205 100階層ダンジョン ⑬
日が沈み始め、家の中ではいい匂いが漂って来る。
解体はトキミさんの協力もあり無事に終える事が出来た。
彼女は昔に熊や猪、鰐に鮫と色々と解体して食べた事があるそうだ。
何をやってるんだと言いたいがゲンさん達も蛇を生で食べるので神楽坂家はそういう家系なのかもしれない。
アスカに聞くと「断固違います!」と言われたがその真相は定かではない。
そして招待客を待っていると最初に現れたのはクラウド達だった。
当然、案内はアキに任せて席に誘導してもらう。
最初は嫌がっていたが他の皆にはお風呂に入ってもらい彼女だけを残してもらっている。
俺は料理の設置を手伝い彼女だけを暇にして無理やり役割を押し付けた。
それでも本当に嫌なら断っただろうが彼女はそれほど時間を置かずに自分から折れて案内を引き受けてくれた。
もちろん、席も隣同士にしているので少しは会話をするだろう。
それ以外にも手は打っているがそれは後のお楽しみだ。
そして、最後に現れたのはギルマスのティオネだ。
彼女にはチヒロをエスコートとして向かわせておいた。
彼は仕事上で要人警護の経験もあるそうだ。
そのためギルドからここまで案内するのには最適な人材と言える。
その効果は彼女の顔を見れば一目瞭然だ。
朝に会った時は気になっている程度の視線が、今では恋する乙女の様だ。
しかも到着した時には腕まで組んでいたので少しは進展したのだろう。
まるであそこだけは春の様に周りに花が咲いている様に見える。
(いっその事、精霊力を開放してあの二人の周りに花でも咲かせるか?)
『あの二人に関しては要らない事は控えた方が良いと思いますよ。』
確かに、あの二人は俺が何もしなくても上手くいきそうだ。
チヒロは更にレベルが上がり既に80を越えている。
しかも冒険者の育成が成功すればその能力も証明され、見た目と優しさは文句の付けようがない。
恐らく、あちらは既に時間の問題だろうからチヒロが糸の催促に来る日も近そうだ。
しかし問題はクラウドとアキの方だ。
あちらは一向に進展が無く、二人とも大人しく椅子に座りって大好きな酒にすら口を付けていない。
これは少しテコ入れが必要そうなのでクラウドの横に座ると1つの酒を置いた。
「・・・こ!これはまさか!」
「ああ、クラウドが以前から飲みたがっていたポーランドが原産地のウォッカ。スピリタスだ。」
「あのアルコール度数96パーセントの酒か!」
「そうだ。」
この酒は世界で最もアルコール度数の高い酒と言われ、日本では第4種危険物に含まれる。
そのためガソリンと同じく厳重な管理が必要とされ、タバコの火でも引火するそうだ。
ここに来る前にデパートの酒店で偶然見つけて大量購入しておいた。
クラウドもこれなら我慢が出来ないだろう。
「クラウドどうしたの?」
するとクラウドの様子に気付いてアキも会話に加わって来た。
そして、アキに対してクラウドはスピリタスについて語り始め、彼女は薄く笑みを作ってそれを聞いている。
少し良い雰囲気だが俺はそっと二つのグラスをクラウドとアキの前に置いた。
「話してても味は分からないぞ。まずは飲んでみたらどうだ。」
「そうだな。アキも一緒に飲もう。」
「それじゃあ頂くわね。」
二人は互いのグラスに酒を注ぎ合いアキはゆっくりと、クラウドは一気に喉へと流し込んだ。
「効くわね、これ!」
「うお~!口から火が出そうだぜ~!」
そして、酒が入った事でそれが潤滑剤となり、会話が弾みだした。
その時点で俺はその場を離れ次の準備をするためにその場を離れる。
酒が入っている為か二人の会話はかなり声が大きい。
少し離れても十分に聞こえて来る。
どうやら話はクラウドが王の任期を終えた辺りの様だ。
「クラウドは国を出て何をしてたの?」
「しばらく鍛冶をしてたがちょっと腹が立つ事があってな。しばらく鎚を置いた時期があった。」
「私は貴方が居なくなって寂しかったわ。この街にはあまり知り合いが居なかったから。仕事の付き合いだけじゃあなかなか親しい友達も出来なかったし・・・。ねえ。」
「なんだ?」
「どうして誘ってくれなかったの?」
「・・・あの時はお前の店も人気が出始めてたから声が掛けずらかった。それに当てのない旅にお前を巻き込みたくなかったんだ。」
「それでも・・・私は貴方と一緒に居たかったわ。」
そして二人は視線を交わすがそこに二人の邪魔者が現れた。
その二人とはもちろんソルダスとグルエドだ。
二人はクラウドの飲んでいた酒を奪うと一気に飲み干し始めた。
「これはキツイ酒だな。」
「二人とも顔が赤いがどうしたのだ。少し夜風にでも当たって来たらどうだ。」
「そうね、行きましょうかクラウド。」
「そうだな。」
アキは少し冷たい視線を二人に送るが当の二人はニヤニヤ笑ってその背中を見送っている。
クラウドもいつもと違う二人の態度に疑問が浮かぶがアキに手を引かれている為そのまま畑のある裏庭まで向かって行った。
そこは今ではアリシアとジェネミーによってライシアが並び、ワインの葡萄畑の様になっている。
クラウドとアキは畑の前にあるベンチに腰を降ろすと、冬の綺麗な空を見上げて溜息をついた。
「そう言えば呪いを受けたと聞いたがもう良いのか?」
「ええ、一応はユウが薬で助けてくれたわ。かなり酷い目にはあったけど今は平気よ。」
その酷い目の中に秘薬を飲んだ事も含まれているが、敢えてそこは話さない様だ。
クラウドもその事は知らない為、呪いで酷い目にあったと誤解をしている。
「それと、ありがとうね。今でも気に掛けてくれて。あなたがユウに紹介をしてなかったら私は死んでたから。」
「いや、俺にはそんな事しか出来ていない。本当は・・・、本当は俺の手でお前を助けたかった。俺がもっと素直になって、お前の傍にいる事を選んでいれば。」
「それってどういう意味で・・・。」
しかし、途中でアキの言葉が止まる。
そして胸を押さえるとベンチから転げ落ちてその場で苦しみ始めた。
「どうしたアキ!?」
「胸が・・痛い・・!」
既に声を出すのも辛いのか悲鳴すら掠れて消えてしまいそうだ。
しかし、その元凶はクラウドのすぐ傍から怨嗟の声と共に現れた。
『死ね、死ね、死ね、死ねーーー!俺はこの国一番の裁縫師だ!俺よりも優秀な貴様は必要ない!』
「クラウド苦しい・・・助け・・て・・!」
「このゴーストが原因か!そう言えばユウが既に犯人は始末したと言っていたな!アキ、もう少しだけ待ってろよ。今度こそ俺がお前を助けてやるからな!」
クラウドは立ち上がるとその手にハルバードを取り出し目を吊り上げた。
それはまさに憎しみ以外の感情が希薄となったゴーストさえも怯えさせて引かせ、強烈な感情を周囲に充満させた。
「俺の女に手を出してんじゃねえ!」
『き、貴様も死ねーーー!』
「消えてなくなれこのドカスがーーー!」
そしてクラウドは叫びと共にハルバードでゴーストを切り裂いた。
元々が低レベルだった為それだけで完全に消滅してしまい呆気ない幕切れとなる。
しかし、呪いをは既に掛けられている。
ゴーストを倒しても解決するのは元凶が消えたという事だけなのでアキは今も呪いに苦しみ、胸を押さえて蹲っている。
クラウドは迅速な判断を下し、アキを抱き上げて家に向かおうとした。
この家には呪いを解く事の出来る者が何人も居るからだ。
自分でどうにかしたいだろうがその為の能力が自分にはない事も理解できているようだ。
「クラウド!これを飲ませろ!」
その時、タイミングよく俺は秘薬をクラウドに投げ渡した。
これでクラウドは先程のアキの言葉にあった薬という言葉が頭を過っただろう。
「これが呪いを解いた薬か?」
「そうだ。飲ませてやれば呪いが解ける。早く飲まさないとアキが死ぬぞ。」
クラウドは死という言葉に恐怖を感じて急いで飲まそうと瓶を口に近づけた。
しかし、その口はキツク閉ざされ薬を飲める状態ではない。
「緊急時だ。口移しで無理やり飲ませろ。」
「・・・分かった。」
しかし、クラウドは口元にある髭に触れると顔を顰めた。
緊急時だがこんな者があっては確実に邪魔になる。
ドワーフにとっては大事な物だが今の彼にとって目の前の彼女を救う事はそれよりも大事な事のようだ。
クラウドはナイフを取り出すと自分の手で髭を剃り、口元を晒した。
そして秘薬を口に含むとそのままアキの口に無理やり流し込むように送り込んだ。
するとアキの表情が次第に緩み胸を押さえていた手が緩んでいく。
そして完全に呪いが解けるとアキは赤い顔でクラウドを見詰めた。
「今度はちゃんと助けてくれたわね。」
「ああ・・・ああ!良かったアキ!」
クラウドは目から涙を流しながらアキの体を強く抱きしめた。
アキもそんなクラウドの背中に手を回し、優しく抱きしめ返す。
俺はそんな二人を置いて家に入って行った。
しばらくは二人だけにしてやった方が良いだろうという優しさだ。
「クラウド、さっきの事って本当?」
「さっき?」
「その・・・俺の女って言ってた事。」
クラウドはアキの言葉に一瞬固まるが、互いに見つめ合う態勢に変えて言葉を返した。
「俺は本気だ。村にいた頃から俺はお前が好きだった。旅に誘わなかったのは辛い旅にお前を巻き込みたくなかったからだ。でも、今はその時の判断を後悔している。だからアキが良いならこの後に城へ来てくれないか?」
「私もずっとあなたと一緒が良い。タダの村娘だけどあなたの隣に置いてくれますか?」
「当然だ。それなら今からソルダスとグルエドを説得しよう。そうすれば・・・。」
「その必要はないぞ。」
「俺達は既に知ってるからな。」
そう言って二人は家の入口から顔を出した。
そしてクラウド達の前に来ると笑顔を浮かべる。
「お前の覚悟は見せてもらった。この国の宰相としてその女性を婚約者と認めよう。」
「話を聞いた限りだとレベルも70を超えてるらしいな。これなら安心してクラウドを任せられる。俺も将軍としてお前たちの婚約を認めるぞ。これはお披露目が楽しみだぜ。」
そして、ようやく冷静になり始めたクラウドはある事に思い至った。
(さっきは薬を渡して来たがアイツなら呪いを簡単に解く事が出来たはずだ。)
焦っていたクラウドは言われるままに口移しで薬を飲ませたがその全てが仕組まれていた事に気が付いた。
「もしかして、俺はハメられたのか?」
「そうとも言うな。」
「ほらよ、ユウから預かってた糸だ。これがあれば最高のドレスが作れるって聞いたぞ。結婚祝いだってよ。」
「ありがとうございます。後で彼にもお礼を言っておきますね。」
そして思いが叶ったアキはクラウドとは反対にホクホク顔だ。
そこには夕方までの沈んだ表情は無く、夜だというのにそこだけ日が差しているかの様に輝いて見える。
アキはクラウドを立たせると今度は自分から口づけをして驚かせた。
「フフ、今のが誓いのキスよ。これからもよろしくね。」
「あ、ああ。そうだな。(たまには騙されるのも良いかもしれないな。)」
そしてその後、クラウドは俺に一度だけ拳骨を落としてアキと一緒に城へと帰って行った。
その後何があったかは二人だけの秘密だが、その日からアキの顔が以前よりも女らしくなっていた。




