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185 亀人の地 ②

俺達は家に招かれたのでそのまま中に入り床に座った。

しかしどうやらタクトはここには居ない様で少し離れた建物の中に居る。

そしてここに居るのは彼の妹であるキリカと給仕と思われる女性が数人だけだ。


「タクトは居ないのか。」

「もう少しで帰って来ると思うわ。昼過ぎに被害者が到着したと連絡があって様子を確認しに行ったの。」

「そうか。なら丁度良かったってところだな。」


俺はそれならゆっくり待とうと思い出されたお茶に口を付けた。

まるでほうじ茶の様な味がして体がポカポカしてくる。

少し苦みがあるがこうなると甘い物が欲しくなってきた。


「ほうじ茶に合う甘い物は・・・。」

「儂は昆布の佃煮が欲しいのう。」


俺がステータス越しに食べ物を物色しているとゲンさんが先んじて注文を告げて来た。

確かにほうじ茶にはよく合うチョイスだが甘党の者を満足させるには至らない。

ただ持ってはいるのでそれを取り出すとゲンさんへと軽く放り投げた。


「市販の物で高級品ではないですが。」

「構わんよ。もともと贅沢などしていなかったからな。」


そう言えば蛇肉すら生でいく人だった。

いつも持ってきてくれるお菓子が美味しいのでつい忘れそうになってしまう。

ゲンさんとサツキさんは蓋を開けると昆布の佃煮をマイ箸で摘まみ、美味しそうに食べながらお茶を啜った。

その見た目は若いが確実に老人の仕草である。

それを見て興味を持ったのかキリカは首を傾げながらゲンさんに話を振った。


「それは何かしら?」

「これは海にある海藻を醤油、味醂、酒、砂糖で煮詰めた物じゃ。甘くてお茶によく合う。」


そう言ってゲンさんラベルを見ながら説明すると小皿に取った昆布をキリカに差し出した。


「味醂って言うのがよく分からないけどありがとう。少し頂くわ。」


そう言って彼女は昆布の佃煮を指で摘まむとそれを口に入れる。

少し行儀が悪いが自分の家なのだから気にする事でもないだろう。

俺達だって面倒な時は同じ事をするからな。

しかし、給仕の女性はキリカの行動を見てすぐに食器を準備し始めた。

だが、キリカにとってはそれどころではないようだ。


「こ・・これって・・・とっても私好みの味付けよ!味に奥行きがあってとっても素敵。良ければ少し譲ってもらえないかしら!」


そしてキリカは大興奮すると俺に声を掛けて来た。

しかし、俺自身もここで昆布の佃煮が気に入られるとは思わなかったのでそれほど量は持っていない。

市販で売られている70グラムほどのパックを10個ほど持っているだけだ。

数は少ないが気に入ったのならこれも何かの縁と思ってプレゼントしても良いだろう。


「少ししかないけどこれはキリカにあげよう。それとこれを使うとまた違った味になって楽しいぞ。」


俺はそう言ってまずは梅干しを取り出し、それを容器に移してネリ梅に変える。

種は使わないのが勿体ないので俺のお茶に入れて梅茶となってもらった。

そしてこの梅は我が家で漬けた10年物で表面は柔かいがとても酸っぱい。

しかし、長年漬けた事で味に丸みもあり俺の大好物だ。

雑炊にも合うので鍋の後は必ずと言っていい程に活躍している。

俺はそれを昆布にチョコンと乗せるとそのまま口へと放り込んだ。


すると昆布の甘さにと醤油の風味が梅の酸味を柔らかいものに変えて口いっぱいに広がる。

お茶よりもご飯が欲しくなる味だがここで食べ始めると夜になりそうなのでお茶だけで我慢しておいた。


「これも美味いから試してみると良い。」

「分かったわ。それじゃあ少しだけ。」

「それは自家製か?」

「はい、祖母に昔習いまして。一応10年物です。」

「フフ、アナタも中々に渋い趣味ね。それじゃあ頂こうかしら。」


そう言って他の皆も俺と同じようにして食べ始める。

しかし一口食べると唯一ワカバだけは口を窄めて酸っぱい!という表情へと変わった。

どうやら梅を乗せ過ぎた様で少しずつお茶を飲んで酸味を洗い流している。


他はどうやら気に入ってくれた様でお茶の消費が加速度的に上昇し始めた。

しかし、そんな時にキリカは先程から給仕をしてくれている亀人の女性に振り向くと目をクワッと開いて声を掛ける。


「すぐにご飯を持ってきなさい!」

「か、畏まりました!」


俺は敢えて出さなかったのにキリカはとうとう限界に達したようだ。

梅などの酸味のある物は自然と食欲を駆り立てる。

既にホロもその言葉と同時に口の横へ涎が浮いているようだ。

しかし、俺はその影で次の材料を取り出しアレンジを始めた。


次に出したのは濡れた鰹節。

これはメノウが味噌汁を作る時に使った鰹節を貰っておいた物だ。

それを密かに微塵切りにし、フライパンで温めながら佃煮と同じような味付けにして二つを混ぜる。

簡単なアレンジだがこれならワカバでも安心して食べられるはずだ。


そして密かにしていてもやはり匂いまでは誤魔化せない。

給仕がご飯を配ると奪い合いになりあっという間に消え失せてしまった。

一応ワカバの為に一人分は別に確保しておいたのでそれをワカバに渡しておく。


「これは酸っぱくないからな。」

「うん、・・・これなら美味しく食べられる。」


ワカバは一口味見をするとそれを受け取り、ご飯を一緒に食べて顔を綻ばせた。

流石に今はまだ大人の中でガチの奪い合いは危険だろう。

怪我の心配を通り越して命を心配しなければならなくなる。

任された以上は飯の取り合いで死にましたという情けない報告だけはしたくない。

もちろん死なせるつもりもないが出来るだけ無傷で返してやりたいとは思っている。


「ユウ、ありがとう。」

「子供は気にするな。」

「もう、子供じゃないのに・・・。」


そして俺の言葉にワカバは昨夜と同様に頬を膨らませた。

俺はそんなワカバの頭を軽く撫でると自分の席に戻って行く。

丁度その時、外へと繋がる扉が開きタクトが家に帰って来た。

どうやら連絡が行っていたようで被害者と思われる亀人が10人程外に並んでいる。


食事中となってしまったが仕方がない。

俺達は別に遊びに来た訳ではないので彼らの方を優先させる必要がある。

しかし、タクトは家に入ると声を掛けようとした態勢のままで硬直して動かなくなった。

だが、その気持ちも分からないでもない。

重要な話をしようとして自宅の扉を開ければ、妹と客人がご飯片手に何か黒い物体を奪い合い飯を食べていればこうもなる。

しかもタクトが帰って来た事に気付いている、又は気にかけているのは俺だけだろう。

他は気付いていても放置しているか気付いてすらいない者たちだ。

怒鳴り声を上げないだけ理性的な男である事が見て取れる。


しかし、どんな理性にも必ず限界がある。

その為、俺は立ち上がるとタクトの前まで歩み寄った。

もちろん、手には昆布の佃煮の入った小皿を持ってである。


「お帰りタクト。すまないな騒がせて。」

「ただいまユウ。ところで、そのセリフを言うはずの妹は何をしてるの?夕飯には少し早いと思うのだけど。しかも僕を置き去りにして反応すらしないし。僕、泣いても良いかな。」


そう言って寂しそうにキリカを見るが未だに反応を返さない。

どうやら完全に火が付いてしまい食欲が爆発したようだ。

今は目付きも会った時の穏やかさが消え去り、まるで獲物を狙う獣のようだ。

あれならきっとワニ亀の方がもっと穏やかな目をしているだろう。


それに手加減しているとはいえ、ホロとやり合えている時点でかなりの実力も持っているのが分かる。

しかしホロの方はちゃんと理性を残している様でこちらの様子を時々確認しているが分かる。

声を掛ければ遊ぶのを止めるだろうが先にタクトにもお裾分けをしておきたい。


「最初はお茶だけで食べてたんだがよっぽどこれが気に入ったみたいだ。タクトも食べてみたらどうだ。」

「それなら一つ貰おうかな。このままだと全部食べられそうだし。」


そう言って小皿を受け取るとタクトは添えておいた爪楊枝を取り昆布を刺してから口と運んぶ。

どうやらキリカよりもタクトの方が上品な人柄の様だ。

しかし佃煮を口に入れるとタクトの目がクワッと大きく見開かれた。


(霊獣って血縁者で似る性質でもあるのか?)

「僕にもご飯を持って来て!」

「あ、あの外で人が待っているのでは・・・。」

「急ぐんだ!これは最重要命令である!」

「か、畏まりました!」


そして給仕は奥へと駆けて行ったがその顔は完全に呆れていた。

それに霊獣の血縁者では好みまで似ていると言う事だろう。

しかも待つ間にタクトは貧乏揺すりでもしそうな程に切迫した表情を浮かべ、確実に減って行く佃煮を睨みつけている。


「お、お待たせしました!」

「待っていたぞ!」


そしてタクトはご飯を受け取ると食事という戦いに参加していった。

敵はかなりの量を食べているが全員が胃は底無しである。

参戦の遅れで損をするのは本人だけなので、これから如何に追い上げるのかではなく如何に沢山食べられるかだ。


俺はそれを確認するとホロに目配せをして外へと向かって行く。

そしてそこには10人の亀人とそれを囲む複数の兵士たちが俺達を待っていた。

実際はそこにタクトが加わらなければならないが彼は熾烈な戦いの真っ最中だ。

そのため、こちらに意識を向ける余裕は一切ないだろう。

俺とホロは彼らの許に向かうと確認のために話しかけた。


「この人たちが被害者ですか?」

「そうなります。それで、タクト様はどちらに?」


まさか飯を食うのに夢中で来られないとは言えないだろう。

別にタクトが居なくても問題は無いので平和的速やかにやるべき事を実行する。


「それならまずは解放をしてしまおう。既に鳥人で問題ない事は分かっている。後の事は事後確認で大丈夫だ。」

「分かりました。それではお願いします。」

「そういう事だ。ホロ頼んだぞ。」


俺は彼らからの了承を得るとホロに声を掛けた。

無いとは思うがホロは犬の獣人に当たるので勝手な事をして後で何か言われると面倒だ。

しかし、無事に了承も取れたので後はホロに任せて一旦全員に離れてもらった。

範囲をどこまで指定できるのかは知らないが確実に言えるのはホロもこのスキルを使い慣れていないという事だ。

下手に傍にいると影響を受けてしまう可能性があるので安全のために距離を開けてもらう。


「それじゃあ行くよ~。ホイ。」


するとまたもやる気の抜けた掛け声だがスキルはしっかり発動している様だ。

ホロのスキルを受けてすぐに表情が柔らかくなり周囲を確認し始めた。

どうやら今回も成功の様で後は任せても大丈夫だろう。。


「ここは・・・。」

しかし、穏やかなのはここまでだった。

全員が犬の様に鼻を鳴らし始めると急に目付きに鋭さが戻り暴れようとし始めた。


「うおー俺を自由にしてくれ~!」

「この拘束を解きやがれー!」


その突然の豹変に一瞬、失敗という言葉が頭を過る。

しかし、それは心配のし過ぎだったようだとすぐに分かった。


「俺に飯をくれ~!」

「何だこの食欲を駆り立てる香りは!俺達を空腹で殺すつもりか~!」


そう言えば先程佃煮と鰹節を少し炒めたんだった。

周囲の匂いを嗅ぐとまだその残り香が漂っている。

俺も調理をしてそのままなので服にも匂いが付いていたのだろう。

彼らはそれに反応して食欲を駆り立てられた様だ。

しかし、それを知らない兵士たちは心配そうにその様子を窺っている。

そんな彼らに俺は心配ない事を伝えた。


「これは大丈夫だ。鳥人も解放直後はかなり食欲が強くなっていた。飯を食わせれば落ち着くだろう。」

「分かりました。その様に対応しておきます。」


そして、来た時よりも激しく暴れる様になってしまった彼らは他の亀人に連れられて去って行った。

俺は軒先の目立たない所にこっそりとリアの腕を吊るして素知らぬ顔で中へと戻る。

するとそこには満足そうに腹を抱えるタクトとキリカが寝転がっていた。

しかもその顔からはどう見ても被害者の事が完全に消え去っているのが分かる。

もし、先ほどの兵士が報告と称してこの現場を見れば呆れて何も言えなくなっていただろう。

俺はタクトの横に腰を下ろすと解放が終わった事を報告しておいた。


「解放は終わらせといたからな。」

「「あ!」」


やはり二人とも完全に忘れていたようだ。

しかし、どのみち結果が出るのはもう少し先になってからだろう。

そうすれば勝手に向こうから報告が来るだろうしそれまでに確認で顔を出しておけば問題もないはずだ。


「すみません。つい食べるのに夢中になってしまいました。しかし、食べ切ってしまったのであれはもう食べれないのですね。」


大事なことを忘れて食事に夢中になった事を後悔している様だが、同じくらい食べ切ってしまった事を後悔していそうだ。

そして確かに市販品は食べ切ってしまった。

しかし、俺のアイテムボックスにはそれを解消する食材が大量に入っているのだ。


「市販品は食べ切ったのなら自分達で作ればいいんだ。大量の昆布と味醂、それと作り方を教えてやるから今度は自分で作ってみろ。」


すると二人は途轍もない速度で起き上がると残像を残すほどの速度で俺に飛びついてきた。


(コイツ等、聞いていた話では動きが遅いはずなのに、もしかして普段は怠けてるだけなんじゃないのか。さっきの動きは非武装のテニス並みには早かったぞ。)


どうやらこの世界の亀はウサギ同様に怠け者で自分の欲望に正直な様だ。

それはさて置き、こちらでも日本酒や焼酎の様な酒はグレンの所で飲んだので製法が分かれば味醂を作ることが出来る。。

後は餅米があれば作るのは難しくないはずだ。


「確認だが、こちらにもち米はあるのか?」

「どんな物ですか?」

「蒸して磨り潰すと粘り気が出るコメの事だな。こんな感じなんだが分かるか?」


俺は現物の餅を取り出すとそれをタクトに見せた。

鑑定すればある程度はどういった物なのかは分かるはずだ。


「・・・ああ、これなら似ている物があります。あまり好んで食べられていないので数は少ないですが。」

「どうしてだ。餅にすれば美味いし炊いてもそれなりに食えるだろう。」


日本では雑煮や鍋のお供にぜんざい、きな粉餅にと活用法は多い。

しかし、先ほどタクトが見せた表情は少し歪んでおり何か理由がありそうだ。


「もしかして何か理由があるのか?」

「恥ずかしいお話ですが、この餅は昔はよく食べられていたのです。しかしある時、餅が好きな霊獣たちが種族を問わず喉に詰まらせて大量死した記録があります。それ以来、餅を食べる習慣が無くなってしまいました。」


(・・・馬鹿かこいつら。)


しかし、先ほどの食べ方を餅でやるのは確かに危険だ。

霊獣は胃に入った物は魔素に分解するが喉では分解できない。

あんな食べ方で餅を詰まらせれば死は確定に近いだろう。

窒息は回復魔法も対応できない数少ない症状だ。

しかし、どこかの漫画で不死鳥が喉に餅を詰まらせて死んだというギャグがあったがまさか現実でそれを知る事になるとは思わなかった。

この世界のフェニックスは完全な不死では無いらしいが霊獣の中ではトップクラスの生命力を誇るそうだ。

それが餅で死ぬとなるとそりゃあ誰も食う事を避ける様になるだろう。

日本でも毎年死者が出るサイレントキラーの異名を持つ食材だ。

魔法で病が治せる世界だからこそ恐ろしく感じるのは仕方ない事かもしれない。


「でも、今回の用途はあくまで味醂作りだ。食べる訳ではないから試してみると良い。」

「分かりました。努力してみます。」


その努力は餅を食べない事か、それとも味醂を作ってみるという意味なのかは分からないがこちら側の世界では基本は自己責任だ。

それに餅を食べても喉に詰まらせるとは限らない。

俺は無事を願ってレシピを渡す事にした。


しかし、何も食べないでも生きられる霊獣が際限なく主食である米を食べ始めて大丈夫だろうか。

教えてしまってから心配しても後の祭りなのでここは彼らの自制心に期待しよう。

先程の様子からあまり期待は出来ないが、その時こそ彼らを含め獣人たちも一致団結して使命を思い出せば精霊が助けてくれるかもしれない。

そして、俺達は早めの夕食を終えると風呂をいただいて早めの眠りに着いた。

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