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167 ドワーフ王国 ①

次の日の朝、リビングへと下りるとそこには見慣れない者が朝食の準備を行っていた。


「あ、ユウさん。おはようございます。」

「おはよう。それで、なんでアリーナがここに居るんだ?」


そこで朝食の準備を手伝っていたのは北海道で別れたはずのアリーナである。

しかも、その姿は以前の様な幼い姿に戻っており、部屋の隅にはランドセルまで置いてあった。

どう見ても通学前の小学生である。


「え、聞いてないですか?私はこちらの学校に入学する事になったんですよ。」

「手続きは誰がやったんだ?」


俺は見た目が子供に戻っているアリーナに強くは出れず、まずは気になる事を問いかけた。

それにこんな事が出来る人間で俺の知り合いだと一人、二人くらいしかいない。


「ゲンさんとサツキさんがしてくれましたよ。二人ともとても良い笑顔でした。ちなみに登録住所はここだそうです。」


俺はその言葉に即座にゲンさんへと連絡を入れる。

するとまだ早い時間だがまるで待ち構えていたような速さで通話は繋がった。


「ゲンさん、これはどういう事ですか!?」


俺は怒ってはいないが丸め込まれない様に強めの声で問いかけた。

しかし、さすがゲンさんと言う事か、向こうからは軽い笑い声が帰って来る。

これは、何を言っても無駄な気配しか感じられない。


『フォッフォッフォッ、何を驚いておる。お前がいつも言っておるだろ。そこに住む者は働くべしと。子供の仕事は勉強する事じゃ。何も問題はあるまい。』

「グフ!」


俺は理由を聞いたのに既にここに住む話まで状況が進んでいる様だ。

しかも彼女の年齢は未だに10歳と考えると大人びていようと知識は無いと考えるのが妥当であろう。

しかもあまりの正論に返す言葉もない。


「まあ、そこは納得しましょう。ならどうしてここなのか教えてください。」

『それはその町がこの国で最も安全で多くの事に理解があるからじゃ。お前の所の住人や自警団のおかげで、その町での苦情件数は日本で最も少ない。自警団もツキミのおかげで完全に統制されておるしな。』


そういえば最近この街の中でトラブルが起きたという話を全く聞かない。

結界石もアヤネのおかげでかなり普及している。

それに最初の頃は役所に行けば人だかりが出来ていたのに今では通常業務以外でそういった人間を見る事が殆どなくなっていた。

ゼロでないのはどうしても万単位で人が居れば何にでも文句を言う奴が常に存在するためだ。

しかし、そう言う寛容でない人間も社会には必要なので過度に酷い行動をしていないのなら役所の人間も邪険にはしないだろう。


「確かにそうかも知れませんが・・・。」

『それにあちらでアリーナを学校に通させるのも大変だ。近くに学校はあるがやはり送り迎えをしなければ近くの住民に怪しまれる。そこなら小・中・高も近かろう。』

「しかし、彼女も中身だけは年頃の女の子ですよ。」


俺は最後の足掻きを見せるがそれが何の役にも立たない事を知っている。

そのため諦め半分どころか9割は諦めているのだがやはりこちらも既に確認が終わっていたようだ。


『これは本人の了承を得ている。両親も既に納得済みだ。どうしても嫌なら好きに追い出せばよかろう。お前に出来るならだがな。ハハハハハハ。』

『プツン』


そして高笑いと共に通話は切れた。

俺は電話を睨みながら仕方なく現状を受け入れて溜息を零す。

言われた事が正論ばかりで言い返す隙すらなかった。

俺は不安顔のアリーナに顔を向けると苦笑して頷いた。


「今日にでも部屋を準備しないとな。」

「はい!よろしくお願いします!」


俺の言葉にアリーナは今にも飛び跳ねそうな程の嬉しそうな笑顔で頷きを返してきた。

ランドセルが置かれていたのはまだ部屋が無いからだったようで学校に行くようになるにはもう少し先になるらしい。

新生活の準備期間としては十分だろう。

後で一応、自警団にも紹介しておいて事故が起きない様にしておかなければならない。

彼女は現在は魔物枠なので勘違いして攻撃されると大変だ。

負ける事は無いがトラブルを回避するためにもこういった細かな事はしておくに限る。


そして俺は買い物をヘザー達に任せてクラウドの許に向かった。

昨日の事件が大き過ぎて忘れそうになるがこの剣を作ったのはあくまで前準備の一つでしかない。

偶然に偶然が重なって世界樹や世界の危機が発生したがまさにそちらがオマケなのだ。

断じてドワーフ王国がオマケではない。

それに思いのほか時間が掛かっている。

手紙を飛ばして即日届くとは考えられないので既に1週間は経過していると余裕を持って考えた方が良いだろう。

そして、これからクラウドに会いに行くのは出発を何時にするかを決めるためだ。

俺はいつでも良いのだがあちらにも都合があるだろう。

俺は到着してすぐにクラウドの許に行き声を掛けた。


「クラウド、どんな感じだ?」

「ユウか。準備は万全だ。いつでも行けるぞ。」


そう言って彼は待ってましたという顔で立ち上がる。

まさか昨日の今日で出発しようと言い出すとは思わなかった。

出来れば数日は休みたいと思っていたのだがクラウドはそうでなかったらしい。

考えてみればドワーフは鍛冶の適性があり、鍛冶をこよなく愛する種族だ。

そのため鍛冶師が多いのだがそれは即ちワーカーホリックを生み出す土壌になっているのではないだろうか。

しかも今回はドワーフ王国の人々と鍛冶師の運命が掛かっている。

そのため1分1秒でも早く行動したいのかもしれない。


(これは何を言っても無理そうだな。)


まさに燃える様な目とはあの様なモノを言うのかもしれない。


「分かった。まずは皆に話してあちらに向かおう。ただディスニア王国から行くからな。」

「それは構わんぞ。俺の故郷はあそこの国境近くの山にある。」

「それでよくディスニア王国に襲われなかったな。」


あの国は結界石を奪うためなら自国の村さえも滅ぼした前歴がある。

国境付近なら襲われてもおかしくないのではないだろうか。


「まあ、周囲を崖に囲まれた村だからな。上手い具合に目隠しになってるのよ。それよりも、しばらく帰ってないから村の事も心配なんだ。早く行くぞ。」


どうやら心配事は鍛冶の事だけではなさそうだ。

俺達は再び家に戻ると周りに声を掛けてディスニア王国へと向かった。

今回は今までに無い程人数が少ない。

たった二人なのでかなり身軽に動くことが出来る。

俺達は王都に到着すると王城の門番に声を掛けた。


「アルフェは居るか?」

「これは良い所に。実は先日ドワーフの国から使者が来まして大問題になっておりまして。王女様は現在その対応に追われております。案内の者をすぐに呼んで来ますのでお待ちください。」


どうやら門番は俺の事を知っている者の様で、顔を見てすぐに丁寧な対応をしてくれた。

しかし周りを見ればまだ痛々しい戦いの爪痕が至る所に残されている。

まだあれから日も浅いので仕方がないがそれでも多くの家が壊され更地に変わっている。

もしかしたらこの機に区画整理でもするのかもしれない。

しかし、周りを見ていると城の方向から声が掛かった。


「待たせたわね。」


そう言って出て来たのはこの街で別れたテニスだ。

てっきり彼女は商業都市タスクに帰っているのかと思っていたがまだ滞在していたようだ。

しかし、国とギルドはそれぞれの組織として存在している。

どうしてテニスが城から出て来るのだろうか?


「帰ってなかったんだな。」


するとテニスは苦笑を浮かべて軽い溜息をついた。

やはり何か理由がありそうだ。


「歩きながら話しましょう。アルフェが待っているわ。」


そう言ってテニスは俺達を連れて城に入って行った。

俺達もその後に続きながら会話を続けて情報を聞く事にする。

すると彼女は俺が声を掛ける前に自分から話し始めた。


「一度は帰ったけどすぐに仕事が入ったの。今度はドワーフ王国がらみね。実はあの国に行った冒険者で1年以上前から苦情が来てるの。」


テニスの顔を見れば少し困った様な表情を浮かべている。

そんな前からの案件が放置されていた事に嘆いているのだろう。

そして俺達もその苦情に心当たりがある。

つい先日に被害にあう寸前だったからだ。

しかし、届け出をすればギルドが動く事もあるんだな。

1つ賢くなった気分だ。

そして、俺はそんなテニスに体験談として予想を答えた。


「何となくわかった。捕まって武器を没収されたんだろ。」

「その通りよ。今までギルドの上層部は冒険者だから賭博で質に入れたか悪さをして没収されたんだと思ってたの。でも今回あなた達のおかげでそうじゃない明確な証拠が手に入ったわ。だから私が動く事になったの。」


やはり、あれだけの人が居れば冒険者も混ざっていたのだろう。

それに他のドワーフたちも良い顔をしていなかった。

彼らの内の誰かが俺達の代わりにギルドに届けと証言をしてくれたようだ。

見つけたら酒と上手い飯ぐらいは食わせてやろう。


しかし、テニスが動くと言う事はギルド内での不正関係の時だ。

すなわちドワーフ王国のギルドも一枚噛んでる可能性があるって事か。


「あ、到着したわね。続きは中で話しましょう。」


そう言って中に入ればそこには数人の騎士と机にはアルフェが座っていた。

彼女はまた馬鹿正直に仕事を限界以上にこなしている様だ。

せっかくライラが体調を整えたのにまた酷い顔になっている。

いや、以前よりも酷いかもしれない。

俺はまずは電話を取り出して家に連絡を入れた。


「どうしましたユウさん。」

「メノウか。少しこちらに来てくれ。」

「分かりました。」


俺が連絡を入れるとメノウはすぐに部屋へと転移して現れた。

そしてアルフェの顔を見ると納得してくれたようで俺に向くと頷いてくれる。

俺はメノウに頷きを返すと命令を下した。


「家に連行しろ。」

「アイアイサー。」


その直後、メノウはアルフェの手を掴むと何も言わせる事なく消えていった。

それを見て騎士たちは驚いているが僅かに安堵の色も見せる。

そんな彼らに俺は一応の注意だけはしておこうと顔を向けた。


「人間は過労で急死する事もある。あまり無茶をさせるな。」

「それは分かっている。しかし、言っても休んでくれんのだ。」


俺は溜息をつくと頭を抱えたくなる。

今回の騒動で国の中枢はボロボロだ。

官吏などの仕事をしていた者の全てがデーモンに殺されてもいる。

その為、仕事の能率も低く人を育てる者もいない。

このまま放置すれば遠くない内に国自体が破綻する可能性もある。


仕方なく今度はゲンさんに連絡を入れてみる事にした。

日本には能力はあるが仕事を得られない人間は多い。

誰か紹介してくれるかもしれないと思っての事だ。


「ゲンさん実はですね。」


俺が今の状況を話すとすぐに納得をしてくれた。

やはりデスクワークで苦しんでいる人は同じ悩みを持つ者には優しいようだ

そして優秀な人材を探してくれる事になったのであちらは任せても大丈夫だろう。

この国は衣食住は問題ないが人材だけが足りていない。

お金も大量にあるので給料も十分払えるとの事だ。


「それなら家にアルフェが居るのでそちらで話をしてください。今日明日で国が滅びることは無いでしょう。」

「そちらは任せろ。儂らも暇になったらすぐに行くからな。」


まるで遊びや飲み会に出席するノリだがゲンさんはこんなものだろう。

その時には確実にサツキさんとアキトも来そうではあるが彼らは自己責任で問題ない程に強い。

好きにさせれば良いだろう。


「人員の確保はゲンさんがしてくれる。あの人ならアルフェを面談と言う形で上手く丸め込んでくれるだろう。それで、アイツは何日寝てないんだ。」

「今回は1週間くらいだ。ドワーフ王国からの宣戦布告とも取れる親書が届いたタイミングも悪かった。」


今回はと言う事はそれ以外の時もほとんど寝ていないのだろう。

しかも仕事をこなしながら極限の緊張状態なら何時倒れてもおかしくない状況と言う事だ。

傍に人がいれば問題ないが、いなければ死んでいたかもしれない。

病気とは一人で不意に気が緩んだ時に起きやすいとも言うからな。


「なら今回の事が片付くまでは家で放置だな。異存はないな?」

「もちろんだ。」


俺の言葉に騎士たちは安心した様に頷いた。

それに俺の家はアキト達がしっかりガードしてくれているので安心だ。

彼らなら要人警護の経験もあるだろう。

それに家に居るのは女性ばかりなのでそっち関係でも安心できる。

向こうは皆に任せて俺はこちら側の問題を解決する事にした。


「それじゃ、説明を聞こうか。ドワーフ王国は今どういう動きをしているんだ。」

「奴らは現在、国境付近にある山間の村を拠点にしている。」

(山間の村?もしかしてクラウドの故郷か?)


するとクラウドも少し表情を歪めているがその手が強く握られている事から内心でかなり焦っている様だ。

彼は見た目はおっさんだがドワーフも人間にくらべれば寿命が長いそうで300年以上は生きられる。

村には親兄弟が居てもおかしくは無いだろう。


「それで、この国に戦う力は残っているのか?」

「ハッキリ言って攻められれば確実に蹂躙される。ドワーフ製の鎧と武器の前では俺達の作る武器等は紙屑も同然だからな。」


それはそうだろうな。

俺もクラウドの武器を最初に使った時はその性能の違いに驚いたものだ。

あんな物を全身に纏えば一騎当千の軍隊が出来上がってしまう。

クラウドが粗悪品と言った剣ですらかなりの威力があったからな。

するとクラウドは机の上の地図を睨むと俺に顔を向けて来た。


「すまないがユウ。俺は村に行かせてもらう。」


どうやら俺が思う以上いクラウドは村を心配している様だ。

なら最初の目的地は決定したも同然だな。


「それならそこが最初の目的地に決定だな。」

「良いのか?」

「どうせ通り道だろ。それに俺達には良い移動手段があるじゃないか。」


するとクラウドは顔色を悪くするが頷きを返して来た。


「背に腹は代えられないか。俺も力が増してるから今回は大丈夫だ。だがその前にあれは脆すぎる。こちらで少し強化させてもらうぞ。」

「それに関しては好きにしてくれ。」


俺はそれに納得するとフローティングボードをクラウドに渡し強化を任せた。

今ではクリエイトに進化した彼のスキルならすぐに終わるだろう。

後はテニスがどうするかだな。


「テニスは一緒に来るか?」

「出来れば同行したいけどあれはなに?彼・・・凄い形相で作業してるけど。」

「ああ、あれで村まで飛んで行くんだ。その後は車での移動だな。テニスは確か自力で飛べるよな。」

「飛べるけどそれが?」

「なら落ちても大丈夫だな。クラウドはそっち系を持ってないからあんなに必死なんだ。」



テニスから見てクラウドの態度は明らかにそれだけではない様に見える。

しかし、ユウがあまりに軽く言っているので一応の納得を示して頷きを返した。


「なら、私も一緒に行くわ。その方が速く着きそうだから。」


そしてこの後、テニスはこの時にクラウドに何も聞かなかったことを後悔するのだった。

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