202 100階層ダンジョン ⑩
精霊王たちのおかげで67階層に行くための階段まで道は開けた。
彼らには帰ってもらい俺達は階段に突入して戦闘を再開する。
階段はそれほど広くないので防御力の高い俺を先頭に力押しで道を切り開いていく。
剣を高速で動かし、まさにミキサーの様に敵を切り刻みながら階段を下りる。
途中、風刃の乱れ撃ちを行ったりと手数も増やし階層に到着すると周囲の敵を炎で焼き払った。
その直後に隊列を組み、回復を終えた自衛隊組を先頭に戦線を押し上げてスペースを確保する。
そして、進んでいるとある疑問が頭を過った。
「そう言えばキラーアント以外が見当たらないな。」
「キラーアントはダンジョン内でも他を認めません。出現と同時に殺されているのだと思います。」
俺の言葉にアスカが解説を入れてくれた。
それなら気にしないでもいいか。
そう思っていると丁度キラーアント達の中に哀れな魔物が発生した。
その瞬間に魔物はその牙で切り裂かれて魔石へと変わる。
「・・・。」
「どうかしましたか?」
「アスカは今の魔物が何か分かったか?」
俺はしっかりと見ていたがその現実から目を逸らしたくてあえて確認を取る。
あの黒い体表に6本の足。
あの黒光りした光沢と2本の長い触覚。
「ええ見ましたよ。あれはゴキ・・・。」
「いや~~~。その名を口にしないでくれ、コックローチ。コックローチだ。」
「え、でもこちらの方が言い易いですよ。」
「なら悪魔だ。黒い悪魔と呼んでくれ。」
「・・・もしかしてあれが苦手なんですか?」
アスカは俺の状態を見てジト目を送って来るが俺は余裕なく頷きを返す。
そして、先程まで獰猛に見えていた蟻たちがとても可愛らしく見えはじめた。
さらに言えば今にも後光が差して神々しく見えそうだ。
「アスカ。」
「何ですか?」
「コイツ等全滅させなくても良くないか?」
するとアスカは後ろに下がりライラやオリジンたちに声を掛け始めた。
それを聞いて皆は俺の許に来ると捕らえて後ろに連行して行く。
「まだ克服できてなかったのね。あの時から進歩が無いんだから。」
「あんなのタダの黒い虫でしょ。昔使ってた研究室にはいっぱい居たわよ。」
そして俺は後ろで大人しく英雄たちが倒れていくのを見ている事しか出来なかった。
この階層では戦力外通告を言い渡されてしまい、仕方なく上の階で魔石拾いをする事になる。
俺は無駄に全力を出して周囲の魔石を拾い集めると皆の所に戻って行った。
「ただいま。」
「お帰りなさい。もう少しで階段に到着するわよ。」
戻ると何故か前の階層の何倍もの速度でキラーアントは倒されて既に階段は目前まで迫っていた。
レベルアップの効果も大きいのだろうがゲンさん達が先ほどの俺の様に剣を高速で振り、殲滅をしている。
そのため速度が更に上昇し魔物の減りが早い。
俺が居ない間に既に2階層分の魔物が倒されてしまったようだ。
「少しは残しても良いんじゃ・・・。」
「ダメです。こいつらはコックローチよりも繁殖能力が高いんです。一匹見たら1000匹は居ると思わないといけません。」
それでも奴らよりはマシだ。
しかし、俺の願いは虚しくキラーアントたちは今もこちらに向かって来る。
これではあと1時間もしない内に英雄たちは全滅してしまうだろう。
なぜ虫系の魔物は逃げる事をしてくれないのか。
そして、とうとうキラーアントの攻撃に終わりが見えて来た。
俺達が居るのは既に68階層だ。
攻撃も散発的になり俺達は走って通路を進んでいる。
「キラーアントにはクイーンがいる筈です。今回は階層守護者として生まれた可能性が高いのでそいつを倒せば今回の事は終了になります。」
階層守護者はその階層に関係ない魔物が出現する事も多い。
昨夜のジャイアント・デビル・スパイダーは似た種族だったが今回は違うと見ている。
そうでなければ今回の様な事が頻繁に起きてしまうので普通はキラーアント自体が発生しないはずだ。
ちなみにキラーアントは全てが雌でクイーンが居なければ通常のキラーアントが進化してクイーンになるらしい。
その際は選ばれた者に他の者たちが命を捧げて進化を促すのだそうだ。
そして俺達は進んで行くと70階層でそいつを発見した。
しかも下層に下りる階段を塞ぐように陣取り、その30メートルを超える巨体と部屋中にある無数の卵がまるでSF映画に出て来るワンシーンの様だ。
しかし、俺はその光景を見て膝を折った。
「どうしてそこに陣取るかな~。倒さないと前に進めないじゃない!」
「まだ諦めてなかったのね。」
そんな俺にオリジンは冷たく呆れた声を掛けて来る。
しかし、これは仕方のない事なんだ。
コイツ等は俺にとっては紛れもなく英雄だった。
クイーンを殺さなければならない苦悩は俺に膝を付かせるのに十分だ。
しかし、そんな事を考えているのはやはり俺だけだ。
ゲンさんとサツキさんは龍となり容赦なくブレスで周囲ごと焼き払っている。
まさに自衛隊と怪獣の共闘作戦だ。
そこに精霊王も加わり、まさに神話の一幕の様な光景が繰り広げられる。
そして、これほどの戦力に蟻程度が耐えられるはずはない。
キラーアント・クイーンは何かをする時間も与えられずに秒殺された。
「これで終わりましたね。皆さんのおかげで最終形態になる前に倒せました。」
「ちょっと待て。アイツ隠し玉があったのか?」
「ええ、周りの卵を食べての回復とパワーアップ。それと卵管を切り離しての攻撃特化です。まあ、第3形態まで行くと最後は死ぬだけですが。」
まさに現実の容赦のなさを実感する。
どんなに奥の手を持っていたとしても変身やそのための行動を許してくれるほど世間は甘くない。
奴は本当に何も出来ないまま死んでいったのだと哀れみすら感じる。
そして、俺達は魔石をすべて回収してダンジョンを出ていく事にした。
想定外の事はあったが目標の70階層には到着できたからだ。
時間は少し遅くなったが夜にはなっていない。
俺は皆には先に帰ってもらいギルドに向かう事にした。
「俺は最後にギルドへ報告して帰るから皆は先に帰っていてくれ。」
「分かったわ。」
今はマリベルが居るので家に帰るのは一瞬で終わる。
そのため皆は俺を残してゲートで家に帰って行った。
映画なら、ここで俺が卵を一つ隠し持ているとかあるのだが、そんな暇すらなく殲滅されているので一つも残っていない。
そして俺は肩を落としてギルドに到着するとミリの姿を見つけて声を掛ける。
「ミリ、報告したい事が・・・。」
「ユウさん!大丈夫でしたか?」
(どっちの心配だろうか。朝の奴らかそれともキラーアントの件か。)
「話が見えないんだが何の事を言っているんだ?」
俺は余計な事は言わない事にしてミリに確認を取った。
もしかすると第3のトラブルである可能性もある。
「実は今朝の情報が洩れてしまってそちらにご迷惑が掛かっていないかと思いまして。」
「ああ、そっちか。」
「そっち?」
俺の洩らした声にミリは首を傾げて反応するが苦笑を浮かべて首を振っておいた。
しかし、俺は自分の身は自分で守れるがミリは大丈夫だろうか。
「気にしないでくれ。それよりもミリは大丈夫か?」
「はい、私は大丈夫です。ギルド職員に手を出す人間はまずいませんから。」
確かに国を越えた巨大組織に手を出せばタダでは済まないだろう。
依頼を断られるだけではなく生死不問で指名手配にされては命が幾つあっても足りない。
「それなら安心だな。それとその手の連中ならダンジョンで鉢合わせしたぞ。交渉が決裂して次に見た時にはサイレント・スパイダーの餌になってたな。」
「そうですか。こちらとしては冒険者は自己責任なので何も言いませんが今後も気を付けてくださいね。」
ミリは短い付き合いだが俺達の事を心配してくれている様だ。
互いに結婚を控えている事を知っているので感情移入もあるのかもしれない。
そして暗い話は終わりにして報告を済ませる事にした。
「それともう一つ報告がある。」
「何でしょうか?」
俺はキラーアント・クイーンの魔石取り出すとそれをカウンターに乗せた。
大きさは20センチ程とかなり大きく一目でその魔石が危険な魔物の物だとわかる。
「これは!?もしかしてダンジョン内で何か問題があったのですか?」
「話が早くて助かる。実はキラーアントの群れに遭遇してこれはそのクイーンの魔石だ。調べてもらえれば分かるだろう。」
「す、少しお待ちください!」
そう言ってミリは魔石を抱えて奥へと向かって行った。
ギルドには魔石からどの魔物の物なのかを判別する魔道具がある。
それを使えば俺の言っている事が真実だと証明できるはずだ。
それにクイーンのいた部屋には残骸が大量にあるので調べればすぐに分かる。
激しい攻撃でクイーンは木っ端微塵だがあの部屋の状態は十分な証拠と言えるだろう。
「お待たせしました。ギルドマスターが話を聞きたいそうです。こちらにどうぞ。」
俺はミリに連れられて先日テニスと行ったギルマスの部屋に入る。
するとそこには以前と違う者が椅子に座り執務をしていた。
雰囲気が似ており耳や尻尾が似ているので娘かもしれない。
しかし、目元はキリリと鋭く厳しさを感じさせる。
以前のギルマスであったティオネは初老と言える歳だった。
荒くれ者を纏める冒険者ギルドではそろそろキツクなってきたので若い者に地位を譲ったのかもしれない。
俺はそう思い軽く自己紹介をしておく事にした。
「始めまして。俺はユウと言います。」
「アラアラ丁寧にどうも。でも私とあなたは初対面ではないのよ。」
そう言って彼女は目元に指を当ててタレ目にする。
するとそこには先日会ったギルマスを30歳ほど若返らせたような顔が現れた。
そう言えば食事がどうのとか言っていたのでテニスが個人的にやらかしたようだ。
しかし、その顔を見て若い頃はこんなに凛々しかったのかと驚かされる。
この顔でこんなほのぼのとした口調ではミスマッチにも程がある。
声も透き通る様に綺麗なのに口調がお婆ちゃんのままだ。
しかし、その毛並みは見事の一言に尽きる。
前に見た時は灰色にくすんでいたが今では光沢を放ち銀色に輝いているようだ。
曲がっていた尻尾も真っ直ぐに伸び、フサフサな銀色の毛が嬉しそうに揺れている。
「化けましたね。」
「フフ、あんまり失礼な事言うと怒っちゃうわよ。」
どうやら体と共に心も若返ったようだ。
流石テニスの古い知り合いと言うだけあり、これが本来の彼女なのだろう。
やはりギルマスになる者は誰もがそれなりの強かさを兼ね備えているな。
しかし、俺はここに雑談をしに来たわけではないので軽く「すみません。」と謝り話を切り替えた。
別に怖くて話を変えた訳ではない。
「それじゃあ報告を聞きましょうか。」
ギルマスともなれば俺程度の軽い暴言など軽く聞き流してくれるようだ。
俺はホッと息を吐くとダンジョンでの事を話し始めた。
66階層でも出会いから始まり、その後の彼らの雄姿を語って聞かせる。
特に67階層での獅子奮迅な戦いは感動すら覚える。
そして仲間たちの無慈悲なクイーン討伐で終わり俺は溜息をついた。
それに合わせ、ギルマスも大きく息を吐いているので彼らの雄姿は正確に伝わったようだ。
そして、顔を上げた彼女は今の話に関する感想を口にした。
「あなたは馬鹿だったのですね。」
「どうしてそう言う話になるんだ!?」
どうやら俺の思いは1ミリも伝わっていなかったようだ。
ギルマスはそんな俺に呆れが多分に含まれた視線で射抜いてくる。
「コックローチくらいなんですか。キラーアントの殲滅はギルドでは優先事項の1つです。それと明日にでも全員でギルドに来てもらって下さい。テニスとの話と合わせてあなた達のランクを変更します。報奨金も明日準備しておきます。・・・は~(今代の勇者は困った人物のようですね)。」
「ん?最後に何かいたか?」
「何でもありません。今日はジャイアント・デビル・スパイダーの売却金を受け取って帰っても良いですよ。」
ギルマスは手を振って俺に出て行けとジェスチャーをするので俺は大人しくミリについて外に出た。
ミリもそんな俺を見て呆れた顔を向けて来る。
やはりこちらの人達に奴らへの苦手意識は無いと言う事だろう。
そして、俺は一階のカウンターで金貨の袋を受け取り軽く手を振って家に帰って行った。
「ただいま~。」
「お帰りなさい。・・・どうしたのですか?」
家に帰るとアリシアが俺の様子に気が付いて声を掛けてくれた。
しかし、彼女に俺の思いが伝わらないのは過去に確認済みだ。
なので、話をすり替え明日はギルドに皆で行く事を伝えた。
「それなら仕方ないですね。皆には食事の時にでも言えばよさそうです。丁度もうすぐ夕飯が出来ますから一緒に行きましょう。」
するとアリシアは俺と手を繋いで食堂へと向かって行く。
そして、そこには既に全員が集まっており俺に「お帰り」と声を掛けてくれる。
俺は席に着いて視線を巡らし、食事で騒がしくなる前に先ほどの事をみんなに伝えた。
「明日は皆でギルドに顔を出さないといけないみたいなんだ。悪いけど少し時間をくれないか。」
すると周りから了承の声が聞こえて来るが、そんな中でアキの手が上がった
「私は冒険者ギルドには入ってないけど行かないといけないの?」
「報奨金が出るらしいからお前も貰っておけ、しばらく仕事してないから生活費の足しになるだろ。」
「私も貰っていいなら有難く貰うわ。今のお客さんもあなた達だけだからお金も入って来ないし。」
「前金が欲しいなら言えよ。それなりには払うからな。」
そして明日の予定を決めて食事を始めた。
(ついでに明日は他の皆もギルド証を作っておくか。身分証になるからこちらで少しは役に立つだろう。)
今のメンバーにはギルド証を作っていない者も多いのでついでに他の仲間のギルド証も作っておく事にした。
これで大手を振って町の出入りが出来る。
その後は久しぶりの激しい戦いだったので大人しく眠りに着いた。
特に、俺は前日から一睡もしていない。
判断を誤らない為にも精神を休めておく必要がある。
今日だけでレベルが5も上がり75まで到達した。
残り30階層はあるのでまだまだ上がりそうだ。
とは言え、100階層のダンジョンだが今の最大階層はどうなっているのか分からない。
ダンジョンも魔素に余裕があれば成長するので今はそれ以上あるかもしれないからだ。
100階層と言うのは大昔の勇者が到達した階層なので今はもっと深くなっているだろうと見ている。
そして、俺はまだ見ぬ最下層を夢見てベットに入った。
しかし、その夜は寝つきがいつもより悪く、久しぶりに悪夢を見た。
そこはダンジョンの最下層。
部屋の奥には赤いダンジョンコアがある。
そして部屋の中央には黒いシルエットがこちらに背中を向けていた。
しかし、その外観からそいつの正体は明白だ。
「く、黒い・・悪魔・・・。」
そしてそいつが振り向いている途中で俺は目を覚ました。
起きると体は汗に塗れ呼吸も荒い。
こんなに汗を掻いたのは久しぶりだ。
「ゆ、夢か。」
「さてどうでしょう。」
「うわ!」
俺は突然、横から声を掛けられ毛布を捲った。
するとそこには下着しか纏わないスピカがニヤケた笑みを浮かべている。
俺は声の正体を確認すると毛布を掛け直して天井を見詰めた。
「どうしてこんな美少女が同衾してるのに反応がこんなに薄いんですか?」
「その姿がお前の本当の姿じゃないからかな。」
「・・・知ってたんですか?」
「どことなくそんな気がしてた。だから今はダメだな。」
すると横から気落ちした感情が伝わって来た。
俺とスピカは何かで繋がっているのでこうして相手の感情が伝わって来る事がある。
仕方なく俺はスピカに手を伸ばすとその体を抱きしめた。
「ツンデレですか?」
「サービスだよ。いつも助けてもらってるからな。」
「人の温もりは心地いいですね。」
「そう思うなら引き籠りを止めてもっとみんなと楽しめ。」
「ありがとうございます。でもまだダメです。まだその時ではないので・・・。」
スピカはそう言うと俺の中に消えていきそこには冷たい聖剣が残される。
俺はそれを収納すると一人になったベットで再び寝直すのだった。




