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180 虎人の獣王 ②

時は僅か数分遡る。

ゲンとサツキは先程の戦闘に参加できなかったストレスを晴らすべく、到着して早々に虎人の集団に襲い掛かった。

しかし、その太刀筋を見て手加減している様にはとても見えない。

虎人達は隊列を整える時間もなく次々に首を飛ばされていった。

特に森を掻き分けての行軍と言う事で隊列は乱れ互いの距離が空いてしまっていたのが被害をより大きくしている。

二人は縦横無尽に走り回り両手に持つ小太刀という鋭い爪を存分に振るう。


「ユウもまだまだ甘い所があるのう。」

「そうね。見敵必殺は戦場の常。手加減なんてしてたらいつか足元をすくわれるわ。」

「まあ、奴はああ見えて甘々じゃからな。」


そして、そのすぐ後にテニスも追いつき戦場へと姿を現す。

クオーツとホロはなかなかユウが来ないので速度を出さずに来ているようで彼女の方が早く到着を果たていた。


「さあ来なさい。私が優しく打ちのめしてあげる。」


そして、テニスは虎人の集中する中央付近に降り立った。

そこは何処を見ても虎人だらけだ。

しかもワータイガーの姿となった彼らはテニスの言う所のモフモフである。

しかし、そこにモフモフはあるがデリカシーは存在していなかった。


「肉が降って来たぞ。」

「でもこいつ筋肉質で固そうだな。」『ビキ!』

「脂肪(胸)もねえし。」『ビキビキ!』

「しかもコイツ結構齢じゃねえ。臭いがちょっと。」『プッツ~ン』


その瞬間、テニスは堪忍袋の緒が切れた。

しかもデストロイと言われるだけあって、もともと沸点が低い彼女だが内心で思っている事を見事に言い当てられてしまったのも大きい。

そのため、先程までの笑顔は氷の冷笑に変わり容赦のない虐殺が始まった。


「良い度胸ね。生きて帰れると思うなよ!」


そう言って飛び掛かったテニスの顔は虎顔の彼らよりも怖いものに変わっていた。

そして彼女の戦闘が行われた場所には倒れた木々が散乱し人と認識できる形の物は何一つ残されなかった。


そのすぐ後にクオーツとホロが到着して戦場を見回した。

しかし、その光景を見て二人は揃って首を傾げる。


『あれ、半殺しじゃなかったっけ?』

「そうだよね。手加減しなくてもよくなったのかな?」


しかし次の瞬間、彼女らの許にスキルを通じてある感覚が伝わって来た。


『ユウが九尾を眷族にしたみたいだね。』

「家族が増えた。」

『なら家族の敵は。』

「殲滅あるのみ!」


これがユウが到着するまでの流れである。

たった数分の遅れだが見れば取り返しのつかない程の惨事へと発展していた。

既に7割以上が物言わぬ死体に変わり、見ている間にも秒速十人以上の命が失われていく。

しかも虎人は死をも恐れぬ狂気に支配され、次々と死に向かい駆け出している。

これは既に何もしなくてももうじき敵がいなくなりそうだ。


しかし、マップを見てみると光点が一つだけここから離れて行っている。

俺はこの状況で逃げ出せる者は一人しかいないと思い、そこに向かって再び移動を開始した。


「ちょっとどうしたの?みんな戦ってるわよ!」

「こんな状況の中で1人だけ逃げてるのが居る。もしかしたらそいつが今回の元凶かもしれない。」

「え、もしそれが本当なら獣王は仲間を捨てて逃げ出したってこと!?」

「その通りだ。だから少し遊んでやろうと思う。」


その1人を除いて全ての獣人たちは命を捨てる勢いで向かって来ている。

そんな中で敵に背中を向けて逃げるという行動が出来る者は限られる

俺達は移動しながらリアトリスとこれからの打ち合わせを済ませておく。

そして逃走中の虎人を視界に捉えるとその進行方向の先へと着地した。


「止まれ!」

「な、誰だ貴様は。」


すると1人だけ逃走していた虎人は俺の声に急停止する。

そして、戦闘態勢を取りながら鋭い視線で睨み威圧を飛ばしてきた。

しかし、この程度の威圧は日常茶飯事だ。

いや、これを遥かに凌ぐ鬼圧を最近浴びているのでそよ風にすら思えない。

俺はそれを軽く受け流すと打合せ通りに話を始めた。


「俺達は今回の首謀者である獣王を探している。そしてこちらは被害にあわれた九尾様の一人、リアトリス様だ。」


俺は降り立つとリアトリスの斜め前に立ち彼女を紹介する。

しかし、その尾の数を2本に変えてもらっており、尾の少ない弱った状態を演出している。

1本にできるなら2本にも出来るだろうと提案したのだがリアトリスは見事に俺の要望通りの姿へと変身してくれた。

獣人に尾が2本の者は居ないそうなのでこれで十分だろう。

するとリアトリスは表情を消して澄ました声で俺を叱責してくる。


「ユウ、このような者に私の紹介など不要です。」

「申し訳ありません。」


そして俺は恭しく頭を下げると横に移動し道を譲る。

そしてリアトリスは俺の更に前に出ると虎人に歩み寄った。


「それで、お前は獣王について何か知っていますか?知っているならすぐに喋りなさい。そうすれば見逃してあげましょう。」


すると虎人は一瞬歯を食い縛るがその場に両膝を突き土下座スタイルへと変更して顔を隠した。

どうやらプライドよりも生存を選び取ったようだ。


「あ、ありがとうございます。私は獣王に操られたフリをして今まで生き延びてきました。」

「お前の事は聞いていません。獣王について喋りなさい。」

「はい。それが・・そのう。」

「早く言いなさい。」


そう言ってリアトリスは虎人の前まで詰め寄った。

虎人はそれを見て間合いを計りながら隠れた口元に笑みを浮かべる。


「はい。実は・・・。」


そして手が届く位置までリアトリスが近寄った瞬間に虎人は手を伸ばしその腕を掴んだ。

すると口角を吊り上げその手を伝って何か見えない力を送り込み彼女の全身を一瞬で覆い尽くした。


「ははは!九尾とて尾が2本しか残ってなければ人間の女と大して変わらんだろう。これでお前も俺の下僕だ。これからはお前が命を懸けて我を守り我が子を産むのだ!さあ、手始めにそこの男を殺せ!」


そう言って虎人は剣を取り出すとリアトリスの手に握らせた。

しかし、剣を握ったリアトリスは首を傾げて虎人を見つめ返す。

すると、まるで言葉が通じていないようなその仕草に虎人は苛立ったのか拳を作ると彼女の顔に振り下ろした。


『バキッ!』


そして余程強く殴ったのか骨の折れる音が響き虎人は優越感に顔を歪める。

しかし、折れたのはリアトリスの骨ではなく虎人の腕の骨だ。

拳は既に原形のない程ボロボロで奴はそれに気付いた途端に別の意味で顔を大きく歪めた。


「ぎゃああーーーー。何が起きているんだ!貴様、いったい何を・・・!?」


しかし、虎人の言葉は途中で止まってしまう。

目の前にいるリアトリスが尾を9本に戻し、滑らかに揺らめかせているのを見たからだ。

その途端にまさに虎人は狐に化かされたとばかりに目を見開いて驚愕の表情を浮かべる。


種を明かせばリアトリスには最初から現在にいたるまで力を送り続け、オール・エナジー・クロスで護り続けている。

そうすれば精神干渉や状態異常は全て無効にしてくれるので安心して見ていられる。

リアトリスも今回の現況に一泡吹かすことが出来てとても嬉しそうだ。


「フフ、人を騙すのってちょっと楽しいかも。」


・・・どうやら俺の勘違いだったようで彼女は新たな扉を開けようとしているらしい。

俺はその呟きを聞いて今後の彼女が悪女にならない様にと心の中で祈った。

なにせ見た目は美人なのでこれほど男を騙すのに向いている人材は居ない。

今後はヒイラギの教育に期待をしておくしかなさそうだ。


「それで、お前がやっぱり獣王か。」

「そうだ!?くそ、スキルを使われたか。ならどうして最初からそうしなかった。」


虎人、改め獣王は怒りに満ちた顔で睨んでくる。

その間にも腕を治療し周囲を確認して退路を探しているようだ。

そんな獣王に俺は笑みを浮かべて瞬時に手の届く所まで移動し、その肩に気安く手を添えた。


「いやなに。お前が馬鹿な事をしたせいでワカバが泣いたからな。だからお前を揶揄って溜飲を下げたかっただけだ。」

『バギボギ!』

「ぐおあーーー!離せクソがーーー!」


俺は言葉を言い終えると同時に握力をかけて肩を握り潰した。

そして更に肩の肉も突き破り完全に破壊してそのまま固定する。

これで俺が手を離さないかぎり獣王は簡単には逃げる事も出来ない。

蹴りを放ってくるが痛みに耐えながらの攻撃では碌な衝撃すら伝わってこなかった。


「それにお前は俺の大事な眷族に手を出した。残念だがそれは万死に値する。」

「だ!大事な!」

「ん?何か言ったか?」

「い、いえ。何も・・・。」


後ろから何か聞こえた気がするが獣王の声が五月蠅くて聞き取れなかった。

スキルで聞こえる声を限定していれば聞き取れただろうが、そうするとコイツの声が聞こえなくなるからな。


そして俺は肩から手を離すとそのまま手を掲げて頭へと振り下ろした。

それにより獣王は衝撃を吸収しきれず、縦に潰れて頭の中身を周囲へとまき散らしその生を呆気なく終える。

どうも獣王と言う事でホロと同格を想定していたが脅威はスキルだけだったようだ。

俺はさらにその体を分解して完全に消すと周囲を浄化し痕跡すら完全に消し去りリアトリスの許に戻った。

すると彼女は嬉しそうに笑顔を浮かべると俺の手を両手で握り胸の高さまで持ち上げた。


「私ってそんなに大事?」


なんだか悪戯を計画している子供の様な表情を浮かべているがその頬が少し赤い。

どうやら獣王を揶揄えた興奮がいまだに冷めていない様だ。

話に付き合っていると戻るのが遅くなるので適当にあしらっておく事にした。


「一応、ワカバの姉だからな。」

「ウ~!ワカバばっかり狡いわ!」


するとリアトリスは頬を膨らませながらそっぽを向いてしまった。

もう大人ぐらいの年齢のはずだがこいつもまだまだ子供の様だ。

しかし、これからまだ幾つも仕事が残っている。

他の地域の状況や霊獣の様子の確認。

封印されてしまっている者は解放しないといけないし白老虎にいたっては今回の事で説明を求める必要もあるだろう。

封印具に関しては情報交換をしないといけないはずだ。


まあ、その辺は俺が心配しなくてもヒイラギが上手くやってくれるだろう。


「それじゃあ戻るか。」

「え、ええ。戻りましょうか。」

「何か歯切れが悪いが何か気になる事でもあるのか?」

「いえ、そんな事はありませんよ。ヒュ~ヒュ~。」


しかし、そう言っているがリアトリスのこの態度は確実に何かある。


(そう言えば飯の前に説教の予約をしてたな。もしかして飛び出して来た事でそれが伸びるのを心配してるのか。)


「さあ、早く帰ろうか。」


俺はとても優しい笑みを浮かべてリアトリスの肩に優しく触れる。

するとリアトリスは呆れ混じりの目でジトっとした視線を向けて来た。


「ユウ・・・。気付いてるわよね。」

「ああ、説教はしっかり受けろよ。」

「ユウお願い。後生だから私を攫って逃げて。母様の説教は半端ないの。」

「そんな事したら俺も叱られるかもしれないだろう。他人を巻き込むな。」

「私は貴方の眷族なんだからもう家族でしょ。主なら私を守っても罰は当たらないわよ。」


よほど必死なのか若干正論も織り交ぜてこちらに縋って助けを求めて来る。

こんな時に主はどうすれば良いのか。

俺は僅かな時間で答えをまとめて行動に移した。


「ちょっとユウ。いきなり何するの!?もしかして本当に攫ってくれるの?」

「そんな訳あるか。面倒だから後の事はヒイラギに丸投げだ。お前はしっかりと叱られとけ。」

「わ~裏切り者~!離して~!帰りたくな~~~い!」


俺はリアトリスをお姫様スタイルで抱えると素早く移動を開始した。

かなり暴れているがこの程度はどうって事はない。

俺は先程のログハウスに帰るとそれに気付いたヒイラギが飛び出して来た。


「何してるの心配したのよ!」

「ご、ごめんなさい。」

「今は中に入りなさい。」

「はい・・・。」


リアトリスは素直に頭を下げて謝るとヒイラギに連れられて歩き出した。

まさに門限を破った子供のようであるがこちらにチラリと恨めしそうな目を向けて来る。


「部屋で事情を聞きます。それとユウも来なさい。色々話があります!」


しかしこちらに振り向くと俺にも鋭い視線を向けて来る。

俺は無実のはずなのになんでこんな流れになっているんだろうか・・・解せぬ。

こうなれば最後の抵抗をしてここからの早期離脱を試みなければ。


「いや、俺はまだやるべきことが残ってるから・・・。」

「き・な・さ・い!」

「はい・・・。」


俺の抵抗虚しく結局はヒイラギの迫力に負けて一緒に部屋に入って行った。

普通の男なら美人二人と部屋に入ると言えば心躍る場面かも知れない。

しかし、俺とリアトリスは部屋に入るなり硬い床に正座させられ延々と説教を聞く羽目になった。

しかもヒイラギは俺達が敵と戦っている間も肉を食べ続けていた様で現在は完全復活している。

後でリアトリスから聞いた話では、怪我をする前よりも遥かに元気になっていると言っていた。

結局説教は3時間にも及びその間に何度も同じ事をループして言われ続けた。

もしや呆けたのではないかと心配したがどうやらリアトリスは何度言ってもなかなか聞かないので刷り込みの様に同じ事を何度も言って聞かせる事にしているらしい。

それによる被害を受ける身としては堪った物ではないが俺も改める気が無いので互いに似ていると言えなくもない。


更にスピカが悪戯で回復系のスキルを強制的にoffにしたのでしばらく足の痺れに苦しめられた。

しかもそんな時こそワカバの様な子供が猛威を振るう時でもある。


「どうかしたのですか?」

「いや、何でもないよ。」

(触るな・・・触るなよ~。)


とは言ってもその悪戯を思いついた様な子供らしい笑顔と後ろで激しく揺れている尻尾がこの後に訪れる俺の運命を物語っている。

ワカバはまるで追い詰めた獲物へ最後の止めを刺す様に姿勢を低くすると容赦なく俺の足へと攻撃を加えて来た。


「ま、待て!」

「えい!」

「グオ~~~!」


それでなくても立っているのもやっとなのにこんな事をされては床に倒れるしかない。

するとホロまで遊んでいるのかと勘違いして飛び付いて来るので今度は両足から痺れが襲い掛かって来る。

それは神経から脊椎へと伝えられ脳髄へと突き抜けると電流を浴びた様な感覚が突き抜けて行く


「アハハハ!えい!えい!」

「ワウ!ワウ!」

「おのれワカバめ!後で覚えていろよ~!」

「キャハハハ!」

「止めて!マジ止めて!・・・仕方ない。朝に言ってた権利を使うからマジで止めて。」


するとワカバは何でもするという約束通りに離れてくれるがこれは彼女にしか効果が無い。

そのためホロは今も俺の足から離れてくれないので痛みは半分になったが立つ事が出来ない程の痺れが襲って来る。


さすが俺達の世界では悪名高い九尾の狐だ。

ここでホロまで巻き込むとはなんと狡猾で容赦のない生き物なのだろうか。

しかし、ワカバはそんな俺に対して条件を付きつけて来た。


「なら、私の些細なお願いを聞いてくれる?」

「・・・聞かないとダメ?」

「ダメ!」

「ヌオ~~~!や~め~て~~~!」


そして俺は痺れた足を更に突かれて涙と共に唸り声を上げる。

それをワカバは笑いながら何度も続け、とうとう俺も限界を迎えた。


「さ、些細な事なら・・・聞いてやるぞ。」

「わ~い、やった~~~!約束だからね~!」


そう言って悪獣ワカバはホロと一緒にニコニコ顔で去って行った。

いつの間にあそこまで仲良くなったのかは知らないが本当に恐ろしい相手であった。


(今度絶対に仕返ししてやるからな!)


そして無事に二つの話(説教と脅迫)は終わり、俺達は静かで平和になった町で一夜を過ごす事になった。

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