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193 100階層ダンジョン ①

ダンジョンがある街に到着すると俺達は町の中を進んで行った。

当然、俺達はここでは新顔になり周囲からかなりの視線を集めている。

特に俺達といる女性陣がみんな美人である事が一番の原因だろう。

ここにはドワーフよりもヒュームの数の方が多く、彼らの多くはこちらを値踏みするように見てくる。

それに殆どの者が鎧に身を包んでいる中で俺達は日本でいう所のお出掛け用のシャツにズボンといった感じの服装で体つきがすぐに分かる。

アキトが周りに睨みを利かせていなければ、歩いて数秒で絡まれていただろう。

良くも悪くも流石100階層のダンジョンに潜るだけはあると言う事か。

多くの者はこちらの実力や腰にある武器から普通の集団ではないと察知して見ているだけだ。

それでも、これだけの冒険者が居ればやはり分からない者も混ざって来る。

そういう輩に限って大人数で徒党を組んでやって来るものだ。


「よう、兄ちゃんたち。いい女連れてるな。俺達も仲良くさせてくれよ。」


その途端に道を歩いていた一般人は俺達から逃げる様に離れていった。

それに紛れて高レベルで、こちらの実力が分かる者は笑いながら去って行く。

彼らぐらいなら気配を探るか何らかのスキルで直接見なくても様子は筒抜けだろう。

そして野次馬で残ったのはレベル50前後の冒険者たちだ。

彼らの多くは俺達の実力は感じ取れるが確証はないため確認をしたいのだろう。

又は上手くすればおこぼれにあり付けるかもと考えている愚か者か。

ちなみに俺達に声を掛けて来たのはレベル30前後の20人の男達だ。

あれでも町によっては上位に位置する者達だがこの町では雑魚なのだろう。

スキルで探してみたが彼らはここでは底辺に近い冒険者たちだ。

それでも全員がしっかり武装しており、交渉がダメなら実力行使も辞さない考えなのかもしれない。

脅しのつもりなのかいつでも攻撃に移れる体制を維持している。

こういう場数は踏んでいるが中途半端な冒険者たちが一番面倒くさい。


「ははは、こっちのシャバは最高だねえ。」

「おおよ。俺達に付いて来ればいい思いをさせてやるぜ。そんな奴ら置いといて俺達と来いよ。」


しかし独り言に返されたトキミさんは周りを見回し首を傾げ少し考えてから手を打った。

どうやら、自分も対象にされている事に気付いていなかったようだ。

まあ、昨日まで老婆だったので仕方ないだろう。

しかし、シャバとはまるで監獄にでも入っていた様な事を言うものだ。

もしかすると先見の巫女となってからは殆ど自由などなかったのかもしれない。


「私の事も言ってるとは思わなかったよ。」

「何言ってんのか分からねえがお前も女として上等だからな。当然、逃がす気はねえよ。」


そう言って脅しを強めるために男たちは腰の剣へと手を添える。

そして、トキミさんはとても楽しそうに笑みを深めると真っ先に剣を引き抜いた。


「この体の試しと感覚のリハビリには丁度いい相手だね。お前達は手を出すんじゃないよ。」


トキミさんは一瞬サツキさんに視線を向けると彼女は小太刀に伸ばしていた手をさっと引っ込めた。

こうして見ると本当に師弟であると分かる程に行動が似ている。

思考回路が似ているとはこういう事を言うのだろう。

するとトキミさんの動きに釣られる様にして男達も武器を手に取り戦闘態勢を取った。


「この女はやる気の様だな。その綺麗な体に傷が付いて後悔しても知らねえぞ。」

「ハッ、お前ら程度に負けるか。もし勝てるなら私の処女をくれてやるよ。」


公然での言い合いとしては男達の方が紳士的に聞こえるのは気のせいだろうか。

トキミさんにはもう少し恥じらいと言うものが必要な気がする。

しかし、彼女の言葉に男達の指揮が急激に上昇していった。

その辺りの感覚は俺には理解しがたいがあれなら手を抜くことは無いだろう。


ちなみにトキミさんは来る途中に見つけた魔物を倒してスキルを得ている。

ゲンさん達の師匠なら既にスキルが進化していてもおかしくはない。

するとトキミさんは剣を構えたまま目を閉じて視界を塞いだ。

それを見て男達は笑みを深めるが、あれが今の彼女にとって最も楽な戦い方なのだろう。

そして彼女は一切の迷いなく前に踏み出した。


「死にな。」


彼女は次の瞬間には男達を剣の間合いに収めていた。

そして、アスカの様に天歩と立体駆動の合わせ技を使い縦横無尽に男達の間を動き回る。

彼等も対応しようと剣を振るうがその全てが空を切り、逆にトキミさんの剣は吸い込まれる様に男達の体を通り過ぎていく。

その間にトキミさんは幾度となく剣を振るい数秒でその足を止めた。

それと同時にそれまで閉じていた目を静かに開ける。

しかし、男達が倒れる様子はなくトキミさんが距離を取ってもいまだに立ち続けていた。


「な、何だ・・・?あれ・・!」


だが先程まで喋っていた男は口を開くと同時に体が積み木の様に崩れてその場で無残な肉塊になり果てた。

すると次にそれを見て恐怖に体を震わせた者から順番にその場で崩れていく。

そして、その数が次第に増え、18人が崩れた所で2人が残った。

この二人は精神を研ぎ澄ました事で体の動きを完全に止めたようだ。

おそらく筋肉の収縮をある程度抑えれば崩れる事は無いのだろう。

切れる刃物と達人が揃えばこういう事も出来ると仮説を聞いた事はあるが実際に見るのは初めてだ。

あのまましばらくすれば命は助かるかもしれない。

又は回復魔法かポーションでもいいだろうか。

しかし動くことが出来ないので回復魔法がおすすめだが彼らに魔法を使う余裕はなさそうだ。


「意外と頑張るね~。これで生き残った奴はいないんだけど。スキルやレベルってやつは本当に凄いねえ。」


トキミさんは先程の親しみやすい笑顔を冷笑に変え本性を現した。

それにしても、流石あの二人の師匠だと思わせるほどの容赦のなさだ。

命を絶つ事に全くの躊躇も後悔も無い。

恐らく、今まで知らなかったレベルやスキルを自分の目で確認するためにこんな面倒な事をしているのだろう。

しかし、これが日本を裏で動かして来た人間だと思うと自然と嫌な汗が背中を流れる。


そしてトキミさんは彼らに歩み寄ると表情を崩して回復魔法を使った。

それにより彼らの斬られていた体は繋がり動けるようになる。

白魔法もレベルを上げれば切られた腕や足を繋げることが出来るのでズレの生じていないあの二人なら無事に治癒できただろう。

彼らは助かった事を自覚すると背中を向けて一目散に逃げて行った。

トキミさんもそれを見送ると俺達の所まで戻って来る。


「生かしておいて良かったんですか?後で報復に来るかもしれませんよ。」


俺ならあの時点で確実に殺す。

俺自身を守るのではなく家族を守るために。


「報復に来たら次こそ殺すけど奴らは成長の兆しがあったのからね。ここで殺すのは勿体ないと思ったんだよ。」


俺には分からないが彼女には戦闘中に何かが見えたのかもしれない。

それならここはトキミさんを信じて追い打ちは止めておこう。

ただ、念のためにマーカーだけは付けておく。

これで、報復に来たら真っ先にコイツ等を始末すれば良い。


「それなら時間が勿体ないですから行きましょうか。」

「そうしておくれ。私もまだまだレベルが低いからね。」


トキミさんはレベル30の冒険者を圧倒したが今はまだレベル1しかない。

しかし、それだけ初期スキルのレベルが高いと言う事だろう。

攻撃力の不足は武器が補ってくれるが、それ以外は彼女の実力になる。

ただ神楽坂家の者は純粋な人間と言う訳ではないので俺の知らない何かがあるのかもしれない。

たとえばドラゴンの様に長く生きた分だけ強くなるとか、そんな出鱈目でチートの様な能力も考えられる。

それ程に彼らの強さは一般人出身の俺から見て常軌を逸している。


そして、ダンジョンに到着するとクラウドから貰った許可証を見せて城壁の様な入り口を潜りダンジョンへと向かって行く。

ここのダンジョンは管理を国がしており、今見せた許可証でも通る事が出来る。

他の所だと冒険者ギルドが管理している所が多いのでまずはギルドカードを作りランクを上げるか、そこを管理するギルドからの許可証が必要になる。

ハッキリ言ってギルドのランクを上げるにはそれなりに時間が掛かるので今回はある意味では運が良かったと言えるだろう。

ただしトキミさんなら最初の試験で飛び級で許可が下りるかもしれないが。


そして、ダンジョンに入ると俺達は急ぎ足で先へと進んで行った。

目的地は40階層の転移陣だ。

ここは一度訪れた階層なら転移によってショートカットできる。

先程のトキミさんの動きと強さから、50階層以上に行っても問題は無さそうだ。


それに、ここは洞窟型のダンジョンなので魔物の群れに襲われる心配はあまりない。

中に入っている冒険者が逃げ出して魔物を大量に引き連れて来れば別だが、俺達なら階層の魔物が全て襲い掛かって来ても問題はない。

どちらかといえば良いカモとなるだろう。


そして俺達はそのまま最短距離でダンジョンを駆け下りた。

懐かしい雑魚魔物を蹴散らし、トキミさんのレベルアップに合わせて速度を上げていく。

今回はあえてパーティは組まずにトキミさんを先頭に進んで行く。

その為、経験値の分配が無いのでレベルの上りが早い。

この調子なら目的の階層に到着した頃にはレベル30までは上がっていそうだ。

やはり、レベル的に同格か、上の魔物を狩るとレベルの上りが速い。

これなら最下層まで潜れば俺も大きくレベルアップ出来るだろう。

そして、道を進む途中でトキミさんはアキトとアスカを横に呼んだ。


「ちょっと二人ともこっちに来な。」

「はい。」

「何でしょうか?」


二人は呼ばれるとすぐにトキミさんの許に向かい移動しながら横に付いた。

彼女は今も瞳を閉じたまま戦っているが、走りながら敵を倒し話をする事など簡単な事なのだろう。

ちなみにその後を追う様に走っている俺は今日も魔石拾いが絶好調だ。

そろそろ、俺の扱いについて話し合う必要があるかもしれない。

そんな俺の思いは放置され、トキミさんは二人へと声を掛けた。


「お前達は今年の7月に結婚しな。以上。」


それだけ告げるとトキミさんは二人から離れて行った。

しかし、それを聞いたアキトとアスカは何を言われたのかをまだ理解できていない様だ。

走りながら首を傾げゲンさんとサツキさんの所へと向かって行く。


「御爺様、今のはどういう意味なのでしょうか?」

「俺も理解が追いつけないのだが。」

「何を言っておる。お前達の結婚がたった今、この時点で承認されたんだぞ。もっと喜べ。」

「まあ、あの人はデリカシーが欠如してるから仕方ないわね。私達の時も急な話だったし。」


どうやら、ゲンさんとサツキさんの結婚を決めたのもトキミさんだったようだ。

以前に聞いた話だと強い血を残すためと言っていたがもしかするとそれは建前だったのかもしれない。

二人の師匠なら相性も良く見ていただろうし仲が深まっていれば気付くはずだ。

それに、未来を見る力を持った者の決定なら誰も文句を言えないだろう。

聞きたい気もするが夢が壊れそうなので止しておく。


(それにしてもサツキさんにデリカシーについて言われるとは大概だな。)


そして、当人たちはやっと理解が追いついて来たようだ。

アスカは次第に笑顔に変わりアキトに飛びついた。


「やったわ、アキト。私達、結婚出来るのよ。」

「おっと!危ないぞアスカ。」


そう言いながらもアキトの顔にも笑顔が浮かび、しっかりとアスカを抱き留めている。

そして、流れる様に勢いを流してお姫様スタイルでそのまま走っていく。

俺はその陰で魔石を回収しているが今は静かに祝福を送っておこう。

暗いダンジョンの中であそこだけ花が咲いている様な光景が見えるが気のせいと言う事で流しておく。


そして、俺達が20階層を過ぎたあたりで人が増え始めた。

安全マージンを考えればこの町で底辺の冒険者はこの辺りで狩りをしているのだろう。

ここまではあまり見かけなかったがここからしばらくは混雑しそうだ。

それと同時に当然、魔物の討伐数も激減する。

トラブルを避けるためにもここは一気に駆け抜けた方が良いかもしれない。


「お前達、私に付いておいで!」


そう言ってトキミさんは今も先頭を突き進んでいる。

その迷いない足取りと安心感に、これがカリスマ性かと感嘆する。

そして、そのまま進んでいると目の前から冒険者たちが必死な形相で逃げて来た。

マップで確認するとその後には大量の魔物が犇めき合いこちらへと向かって来ている。

どうやら誰かが戦闘をミスって撤退し、大量の魔物を連れて来たようだ。


「お前らも逃げろ。馬鹿がトレインを起こしやがった。」


トレインとは移動しながら大量の魔物を引き連れて来る事だ。

逃げる側も必死なのだろうがこれが起きると普段その階層で狩りをそしている冒険者たちでは対処できない事が多い。

数が少なければ協力して処理するがどうやら今回はかなりの数が居るようだ。

少し進んだ先の通路は真っ赤に染まり、数も数百は居るだろうか。

ここに居る様な連中なら確かに撤退を選択するだろう。

そう考えれば、今逃げて行った彼らは素早い判断と決断が出来る良い冒険者たちと言う事だ。


「行くよ、お前達!」


しかしトキミさんの場合は俺達の意見を聞かない。

この程度は問題ないと信頼しているのかそれともやはり別のモノを見ているのか。

俺達は今も戦闘をしている集団の許へと向かって行った。


「俺達は高レベル冒険者だ。助太刀する。」


こういう所では後ろからまずは声を掛けて参加する。

同士討ちを避ける意味もあるが主導権を握るためでもある。

周囲に10人程の冒険者が戦っているが彼らの絶望していた顔に一瞬で希望が湧いたのがわかる。


「助かる!俺達はもう限界だ!悪いが一旦下がらせてもらう!」

「そうしてくれ。魔石はそっちの総取りで良いから後ろに下がって見ててくれ。」


彼らは見るからに満身創痍だ。

剣は刃こぼれが酷く、鎧も殆どが破損している。

体もいたる所から血を流し、今にも倒れそうだ。


俺達は彼らの上を飛び越え、魔物の群れに飛び込んで行った。

どうやらこの階層の魔物はリザードマンとキメラの様だ。

少しだけオーガも混ざっているがこれならすぐに終わるだろう。

トキミさんがオーガよりも鬼に見えるがそれは言わないに越したことは無い。

口は災いの元である。


そして、無事に生き残った冒険者たちはその姿を見てどうやら別の事を連想したようだ。


「戦姫だ。」

「俺達は今、伝説の誕生に立ち会っているのかもしれない。」


確かに見様によってはそう取れる所もある。

特にカリスマが高そうなトキミさんはどうしても人の目を引き付けてしまう。

あの人には後で認識疎外の付いたアイテムを装備してもらった方が良いかもしれない。

そして、数分で討伐が終わり一気に暴れる事が出来たトキミさんは上機嫌だ。

その笑顔が更に冒険者たちを魅了しているが問題は無いだろう。


「それじゃあ俺達は行くからな。魔石の回収は任せた。」


俺達は最初に言ったように魔石は全て彼らに譲る事にする。

命がけで魔物の群れを止めていた上に装備がボロボロだ。

これだけ魔石があれば少しは足しになるだろう。

冒険者の死体も幾つか転がっていたのでその処理も任せる形になる。

彼らは何か言いたそうだったが俺達はそれらを無視して先へと進んで行った。


「ユウは人が良いね~。」

「死体の処理が面倒だっただけですよ。それに早く目的の階層まで行かないと夕飯に遅れますよ。」

「はは、素直じゃないね。しかし、あの美味い飯に遅れると確かに大変だねえ。スピードを上げるよ!」


トキミさんは好きな物が食べられるようになったので食事の喜びを思い出したようだ。

それに、今日は拠点への引っ越し祝いにメノウ達がご馳走を準備してくれる事になっている。

いまだに2食しか食べていないトキミさんだが、だからこそいまだに美味い物への感動が冷めていないのだろう。

それに先ほどの討伐で一気にレベルが上がった様で速度も跳ね上がっている。

これなら問題なく夕飯には間に合いそうだ。


そして、その後も幾つかトレインの発生に出くわしたが俺達は無事に40階層へと到着した。

俺達のレベルには変化はないがトキミさんは既に40を超えているそうだ。

数度の大量討伐が経験値の獲得を助けてくれたのだろう。

その後、俺達は40階層に下りてその横にある転移陣から外へと出て行った。

そして、そのまま町を出て今回は空を移動していく。

既に今の俺達なら地面を進むよりもこの方が早い。

安全に移動でき、真直ぐに戻れるので数分で王都へと辿り着いた。

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