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206 100階層ダンジョン ⑭

時は朝まで逆戻る。

ユウと分れたチヒロ、フウカ、ミズキはギルドでティオネと向かい合っていた。

3人は後ろに手を回し肩幅に足を開いて背筋を伸ばしてながら真剣な顔を向けている。

それに対しティオネは少し頬を赤くしながらも同じ様に真剣な表情を返していた。

本人としてはいつもの様に涼しい顔で対応しようとしているつもりだが、どうしても自分をコントロール出来ないでいる。

そんな初めての経験を体感しながら彼女は話を進め始めた。


「それで、今日から仕事を受けてくれるのですね。」

「そのつもりです。それで誰から指導すれば良いですか?」

「それに関してはこちらで既にリストを作っています。」


そう言って彼女はリストを取り出してそれをチヒロに手渡した。

それに目を通すとそこにはレベル10の新人からレベル40ほどの中堅冒険者が書かれている。

どうやら、この街ではランクE程度の冒険者でもダンジョンに入る許可を出している様だ。

ギルドの規定ではランクDからなのでこれはこのダンジョンだけのルールなのかもしれない。


「やけにレベルの低い者もダンジョンに入れているのですね。」

「それに関しては理由があります。この国の地表にはゴブリンやコボルトが殆どいません。それはその殆どがワームによって食べられてしまうからです。そして、ダンジョン内に関して低層ではワームが現れにくい傾向があります。そのため外で戦うよりもダンジョン内の方が安全なのです。」


この説明に3人も土地柄と言う事かと納得を示した。

地域が変われば条件も変わる。

若い命を守るための処置ならば仕方ないだろう。

しかし、もし命を安く扱う傾向からこの様な事をしているのなら、別の行動に移らなければならない所だった。

彼らもアキトと同じく人を救いたいという強い思いを持って今の職に就いているのでそれは個人の感情よりも優先される。

チヒロも最終的には涙を流そうと最後は引き金を引くだろう。

それがまだ若く未来のある多くの命の為なら尚の事だ。


「そう言う事ですか。それなら指導する者はこちらで分担しても問題ありませんか?」

「そこはお任せします。私はまだあなたの事をあまり知りませんので。」


するとチヒロの後ろにいたフウカとミズキが自分の顔を指差して自分達もいますよと無言のジェスチャーを送る。

それを見て自分の失言に気付いたティオネは急いで言い直した。


「すみません。あなた方でしたね。それではよろしくお願いします。彼らは事件直後と言う事でダンジョンには入っていません。すぐに招集に応じるでしょう。」


その後、チヒロたちは1階に下りるとそこで冒険者が集まるのを待った。

恐らくギルド証に付いている機能を使ったのだろう。

ギルド証となっているカードにはギルドからの呼び出しを伝える機能がある。

遠くの者は無理だが町の中に居るなら十分に圏内と言える。

そして待っている間にチヒロは周囲を見回し掲示物やスタッフの仕事などを見て観察を行っていた。

そして一番最初に目についたのは依頼が張られた掲示板だ。

彼はそこに行くとそれらを見て唸り声を上げた。


「この張り方は良くないな。」


そこにはランクもバラバラで適当に張られた依頼書が並んでいた。

そのためレベルの低い者は自然とレベルの高い者に押しのけられている姿が目についた。

それに左右を見れば巨大ダンジョンのギルドだけあって十分なスペースがある。

仕事には含まれていないがここは提案をしようと動き出した。


「チヒロ、燃えてるわね。」

「あれは本気で落とすつもりね。」


チヒロにそのつもりは無いがそれが天然と言う者だろう。

彼は受付に行くとユウと顔見知りであるミリに声を掛けた。


「すまないが少し相談したい事があるんだが。」

「あ、はい。あら、あなたは先程ユウさんと一緒に来られた方ですね。」

「そうです。チヒロと言いますが少しあちらの掲示板について相談があります。」

「なんでしょうか?それと敬語は不要ですよ。」

「わかった。・・・先程から見ていたがあれではレベルの高い者と低い者で混雑しケガ人が出る可能性がある。スペースは余っているのだからそこを使ってランクごとの掲示板を設置してはどうだ。」


するとチヒロの言葉にミリは頷いてすぐに動いてくれた。

ティオネに話を通し、タキに相談し即席の掲示板を作成する。

解体を仕事とするだけあり、彼は手先が器用でチヒロと共に元々あった掲示板と遜色ない出来の掲示板を5個作り上げた。

その上にはA~Eの文字が刻印され最初に使われていた物にもFが刻印された。

それを壁に固定すると依頼書も整理され新たに掲示される。

それを見て依頼を見に来ていた冒険者は安心した顔で掲示板を見始めた。


実際に今までも怪我人は沢山出ている。

レベルは見た目では分からないのでもちろん喧嘩も起きる。

ギルド側は自己責任と言う事で放置していたがこの時から喧嘩と怪我人が激減した。

冒険者たちからの評判も良くなり気を使わなくてよくなったと好評である。

そして、次に目を向けたのは受付の仕事であった。


今はそれぞれのスタッフが依頼者からの仕事を紙に書き込んでいるが書き方が何通りもある。

これでは処理に時間が掛かってしまい見落としも発生する可能性もあった。

その為チヒロは張り出されている依頼書から必要な項目を全て集め、それで新しい依頼書のひな型を作成する。

それをティオネの許に持ち込んで提案を持ちかけた。


「この書式で書類を統一すれば仕事が楽になるはずだ。」

「しかし、個人で書いていると書き漏らしなどが発生して今までと変わらないと思いますが。」

「そこを解消するために木版印刷を導入する。試しに作ってみたいから誰か木の加工を得意とする職人を紹介してくれ。」

「分かりました。タキに案内させましょう。」


タキは解体を仕事としている為、職人との繋がりも多い。

卸先として付き合いも深く町中で懇意にしている職人が何人も居た。


そしてタキの案内で職人の許に行き依頼するとまるで現代工作機で作った様に綺麗な判子型の木版が出来た。

試しに使ってみると驚く程出来が良い。

その後、朱肉も作ったチヒロはそれを持ってティオネの所まで戻った。


「これを使えばだれでも簡単に同じ書類を複製できる。もし、他にも統一したい書類があれば同じ方法で可能になるぞ。」

「凄い。こんな便利な物があるなんて。これで私の仕事もかなり楽になります。これは総本部に報告しなければなりませんね。」


この時点でチヒロの株は一気に高騰した。

しかし、その働きを知るのは彼女だけでは無かった事がこの後の進展に大きく関わって来る。


一仕事終えて一階に戻るとチヒロはギルド員たちから好意的に対応をされる。

お礼と称してお茶が出され、お昼前には食事を共にするスタッフまで居た。

その殆どが女性職員であった事にチヒロは気付いていなかい。

彼は良くも悪くも一途な男だった。


その頃のティオネは執務を順調にこなし、食事を取ろうと一階の食堂に向かっていた。

既にフウカとミズキは集まって来た冒険者を連れて指導のためにダンジョンに向かったと報告を受けていた。

チヒロは先程までギルドの仕事を改善してくれていたので最後に集まって来る予定の新人を担当するためこのギルドに残っている。

その為、一人で食事をしているかもと思い声を掛けに下りたのだ。


「もしかすると二人でランチが食べれるかも。フフフ~ン。」


そして下りた先ではチヒロは確かに昼食を食べていた。

しかし、その左右は女性に囲まれ、距離もかなり近い。

それを陰から見ていたティオネは掴んだ壁を無意識に握りつぶしていた。

それを目撃したのは偶然に通りかかったミリだ。

彼女は見てはいけない物を見たと思い即座に逃走を決意した。

そして背中を向けて去ろうとすると目の前にはティオネが立っていた。


「え?ギルマスはあそこに・・・。」


そして先程までティオネが居たはずの場所には握り潰された壁があるだけだ。

視線を戻したミリは死んだ目を向けるとティオネに促されて無言でその後を付いて行った。

そして執務室に入ると尋問・・・ゴホン!質問が始まった。


「あれはどういう事でしょうか?」

「あ、その。みんなチヒロさんの事が気に入ったみたいで・・・『バキ』ヒイ~~~。」

「私の前だからといって気にする事はありません。本当の事を言いなさい。」


ティオネは手元にあった黒鉄製のペーパーウエイトを握り砕くと、もう一度だけミリにチャンスを与える。

実際に素手で握り潰せる物ではないのだが、この時の彼女は完全に正常な判断を失っていた。


「は、はひ。実は仕事が出来て強くて顔も良いチヒロさんに未婚の女性職員がアタックを掛けているんです!」


ミリは体中に冷汗を掻きながら先ほど裏で話していた内容をティオネに話した。

脳筋の冒険者が多い中で顔だけでなく仕事や気配りが出来るならそれはさぞ評価が高いだろう。

確実にこの時のチヒロは彼女たちからは光輝く金の鶏に見えたはずだ。

しかしティオネは自分の事で一杯一杯でそこまでは頭が回っていなかった。


「そうですか。よく話してくれましたね。」

「はい、それでは私はそろそろ。・・・ヒ!」


そして退出しようとしたミリの肩ががっしりと後ろから掴まれてしまう。

それに対しミリは短い悲鳴を上げると涙目で後ろに視線を戻した。


「誰が戻っていいと言いましたか。今度は少し相談に乗りなさい。」

「あ、あの・・・。」

「命令です。」

「・・・はい。」


ミリはその狂気すら感じそうな目に敗北して首を縦に振る事しか出来ない。

それにミリ自身も愛する者との結婚を目前に控えている。

幾つもの意味でここで首を横に振る訳にはいかなかった。


(恋は人を変えるって言うけどこれじゃあ別人じゃない。助けてタキ~。)


その後のミリは相談を受けて仕方なく幾つかのアドバイスをする事にした。

まずは一緒に歩く時の位置取りについてである。


「歩く時はまず、道の中央側を歩いてください。」

「まあ、当然ですね。中央側は馬車も走りますから町に慣れてないと危険でしょう。」

「・・・。」


その瞬間、ミリは内心で頭を抱えた。

どうやら、この人は本当にデートすらした事が無い様だ。

それに恐らく彼女の人生はずっと守る側であって、守られる側ではなかったのだろう。

しかし、ミリは諦める事なくチヒロに希望を託しレクチャーを続けた。


「まあ、その時が来れば私が言った事が分かってもらえると思います。それと町から出たら天歩は使えない事にしてください。」

「どうしてですか。そんな事をしたら、こんな事も出来ないのかと思われてしまうではないですか!?」

「良いからそうしてください!その方が絶対に良いですから!」


ミリは半分諦めて上司であるティオネにゴリ押しする。

普段ならこんな事は言わないが半日ほどチヒロを見ていて女の勘が囁いていた。

まさにスキルを持っていなくても働くこの能力は女の秘密兵器と言える。

その勘の通りならチヒロも少なからず、この仕事は出来るのに恋愛に関しては不器用でどうしようもない上司を意識している。

それなら恋愛経験が豊富な他の女性職員よりも互いに意識しているこちらに味方したくなると言うものだ。

そして、これも先ほどと同様に後の事はチヒロに託して次の話に入った。

女の勘が働こうと相手がチキンであった場合はどんな事をしても意味がない。

最後に物を言うのは男の勇気と根性である。


「そして、王都に到着したら腕を組んで町を歩いてください。出来れば露店で思い出の品を買うのがベストです。」

「ちょっと待って!腕を組むってどういう事。移動中に怪我でもするの?」

「もう、組めば分かりますよ!それと思い出の品はちゃんと買ってもらってくださいね!」


ミリも既にこの上司に付き合うのに疲れて来たようだ。

ここまで意識しているのにどうしてこんな返答が返って来るのか理解できない。


(でも、これだけ言っておいて何だけど不安になって来たわね。)


そして、不安に思っているとティオネは理解はしてないのだろうが一応は頷いて了承した。


「わ、分かったわ。今はあなたを信じてそうしてみるわね。今日はありがとう。仕事を終わらせないといけないからあなたも仕事に戻っても良いわよ。」

「そうさせてもらいます。」


そして互いに夜に向けて仕事をハイスピードで片づけるのであった。


そしてその頃のチヒロは集まって来た新人冒険者と共に裏の訓練場で訓練を行っていた。

全員が先日ユウから助けられた者ばかりで冒険者として心が折れかけている。

ここに集まったのもギルドからの招集があったからだ。

これに逆らうとペナルティーや除名処分まであり得る。

そのため引き籠りたい気持ちを奮い立たせて彼らはここに集まっていた。


「それで、強制召集の理由は何なんだ?」


当然、来てみれば待っていたのはチヒロ一人だ。

そして訓練場に連れて来られてこうして理由も告げられずに向かい合っている。

実の所を言えば彼らの面倒を見るのが最も大変だろう。

フウカとミズキがそれぞれ連れて行ったメンバーは自分達よりも遥かに高いレベルの者が指導してくれるとあって喜んでダンジョンに向かって行った。

しかし、彼らは違う。

まだ若く、冒険者以外にも働こうと思えば少なくない働き口がある。

その為まずは彼らを奮い立たせる所から始めなくてはならなかった。


「まず言っておく。俺の仲間が頑張ってくれたおかげでこの街と王都から今回の件に関わっていた犯人達は一掃された。」

「それは本当か?」

「本当だ。お前らも助けてもらったなら知っているだろう。」


すると集まっていた者たちからどよめきが生まれてチヒロに視線が集まる。

そして、一人の少女がチヒロに問いかけた。


「なら、あなたは私を助けてくれた人が何処に居るか知っていますか?」

「君は?」

「私はエリンって言います。その、暗がりに連れ込まれていた所を助けてもらって・・・、あの、お礼が言いたくて。あの時は碌に言えなかったから。」


しかし、チヒロはその問いに首を横に振り答える。

するとそれを見てエリンは逆上し声を荒げた。


「どうしてですか!?私はお礼が言いたいだけなのに!」

「落ち着け。」


しかし、それに対しチヒロは冷静に声を掛けた。

それを見てエリンは自分の行動に気付き口を閉じて次の言葉を待つ。


「俺達のルールで住んでいる所や連絡先は個人情報として教えられない事になっている。もし、話をしたいなら俺から伝えておこう。朝か夕方なら時間があるはずだから都合を付けて俺が会えるように仲介をしよう。それでも不服か?」

「いえ、そう言う事ならお願いします。先程は勘違いしてすみません。」


エリンはチヒロの説明に納得すると素直に謝罪の言葉と共に頭を下げた。

一瞬、感情的な人間かと勘違いしたが、それ程に恩を感じていたのだろう。

チヒロはそう判断して次の話に入った。


「それでは俺のランクを教えておく。」


そして、今度はギルド証を取り出すとそれを全員に見える様に胸の高さに掲げる。

彼らはそれを見て驚愕し、いたる所から声が上がった。


「マジかあれ。SSって書いてあるぞ。」

「じゃあこの人はドラゴンよりも強いのか!?」

「そんな訳あるか。奴らは国すら亡ぼすんだぞ。」

「じゃあ、もしかして・・・。」


チヒロは周りの会話に合わせて再び声を掛けた。

その言葉を逃すまいと周りは一斉に口を閉じてチヒロの話に耳を傾ける。


「言っておくが俺達のメンバーはその殆どがレベル80を超えている。当然その全てのメンバーがランクSSだ。今は他に2名ほど俺と同じように指導に当たっている。今回、君たちは大変な目にあったが、そのおかげでギルドから選抜され、俺達の特別訓練を受ける権利を得た。当然、受ける権利と同時に断る権利もある。それは自分達で選んでほしい。受けたくない者は今すぐ退場してくれ。」


しかし、彼らの誰も背中を向けて歩き出す事はなかった。

来た時とは違い、その目には強い意志の炎が灯りやる気に満ち溢れている。

そしてこの時、チヒロはあえて彼らの間違いを正そうとはしなかった。

新人冒険者たちはこちらを勇者のパーティメンバーだと思っている様だが自分達は単純に実力でこのランクに至っただけである。

そして、彼ら冒険者の中には子供の頃から勇者の物語を聞いてそれに憧れを持っている者が多いと知っていた。

そのため、あえて誤解を解くことはせず、士気の向上に利用したのだ。

しかし、その勘違いが真実なのだがチヒロはその事を知らなかった。


「よし、やる気が出て来た所で今日の訓練に入る。お前らは10人だからまずは2組に分かれてパーティを組んでくれ。その後は俺と模擬戦を行う。明日からは前半はダンジョン、後半は今日と同じように模擬戦だ。目標はお前達が上位の冒険者になる事。諦めず一緒に頑張ろう。」

「「「「はい。よろしくお願いします。」」」」


そして、チヒロはこれからの訓練のために集団戦闘や教育に使えるスキル。

指揮、指導、鼓舞などのスキルを取得して訓練を開始した。

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