184 亀人の地 ①
到着して家に入ると俺達の存在に気付いてヒイラギが駆け寄って来た。
それを見てリアとワカバは俺の後ろに隠れ身を小さくする。
怖いならしなければ良いのに、こういう事をする者は後になって後悔するものだ。
ここで何も言わずに引き渡せば先日の俺とリアの時の様に二人は長く辛い説教に連行されるだろう。
しかし二人は既にゲンさんとサツキさんから十分な修行という名の罰を受けている。
その苦しみを知る者として少しの口添えは許されるだろう。
なにせあれは反省を通り越してトラウマになるレベルだ。
あの後にヒイラギの説教は可哀そう過ぎる。
『仕返しの大チャンスですよ。』
(・・・・・口添えをしよう。)
『長い沈黙でしたね。』
俺は悪魔の囁きを振り払い怒り顔のヒイラギに声を掛けた。
「叱る前に言っておく事がある。」
「あぁ?」
(頼むから声を掛けただけでメンチを切らないでくれ。)
そして、昨日の説教の事がフラッシュバックして僅かに怯んでしまったが、ここで引き下がる訳にはいかない。
別にどうしても助けたい訳では無いが、この状況から見ても昨日を上回る事が予想される。
「ゴホン!・・・あ~その、こちらでかなり厳しく叱ってるから、そちらで何か言うにしても程々にしてやってくれないか。」
「どんな叱り方をしたのですか?この子たちは言っては何ですが、普通に言っても耳を通り過ぎるだけですよ。」
そう言われてあの時に感じたリアの本音の事を思い出した。苦笑と共に納得の頷きを返した。
なので精神的なだけではなく、肉体的にもしっかりと叱った証としてリアの切られた腕を取り出して見せる。
(1つ、2つくらい出せば良いだろう。もう何本かあるが手に持つのが面倒だ。)
「それは!あなたは何をしたのですか!?」
「少し厳しい修業を兼ねてゲンさんとサツキさんにお願いしたんだ。まあ、手足が飛ぶ事は良くある事だから気にしないでくれ。」
やはり立ち位置が母親だとここまで厳しくは出来ないだろう。
特に今回は最悪の場合には命の危険もある様な悪ふざけだった。
それをしっかりと理解してくれるように特に厳しいお仕置きとなったがリアとワカバには良い教訓となっただろう。
そして俺が詳しく説明すると驚いていた顔が納得に変わり二人の外見を確認すると大きく溜息を吐いた。
「それなら今回はこちらで叱る必要は無さそうですね。」
そう言ってヒイラギは二人に歩み寄ると軽い拳骨を落としべワカバを優しく抱きしめた
やはりかなり心配させてしまったようでその目には涙が浮かんでいる。
俺達の世界でも事前に知らせていたとしても子供を持つ親にとって心配の種は尽きない。
こちらでは離れている相手との連絡手段が碌に無いのでなおの事だろう。
そしてそれを見てワカバも目に涙を浮かべるとヒイラギに強く抱き付いた。
こちらもどうやら自分がどれだけいけない事をしていたのかに気が付いたようだ。
「ご・・めんなさい・・お母様。私・・いい子になる・・から。今回の・・事で・お母様の・・優しさに気付いたの。」
「そう、やっと気付いてくれたのね。これからはあまり心配かけさせないのよ。」
「うん。」
どうやら、これで一件落着のようだ。
この世界は危険と隣り合わせなので軽はずみな行動は死へと繋がる。
例え霊獣と言えど、ここの傍には最強種であるドラゴンの縄張りもある。
なので経験豊富な者の意見はしっかりと聞いておくべきだ。
そしてヒイラギはワカバが落ち着くとこちらへと視線を向けてきた。
「それにしても、せっかくリバ様が許可を出してくれたのに、結局は遠回りする事になりましたね。」
「いや、どのみち中央を突っ切るつもりは無かったからあまり変わらないさ。それよりも飯にしないか。足りない分はこっちで出すから。」
空いている扉から中を見るとテーブルの上に食事直前の風景が広がっている。
そこにはもちろん俺達の分は無いので急に帰ってきた分はこちらで準備する必要がある。
ただし出すだけなので準備はすぐに終わるため再びテーブルを並べてから揃って食事を始めた。
「それで、問題は上手く解決出来ましたか。」
「様子を見る必要はあるが恐らく大丈夫だろう。今後の経過はグレンたちから聞いてくれ。」
やはり今後の事を考えると気にはしていたのだろう。
ここでは今のところ被害は確認されていない様だが今後はどうなるか分からない。
もし、グレンたちの所と同様に潜伏している者が居ると問題になる。
まあ、少数で何かできるとは思えないのでワカバさえ気を付けていれば九尾は大丈夫だろう。
「分かりました。通信用の魔道具も頂いているので数日後にでも確認をしてみます。ところで明日はまた朝から出発ですか?」
「そのつもりだ。移動に時間が掛かる事も分かったから明日はもう少し早く出ようと思う。」
前回は到着が夕方になってしまった。
もう少し早く到着出来れば相手との交流も持てるだろう。
それにグレンは餌(リアの腕)の設置を許してくれたが亀人には断られるかもしれない。
色々な状況を考慮するともう少し早く到着をしたい。
「そうですか。ならお願いがあるのですが、出来ればワカバも連れて行ってあげてくれませんか。」
すると突然の申し出に俺だけでなくワカバ本人すら驚いて手が止まってしまう。
どうやらワカバも何も聞いていなかったようだ。
ヒイラギは優しく目元を細め、その様子を見るとこちらに視線を戻した。
「今回の旅は短いながらもワカバには良い勉強になったようです。普通の者にはこんな事は頼めませんが、あなた達にならお願いできます。ダメならそれでも構いませんがどうでしょうか?」
確かに経験を積ませると言う面でなら問題はない。
ヒイラギは既に虎人とも直に戦闘し、彼らがどういう状況なのかも知っているはずだ。
それなのに頼んででも連れて行って欲しいというのなら、ワカバもそう言う事を目にしておくべきと判断したのだろう。
親が任すと言うなら俺に断る理由は無いので後はワカバ本人が決める事だ。
ドラゴンの危険はあるがそれは何処に居たとしても同じ事。
暴れている者も居るそうなのでここにいても絶対安全と言う訳ではない。
「ヒイラギはああ言っているがワカバはどうする。お前が来たいなら正式に連れて行っても良いぞ。」
するとワカバは俺の言葉に周りを見回し顔色を窺っている。
やはり子供なので面と向かって言われると周りに流され易いのだろう。
その顔にリアと一緒に無断で付いてきた積極性は見られないが本人の尾は左右に振られ行きたいと自己主張している。
「私は・・・、私はユウ達と旅をしてみたい。だから連れてって。」
しかしワカバは最後に自分の言葉で俺達との旅の同行を求めてくる。
その言葉に誰も反対する事はなく、全員の同意のもとに旅に出る事が決まった。
「それなら、明日は早いから寝坊するなよ。」
「私はもう子供じゃないんだからそんな事しないもん。」
しかし、そう言ったワカバだが頬を膨らませてソッポを向く姿は何処から見てもまだまだ子供だ。
その様子に周囲からも笑い声が零れ、それが更に彼女の頬を膨らませる要因になるがそれが再び周りへと笑いを振り撒いた。
そして、その日は笑いと平和の中で夜は深まり再び貸してもらった部屋のベットに入る事になった。
何故か俺のベットには毎夜リアとワカバば居るのだがヒイラギ達は何も言ってこない。
出来れば自分の部屋で寝るように言って欲しいのだが、これはこれでモフモフ感があって捨てがたい。
そしてそれが二人を拒絶しない一番の理由になっている。
テニスからは凄い羨ましそうな目を向けられているがこの事に俺の意思は含まれていないので勘弁してもらいたい。
そして既に定位置となっているのか最初の夜と同じようにホロとクオーツも一緒でベットの左右を陣取っている。
別に寝るだけで何かすると言う訳ではないのだが、リアは今日も夢にうなされて足をバタつかせている。
その為、仕方なくワカバとホロの足元まで移動させてその前足を握ってみた。
すると次第に動かなくなり、表情を緩めて落ち着いた寝息を立て始める。
明日からはまた長い移動があるので途中で眠って落ちると危険だ。
それにこれでやっと俺も落ち着いて眠ることが出来る。
そして、そのまま眠りに着いた俺は朝日と共に目を覚ました。
どうやらずっとリアの前足を握ったままだったようで少し汗を掻いたのか掌が湿っている。
彼女は今も眠っている様で穏やかに寝ているので今の内に手を離して起き上がった。
「もう朝なの?」
「そうだな。今日も皆を任せたからな。」
「うん。」
クオーツは俺が起き上がるのと同時に目を覚まし目を擦りながら笑顔を浮かべてくれる。
朝からこういう笑顔が見れると心も晴れやかな気分だ。
そして反対ではホロとワカバが同じような態勢で「くわ~」と欠伸をして目を覚ました。
何か見た目だけでなく行動まで似てきた気がするが一緒に寝るのもまだ3日目なので気のせいだろう。
その足元ではリアも目を覚ましたようでゆっくりと瞼を開けた。
そして自分の前足を見詰めた後に鼻で嗅ぐと何故か舌で舐め始めた。
(何故そこで舐める。手を洗え手を。)
俺は見なかった事にしてベットから立ち上がると一階へと降りて行った。
するとそこでは早起きしていたのか、ヒイラギが既に朝食の支度を済ませている。
今日は早く出ると伝えておいたので気を利かせてくれたようだ。
メニューは茹で卵とご飯に野菜が数種類。
味噌汁に野菜の浅漬けも作ってある。
まるで日本で良く見る朝食風景の様でとても馴染みがありとても家庭的だ。
こういうのを見ると早く家に帰って家族のみんなでご飯が食べたくなる。
そして、朝食を終えた俺達は今度はここから北西にある亀人の町へと向かうために準備を始めた。
「ワカバは飛べないからしっかりロープで固定しろよ。」
「分かった!」
話によればワカバはまだ天歩も使えないらしい。
落ちたら命に関わるのでこちらでもロープを確認して何重にもチェックを行う。
そして、一緒に乗る者にもしっかりと声を掛けておくのも忘れない。
「ホロとテニスも任せたからな。」
「任せて。」
「絶対に離さないわ!」
俺の言葉にホロは力強く頷いて請け負い、テニスは欲望剥き出しの表情でワカバの後ろから手を回してしっかりと固定した。
あれなら下手な車のシートベルトよりも安全だろう。
もし日本でトラックが突撃して来ても確実に弾き返すに違いない
それになるべく急ぎたいが今回はワカバがいる事が分かっている。
適度な休憩を入れながら進むので昨日よりも時間的には遅くなるかもしれない。
「それじゃあ出発するぞ。」
「「「おー!」」」
俺の掛け声で全員が移動を開始し空へと飛び上った。
そして再びヒイラギ達に軽く手を振って速度を上げていくとその姿は次第に見えなくなっていく。
ワカバは昨日リアの服の中に潜んでいたため周囲を見れなかったが、今日は周りを見ることが出来る。
彼女は目を輝かせて流れていく景色を見て楽しそうにテニスと話をしているようだ。
テニスもそれが楽しいのか表情が緩みっぱなしだ。
帰る時に「お持ち帰り~」とか言い出さないかが心配だが彼女も大人なのでそんな我儘は言わないだろう。
そして昼になったあたりで一度地上に降りて休憩を入れた。
ワカバもテニスが上手く話し相手になってくれている為か飽きる事なく移動に耐えてくれている。
ああ見えてテニスはギルドの受付嬢も出来るのでコミュ力が高そうだ。
「ご飯休憩にしようか。」
「そうじゃな。儂も小腹が空いたわい。」
前回は取らなかったが今回は昼食を理由に休憩を入れる。
ゲンさんとも既に打ち合わせをしていた事なのですぐに話に乗ってくれた
しかしこれはワカバが自分に気を使っていると思わせないための理由付けだ。
昼食と言う事で軽い物で済ませるのでサンドイッチを取り出してみんなに配った。
具はレタスにトマト、それにハムやベーコンが挟んである。
当然、レタスは切ったばかりの様にシャキシャキでトマトも瑞々しい。
アクセントとして辛子マヨネーズが塗ってあり、ちょっと大人なテイストにしてある。
すると初めて食べるリアとワカバは鼻に来た様で咄嗟に鼻を摘まんで渋い顔をしている。
しかし、味は気に入ったのか慣れると美味しそうに食べていた。
「ユウの国は色々な食べ物があるのね。」
「どれも美味しくて驚きました。でも先ほどのは先に言っておいて欲しかったです!」
「悪い悪い。これも大人の階段と言う奴だから良い経験になったろ。」
どうやらこちらに来てから色々な料理を出しているので二人は日本の食文化に興味が湧いているようだ。
確かに日本には一部の者を除いて宗教的に忌避する食材はなく色々な物を食べる。
文化や精神面で受け入れがたい食材も存在はするが料理の数で言えばかなり多いだろう。
しかもここは味噌と醤油に米もあるので日本食に似ている傾向がある。
調味料を足すだけで似た風味で、違った味になるので興味も湧くだろう。
今回のサンドイッチは少し違うが、もしこれが和風照り焼きチキンならもう少し馴染みやすかったかもしれない。
「もし二人が飛べるようになれば日本に来る事もあるかもしれないな。その時には家に来ると良い。もっと色々な物をご馳走してやるよ。」
「それなら約束よ。嘘ついたら許さないからね。」
「私もすぐに飛べるようになって見せます。」
俺は二人と約束を交わすと出発の準備を始めた。
しかし、霊獣は天歩を飛ばして上位スキルである飛翔を覚えられるそうなのでもしかすると意外に早く日本に来るかもしれない。
それに目標があれば上達も早いだろう。
だがその前にワカバはレベルを上げる必要がある。
体は成長して強くなったがレベルが上がったわけではない。
先日の成長は肉体的に強化されただけなので彼女の成長はこれからだ。
そして再び出発した俺達は空が赤くなり始めるよりも早く亀人の町へと到着した。
ドラゴンの縄張りをかすめる様に飛んで来たが今のところ問題は起きていない。
このまま無事に終われば良いのだが、これに関しては運を天に任せるだけだ。
そして、到着した俺達はリアとワカバを先頭に門番へと声を掛けた。
「私は九尾のリアトリスです。話は聞いていますか?」
「はい、聞いております。到着後はタクト様の許へ案内するようにと言われておりますのでご案内いたします。」
俺達は門番から丁寧な対応を受けると案内されて町へと入った。
九尾の所でタクトと別れて時間的には3日以上が過ぎている事になる。
亀人は動きが遅いというがそろそろ準備も出来ているだろう。
問題はもう一つの潜伏者の方だ。
前回は門番を驚かせてしまったので今回はタクトになるべく相談してから行動しよう。
そして、到着すると案内をしてくれた亀人が扉をノックして声を掛けた
「九尾様とそのお連れの方がお越しになりました。」
「はいは~い。ご苦労様~。」
そして返事をしながら扉を開けたのは子供にしか見えない少女が一人。
しかし、マウンテン・タートルは見た目で年齢を判断する事は出来ない。
タクトも子供に見えるたがリバイアサンと共にやって来たと言う事はここの代表と言う事でそれなりに長く生きているはずだ。
恐らくこの少女もその見た目以上には長く生きているだろう。
「私はタクトの妹でキリカ。みんな良く来てくれたわね。詳細を説明すから中にどうぞ。」
そしてキリカと名乗った少女は扉を開け放つと俺達を中に招いてくれた。
すると案内してくれた亀人は「それでは。」と言って俺達の前から去って行く。
俺達は中に入ると床に座りキリカはお茶を用意してから会話に入って行った。




