにするぞ。少し早いが飯を奢ってやるから手を洗って食堂に集合だ。お前らも若いんだから好きなだけ喰っていも良いぞ。」


チヒロも褒賞を貰い今ではかなりのお金を持っている。

この程度の人数にギルドの安い飯を奢った所で痛くも痒くもない。

今後は頑張った時や目標を達成した時にはそれに応じて飯を奢る予定である。

彼らは新人冒険者なので当然、お金は常に節約しなくてはならない。

しかし、そうなると最初に切り捨てるのは食事と居住空間だ。

そしてせっかくの成長期に栄養不足では体が育たなくなってしまう。

チヒロはそれらの事も考慮してこれからの育成プランを組み立てていった。

そして、それを聞いた彼らは先程までの疲れを吹き飛ばし井戸で手を洗うと食堂へと走って行った。

どうやら、あの中で生活魔法を使える者はいない様だ。

それらもしっかり確認するとチヒロも食堂に向かって行った。


すると、そこでは既に食事という戦争が行われていた。

奪い合う者までは居ないが注文した料理が机に乗るとまるで嵐に見舞われたかのように周囲へと広がり彼らの口に消えていく。

余程切り詰めていたのか、かなりお腹が空いていたようだ。

これでは戦闘中に力も出ないだろう。


(これも改善する必要がありそうだ。)


そして食事をしながらチヒロは一人一人に声を掛けて武器と防具を確認していく。

新人なだけあり、どの武器も傷んでおり、物も悪い。

酷い物ではすでに歪んでいたり、亀裂が入っている物まである。

恐らくは買い替える余裕もないのだろう。


「これはもうダメだな。」

「すみません。ここの低層では魔物で剣や盾を持っている奴が出ないので交換できなくて。」


魔物は最初から武器を持って発生する者も多々いる。

コボルトやオークにもそう言った個体が多いが、このダンジョンでは主に上層で持っているのはナイフや棍棒だ。

剣となるともう少し下まで行かないと手に入らない。

しかし、このまま使っていれば明日にでも折れそうだ。


「それならこれを使え。コボルトが使う程度の物だが大量にある。お前らも剣を交換しておけ。手入れの仕方は明日以降に教える事にする。」


そして、剣を交換し盾や鎧も渡しておく。

後でギルドの横にある店に持って行けば無料で調整をしてもらえる。


その後、食事を終えるとチヒロはそれぞれに面接を行い、今後のスキルの習得や構成を話し合って解散となった。


「「「今日はありがとうございました。」」」

「明日は朝からダンジョンだ。しっかり準備して来いよ。」


そしてチヒロは一人残ったギルドで再び受付に向かいミリに声を掛けた。


「すまないが、ここで借家の斡旋はしているか?」

「していますよ。もしかして借りるのですか?そこまでしなくても良いと思いますが。」


ミリの言葉も当然だ。

依頼を受けたからと言ってそこまですれば普通なら報酬が減ってしまう。

それどころか無くなるかマイナスになるだろう。

普通の冒険者では絶対にしない行動だ。

しかし、チヒロはそんなミリの言葉を否定し真剣な顔を浮かべた。


「いや、一度受けた仕事は徹底的にやる事にしている。それで何処か良い所はあるか?」

「分かりました。少しお待ちください。」


そしてミリもすぐに大きなファイルを取り出すとそこに書かれている多くの物件から幾つかの紙を抜き取りそれをチヒロに見せた。

そこには10人が暮らすには十分な広さの間取りが書かれており部屋も小さいが多く、丁度いい物件が並んでいる。

それを見てチヒロは一つの紙を手に取った。


「これを少し見て来る。場所を教えてくれ。」

「これですね。ここはギルドから50メートル程裏手に行った場所にあります。ギルドは荒くれ者が多いので近くの民家は人気が無いんですよね。住むのが冒険者なら問題ありませんが条件は前金で半年分を先払い。その後は半年ごとに契約更新ですね。」


冒険者はいつ死ぬか分からないので先払いが基本になる。

しかし、ギルドが仲介しているので変な言い掛りは無いだろう。

この街のダンジョンは国が管理しているが冒険者あっての町だ。

誰もギルドを敵に回そうと考える者は居ない。

そう考えればアキがSランクの冒険者になった事で今後は良い盾となってくれるだろう。

もうじき、それ以上の盾が彼女を守るようになるがそれはもう少し先の話である。


チヒロはギルドを出ると紙に書かれている家に向かった。

道は少し汚いが魔法を使えばすぐに綺麗になる。

やはり生活魔法はこの世界では必須のスキルだろう。


そして到着するとそこには大きな木が一本突き出した家が目に入った。

それを見てチヒロは書かれている情報との差異があり表情を曇らせる。

立地は良いのでここにしようとしたが木が突き出しているとは書かれていない。

チヒロは調査をするため敷地に入りその木に手を触れた。


「汚い手で触らないで!」


すると木から突然、怒った様な声が発せられる。

そして、木の中から身長40センチほどの小さな少女が顔を出した。


「この子に触らないで。私の大事な友達なの。」

「君はドライアドだね。友達とはどういうことだ。」


すると木の枝が揺れてそれがチヒロに迫って来る。

その瞬間チヒロはその木を鑑定しそれが何かに気が付いた。


「驚いたな。まさか町の中にエントがいるとは思わなかった。」

「お願いだから切らないで。私にとっては大事な友達なの。」


チヒロは少し口に手を当てて考える素振りをすると再び声を掛けた。


「エントは確か動けるはずだな。家から動けないのか?」

「壊して良いなら出れるけどそんな事したら怒られちゃうわ。」


今のままでも十分怒られると思うがここを壊しても後で直せばいいだろう。

先程腕の良い職人とも知り合えたので問題は無さそうだ。


「それなら、俺がここを借りた後に壊しても良いから家から出てくれ。修理はこちらで請け負っておく。どっちみち修理するところが幾つかありそうだ。ついでにその時にでも一緒に直しておくよ。」

「ホント~!」


ドライアドはとても嬉しそうな笑顔を浮かべると優しく木に抱き付いて囁きかけた。


「もう少ししたらここから出られるって。そうしたら体を伸ばして太陽を一杯浴びられるよ。」

「それじゃあ手続きをしてくるから待っててくれ。」


チヒロは急いでギルドに戻るとまずは契約を交わして契約書に目を通した。

どうやらギルドが完全に委託された形の様で持ち主と会う必要な無さそうだ。

その代わり何か問題があればギルドの責任となると書かれている。

そのためエントとドライアドの件は先に報告する必要があるだろう。

しかしエントは森の中では人を助け、友好的な魔物と言われている。

ドライアドは精霊なのでこちらで手を出す者はいない筈だ。


「ミリ、少し話がある。」

「何でしょうか?」

「家を見に行ったらそこにエントとドライアドが居た。エントはドライアドの友達の様だから問題なければそのまま使おうと思うんだがどうすれば良い?」

「それはギルドマスターに聞いてみないと分かりませんね。少し話をしに行きましょうか。」


そして部屋に入るとティオネは仕事を終えた所で書類を整理していた。

後はそれを種類ごとにまとめて保管するだけだ。


「ギルドマスター。少し相談があるのですが。」

「言ってみなさい。」


ミリは先程聞いた話をティオネにも伝え判断を仰いだ。

しかし、ティオネも前例のない事に首を捻り困った表情を浮かべる。

場所も町の細い裏道を進んだ先にあるため移動も難しいだろう。

もし無理にすれば周りにそれなりの被害が出る。

主に屋根が幹にぶつかって壊れたり窓が割れたりである。


「しかし、精霊が守るエントに手は出せません。チヒロの仲間にも強い力を持つドライアドが居ましたからね。機嫌を損ねるとこの街は終わりです。仕方ありません。先方にはこちらから説明をしておきます。ギルドの責任でしばらく様子を見ましょう。」


実際はオリジンも居るのでその怒りに触れればこの街はダンジョンごと跡形もなく消え去るだろう。

そうなればこの国は最大の採掘場を失い大きな痛手を受ける事になる。

ティオネは知らない内にこの国を救う選択を取っていた。


「ありがとうございます。それじゃあ俺はもう一度あの家に行ってきます。その後で一緒に王都へ向かいましょう。」

「はい。」


ティオネはそう言われた時に大きく胸が高鳴るのを感じる。

それと同時に浮かべた笑顔は夕日よりも眩しく、輝いて見えた。

チヒロもそれは見ていたが自分の顔が赤くなった事を自覚して急いで部屋を出て行く。

それを名残惜しそうに見送るティオネを見て間に居たミリは溜息を吐いた。


(私はなんでここに居るんだろ。これだと完全に背景だよね。)


そんな心の声は誰に届く事も無く消えていき、彼女も仕事に戻って行った。

まずは持ち主に連絡しギルマスから説明を行ってもらう。

その後にお金を渡して契約完了だ。


そして、チヒロはまず、午前中に知り合ったドワーフの職人に声を掛けた。


「すまないが少し来てくれないか?仕事を依頼したいんだが。」

「何だ兄ちゃん、また来たのか。すまないが今日の仕事は終了だ。これから酒を飲みに行く所なんだよ。」


そう言って職人は畳まれた前掛けを指差し、既に集まっていた他の仲間に視線を向ける。

するとチヒロはアイテムボックスから手付金代わりの酒を取り出した。


「これでもう少し頑張ってくれないか?」

「何だこりゃ。見た事ない酒だな。」


そう言って彼は遠慮なく蓋を開けるとそれを一口だけ口に入れた。


「・・・・・。」

「どうしたデイル。早く行こう・・・。」

「な、なんだこの芳醇な香りは!」

「おいデイルお前、何を貰ったんだ!」

「俺にも飲ませろ!」


デイルと言われた職人はまるで魂を抜かれた様にそな場で立ち竦み、酒を奪われた事にも気づかない有様だ。

しかし、それは他の者達も同じのようで、一口飲むとその場で動かなくなり最後には5人全員がその場に立ち尽くした。


すると、最初に呑んだデイルが意識を取り戻したが、手を見て何も持っていないのに気が付くと周りを見回して酒の瓶を探し始めた。

そして、発見したは良いがそこには既に酒は残っておらず、デイルは目を吊り上げて声を上げた。


「お前ら~俺の酒を~!」

「待て、欲しいなら追加を渡そう。しかし、今から家の確認だけはしてくれ。」

「ホントか!!それなら俺達に任せておきな!今からすぐに向かうぞ!」


そう言ってデイルは容赦なく残りの4人に拳を落として正気に戻していく。

どうやら5人揃って付いてくるようだ。

酒は交渉の道具として大量に持ってきている。

これもユウを真似しておいた結果だが、その有効性にチヒロ自身も内心で驚いていた。


(物で動いてくれると本当に楽だな。交渉が要らないのが一番のメリットか。)


そして家に着くと彼らはその様子に納得した表情を浮かべた。

しかし、ドライアドが出て来るとその顔が驚愕に染まり動きを止める。

しかも彼らには既にその木が何であるかも分かってしまった。

その為どうしても緊張により額からは汗が流れ出し警戒で体に力が入る。

そんな彼らにチヒロは「大丈夫だ」と声を掛けるとドライアドに歩み寄った。


「職人を連れて来たから彼らの指示に従って家から出てくれ。デイル達も悪いが家の状態を確認してくれないか。」

「ええ、分かったわ。」

「任せろ。お前ら、気を抜くんじゃねえぞ!」

「「「了解!」」」

「それで、家はどこまで壊して良いんだ?」

「出来れば最小限が良いが、必要ならそちらに全て任せる。家が倒壊しない範囲で壊してくれ。」

「それなら余裕だぜ。お前ら、すぐに取り掛かるぞ!」

「「「オー!」」」


そして、家の壁や窓が取り外され床板なども剥がされていく。

その早さは流石プロの職人だけはあり、技術だけでなくスキルも巧みに使用している。


「よし、道が出来たぞ。移動しても大丈夫だ。」


作業はつつがなく進行し、僅か30分程度で道が出来上がる。

するとその声に従う様にエントはゆっくりと根を動かして家の中から体を移動させた。

そして、軋みを上げながらゆっくりと幹をまっすぐに伸ばすと赤い夕陽を一身に浴びて嬉しそうに枝を揺らす。

するとそんな彼らにドライアドはリンゴの様な木の実を差し出した。


「ありがとね。これはお礼よ。」

「これは大地の恵みか。ありがたく貰っておく。」

「大地の恵みってなんだ?」


チヒロは初めて聞く言葉に首を傾げてデイルに問いかけた。


「これはエントが稀に実らせる希少な果実だ。食べると一生病気にならないと言われている。まあ、魔法で殆どの病は治せるからあまり貴重には思われてないけどな。でも美味いから市場に出る事は殆どない代物だ。貰った奴は自分で食っちまうからな。」


彼らは受け取った大地の恵みを収納すると今度は家の状態を確認し始めた。

そしてそれが終わるとチヒロの前に戻り状態の説明をはじめる。


「ここはかなり修復が必要だな。穴が開いてたから床も腐ってるし雨漏りもある。柱も虫に食われて怪しいのが何本かありそうだ。」


デイルは髭を撫でながら問題点を挙げていく。

そうなると、すぐにでも住めるようにしたいチヒロにとってはあまり良い返事とは言えない。

しかし、危険な家に住まわせる訳にもいかず、表情は自然と曇って行った。


「まあ、急げば明日の朝までには終わるだろうが報酬は弾んでもらうぜ。」

「本当か?」

「ああ、そのかわり俺だけじゃなくコイツ等にも報酬を頼む。」

「いくらくらいだ?」


チヒロはここの相場を知らないので素直に問いかけた。

すると5人は揃って髭を撫でながらニヤリと笑うと何かを飲み干すジェスチャーをする。


「俺達の追加報酬って言えば酒しかないだろ。さっきの酒を一人3本でどうだ。」


その言葉を聞いてチヒロも口元を上げて笑うと楽しそうに頷いた。


「それで頼む。追加で摘まみも付けようじゃないか。」

「商談成立だな。それじゃあ俺達はこれから作業に入る。明日の朝にでも様子を見に来てくれ。」


そして互いに握手を交わすと互いに笑顔のまま別れて行った。

チヒロもそろそろ戻らなければパーティーに遅れてしまう。

しかも、今日はティオネを家まで案内しなければならない。

十分な時間の余裕を持って向かった方が良いだろう。

既に太陽は沈み始めているが時刻は5時になったばかりだ。

7時までに到着すればいいので十分な時間の余裕がある。

なにせ通常なら帰るのに使う時間は1時間ほどだ。

急がなくても大丈夫だろう。

そんな事を考えながらチヒロは逸る気持ちのままにティオネの許へと向かって行った。

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