163 依り代
オリジンが手を振ると大地が隆起しそこに祭壇が出来上がる。
続いて剣をその上に置くと空に向かい声を掛けた。
「あなた達、来てるわよね。」
「来てますよ。」
「当然でしょ。」
するとオリジンが声に応え、二人の女性が現れた。
1人は我が家の料理長にして天使で大食いのメノウ。
「ちょっとユウさん。その解説は酷くないですか?」
「本当の事だぞ。」
「フフ、日頃の行いじゃない?」
そして、もう一人は最上位デーモンにして俺の知る中で一番残念でイタい奴のナトメア。
「何よそれ。私の何処が残念でイタいのよ。」
「プププ~。日頃の行いじゃないですか~。」
二人とも俺の心の解説に突っ込みを入れながら互いに罵り合っている。
するとナトメアは俺の前まで来ると見下ろした後に視線がス~と机の上のお菓子に移動した。
なんともあからさまで分かり易い奴である。
まあ、勝手に取らないだけ最低限の礼儀はあるのだろう。
ちなみにオリジンは勝手にとっても家族なので問題ない。
そう思っていると彼女はこちらに視線を向けてニコリと笑い、またお菓子が消えた。
しかし、遠慮が無いと言うのは家族内では美徳である。
俺も笑顔を返しておき、お菓子の乗った皿を持ち上げて差し出した。
「良し。」
「なんだか犬に餌を与える合図みたいね。」
そしてナトメアは俺の言葉で僅かに表情を引き攣らせたが結局は手を伸ばして来た。
するとその横にメノウが現れ輝く瞳を向けて来るので皿をそちらへと移動させる。
「今のは俺にとって最大限の敬意だったんだが仕方ないな。」
「ちょっと、もしかしてアナタ。」
俺はいうが早いか手に持つ皿をメノウに手渡しナトメアに「何かあったか?」と、表情だけで問いかけた。
するとメノウは皿を受け取った途端に乗っていたお菓子をまさに流し込むように口へと入れて数回の咀嚼の末に飲み込んだ。
「『ゴクリ』美味しいお菓子をありがとうございます。」
「な!何て事するのよ!私のオヤツよ返しなさい!」
ナトメアはメノウに駆け寄るとその首を掴み前後に激しく揺さぶった。
その瞬間に首からは何度も聞こえてはいけない「ボキ・ベキ・バキ」という音が聞こえるがメノウは笑顔を浮かべ続けているので問題は無いだろう。
しかし、それが残念だと言うのだが我が家では早い者勝ちがルールだ。
一瞬の戸惑いが全てを失う原因へと変わる。
それを知っているからこそオリジンも摘まみ食いを行ったのだろう。
しかし、それを知らないナトメアには我が家のローカル・ルールは少し厳しすぎた様だ。
これから働いてもらわなければならないので今回だけは少し優しくしておいてやろう。
「ナトメア。」
「何よ~。『クスン』」
「今から何かするんだろ。なら、これでも食って元気を出せ。」
俺はそう言って皿に乗ったチョコレート色をした円柱状のケーキを取り出した。
サイズは7センチほどと小さいがこれにはちょっとした仕掛けがある。
それを見てナトメアは飛びつくとすぐに気が付いたようだ。
「このケーキ温かいのね。」
「ああ、それは暖かいケーキなんだ。通常のケーキよりも少し低温で焼いてある。」
ナトメアはさっそくフォークを取り出すとケーキに切り込みを入れてその中身に驚いた。
「ちょっと、これ中が焼けてないわよ!」
彼女が言った通り、切った場所からはチョコレートが流れ出し、お皿に垂れている。
しかし、このケーキはフォンダンショコラと言ってこの形態が正しい。
この状態にするために通常よりも温度を下げて焼き、中まで火が通りきらない様に竹串などで刺して確認しながら焼いていく。
ただ材料がチョコレートマーフィンとそれほど変わらないので俺も最初は食感などが心配だった。
しかし、生焼けでも卵の臭いや小麦粉などの粉っぽさもなく美味しく食べることが出来た。
それに暖かいのでチョコレートの風味と甘みを強く感じることが出来、クリームで丸みも与えているのでかなり美味しい。
それにこれはケーキ屋にはあまり置いていないケーキの一つだ。
「まあ、食ってみろ。気に入るかは別にしても味は保証する。」
「分かったわよ。」
そう言って半信半疑に彼女はケーキを口に運んだ。
そしてその瞬間から疑心は吹き飛び美味しそうに食べ始めたので気に入ったのだろう。
「アナタたち、いつも・・・こんな・・美味しい物・・食べてるの?」
彼女はケーキを食べながら一口ごとに言葉を紡いでいる。
行儀は悪いがここにそれを咎めるほど狭量な者はいないようだ。
もしかしたら側近の中には居るかもしれないが彼女はここに一人で来ているようなのでその姿は見えない。
俺は彼女の言葉に少しだけ思案すると素直に頷いた。
「ん~。そうだな。」
「少しは否定しなさいよ!」
しかし、我が家の料理長であるメノウが毎日美味しいご飯を作ってくれている。
彼女の目の前で嘘でも違うとは言えない。
そんな事をすれば彼女の日頃の努力を否定する事になってしまう
そうなるとそれを悲しむのではなく更なる努力で覆そうとする。
今でも我が家を支える柱として頑張っているメノウに、これ以上の負担は掛けれない。
「なら逆に聞くが家に来ていつも美味い飯だけ食って帰ってるが、次回からはその時だけ特別に不味い飯を出してやろうか?」
「毎日美味しいご飯を食べてください。私がいつ行っても美味しいご飯を食べれる様に。」
すると俺の問いかけに彼女は一切の間を置かずに切り返してきた。
どうやらこれからも時々家に現れるつもりの様だ。
ならば一つだけ注意をしておかなければならないだろう。
我が家において最大のルール。
働かざる者食うべからずだ。
「家の飯はタダじゃないからな。それ相応の物を持って来いよ。」
「え!そうなの?でもみんなタダで飲み食いしてるじゃない。」
するとそれを聞いた精霊王たちはスススーと俺の傍に来るとこれ見よがしに封筒を差し出した。
その中にはドルとユーロが束で入っており、俺もそれが見える様に取り出すとナトメアに見せつける。
そして4人はそろってナトメアに視線を向けるとニヤリと笑みを浮かべた。
きっと自分達は払う物は払っていると主張しているのだろう。
しかし以前のお金もまだ残っているのでここで出さなくても良いのだがその効果は大きかったようだ。
彼女は周囲を見渡し側近が居ない事を思い出すと、どこかの猫型ロボットの様にアイテムボックスから色々な物を出しては地面に投げ落としていく。
どうも見ているとタイヤにパイプなどのゴミから、何かの剥製や仮面など用途不明な物まで出て来る。
そして彼女がそんな中から取り出したのはとてもシンプルな一つの指輪だった。
「これならどうよ!」
ナトメアはとても自信満々のドヤ顔で指輪を差し出して来る。
見た目はプラチナの様な輝きだがこの程度なら日本でも買える品物だ。
そう思い鑑定するとそれが魔道具であることが判明した。
しかも俺が以前から欲しいと思っていた物の一つでもある。
その指輪の名を等分の指輪。
効果はオリジナルの指輪からレプリカを生み出し、それを付けた者に経験値を等しく分配する効力を持つ。
しかし、それはパーティやレイドを組んでいれば同じ事ではあるがそれには厳密に50メートル以内という距離が存在する。
だが、この指輪はその距離の制限を無効にする効果がある。
その為、全員で旅が出来ない時でも経験値を分配できると言う事だ。
俺はその指輪を見た途端にガッシリとナトメアの肩と手に持っている指輪を掴んで逃げられないようにしてから笑顔を返した。
「気が向いたらいつでも食いに来ても良いぞ。」
「ホント!」
「ああ、今年1年はな。」
一年と区切ったがもし側近も連れてくれば5人の大所帯だ。
コイツ等は人間でないので際限なく飯を食う。
家ではある程度制限を掛けているとはいえ確実に1人前では済まないだろう。
しかし人外を家に招くとはそう言う事なのだ。
「それ以降はクリーンな金を稼いで持って来い。いいな。クリーンな金だぞ。」
「アナタ、私達に死ねって言うの?」
俺の言葉にナトメアは悲壮な表情を浮かべて睨んでくる
やはり今の要望にはかなりの無理があったようだ。
天使が善行しか出来ない様にデーモンは悪行しかできない。
元々クリーンな金を準備する手段は無いのだ。
しかし、それならもう一つ別な手段が残っている。
限りなく悪行に近いが世界の為になる方法だ。
その手段は既にフレアが示してくれていた。
「なら、テロリストを始末して金品を奪え。呪われてても家には浄化に長けたメンバーが揃ってる。」
「アナタって容赦ないわね。本当に正義の味方なの?」
ナトメアはあきれ顔で言って来るが何を言っているのだろうか?
俺は別に正義を振りかざして人を助けたことは無い。
そんな、個人によって価値観が違う曖昧な物などに俺は価値を見出せない。
俺は俺が助けたい人間をただ助けているだけだ。
そこに善も悪もない。
ただ、今まで倒してきた多くが偶然にも世間一般で言う悪と断定されいた存在だっただけだ。
それに俺の座右の銘は『邪魔する者は叩いて潰す』。
命を奪いに来た者は遠慮なく殺してでも退ける。
そして、俺の心情は正確にナトメアに伝わった様だ。
「そ、そんなのね。私は・・・私は敵対しないわよ。」
「お前が敵対しなくても部下の責任はお前の責任だからな。何かあったら飯代から引いとくから覚悟しろよ。」
すると先ほどを上回る悲壮感を漂わせると膝を折って項垂れた。
本当にこれが最上位デーモンで大丈夫なのだろうか。
いつか裏切り者が出そうで心配になって来る。
ナトメア自身に何かあっても気にはしないが組織とは上が変わればやり方も変わる事が多い。
今の体制はこちらにとっては都合が良い事も多いので何かあれば助けてやらん事もない。
次のリーダーが飯に釣られるとは限らないしな。
しかし、そんな彼女の落ち込みを無視してどうやら何かを始める様だ。
オリジンは周りに声を掛けると集合を促した。
「そろそろ始めるわよ。」
「分かりました。」
「頑張りましゅ・・・。」
(あ、噛んじゃった・・・。)
ナトメアは俺に恨めしそうな視線を向けるがオリジンからの声に視線を戻した。
「メノウ、承認とその証をここに。」
「はい。」
そう言って彼女は祭壇の前に立つと翼を広げた。
そしてその翼に手を掛けると『スポン』という小気味よい音をたてて引き抜き祭壇に乗せられた剣の上に置く。
(え~あれってこんな簡単に抜ける物なの!?)
「最上位天使であるメノウがここに承認とその証を捧げます。」
するとメノウの言葉に反応するように祭壇に置かれた翼は輝き剣へと吸い込まれる様に消えていった。
「ナトメア、次はあなたよ。」
すると彼女も翼を広げて祭壇の前で足を止めた。
(まさかコイツもか?)
しかし、俺の予想は外れ彼女は頭に手をやるとそこにある角を『キュポン』と引き抜いた。
(お前はそっちかよ。なら何で翼を広げたんだ!)
(そっちの方が格好良いから?)
すると答えが返されるが何ともダメダメな理由だった。
コイツの事は今後、残念デーモンと呼んでも良いのではないだろうか?
そう思っているとナトメアも剣の上に角を乗せると言葉を紡いだ。
「最上位デーモンであるナトメアがここに承認とその証を捧げるわ。」
するとナトメアの角もメノウの翼と同じように剣に吸い込まれる様に消えていく。
そして、今度はオリジンが剣の前に立つと彼女は髪を一房切って剣の上に置いた。
「精霊の母であるオリジンがここに承認とその証を捧げる。」
するとオリジンの髪も剣に吸い込まれる様に消えていく。
その途端に剣から激しい光が生まれ周囲を白一色へと包み込んだ。
一瞬、目が焼けるかと思ったが激しい光なのに眩しいという感じがしない。
まるで光と言うよりも白の世界に迷い込んだみたいだ。
するとそこには幻覚か、以前に見たスピカがイメージした少女が苗を持って立っていた。
彼女は何かを言っているがあまり聞き取る事は出来ない。
しかし、一言だけは聞き取ることが出来た。
「・・・であ・・スピ・・こ・・聖・・の誕・・承認・・・しま・。」
すると光は収まり幻影もそれと同時に消え去った。
そして祭壇に目を向けるとそこには黒い刀身はそのままに鍔の部分が大きく変わていた。
中心は菱形に変わりそこにはアリシアの手にある印と同じ文様が浮かんでいる。
その左右には片方には白い翼が、反対方向には黒い角の様な鍔が伸びていた。
オリジンはその剣を祭壇から手に取ると俺の傍にやって来る。
そして俺に剣を手渡すと柔らかい笑みを浮かべた。
「これは世界の管理者が承認した特別なモノ。全員がユウを使用者と認めたあなただけの武器よ。もう一人必要だったけどなんとかなったみたいね。」
「もう一人?さっきの光の中の少女は違うのか?」
「「「!!!」」」
「ゆ、ユウ!誰の事を言ってるの!もしかしてあなた何か見たの!?」
俺がポツリとこぼした言葉にオリジンだけでなくメノウやナトメアまでもが驚きの表情を浮かべる。
それを見て先ほどの光景を見たのは俺だけであると確信した。
しかし、それをどう話すかが問題だろう。
まさか俺の中に俺の知らない誰かがいると言って信じてもらえるだろうか?
しかし、悩んでいると再び剣に変化が生まれた。
柄頭に丸い緑の宝石が出現しそれを柄の金属が覆って行く。
更に変化が終わると剣自体が輝きを放ち形を変えていった。
しかしその姿は先ほど見た少女の姿にとても良く似ている。
ただ俺が見た時は身長が70センチ程度だったのに今は160センチはある。
髪はまるで絹の様に滑らかで白く、その瞳はまるで薄く輝く虹の様だ。
顔立ちは少しオリジンに似ているかもしれないので姉妹だと言われれば納得してしまいそうな程だ。
彼女は髪と同じく白いワンピースに身を包み地面に足を付けると俺と視線を交わした。
「こうして話すのは初めてですね。」
「もしかしてスピカか?」
「はい。」
そう言ってスピカは軽やかに笑うと俺の背中に手を回し優しく抱き付いてくる。
その姿にオリジンは即座に反応すると俺との間に割って入り体を引き離すとスピカを睨みつけた。
「姉さん!今まで何処にいたの!?」
「姉さん?」
俺はオリジンから飛び出した衝撃的な事実に首を傾げてスピカを見るのだった。




