203 100階層ダンジョン ⑪
朝になると俺はマップを確認し部屋を飛び出した。
そして、ある人物の前に辿り着くとキリスト教徒の様に片膝を付き一心に祈りを捧げた。
しかし、その突然の行動に祈られている人物は呆れ顔でこちらを見下ろして来る。
「何があったのか知らないけど気持ち悪いから止めとくれ。それに私は一応巫女なんだから祈るなら西洋じゃあなく東洋風にしな。最近の若い奴は宗教がごっちゃになってるから困るよ。」
俺が祈りを捧げているのは先見の巫女であるトキミさんだ。
昨日の夢が気になって急いで来たが焦りのあまり変な行動を取ってしまった。
俺は立ち上がると二礼二拍一礼に切り替えてやり直した。
「だからお止めって言ってるだろ。誰がやり直せって言った。それで、何の用だい。」
俺はその言葉で正気に戻り昨日の夢について説明した。
もしあの夢が予知夢なら俺は最後の戦いに参加できない。
そうなると多大な迷惑が掛かるのでその確認のために相談に来たのだ。
するとトキミさんは俺の真剣な顔を見て大笑いを始めた。
いや・・・これは大笑いではなく大爆笑と言っても良いだろう。
彼女は腹を抱えて転げ回り、最後には呼吸困難にでもなったのではと心配する程不規則な呼吸で苦しそうに地面に横たわっていた。
残念だが窒息は魔法ではどうにも出来ないので俺は見ている事しか出来ない。
そして、そのまましばらくするとトキミさんの動きは止まり涙の浮かぶ血走った目で俺を睨んできた。
そして、両手を伸ばすと俺の襟元を掴み力任せに引き寄せて顔を近づけて来る。
しかし、今にも再び笑いだしそうなその顔では全く怖くない。
しかも彼女は途中で動きを止めると再び地面を叩きながら笑い始めた。
「笑うのは良いですけど床を割らないでくださいよ。」
先程から大理石の床が大きく振動する程の打撃を叩き込んでいる。
石なので修復は難しくないが色の調整が面倒そうだ。
すると再び彼女は動きを止めて目元を拭きながら立ち上がりこちらに顔を向けた。
そして再び詰め寄り、俺の襟を掴むと前後に揺さぶり始める。
「アンタは朝から私を笑い殺したいのかい!」
「笑いは健康には必要な事らしいですよ。」
「ものには限度ってもんがあるんだよ。危うく三途の川を渡る所だったよ!」
とは言われても勝手に笑ったものをどうしろと言うんだ。
恐らくは歴代の巫女で死因が笑い何て者はいないだろうからある意味で歴史に名が残せるのではないだろうか。
「それよりも俺の話は聞いてましたか?」
「聞いてたから死に掛けたんだろうが!それとスキルの相談ならもっとまともな事で言ってきな。あまりの落差に一生分笑ったよ。」
「そんな大げさな。トキミさんは若返ったんですからよくて1週間分ですよ。」
「お黙り!・・・は~~~。」
そしてトキミさんは俺から手を放すと大きな深呼吸を行った。
どうやら今も酸欠が解消されていないようだ。
「これは溜息だからね。」
「何も言ってませんけど。」
「それよりもだよ。あんたの夢は唯の悪夢だよ。私は別のモノが見えてるからね。」
「別のモノ?何が見えてるんですか?」
「それは見てからのお楽しみだよ。知ると変わってしまう運命もある。ユウも気を付けるんだね。」
トキミさんはそう言うと朝食の準備が整ったテーブルへと向かって行った。
俺としては最後の敵が奴でないというだけで心は晴れ渡り最高の気分だ。
これで心置きなく最下層を目指せる。
その後俺達は美味しい朝食を食べて昨日言われた通りギルマスであるティオネの許へと向かった。
そして、町を歩いていると多くの視線が向けられた。
その殆どが女性陣に向いているが初日と違い不躾な視線は少ない様だ。
どうやら俺達の行動が周りに伝わっているらしい。
そして、特にテニスの存在が大きく彼女に気付いた多くの冒険者たちが自分から道を譲ってくれる。
見様によっては逃げ出しているとも取れる動きだがこちらも30人以上の集団なので道を進みやすくて助かる。
そして、無事にギルドに到着すると中に入り受付にいたミリに声を掛けた。
「おはようミリ。ギルマスはもう来てるか?」
「はい、いつもの部屋でお待ちです。」
俺達はそのままティオネの許に向かい階段を上って行った。
ここでは周りの冒険者からは好意的な視線を向けられたのでマキアス辺りが何かを言ったのかもしれない。
そしてノックをして部屋に入るとそこではティオネが机に座り執務を行っていた。
すると窓から朝日が差し込み昨日と違い後光が差している様に見える。
しかも銀の髪がその光を反射してとても美しい。
この瞬間を写真に撮ってネットの掲示板に張り出せばそれだけでカウントが稼げそうだ。
しかし、許可を取らない撮影はマナー違反になる。
それに俺はネットはしても掲示板やサイト運営はしていないので撮影しても無駄に終わるだろう。
俺の内部メモリーはホロや他の皆で埋めれば良い。
「言われた通り来ましたよ。」
「よく来たわね。それが全員かしら?」
ティオネは周りを見回し人数を確認しているようだ。
そして、手元のベルを鳴らすと少しして部屋にミリがやって来た。
風鈴の様に涼やかで小さな音だったのに外まで聞こえたと言う事は魔道具の一種なのだろう。
とても上品な人の呼び出し方だ。
「ミリ、この人たちからギルド証を預かってランクを上げる処理をしてあげて。」
「分かりました。」
「すまないがギルド証の無い者も居るから一緒に作ってもらっても良いか?」
その途端、ティオネの視線が俺に突き刺さる。
通常はダンジョンに入る際には許可証としてギルド証が必要になるからだ。
それ無しでどうやってダンジョンに入ったのかと言う事だろう。
「あの時は緊急事態だったから精霊に力を借りた。だからここにいる全員が参加しているのに間違いはない。レベルを確認すれば分かるだろ。」
ちなみにここにいるミサキ以外が全員レベル70を超えている。
レベル70の魔物をあれだけ倒したので当然だがこんな集団は他には居ないだろう。
「仕方ありませんね。それではギルド証は作っておきましょう。」
「助かる。それとこのミサキのランクは最低ランクのFで頼む。この子は身分証としてギルド証が欲しいだけだからな。それに今回戦闘には参加していない。レベルも15で抑えてある。」
「良識的な判断です。それではその子だけ普通通りに処理をしておきましょう。それにしても凄い顔ぶれですね。ここまで種族が入り乱れている集団は普通では考えられないでしょう。」
確かに人・魔物・獣人・霊獣・精霊・天使と大まかに分ければ全ての種族が揃っている。
こんなパーティは俺も見た事が無い。
まあ、精霊や霊獣が居る時点で普通でないのは確かだ。
「色々飛び回って出会いが多かったからな。それに半分はパーティと言うよりも俺の家族だ。しばらくは王都に滞在してるから何かあれば声を掛けてくれ。」
「そうさせてもらいます。それと幾つか依頼をしたいのだけど。」
そう言って彼女は依頼書の束を取り出した。
内容を見ればそれらがどういった物なのかがすぐに分かり、どうやら冒険者の育成に関する内容の様だ。
ガストロフ帝国の工作員が多くの冒険者を殺してしまっているので有事の際に戦える冒険者が激減してしまった。
その補填の為の対策と言った所だろう。
このダンジョンの場合、レベル30や40はあまり役に立たないのでどうしても高レベルな者が必要になって来るのだろう。
しかし、俺にはそんな事をしている時間はない。
その為に断ろうと思っていたのだが俺の後ろから幾つか声が上がった。
「隊長、私これを受けても良いですか?」
「私もやってみたいです。」
「俺もだ!」
そこで自衛隊組のフウカ、ミズキ、チヒロの手が上がる。
それを見てアキトはしばらく悩んだが最終的には頷いて許可を出した。
「言っておくが、仕事を受けても夜までには帰って来い。不測の事態の時には連絡を欠かすな。」
「「「了解。」」」
何やら背中に炎が見えそうな程に燃えている3人だがいったいどうしたのだろうか?
すると俺の横にヒムロが来て理由を教えてくれた。
「ユウと隊長がもうじき結婚するだろ。だからそれに感化されたんだよ。」
「そう言う事か。そう言えばヒムロは式を挙げないのか?」
「実はそれで頼みがあるんだが、あの糸を俺に売ってくれないか?シラヒメとクロヒメがドレス作りを羨ましそうに見てるんだよ。」
ヒムロはそう言って二人をチラリと見て俺に小さく手を合わせて来る。
すると二人は俺達に気付き期待の籠った目をこちらに向けて来た。
彼らにはいつも俺の家族を守ってもらっている。
任務だとは分かっているが今では良き友、良き隣人だ。
大量に在庫のある糸を抱え込んでいる意味は無いのでこのタイミングで放出する事にした。
「それならもっと早く言えば良いだろ。在庫は大量にあるからいつもの礼に譲ってやるよ。これで皆と一緒にドレスを作ってもらえ。それと製作費はしっかり自分で負担しろよ。」
「ああ、恩に着るぜ。」
俺はそう言ってヒムロに糸球を10個ほど渡しておいた。
そうなるとやはり他の3人を差別する訳にはいかない。
俺はチヒロたちにも声を掛けておいた。
「話は聞いたけどお前らも糸が必要だろ。」
「え、もしかしてくれるの?」
俺の言葉にフウカがいつもの様にお道化て返して来る。
しかし、今回はその言葉の通りなので俺は笑みを浮かべて軽く頷いた。
「いつも世話になってるからな。足りなかったら言ってくれ。」
俺はフウカとミズキにそれぞれ5つずつ糸球を渡しチヒロに視線を向けた。
先程の二人は女性なので自分の分があれば十分だろう。
しかし、チヒロの場合は何人になるか分からない。
渡すのは一旦保留にしておいた方が良さそうだ。
「チヒロはまだ分からないからな。渡すのは後にするよ。その都度で必要な数を言ってくれれば良いからな。それといつもみたいに遠慮はするなよ。」
「・・・ああ。」
チヒロの場合はこう言っておかないと遠慮して取りに来ないかもしれない。
女性にとっては一生に一度の晴着となるので妥協は許されないだろう。
しかし、それを見ていたティオネが何故か微妙な顔を向けて来る。
しかも何処となく話しかけて欲しそうな顔をしているので、どうしたのかと思い声を掛ける事にした。
「何か思う事でもあるのか?」
「別にそう言う訳ではありません。(ただ、少し羨ましいだけです。)」
最後は小声で聞き取れなかったが横からテニスが苦笑を浮かべながら理由を教えてくれた。
「ティオネは結婚した事がないの。理想が高くてそれに見合う相手が居ないのよ。」
「理想って凄い面食いなのか?」
「本人が言うには強くて仕事が出来て優しければ良いらしいけど、こっちにそんなパーフェクトな男って簡単に居ないのよ。ティオネもレベル60の猛者だから強い相手って脳筋ばかりになるでしょ。」
確かにそんな人間が居れば見てみたいな・・・。
しかし俺はフとある事に気が付いてチヒロに視線を向けた。
彼は強くて優しく、そして日本では隊を支える縁の下の力持ちだ。
当然、頭も良くて顔も良い。
そして、意識して見ると二人とも微妙に互いを意識している様に見える。
これは脈があるのではないだろうか?
それに今の彼女の見た目ならどこからお声が掛かるか分からない。
それとここには100階層を超える巨大ダンジョンが目の前にある。
まず無いとは思うが不測の事態が起きていつ命を落とすとも限らない。
ならば善は急げだ。
「テニス、ティオネを今夜の夕食に誘え。」
「え、良いけど・・・。ああ、そう言う事ね。分かったわ。」
どうやらテニスも二人の想いに気付いたようだ。
口元をニヤつかせながらかなり強引に食事に誘っている。
あれならティオネの方は任せても心配ないだろう。
そして、無事にティオネは今晩の夕食に参加する事が決まった。
それを俺はメノウに伝え、メノウもそれに応える様にウインクをして返してくれる。
今夜の夕飯は食べるのに少し苦労しそうだ。
そして、話をしているとミリが部屋に戻って来た。
その手には大きなトレイを持っており、その上には黒いカードが複数乗せられている。
どうやら俺達のギルド証の色は黒に変わったようだ。
2枚だけ色の違う物があるが、あれはミサキとアキのカードだろう。
俺達はそれぞれにカードを受け取るとランクを確認した。
するとそこにはランクSSの文字が書かれている。
これから推察するに俺達の強さはドラゴンが狩れる程と認識された様だ。
確かに今なら下級の龍なら個人で狩れそうな程にみんな強くなっている。
亜竜程度なら武器の関係もあって一捻りだろう。
「それがギルドがあなた達に下した評価です。」
「ちょっと待ってください。私は職人なのでこんな評価されても困ります。ランクDくらいに変えてください。」
そう言えばアキは褒賞を受け取りに来ただけだった。
見ればその手にあるカードは金色だ。
すなわちランクSのギルド証を渡されたのだろう
しかし彼女は戦いが苦手と言う事なのでこんな評価をされても迷惑でしかない。
何かあった時に強制招集で呼び出されても戦力にはなれないからだ。
しかし、ティオネはそんなアキに首を横に振った。
「ドワーフのレベル70はヒュームのそれとは違うのは分かるでしょう。これでも控え目にしているのですよ。」
「そんな~。」
アキは肩を落とすとガックリと項垂れた。
確かに一般人でレベル70の者は居ないだろう。
それにドワーフはヒュームに比べ遥かに体が頑強に出来ている
それは当然ドワーフであるアキにも言える事なので、何かの手段で識別しておく必要はある。
それが冒険者ギルドのランクSなら的確な判断かもしれない。
活動さえしなければ顔が売れる事は無いので心配も不要だろう。
「もし、何か不満があるならクラウド王に言いに行けば良いでしょう。」
確かにその通りだ。
アキは同じ村の出身で互いによく知る仲に見える。
クラウドはアキを紹介してくれたし彼女もクラウドの名を出すだけで俺を信じてくれた。
すなわち、二人の間にはそれほどの絆があるということだ。
しかし、ティオネの言葉にアキは反論を返した。
「こんな事でアイツに迷惑は掛けられないわよ!それにクラウドは王になったのよ。私の事なんてもう構ってる暇はないわ。」
そしてアキは大きな声を上げると渋々ギルド証をしまい込んだ。
その顔は先程までと違い落ち込んでおり、何かを気に掛けているのが分かる。
『ここにも恋の香りが。』
(今夜のご招待、1名追加。)
どのみちアキは今夜も家に泊るだろう。
帰ると言っても帰す気は無いので今日は存分に楽しんでもらおう。
クラウドの方は単純だから酒で釣ればすぐに来てくれる。
良くも悪くも我が家の立地は城から歩いて数分なので彼とはご近所さんだ。
ついでに他の二人も呼んで協力させよう。
その為の根回しなら俺は躊躇するつもりは無い。
そしてこの瞬間、如何なる手段を使おうとも時間を作る事にした。
「それじゃあ、褒賞をくれないか。少しでも時間が欲しい。」
「少し待ちなさい。あと一つ、あなたに依頼があります。」
ティオネはテーブルを開けるとそこからもう一枚の依頼書を出して俺に渡して来た。
どんな依頼かと思って見たらとても単純な依頼だった。
「最下層が何階まであるのか調べれば良いだけか?」
「そうです。しかし言っておきますが最下層まで下りる事の出来た者は何代も前の勇者だけです。その時にも多くの犠牲を払ってやっと到着しています。簡単だとは思わない方が良いですよ。」
ティオネは俺に注意を促して来るがもしかしてこの時の勇者はレベリングをしなかったのだろうか。
そこさえすればダンジョンはかなり簡単に進めると思うんだが。
それに俺が最下層まで行く事は決定事項だ。
トキミさんも今朝に言っていたのでついでに受けても良いだろう。
「これなら簡単そうだから受けておく事にする。失敗してもペナルティーは無いんだろ。」
「そうね。流石にそこまでは出来ません。それでは頼いましたよ。」
「ああ、頑張ってみるよ。」
俺達はその後、褒賞を受け取り部屋を出た。
その中でアキだけは元気が無いが俺の予想通りなら今日中には元気になるだろう。
そして俺は分かれる前に全員に指輪を一時的に貸し出す事を告げた。
これからの事を考えれば家の皆だけをレベルアップさせる訳にもいかない。
せっかくレベルも揃って来ているのでこのままみんな揃ってレベルを上げる事にした。
それに時間を作るにはパーティ間の分配ではロスが大きくなる。
これからは1日に5~10階層を目途に進む予定なのでこれでダンジョン内を好きに進んでも問題ない。
家の皆には悪いので後で婚約指輪でも作って送る事にする。
その後、俺達はそれぞれに分かれて行動を開始した。
大半の者が家に帰り、チヒロたち3人はギルドに残った。
俺達はダンジョンに向かい今日は71階層から始める。
もちろん俺にとって66階層はまさに鬼門なので絶対に立ち寄るつもりは無い。
英雄たちのおかげで素通り出来た事を感謝しながら新しい階層に足を踏み入れた。




