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186 虎人の地 ①

早朝、俺達は朝食を軽く食べてから出発の準備を始めた。

だが、それも今日で4回目なので慣れた手つきで作業を終えて行く。

時間をかけるのもワカバのチェックだけだ。

その様子を見ながらタクトは昨日のお礼を言って来た。


「色々な物を譲ってくれてありがとう。」


タクトには料理のレシピに加えて味醂の作り方。

大量の乾燥昆布や1リットルボトルの味醂を30本ほど渡してある。

味醂は料理にも色々使えるので彼らが製造に成功すればこの大陸の料理の味も少しは向上するだろう。

しかし、これだけ渡しても十分なだけの報酬を今回は貰ってある。


「こちらもそれに見合う物を貰ったから気にしないでくれ。甲羅が貰えて国としても大助かりだ。」

「こちらとしては廃品と変わらないからそんな物が報酬になって良かったよ。なにせ処分する事もここでは出来ないから。」


俺達は過去に死んでしまったマウンテン・タートルの甲羅を貰っている。

これは硬度が高く、山の様に大きいため処分に困っていた物だ。

中身は既に処分済みとの事だが甲羅だけは毎回処分に困るらしい。

仕方ないのでアイテムボックスに収納し、持ている者が死んだ時に魔素に還る効果を利用して処分するそうだ。

しかし、それでも再び1つの甲羅が残るために結局は誰かが持っていなければならない。

霊獣は病気や寿命で死ぬ事は無いのでそれなりの数が残っていた。

分散して持っているそうだが彼らからしたら仲間の死体の一部なので気分も良くないのだろう。

頼むと二つ返事で報酬にしてくれる事が決まったので、こういう部分は人とは考えが異なる所なのかもしれない。


ライラに聞くと結界石を今の何倍にも効果が上げられるそうだ。

そうなればアヤネの結界石や国で雇っている人達でも十分な広さの結界石を作れるようになる。

防具等にも使えるので一部の警察や自衛隊に装備させるのも良いかもしれない。

昆布の佃煮がすごい物に化けたものだ。


「それじゃあそろそろ行くな。」

「気が向いたらまた来てよ。」


俺達は軽く言葉を交わして別れた。

次が最後だが周囲を警戒し、いつもよりも大きめに迂回して移動している。

こういう時こそ失敗やトラブルが起きやすい事を経験で知っているからだ。

ゲンさんとサツキさんも同じように警戒を強めているので俺達はクオーツを中心にして空を進んで行った。

しかし、そんな警戒も無駄に終わりそうで、もうじき目的地である虎人の町が見えて来る所まで到達した。


「あの山を越えれば見えてくるはずよ。」


リアは前方にそびえる山々を指差してもうじき到着する事を知らせてくれる。

俺達は上空2000メートル程の高さを飛行しているが見える山はそれよりも高い。

見た目からして富士山と同じくらいだろう。

山頂には雪が積もり綺麗に雪化粧をしている。

飛び越えるには高度が足りないが山の間を縫う様に進めばこのままでも通過は可能だろう。

しかし、どうも周囲の気配がおかしい。

ピリピリしているというか息を殺しているというか、怯えと緊張が伝わって来る。

そして、その理由はマップの進行方向に映った赤い光点が教えてくれた。


「全員止まれ!敵意を持ったドラゴンが前方に居る!」


俺は声を掛けると同時に反応のある位置へと千里眼を飛ばした。

すると町の上空で50メートル級のドラゴンとリリが向かい合っている。

しかし、ドラゴンの表情は厳ついので分からないが反応から敵意があるのは確かだ。

さらにその敵意は俺達にも向いているようで、ここが終われば俺達の所にやって来るだろう。

リリの顔には余裕がなく、必死に言葉を交わし説得を試みているようだ。

その様子からかなり切迫した状況が感じ取れる。

もはや一刻の猶予もないだろう。


「ちょっと行ってきます。」

「1人で大丈夫か?」


俺はゲンさんに一声かけるが返って来た言葉は軽い確認の言葉だった。

しかし、その雰囲気は確認ではなく同行したくて堪らないと明確に伝わって来る。

サツキさんにいたってはその目がランランと輝いている。

恐らく周囲の状況からも戦闘は避けられないと分かっているのだろう。

それに最近では骨のある相手がおらず、二人が全力を出したのはベヒモスの時だけだ。

なのでドラゴンと戦いたい気持ちも分からないではない。

俺も最近は魔石拾いや毛刈りなど、強敵とまともに戦った経験が無いからだ。

どちらかと言えば敵との戦闘よりも訓練の方がきつく感じる。

俺は二人の顔を見ると心の底から溜息を吐いた。


「俺は先に向かいます。二人はお好きにどうぞ。」

「さすが分かっておるな。時間稼ぎは任せたぞ。」

「なら、二人で競争ね。早い方がドラゴンと戦う権利を手に出来るわ用意ドン!」


そう言ってサツキさんは全力で移動を開始した。

しかし、ゲンさんも一瞬の遅れもなく飛んで行ったので既に予想済みだったようだ。

それにしても、俺を戦闘員から除外するのは止めて欲しい。

こちらとしてもドラゴンにはそれなりに肉体言語での会話をしたいと思っていたんだ。

特にライラの血縁者なら虐めをしていたらしいので容赦するつもりは無い。

しかし、こうなっては仕方ないので俺は二人を見送るとクオーツに声を掛けた。


「お前は様子を見ながら向かってくれ。危険を感じたら全力で逃げる様に。ワカバがいる事を忘れるなよ。」

(任せて。)


俺は返事を聞くと二人を追い掛けて全力で飛んで行く。

そして二人を追い抜きそのまま置き去りにして全力でリリの許へと向かった。

既に交渉は決裂したのかドラゴンは攻撃態勢に移り、その口にはブレスの兆候がある。

しかし、その標的はリリではなくその下に広がる町に向いていた。

力の大きさから考えて全てを吹き飛ばす程ではないが4分の1は消えて無くなるだろう。

そうなれば被害は1000人は軽く超える筈だ。

町の人々の反応も既に逃げるのを諦め、その場に足を止めてしまっている。

それだけこの大陸でドラゴンに狙われるとは絶望的な事なのだろう。


「やめてーーー!」

「ガアーーー!」


俺はブレスの発射と同時にドラゴンと町の間に滑り込んだ。

リリを見ると目に涙を浮かべ町に手を伸ばしている。

ドラゴンはそんなリリを無視して強力なブレスを放っているが、その目は愉悦に歪んでいるのを俺はしっかりと見ていた。

その事から、どうやらかなり性格が歪んでいる奴のようだ。

しかし、俺はブレスに手を伸ばすとスピカへと声を掛けた。


(全て吸い尽くせ!)

『ラジャ~~!』


俺はドレインを使い一片の欠片も残さずブレスを吸い尽くしていく。

するとドラゴンは突然の事に反応できず、ブレスを放ち続け更に威力を強め始めた。

しかも力で押し切れると思っているのかブレスも止まる気は無さそうだ。

だがドラドのブレスすら至近距離で吸い尽くせる俺にこの程度の攻撃が通用するはずもない。

これも後でアティルに譲渡して世界樹の肥料にでもしてもらおう。

どうもこいつらの霊力を溜めていると考えただけで気分が悪くなる。

割り切れば良いと考えないでもないが今の俺には無理だ。

特にライラを苦しめた原因だと思うだけで今でも殺したい程の怒りが湧いてくる。

そして、力押しが通用しないと気付いたのか攻撃は唐突に止み、ブレスに隠れていた俺の姿が二人の目に飛び込んだ。


「もしかして・・・、ユウなの?あなたがブレスを止めて・・・」

『貴様ーーー!人間の分際で私の行動を妨げるとはどういうつもりだ!』


するとリリの言葉をドラゴンは遮り俺に怒りの籠った目を向けて来る。

言葉が分かるのはどうもスキルのおかげの様だ。

読唇では読めなかったがこちらのスキルは有効らしい。

まあ、ドラゴンの口は人間の様に複雑には動かないので仕方ないだろう。

控え目に言っても口パクにしか見えない。


「五月蠅いぞ。こっちは俺が相手したいのを我慢してるんだ。それにそいつとは約束がある。勝手にお前が暴れたらこっちが迷惑なんだよ。」

『龍王の血に連なる私にその様な物言いをするとはどうやら死にたいようだな!』

(なら、こいつがライラの肉親の一人と言う事か・・・。ク!殺してやりたい。これもある意味では「クッ殺!」と言えるのだろか。)


だが、俺は思考と同時に体が動いてしまっていた。

時間稼ぎをして後はゲンさんとサツキさんのどちらかに相手をさせるつもりだったが一発くらいはと衝動に駆られる。

そして拳を握ると怒りを隠す事なくその顔面に本気の一撃を放った。


『ぐおあーーー!』


すると一撃で打撃を受けた部分の鱗は砕け、歯も数本が砕けて抜け落ちた。

そして同時に俺の拳も砕けて骨の折れる音が伝わって来る。

見れば皮どころか肉まで捲れ血が流れ出ている。

しかし、スキルのおかげで拳は瞬く間に修復され元通りに戻っていった。


そして、ドラゴンを見れば仰け反らせていた顔をこちらに向け、血走らせた目で睨んでいる。

傷も次第に塞がり砕けた歯も下から伸びて来た新らしい歯と入れ替わって元に戻りかけていた。

流石、生物としては最強と噂されるだけはある。

しかし、以前リバイアサンから聞いた話ではコイツ等とは良い勝負になると言う事だった。

そして、あれから幾つもの事を経験し俺も更に成長している。

今の一撃で理解できたがこのドラゴンはこの間のベヒモスよりも弱い。

俺は挑発を込めてドラゴンの目線と同じ高さまで行くと見下した目と共に口角を上げて笑みを浮かべた。


『貴様、私を見下すか!』


どうやら俺の思いを正確に読み取ってくれたようだ。

しかし、こいつに思いが伝わっても全然嬉しくない。


『威圧が鬼圧に進化しました。』


そして、待ちわびていたスキルの進化もいつもに比べれば嬉しさも半減だ。

これなら魔王と戦ってスキルが進化した方が何倍も嬉しい。

しかし、せっかく進化したスキルなので遠慮なく使わしてもらおう。


俺は怒りをそのまま込めてスキルを使用した。

それだけでコイツの体が一瞬硬直したのが分かる。


『鬼圧のレベルが2に上昇しました。』

『鬼圧のレベルが3に上昇しました。』

『鬼圧のレベルが4に上昇しました。』

『鬼圧のレベルが5に上昇しました。』

『鬼圧のレベルが6に上昇しました。』

『鬼圧のレベルが7に上昇しました。』

『鬼圧のレベルが8に上昇しました。』

『鬼圧のレベルが9に上昇しました。』

『鬼圧のレベルが10に上昇しました。』


久しぶりに聞くスキルレベルの急上昇だ。

俺は遠慮など考える事なく鬼圧を叩きこむ。


『このクソ虫がーーー!私を舐めるなーーー!』


別に舐めている訳ではない。

出来ればせっかく目当ての相手が俺の目の前にいるのだ。

素手ではなく剣でその首を刎ねてやりたい。

しかし、もうじきお前よりも怖い二人が到着する。

そんな二人が到着直後に、首の斬られたドラゴンが落ちて行けばどんな事になるか。

まさに最後に取って置いたケーキのイチゴを、横から掠め取るようなものだろう。

そうなれば後で待ち構えているのは訓練という名のお仕置に他ならない。


そして、奴の後ろに視線を移せば、そこにはドラゴンの姿でこちらに突っ込んでくる二人の姿がある。

しかも途轍もない威圧を発しており、視線を逸らしたくなる。

これは二人も威圧が鬼圧に進化したと見て良いだろう。


(でもおかしいな。コイツが気付かないって事は対象は俺だけ?もしかしてこれは横取りするなっている意思表示か・・・。)


まさかこのドラゴンも怒りに狂ってこれだけの威圧を見過ごすほど馬鹿ではないだろう。

しかし、気配を消している訳ではないのでそれに気付かない程度には怒りに呑まれている様だ。


そして、リリも二人に気が付いたようだが彼女はあの二人の事をほとんど知らない。

新たなドラゴンの接近に先程までの驚愕顔が再び恐怖に染まっている。

しかし、俺は視線を前に戻し、ゲンさん達を見て首を傾げた。


(あれ、おかしいな。遠近感おかしいのかな?)


俺は目を擦りながらやって来る二人を見た。

しかし、やはりその大きさが何故かおかしい。

あれではここに到着した時はこのドラゴンと同じくらいの大きさではないか?


そう思って見ているとどうやらこのドラゴンもようやく気が付いたようだ。

俺に意識を向けながらも無視する訳にはいかず、首を回して後ろに振り向いた。


『ぐがあーーー!』


しかし、その決断は遅すぎた。

二人は減速を一切する事なくドラゴンにタックルするとそのまま遠くへと連れ去ってしまった。

そしてそれにより確信が持てたが二人はやはり先ほどのドラゴンよりも大きくなっていた。

後で聞いてみないと真相は分からないが、もしかすると大きさは調整出来るのかもしれない。

そして、二人がドラゴンを連れ去ったのは俺に横取りされそうだったからではない・・・はずだ。

ここは町の真上になるので全力で戦うためにこのような事をしたのだと信じたい。


そして、俺は脅威が去ったと思い呆然とするリリへと近づいて行った。


「大丈夫かリリ?」

「ユウ・・・。」


リリは今にも泣きそうな程の顔を向けて来る。

顔が赤いのは極度の緊張状態から解放されたからだろう。



しかし、そんな思いとは裏腹にリリの心臓は激しい鼓動を刻んでいた。


(何、この胸の高鳴り。今までどんな男にもこんなにときめいた事ないのに・・・。)


リリは知らないがこれは完全な吊り橋効果である。

しかも怒れるドラゴンという死の体現者を前にして、彼女の生殖本能もフル稼働してしまっていた。

そのため彼女は生まれて初めて異性に対して恋心を抱いたと勘違いする事になる。

その思いがどうなるかは今は誰も知らない。

リリがそんな状態だとは知らずユウは優しく近寄ってしまった。


リリ自身も普段なら自制出来る程には理知的な性格だが恐怖からそのタガが外れてしまっていた。

彼女は恐怖と震えから他人の温もりを求めてユウの胸に飛び込んでしまう。

ユウもいつもなら避けたり遠ざけたりするがこの時は怯える彼女を見てつい優しくしてしまい勘違いに加速が掛かる。

しかも獣帝の寵愛によりユウは獣に好かれやすくなっていた。

それは霊獣と言えどもリリにも適用されるので彼女の心は今までに感じた事が無い程の充実感に包まれている。


(あ~なんだか凄く安らぐ。あれ・・なんだか体が変。もしかして発情してる?)


そして勘違いは取り返しのつかない所まで発展した。

しかし、恋は勘違いから始まるとも言われているが恋の経験のないリリにはここまで来てしまうともはや止める術はない。


「ユウ・・・抱いて。」

「は?」

「・・・い、今の無し!ごめんなさい。少し気持ちが暴走してたみたい。」

「あ、ああ。そうなのか。でも、お前も見た目は可愛いんだからあんまり誤解されるような事を言うなよ。」


その瞬間、リリの頭を今まで経験した事が無い程のパニックが襲い掛かった。

それはまさに片思いの相手から突然告白されたに等しい。


「可愛い・・・。そ、それって、つまり、その・・・。私もユウは良い男だと・・思うわよ。」


そして、女としてそんな事を言われた事のないリリはユウにそんな答えを返した。

ユウはユウで社交辞令だと思い苦笑を浮かべてリリの頭を撫でて返すものだから彼女の心臓は既に破裂寸前である。


しかし、そんな甘酸っぱい時間も遠くから聞こえた声によりすぐさま中断される。

そして、そちらを向けば二匹の龍が地上へとブレスを吐いていた。

リリは無意識にユウに強く抱き付き必死に恐怖を押し殺す。

すると再びユウから優しく頭を撫でられ、聞くだけでとても落ち着く声によって事実が知らされた。


「大丈夫だリリ。あの二人は味方だからな。お前も以前に九尾の所で会ってるだろ。だからその事をお前から皆に伝えてやってくれ。きっと下の人達もお前と同様に怖がっているはずだ。」


するとリリはユウの顔に浮かぶ笑顔を見ると脅えが薄らぐのを感じた。

そして小さく頷くとそれを下にいる仲間たちへと伝えに向かう。

それを見送ったユウはそのまま二人が戻って来るのをその場で待った。

すると遠くに人影が現れ、戻って来た3人?に微妙な表情と視線を向けるのであった。

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