158 ならず者現る
その日の夜。
俺達がテントに入っているとスピカから警告が発せられた。
『現在、こちらに向けて複数の人間が接近中です。』
(分かった。)
「皆起きてくれ。誰かがこちらに向かっているみたいだ。」
俺はすぐに起き上がるとみんなに声を掛けて外に出た。
すると既に数人が起き出しており、同じように警戒を始めている。
俺はまず、地元の自警団の所に行き確認を取る事にした。
もう遅い時間だが何かの目的で人を呼んだ可能性があるからだ。
その場合は俺達の心配は杞憂に終わるが、そうでないならこのまま警戒が必要だろう。
現在このダンジョンの事は一般に公表されていない。
しかしここは普通の観光地で観光客も来る。
それでも夏なら賑わうらしいがこんな冬で、それも夜に訪れる者は殆どいない筈だ。
稀に酔狂な者が来るかもしれないが、それでも10人を超える団体で訪れることは無いだろう。
こちらのマップで確認したところ数も20人は居るのでかなりの大人数だ。
そして、丁度泊まり込んでいたイワトさんを見つけたので確認がてら声を掛けてみた。
「イワトさん。こちらに何者かが接近しているようです。何か知っていますか。」
「いや、俺も寝ている所を起こされたところだ。それにこちらでも追加される人員があるとは聞いていない。だが・・・。」
そう言って彼は携帯を取り出してとある書き込みを見せてくれる。
どうやら旅ログの様なものでここ最近に北海道へ訪れた事が記載されているようだ。
そこにはこのダンジョンの事が書かれており、かなりのアクセス数になっている。
「もしかするとこれを見た者が狩場を求めて訪れたのかもしれない。俺達も観光客までは規制できないからな。」
彼らは地元の有志が集まった団体なので一般人としての対応しかできない。
そう言った事は国が管理しないといけないのだがここは対応が遅れたので間に合っていないのだろう。
それにここは日本にあるダンジョンで3つ目となり1つは富士の樹海でもう一つは厳島にある。
両方とも自衛隊が駐留し、警備を行っているのでいまだに一般には解放されていない。
もうじきギルドが立ち上がればそれらも解禁されるだろうが、それまではここは一般が入る事の出来る唯一のダンジョンと言う訳だ。
そうなればこうして遠出してくる者が居てもおかしくはない。
ただ、来ている者がどういう人間かにもよる。
イワトさん達は誠実に俺達に対応し、今も問題は起こしていない。
初日に彼が上手く言ってくれたおかげだろう。
しかし、今度来るのは完全に外部の人間だ。
ここで問題を起こしても放置して逃げることが出来るので無責任な行動も取れる。
もしクイナの様に力に溺れていれば気が大きくなっている事が予想できるので俺達との衝突も考えられるだろう。
そして待つ事10分ほど。
俺達の前に10台の車が停車した。
人が前に居るにも関わらず、ライトすら弱めないのでかなり眩しい。
そして20人の男たちが下車して俺達の前に現れた。
現在の温度はマイナス15℃を下回っているがそれでも彼らは防寒よりも武装を優先し不躾な視線を向けて来る。
それと今回は殆どのメンバーは後ろに下がってもらっている。
ゲンさん達と、ダニール達はあまり表に出られないし、何かあればそれこそ大問題だ。
女性陣も見るからに相手の気を引いてしまうので警戒はしているがこちらには来ていない。
アキト達は何かあったときの為にカメラを持って現場を撮影中だ。
最低限、何か起きた時に正当防衛であった事を証明してもらわなければならない。
そのため俺の周りには自警団のメンバー数人だけが並んでいる。
俺は見た目は普通なので彼らと並ぶと何気に一番弱く見えたりするが気にしたら負けだ。
そして俺は前に出ると男達に声を掛けた。
「お前達の目的はなんだ?」
「何言ってやがる。良い狩場を独占しやがって。ここは今日から俺達の狩場だ。お前らはすぐに出て行け。」
予想以上に酷い連中の様だ。
他人に狩場の独占で文句を言っておきながら自分達が独占しようとしている。
しかし、このまま言う事を聞いても問題しか起きない確信がある。
最低限の情報は与え諦めるかを試してみよう。
「俺達は政府からの依頼でここに来ている。それにこのダンジョンにはスタンピードの兆候がある。お前達が入るのはお勧めできない。」
しかし、俺の言葉に男たちは大笑いを上げて答えた。
「お前、漫画の読みすぎじゃじゃないのか。そんな事起こる訳がないだろ。あんなのは政府が流したデマなんだよ。それに俺達は今までお前と同じセリフを言う奴らを何度も見て来たぜ。大抵、狩場を独占する奴は警察や行政を盾にホラ吹けば引くと考えてるからな。」
どうやら彼らは今までもこういう事を繰り返して来たようだ。
その中には本当に国へ協力していた者たちも居たかもしれない。
しかし、地上の狩場は狩り尽くすとしばらく魔素が薄くなり安定する。
そのためこいつらはイナゴの様に狩場を移動して来たのだろう。
ネットにもそれなりに魔物の情報は上がっているのでそれを見れば予定も立てやすい。
恐らく今まではそれで上手くいっていたのだろが、それではフィールドタイプのダンジョンには通用しない。
(まあ、それなら痛い目を見てもらった方がいいか。)
「なら好きに入ると良い。悪いが15階層まではそれなりに狩り尽くしているから腕試しにもなるだろう。ただし、危険を感じたらすぐに帰って来いよ。」
「お、おい。良いのかユウ!?」
「構わない。俺達は一旦休息しよう。魔素もかなり薄くなってるからしばらくは大丈夫だ。」
しかし、男たちはそれでも俺達に不満があったのだろう。
更に不躾な要求をこちらへ向けて来た。
「ああ、それなら好きにさせてもらう。それとお前らの道具は置いて行け。これだけ大掛かりなんだ。サポートも連れて来てるだろ。女がいるのも分かってるんだからな。俺達にも数人まわさせろよ。」
「ああ?何言ってるんだ。」
俺は男達に視線を向けると手加減した威圧を叩きつけた。
それがいけなかったのか男達は逆上し武器を抜いてこちらへと向かって来る。
どうやら死なない様に気を使いすぎて威圧が弱すぎた様だ。
「お前さっきから生意気なんだよ。!殺して奪ってもいんだぞ!」
お誂え向きにここはダンジョンの前だ。
殺して投げ込んでおけば魔物が全て綺麗に処理してくれる。
しかし、言っては何だがそれは俺も同じ意見だ。
ただ男達は自分の絶対優位性を疑っていないようだ。
「ユウ!」
「皆は下がってろ。コイツ等には言葉よりも肉体言語の方が伝わるみたいだ。」
「余裕かましやがってー!」
男達はそう言って俺に剣や槍を向けて来る。
どれも見た事がある武器ばかりでコボルト装備が良い所だろう。
「お前達もやれ!」
そう言って男の一人が叫ぶと車から影が飛び出してきた。
見ればそれは数匹の犬の様で、男達を追い抜いて俺に向かって来る。
確かに今の日本では手ごろな戦力だろう。
テイムすれば簡単に言う事を聞かせられ文句も言わない。
しかし、俺には獣王の寵愛で彼らの心の叫びが聞こえて来る。
どうやら、どの犬も俺を襲う事を嫌がっているようだ。
しかし、逆らえば体に激痛が走り、失敗すれば虐待されると恐れている。
別に俺もホロを戦わせているので戦いたい犬を戦わせるのに異論はない。
しかしそれを嫌う者たちに強要するのを許すつもりは無い。
俺の怒りに犬たちは気付いた様で怯えて動きを止めるがすぐに体勢を整えて飛び掛かって来た。
「お前らは俺の前でしてはならない事をした。」
『彼らを略奪しますか?Yes/No』
(Yes)
スピカは俺の感情を感じ取り即座に選択肢を準備してくれる。
俺はそれに答えるとスピカは犬たちにスキルを使用し所有権を奪い取った。
『彼らへの命令を全て初期化します。同時に全制限を解除しました。』
それでも犬の動きは早く、俺に彼らの牙が食い込んだ。
避ける事も出来るがこれが彼らに一番簡単に近寄る手段でもある。
それにスピカが制限を解除してくれたので主に対する攻撃で犬たちが痛みを感じる心配もない。
それにこの程度で怪我をする程、俺は軟ではないのでそのまま犬たちに命令を下した。
「お前ら聞け。俺の後ろに下がって大人しく待っていろ。後で美味い肉を食わしてやるからな。」
それだけで犬たちは主が変わった事に気付いたようだ。
俺から口を離すと大人しく後ろへと歩いて行った。
「な!お前ら何でそいつの言う事を聞いてるんだ!おい、戻って来い!クッソー、どうなってやがる!」
どうやら男たちは俺に犬を嗾けその隙に攻撃するつもりだたようだ。
戦略としては正しいが残念ながらそう言うのは既に慣れている。
あちらの大陸では人間だったがあの時を上回る怒りが俺の中で渦巻いていた。
ここが日本でなければ確実に感情に流されて殺していただろう。
そして俺は足を止めている男達に向かって審問を仕掛けた。
日本では犬の所有者から無断で連れ去ると窃盗犯として捕まってしまう。
しかし、所有権を証明するためには保健所や動物愛護センターに届け出が義務付けられている。
後で問題になると厄介なので確認しておこう。
最悪、アキト達が今の映像を録画してくれているのでそれを提出して上手くすれば犬たちを没収できるだろう。
しかし、世間では人を傷つけた動物に対しる風当たりは冷たい。
出来れば穏便にここで奪い取っておくべきだ。
「お前ら犬にこんな事させたら2年以下の懲役か200万円以下の罰金があるのは知ってるな?当然お前らが飼い主だよな。」
「知るかそんな事。それにそいつらは適当にその辺の庭で盗んできた犬どもだ。責任ならその飼い主に言え!」
どうりで野良犬にしては手入れがされていると思った。
それに見れば分かるがどの犬も雑種と思われる者がいない。
ハスキーが2匹にグレートデーンが1匹。
シェパードが1匹にボクサーが1匹に秋田犬も居るようだ。
どれも逃げ出すと危険な犬なので、飼い主は責任を持って世話をしている犬種である。
恐らく虱潰しに問い合わせれば何処かでヒットするだろう。
コイツ等はかなり周りに迷惑を掛けながらここまで来たようなので足取りも掴みやすいかもしれない。
あまり頼りたくは無いが警視総監のキサメさんにお願いして調べてもらおう。
そうと決まれば目の前のこいつらを逃がす事は出来ない。
コイツ等は犬を盗んだと自白もしたので現行犯で逮捕も出来る。
そして俺がこいつらを皆殺し、じゃあない、半殺しにしようとした所で俺の後ろから白い影が飛び出した。
「コイツ等は私に任せなさい。今のあなただと殺しかねません。」
そう言って向かって言ったのはウェアウルフの姿になったシラヒメだ。
彼女は男達に突撃すると剣を折り、手足を折るなどの大乱闘を行う。
更に視線を左に向ければいつの間にかホロが犬の姿で戦っていた。
ふらふら二足歩行をしながらも全ての攻撃を躱し拳(前足)で相手を沈めて行く。
テニスが居れば鼻血を流しそうだが、もし彼女がこの場に居れば犬を嗾けた時点で皆殺しにしているだろう。
そして右を見れば影から突然出現したシャドウ・ウルフであるカゲマルとロウカが男達を蹴散らしていた。
その為、決着までものの数秒で終わり、男達は雪の中に沈んでしまったようだ。
(俺の怒りのぶつけ所が・・・。)
そんな悶々としていると俺の後ろに近づく気配がある。
そして俺が後ろを振り向いたのと同時に先ほど助けた犬たちが圧し掛かって来た。
すると今度は噛むのではなくその口で俺の事をペロペロと舐め始める。
体もモフモフなのでそれを受けた俺の怒りは一瞬で消え去り至福の瞬間へと変わった。
するとそれを見て今度はホロがこちらに駆け寄り俺の後頭部に飛びついた。
そして器用に頭に手を回すとガジガジと牙を立てて来る。
「痛い痛いホロ。」
「ガウ、ガウ!」
どうやら俺が他の犬に囲まれて鼻の下を伸ばしていたので焼餅を焼いたようだ。
しかし、それなりに痛いのでかなりのマジ噛みだろう。
頭が剥げないか心配なので俺は仕方なく他の犬たちを地面に下ろすとホロを後頭部から剥がして前で抱えた。
「ほ~ら、もうホロだけだ。今のもお礼を受けていただけで浮気じゃないぞ。」
「ワウ!『プイ』」
どうやら完全にヘソを曲げてしまったようだ。
こうなると昔はオヤツで釣れば許してくれたのだが最近は簡単に引っ掛かってくれない。
俺はそのままホロの機嫌が直るまで必死になだめ続ける。
その間にアキト達が警察に電話して彼らを連行してもらっていた。
どうやら幾つもの地域で迷惑行為の届や、公務執行妨害などで手配を受けていたようだ。
それに窃盗の余罪も追加されたのですぐに調べてくれる事になった。
そして、数日後に犬たちは飼い主の許に戻って行ける事になる。
その間に俺達が鍛えたので少しスキルを覚えたがそれは本人たちが必要だと感じた時に伝えるだろう。
ただ、そのスキルによりホロを王とする者が増えたとだけ言っておこう。
しかし、今回も良い所を持っていかれてしまった。
別に目立ちたい訳ではないがこの北海道で俺に見せ場はやって来るのだろうか。




