194 100階層ダンジョン ②
「ただいま~。」
「お帰りなさ~い。」
俺が扉を開けて声を掛けるとホール横の扉が開きスフィアが顔を出した。
そして、それに続くように子供に戻ったミサキが顔を見せる。
どうやら無事に目を覚ましたようで今はあどけない笑顔を浮かべている。
今朝はまだ目を覚ましていなかったのでトキミさんが背負ってここまで運んでいた。
その時に「もうお腹がいっぱいです~。」と寝言を言っていたので心配はしていなかったがこうして無事に起きて来たのを見ると安心する。
何せ、今回この処置をしたのはナトメアなのでうっかり何て事も十分あり得る。
そうなると後継者候補がスフィアだけになってしまうので日本での彼女の行動にかなりの制限が掛かるかもしれない。
ちなみに、ミサキの今の年齢は10歳だそうだ。
この後に後継者として招集され、思想が次第に歪んで行ったらしい。
記憶を覗いて教育係に問題があったようだと言っていた。
その後数年、歪んだ思想を植え付けられたためにあの様になったとの事なので10歳以降の記憶を全て消し去ってしまったそうだ。
今後はトキミさんが自ら教育するそうなのでそれに期待するしか・・・。
(ちょっと待てよ。)
俺はトキミさんを見て次にサツキさんに視線を移した。
弟子は師匠に似るというがトキミさんにミサキを任せても本当に大丈夫なのだろうか。
どう見ても子育てをさせるには相応しくない人物な気がする。
俺は持てるスキルを総動員してトキミさんに任せた場合に起きうる未来を考えた。
(・・・日本がヤバイ!)
そのため俺は、常識人枠に入るゲンさんの横に移動しそっと耳打ちをした。
「ゲンさん、トキミさんにミサキを任せても大丈夫だと思いますか?」
「・・・儂も不安しかない。しかし、他に任せようにも候補は限られるぞ。」
確かに、家族の許に返すのはダメだろう。
まず、こんな特殊能力を持っている子供を受け入れてくれるとは思えない。
しかもその家は神楽坂家の分家に当たるそうだ。
権力を持つトキミさんに逆らえるはずはない。
そして、施設もダメだろう。
せっかく子供に戻ったなら環境は大事にしたい。
ゲンさんの所に居るエルフのメイド達も今では色々な仕事をしているので無理だ。
俺の所であえて挙げるならハナさんだが彼女はいまだに結婚の経験が無いらしい。
先日、家に帰ると若返っていたので彼女に子育てをさせては申し訳ない。
せっかくなので新たな人生を謳歌してもらいたいものだ。
「確かに・・・。何処も無理そうですね。」
「おい、それはワザとか?一つだけあるじゃろう。儂もあえて言わんかったが。」
「何処ですか~?そんな特殊な人を受け入れる場所なんて知りませんよ~。」
「・・・。」
「・・・やっぱり家ですか?」
「うむ、他に何処があると言うんじゃ。」
すると俺の言葉にゲンさんは真剣な顔で頷いた。
確かに既に数人の子供?は居るのでそこに一人増えても問題はない。
以前のミサキなら断固拒否するところだが今の彼女なら皆と仲良く暮らせるだろう。
それにこれからの日本を背負って立つなら多くの種族やこちらの国に繋がりのある我が家は悪くはない場所だ。
「少し考えてみます。」
「良い返事を期待しておるぞ。」
どうやらゲンさんもミサキの事は気にかけていたようだ。
しかし、そうなると彼女のレベルも少し上げておいた方が良い気がする。
そこは皆で話し合って決めるとしよう。
あまり上げ過ぎると彼女は子供に戻っているので大変な事になる。
まさに、相手を指先1つでダウンさせてしまう状況が本当に生まれてしまうのだ。
ダウンならいいが殺してしまう可能性まであるのでここは慎重に行動しないといけない。
そしてスフィアはそんな俺の所に駆け寄ると出て来た扉に向かって手を引いて行く。
それを真似る様に反対の手はミサキが引いてくれる。
あの部屋は確か食堂のはずなので夕飯の準備が終わっているのだろう。
開けられた扉からは美味しそうな匂いが漂って来ている。
「みんな待ってますよ。」
「早く早く~!」
そう言って二人は俺の手を引くが二人の口元には何かの食べカスがしっかり付いているのを見逃さない。
どうやら我慢できずに摘み食いをしたようだ。
俺は二人の子供に引かれて苦笑を浮かべると一緒に食堂へ入って行った。
するとそこには多くのご馳走が並び、その一角ではクラウド達が既に酒を飲んでいた。
やはりドワーフには揃って乾杯と言うルールは無いらしい。
その他の皆も既に集合しており、手にはグラスを持っている。
俺も渡されたグラスを手にするとみんなで揃って「乾杯」と口にして食事を始めた。
ミサキは家での初めての食事と言う事もあり、大喜びで料理を口に入れている。
その横でスフィアはそんなミサキの世話を焼いて食べるのを手伝ったり汚れた口元を拭ったりしてまるで年の近いお姉さんの様で微笑ましい。
エルフとヒュームで種族は全く違うが子供の二人にはそんな事は関係ないようだ。
その横でリリやワカバもとても楽しそうに食事をし色々な料理を食べては驚きの表情を浮かべている。
西の大陸で出していた料理も絶賛していたので口には合うはずだ。
初めて食べる料理も多いので今日は存分に食べてもらいたい。
そしてライラに視線を向ければシータと一緒に食事をしている。
シータの方は普通にしているがライラは少しぎこちないので自然に接するにはもう少し時間が掛かりそうだ。
しかしライラがもう一度、家族に歩み寄ると決めたのなら俺はそれを応援する。
それでも、記憶が戻って再び裏切るなら容赦なく斬り捨てるつもりだ。
そして、こうして見ると本当に色々な者たちが集まっていると思う。
俺はこの大事な家族を老いて死ぬその時まで全力で守る。
するとその中からトキミさんがこちらに向かって来る。
その手に持っている皿には大量の唐揚げが乗っているがあの人も今日のパーティーを楽しんでくれているようだ。
ただこちらも少し話す事があったので丁度良い。
「ユウ、少し面を貸しな。」
「望む所です。」
「何でそんなに身構えてるのか知らないけど話はミサキの事だよ。」
それならそうと何処ぞの女番長みたいなセリフは言わないでもらいたい。
それでなくても体全体から何かをビンビン発しているのだから勘違いしてしまう。
しかし俺もその話がしたかったところなのであちらの話に乗っかってしまおう。
それにどう切り出すか悩んでいたがあちらから話を振ってくれるなら有難い。
「それで、単刀直入に言うけどミサキを預かる気は無いかい?」
「構いませんよ。家には子供も増えてますからあの調子なら友達にもなれると思います。」
するとトキミさんは珍しくホッとしたような顔になる。
その今までと違う彼女の反応に俺は疑問を覚えた。
「俺がこう言う事は分かってなかったんですか?」
「アンタの事は時々ボケるんだよ。特に傍にいる身内に関してはね。」
もしかしたら俺のスキルが関係しているかもしれない。
フェイト・チェンジが無意識に影響しているかスピカが何かしている可能性もある。
まあ、今の所は問題は起きていないので気にしなくても良いだろう。
運命は確定していないとメノウも言っていたしな。
それよりも、もう一つ聞かなければならない事がある。
どちらかと言えばこちらの方が重要な事だ。
「それで、トキミさんははどうするんですか?」
「それは私も誘ってるのかい。こんな中身がお婆ちゃんな私まで誘うなんてモノ好きだねえ。」
そう言って彼女は笑うが俺に出来るのは住む場所を提供する事と環境を整えるくらいだ。
スキルについての教育など出来るはずはない。
「別に俺は結婚相手だけを受け入れている訳じゃないですよ。そうでないメンバーも最近増えてきたしアナタも教育すると言った手前、傍にいた方が都合が良いでしょう。それに家に居れば3食メノウの飯が食えますよ。」
俺はもし真面目な理由で言い出し難いならとふざけた内容も織り交ぜて誘いをかける。
それでも嫌だと言うなら仕方ない。
どうしても居て欲しいと思える程に親しい仲ではないので諦める事にしよう。
「お前さん。今、私がどう答えても興味無さそうな顔してたね。それは女として少し傷付くんだけど。」
「現にどっちでも構わないですからね。俺としては3食昼寝付きの生活の何が嫌なのか分かりません。本音を言えば変わって欲しいくらいですよ。」
そんな優雅な生活はしばらく味わった事が無い。
トラブルが常に舞い込んでくるのでのんびり皆と過ごす時間も取れていない程だ。
もう少し世界は俺に優しくても良いのではないだろうか。
そう言えば、世界の意思と言う引き籠りが俺の中に居たな。
(世界の意思であるスピカさんや。もう少し俺を休ませてくれませんか?)
『今はダメです。』
(・・・。)
即答で断られてしまった。
しかし、今はと言う事は何時かは休める時が来ると言う事だろう。
それが老後でない保証はないがその時はそう遠くない気がする。
それまではとにかく頑張ろう。
どっちみち今の問題が解決するまではのんびりも出来ない。
(あ、ガストロフ帝国の全てを焦土にしたら平和になるかな。)
『それでも構いませんが、それでもまだ休めませんよ。』
(・・・そうですか。)
どうやらまだまだのんびりとしたスローライフは訪れない様だ。
そして、トキミさんからの答えを待っていると彼女は溜息をついて最後には首を縦に振った。
「この料理が3食は魅力的だよ。仕方ないから一緒に住んであげるとしようかね~。」
「素直に最初からそう言えば良いのに。」
「五月蠅いねえ。女には理由って奴が必要なんだよ。」
「はいはいそうですか。」
これで俺がいない時でも接近戦に秀でた者が家に滞在する事になった。
我が家には力は強くても制約がある者も多いので心配があったがこれで大丈夫だろう。
しばらくは俺と行動を共にする事になりそうだが彼女の目的は後継者を育てる事だ。
この後には家でミサキの教育に専念してくれるだろう。
そして、ついでなので新しいメンバーが増えた事をみんなに伝えて歓迎メンバーに二人を加える。
そして、同時にスフィアも家で生活する事が決まり合計で3名が新しく加わる事になった。
「それでトキミさん。ミサキはレベルを幾つまで上げておきますか?」
ここは教育をする人間に希望を聞いておくのが一番だろう。
しかし、問題があるとすればスキルレベルを上げるためのポイントが分からないと言う事だ。
恐らくトキミさんは既にレベルはマックスのはずだ。
俺は成長力促進を持っているので一般的な事は分からない。
スフィアも最初からレベルが10になっていたらしいので知らないだろう。
それにどう考えてもこれは特殊スキルだ。
一般的な消費ポイントでない可能性が高い。
「私はスキルの事はあまり分からないからね~。ユウはどう考えてるんだい?」
「それなら、まずはミサキにスキルのレベルを上げるのにスキルポイントが幾つ要るのか確認しましょう。ミサキ~、ちょっと聞きたい事があるんだけど。」
そして俺が声を掛けると彼女は笑顔で駆け寄って来た。
どうやらケーキを食べていた様で口の端にクリームが付いている。
彼女はそれをペロリと舐め取ると恥ずかしそうに笑いこちらを見上げて来た。
「何か御用ですか?」
「少し聞きたいんだが予知夢のレベルを上げるのに必要なポイントを教えてくれないか?」
すると俺の言葉にミサキは頷いて手元を操作し始める。
どうやら俺達が帰るまでに基本的な事は既に聞いている様だ。
「ゆっくりでも良いからな。分かったら教えてくれ。」
まだ子供なので早いとはお世辞にも言えないが女の子で10歳と言えばゲームの経験もそれほどないだろう。
それに今は時間に追われている訳ではないので急ぐ理由は無い。
俺もケーキを食べながら答えが出るのをゆっくりと待つ事にした。
「お、今日はイチゴショートとイチゴタルトもあるのか。おお、ミックスベリータルトまで・・・って!もしかしてあれはライシアタルトか!?」
何やら一つだけ見てはいけない物があった気がするが、そちらはスルーしておいて他のケーキへと向かう事にした。
それに今日の食材には各種亜龍の肉がしっかりと使われていて俺もたくさん食べている。
この状態であんな物を食べたら20代の壁を突破して10代まで若返ってしまうかもしれない。
しかし、それを許してくれないのか、メノウは誰も手を付けていないライシアタルトを切り分けるとこちらへと持って来た。
その時の笑顔たるやまるで眩い太陽に向かい精一杯に咲き誇る向日葵の様だ。
メノウはそんな笑顔を浮かべてタルトの乗った皿をこちらに差し出して来る。
(これをどうしろと言うんだ?)
「当然、食べてください。」
確かにライシアの味はブルーベリーに似ているので3時のオヤツに出してくれたのなら喜んで食べただろう。
それにライシアにはあまり周りには言いたくない、もう一つの特徴と言える効果が存在する。
それは一種の活力剤としての効果を持っており、何処とは明言しないがとても元気になる。
分かり易く言えば精力剤として高い効能があり、特に何も手を加えていない状態が一番効果が高い。
それに俺もここ最近はご無沙汰だったのでこれを食べると歯止めが利かなくなる可能性がある。
それを分かっていてメノウはこれを俺に食えと言っているのだろうか。
そして気が付けばタルトに乗るライシアの量が増えていた。
(これは完全に分かっててやっているな。)
しかも周りに助けを求めて視線を向けると何故か全員から視線を逸らされる始末。
どうやら家のメンバーはその殆どがグルの様だ。
「ほら、皆さん待ってますよ。一気に行きましょう。」
こういう類の効果はスキルも薬として判断してしまい効果を出さない。
それにどうやら最初から俺に逃げ場は無い様だ。
仕方なく俺は添えてあるフォークでライシアタルトを切り分けると口へと入れていった。
そして味わえば酸味の効いたライシアが下にあるクリームとマッチして美味しく出来上がっている。
甘さと酸味が絶妙で疲れも吹き飛んで行くようだ。
(まあ、本当に吹き飛んでいるんだけど、これは今日の夜は寝れそうにないな。)
そして食べ切った俺は、何とか理性を保ちながらトキミさんに声を掛ける。
「それじゃあ、後の事は明日の朝にでもお願いします。」
「ああ、任せておきな。お前は嫁さんたちを満足させてやれ。」
どうやら彼女にはこの後の事が分かっている様だ。
俺は素直に頷くとそのまま食堂を後にする。
そして自分の部屋に入るとそこには大きな部屋とベットが待ち構えていた。
どうやらマリベルが調整したようで横だけでも10人は寝られそうだ。
いや、そんな事はどうでも良い事だ。
そして待っていると続々と皆も部屋に押し掛けて来る。
その中にはリリも混ざっておりパジャマ姿がとても可愛らしい。
その白い肌がいつもと違い赤くなっているのが初々しくて無性に愛おしく見える。
そして彼女は皆に誘導されて俺の前までやって来た。
「あ、あの。よろしくお願いします。」
「なるべく優しくするけどもし無理をさせたらすまない。」
今にも理性が飛びそうな程の興奮を感じる。
俺も今日はいつもと違い男という野獣になりそうだ。
「うん。それでも最後までお願い。私もユウのお嫁さんにして。」
そしてその後の事はあまり記憶には残っていない。
何やら他にも数名ほど増えていた気がするがこの時の俺は本当に獣だった。
そして、それが誰だったのかを知るのは次の日になってからの事だ。




